去る3月に、長編小説『笑って人類!』が発売された。作者は爆笑問題の太田光。読んでみて「やはり!」と思った。人造人間が登場したからである。太田は、以前に発表した短編小説「博士とロボット」(『文明の子』所収)でも、人類が滅んだ世界でただ一人生き残った博士と、彼が作ったロボットとの交流を描いた。さらに、太田が初めて書いたドラマ脚本にも、やはり「人間もどき」が出てきたのである。

 爆笑問題を初めて生で見たのは、都内の紀伊國屋ホール。1989年5月21日に開かれた「非合法落語会」だった。彼らは結成2年目で、演じたのは出世作のコントだった。

 コントは、高校教師の太田が、勉強のできない生徒(相方の田中裕二)と、彼の卒業後の進路について話し合うところから始まる。だが、教師は生徒の態度に不満を抱き始め、あの手この手で、生徒を「正しい落ちこぼれ」に変えようとする。

 明らかに、劇作家つかこうへいの戯曲『熱海殺人事件』に影響されていた。だが、そこに好感を持った。太田は私より5歳下だが、あの作品が我々の世代にもたらした衝撃、いや笑撃は、計り知れないものがあったからだ。

 その後、爆笑問題は所属事務所からの独立、数年の不遇を経てブレイク。だが世間が認めたのはコントではなく、漫才だった。その時々のニュースを鋭く斬っていく太田に、大衆が拍手を送った。だが私は、素直に喜べなかった。なぜあんなに面白かったコントを、もうやらないのか。残念だった。

 ブレイクから一年が過ぎた、1998年の正月。あるテレビ番組で、太田は大竹まこととの対談で本心を覗かせた。「今は漫才が受けてるけど、本当は作りこんだ笑いをやりたい」。そして、その思いを行動に移した。その年の6月から始まった深夜ドラマ(テレビ東京)で、初めて脚本と演出を手がけたのだ。

 題名は「時計屋の男」。登場人物はベテラン時計修理人の円谷精造(相方の田中裕二)、彼の下で働き始めた青年、そして来店した客で、彼らが円谷の店で会話をくり広げる。

 円谷は手先が不器用だが、時計に注ぐ愛情は誰よりも強く、壊れた時計を手にとると、いつも不思議なことをつぶやく。

 客が鳩時計を持ってきた。聞けば、いつも小窓から飛び出す鳩の人形が、姿を消してしまったらしい。円谷が口を開く。

「時計に対する持ち主の愛情が薄れたせいで、悲しくなった鳩が逃げ出したんだ」

 また、針が止まった柱時計を直す際には、時計をなでながら、悲しげに言った。

「時計は持ち主の意思を感じて、本当の時の流れとは別の時間を刻む。ある日、突然、時計が止まるのは、持ち主が時間を刻むことを止めてほしい、と願ったからだよ」

 円谷の口からこぼれる言葉はどれも詩的で、こちらの想像力をかき立てる。また、有名作家の名前を合体したとおぼしき「梶井作之助」なる青年を劇中に出すあたりも、大の文学好きである太田らしい。このドラマには「笑い」は少なかったが、当時33歳だった太田光の、知られざる才能を見た思いがした。

 物語は思わぬ結末を迎える。主人公の円谷は、実は天才時計修理人が作った精巧なからくり時計、つまり人造人間だったのだ。今は亡きその男は優秀な技術者で、戦時中は軍需工場で働いたが、殺人兵器を作ることに疑問を持ち、戦後は、世界一のからくり時計を作ることに力を入れた。のちに宮崎駿が監督したアニメ映画『風立ちぬ』に登場する、戦闘機の設計技師にも通じる人物像だ。

「時計屋の男」が放送される5ケ月前に、『はばたけ!ペンギン』というTBS系のテレビ番組の収録を見学した。骨董品店を舞台にしたドラマ風バラエティーで、店員役で爆笑問題が出演していた。彼らは毎回、漫才を披露したが、放送されるのは1分ほど。ところがリハーサルでは、10分以上もしゃべっていた。スタジオ内に観客はおらず、たまにスタッフが笑うぐらいで静かだが、2人は真剣だった。彼らの漫才を眺めながら、太田を見直した。彼は仕事が多忙でも、芸を磨くことを忘れていない。しかも、漫才もコントと同じように、手間をかけて作っていたのだ。

 タレントとしての太田は、その後も引く手あまたである。その一方で、小説の執筆にものめりこみ、自分の世界を掘り下げている。また長編映画を監督するのが夢だが、これはまだ実現していない。なお冒頭で触れた『笑って人類!』は、映画用の脚本として書いたものに手を加えて、完成させたという。

「時計屋の男」は『デジドラ・ワンシーン』の第14回として放送された。このシリーズの企画者は、おニャン子クラブを仕掛けて大当たりした秋元康。当時、新発売された小型のデジタルカメラで全編を撮るという、野心的な低予算番組である。俳優の坂上忍や仲村トオルも参加し、脚本と演出を担当した。人知れず始まり、人知れず終わった番組で、もちろん商品化されていない。

 放送を見てしばらくしてから、都内の神保町にある、行きつけの古本屋に立ち寄った。すると、「時計屋の男」の台本が売られているではないか。しかも、値段は100円と激安である。すぐに買い求めて目を通すと、深みがある円谷のセリフが、文字で読むと、より際立って感じられた。

 今から思えば、「時計屋の男」は、のちに太田光が小説を書き始める助走にも見える。また人造人間を登場させたあたりは、昭和の特撮ドラマやSF小説への愛着を感じるし、私も共感するところだ。もし本人と話す機会があれば、そのへんのことを尋ねてみよう。