最高視聴率が50・5パーセント、というから驚きだ。昭和を代表するバラエティー番組『8時だョ!全員集合』(TBS)は、各地の公会堂からの生放送。それゆえに、しばしば本番中に予期せぬことが起きた。とりわけ腰を抜かしたのが第372回、放送は1977年5月14日である。

『全員集合』の主演は、コメディアン五人組のいかりや長介とザ・ドリフターズ。毎回の前半は、彼らが全員参加した20分ほどのコントだが、ここでハプニングが発生した。会場は、茨城県の取手市民会館である。

 舞台上に作られたジャングルの巨大セット。ドリフ探検隊の行く手に、奇怪な生き物が次々に襲いかかる。今度は鎌首をもたげたヘビが六匹出現! すかさず隊員二名が銃弾を撃ちこむ。その数、五発。すると次の瞬間、ヘビが一気に燃え上がったではないか。直後に火災を知らせる非常ベルが会場内に鳴り響き、その音がテレビからも聞こえた。ざわつく観客たち。一気に緊迫感が高まった。

 探検コントは、すでに番組で何回も演じている。火玉が飛び出すピストルも使っている。では、なぜこの回に限って事故が起きたのか。同番組の美術スタッフだった岩本浩二は、その理由をのちにこう説明している。

 コントで使う動物の人形などはウレタン製で、そこにスプレーで色を着けたので引火しやすい。それらをビニール袋に入れて、番組スタッフに引き渡すのだが、騒ぎが起きた回では、担当者が、ヘビ人形を袋から出して通気のよい場所に置くことを忘れてしまった。果たして、本番が始まってもヘビの表面は乾いておらず、より引火しやすかった。またコントで使ったピストルには、専門スタッフが音を大きくするために火薬を多めに入れており、発砲した瞬間により大きな火花が出てしまった、という(以上、多摩美術大学が作成した『テレビ美術史報告書・原稿編』より)。

 さらに、小生が取材構成を手がけた『8時だョ!全員集合の作り方』(双葉社)という本には、その著者で『全員集合』のセットデザインを担当した山田満郎と、小道具を創作した西川光三の対談を載せたが、そのなかで両氏が「火事」の舞台裏を振り返っている。

 火はヘビから枯れ草へと広がった。「AD(演出補)があわてて消火器で消そうとしたが、全然消えなくて。それでADは両手で消そうとしたわけ」(西川)。その結果、彼は「手にひどいやけどをして」しまった(山田)。「あの火事でわかったのは、炭酸ガスの消火器は、火に吹きかけると炎があおられて、逆に燃え上がっちゃうのね」(西川)。

 やけどを負った人物の名は、清水たけという。『全員集合』の台本にも彼の名前があり、父親は、昭和の初めに大人気だった喜劇俳優の清水金一である。

 清水は、なぜあのとき手で火を消そうとしたのか。仕事への責任感からか、番組への愛情からか。いずれにせよ、彼が捨て身の行動に出なければ、火はさらに燃え広がり、取り返しのつかないことになったはずだ。

 結局コントは、スタッフの判断で途中で打ち切りに。だがスタッフも冷静さを失ったのか、コントの終わりを示すいつもの音楽がすぐには流れず、巨大セットもうまく舞台そでに移動できない。混乱が続くなか、演出担当の指示でゲスト歌手のいしだあゆみが登場して歌い始めるが、その顔は不安げだった。

 事件の一部始終を、客席の最前列で目撃したジャーナリストがいる。当時『サンデー毎日』の記者だった、鳥越俊太郎である。彼はある取材のためにたまたま会場におり、当日の様子を、同誌の77年6月5日号にて、4ページにわたって詳しく書いている。

 何とか火は消え、一同は胸をなでおろした。だが、鳥越の隣に座っている担当プロデューサーの「古谷はつぎに打つべき手を考えている(略)。演出の豊原はCMの間に会場の客へ一応事情を説明したほうがいい、と思った。しかし古谷は、説明することで会場の空気が変わり、番組の盛り上がりを損なうことを懸念したのだろう」。果たして古谷は、観客には火災のことは伝えず、狂ってしまった番組の進行を立て直すために、その回のおしまいに予定していたコントのカットを決めた。

 番組スタッフいわく、もしあの火が会場に備え付けてある巨大な幕に燃え移ったら、消火は不可能。満場の観客は逃げまどい、大惨事になっただろうという。最悪の事態を避けられたのは、スタッフがすぐに火を消したこと、そしてドリフの対応である。彼らがセット上部に炎を見つけるや否や、メンバーの加藤茶がアドリブで言ったのだ。「ヘビが燃えてる! 火事だぞ火事、山火事だ。消せーッ!」。このひと言のおかげで、観客は「火事」がコント演出の一部だと疑わず、平常心を失わなかったのである。

 コント打ち切りを受けて、隊長役のいかりや長介が声を張り上げた。「よーし、異常なし! 探検はこれまで!」。コントが終わり、出演者がすべて舞台そでに姿を消した。だが、いかりやは舞台上に残り、心配そうにセットを見詰めた。番組の演出家でもあり、コント作りに情熱を注いだいかりやの心中やいかに。さぞや肝をつぶしたことだろう。

 当日の放送は、その一部が、DVD「『8時だョ!全員集合』2005」の第二巻で視聴できる。なおその映像ではわからないが、放送中に燃え盛る炎がテレビ画面に映し出された時間は、のべ65秒だったとか。その衝撃映像が全国へ放送されたわけだが、視聴率はそれまでの回と大差はなかった。