リリパット国転落事件
11.
一度、宮殿に戻って騎兵隊たちに命令を下したあとで、赤ずきんは再びリリアム14世をバスケットに入れ、今度は西の港に付属する要塞へ向かいました。
レンガ造りの道を西へ行くとまず、分かれ道があります。左へ行くとガリバーの寝床があった広場、右を進むと要塞へ達するのです。
やがて要塞が見えてくると、道の脇に二つの塔も見えてきました。
昨日、ブレフスキュへ向かう途中に振り返って見たとき、リリアム14世と何人かの大臣が上っていた、あの二つの塔です。
赤ずきんはその塔のあいだで立ち止まりました。高さは赤ずきんよりすこし高いぐらい。二つとも細いはしごが外側についていますが、さびついていて、赤ずきんがつまんで力を入れたらすぐに外れそうでした。
「この二つの塔は、物見やぐらかしら?」
「うん。まあそうだ。こっちのほうが古い」
バスケットの中から、リリアム14世は右の塔を指さしました。たしかに、より色あせているようにも見えます。
「作ったのはリリアム10世。俺のじいちゃんのじいちゃんだな。当時、ブレフスキュとの関係はすげー悪かったらしくて、税金のほとんどが軍事費に使われたんだってよ」
昨晩、財務大臣の歴史講義でそんなことを教えられた気がします。
「そのときにこの塔も建てられたんだけど、急な建設でレンガが間に合わず、内側を登る仕様にはできなかった。それで、細い塔を作り、外側に長いはしごを取り付けたんだよ」
「じゃあこっちの塔は?」
赤ずきんはもう一つの塔を見ます。
「これは、じいちゃんの治世に作られたもんだよ。リリアム12世っていうんだけど、名君として名高い一方、何でも左右対称でなければ気が済まない性格だったんだ」
「ああ、習ったわ。宮殿の建物もそうだし、食事の配膳も左右対称にすることをみんなに強要したとか」
「そうそう。で、塔が一つなのはよくないって、すぐ隣にまったく同じ塔を作らせたんだよ」
「二本も必要ないのにね」
「そういうじいちゃんだったんだ、仕方ない」
リリアム14世がピロピロと笛を吹いたそのとき、赤ずきんは、塔のてっぺんの窓から、何かちょろりと出ているのを見つけました。
「ねえ、この白い糸は何かしら?」
窓から、数センチほど、白い糸が飛び出ているのです。
「なんだこりゃ。昨日はなかった」
「昨日はなかった? ちょっと、中に入って糸の端がどうなっているか見てきてくれない?」
「わかった」
赤ずきんがバスケットを窓に近づけると、リリアム14世は窓からひょいと中に入っていきました。ほどなくして中から声が聞こえてきます。
「おーい、白い糸は、建物の真ん中の柱に結び付けられているぞ」
だんだん、赤ずきんの頭の中で、真相の姿が明らかになってきました。向かい合うもう一つの塔を振り返ります。やはり同じように、窓から白い糸が垂れ下がっているのです。二本の糸をつまみ、切れ目を近づけると、ちょうど両方の塔に渡されるぐらいの長さであることがわかりました。さらに切れ目を細かく観察すると、自然に切れたのではなく、すぱりと刃物で切られたようになっています。
「ふうーん」
赤ずきんは二本の糸を離し、海のほうに目をやりました。昨日、ガリバーと二人で隣国から奪ってきた軍艦がずらりと並んでいます。赤ずきん一人なら運べそうなほど大きな旗艦。その甲板からなら、この塔がよく見えそうです。
「なるほどね。……リリアム14世、戻ってきて」
バスケットを窓に近づけます。リリアム14世は飛び乗ってきました。赤ずきんはそのバスケットをゆっくりと、塔のあいだの地面に降ろします。道はレンガで舗装されていますが、塔はその脇のむきだしの土の上に建てられているのです。
「ねえ、塔と塔のあいだの地面をよく観察してくれない?」
「よく観察、って言われてもなあ。泥でぐちゃぐちゃしているよ」
「その周りの土は乾いてない?」
「たしかに。ここだけ水たまりみたいになってる」
「よーく目を凝らして見てくれない? 血の跡はないかしら?」
「血だって?」
えーっと、えーっと、と腰をかがめて地面を眺めまわすリリアム14世。そして、ついに「あっ!」と、叫びました。
「あったよ。これ、草に血痕がついてる」
赤ずきんは満足しました。
「リリアム14世。あなたはとても優秀な助手だわ」
「あっはは、そうだろう。誰の血か、わかんないけどさ」
「一つ、質問していい?」
「なんだい?」
「昨日、ブレフスキュから奪った軍艦に、タラップを架けるようガリバーに頼んだわね。あのタラップ、外すように命じた?」
「……いや。あのままにしといたな」
「ありがとう。わかったわ」
「わかったって、何が?」
「すべての真相がよ。タップとヤルセンはなぜ死ななければならなかったか。犯人はどうやってガリバーにその罪を擦り付けたのか」
「えっ、えっ。もうわかっちゃったのか。せっかく助手を楽しんでいたのになあ」
「まだよ」
赤ずきんは人差し指を立てました。リリアム14世から見れば、それは丸太のように大きく見えるでしょう。
「事件解決まで、助手の仕事はあるわ」
12.
それから少し後。
リリアム14世の号令で、大臣たちはみな、二つの塔の近くに集められていました。ガリバーは大きいため、二百人の兵隊に見張られ、両手両足を縛られたまま、例の広場に留め置かれています。リリアム14世は、騎兵隊を呼ぶために、また宮殿へ戻っていきました。
「うん。たしかに血のようだわね」
リリアム14世が発見した草に残された血痕を確認したのは、農政大臣でした。
「でもどういうこと? これは誰の血なの?」
「決まっているわ。タップとヤルセンのよ」
「どっちよ?」
「どっちか。あるいはどっちも。それはどうでもいいの。重要なのはこれよ」
赤ずきんは平然と言い、塔の窓からちょろりと出ている白い糸を手に取りました。
「これをつなげると、ちょうど塔と塔のあいだにぴんと張られるぐらいの糸になるわ。見覚えはない?」
「綱跳びだろう。間違いない」内務大臣が口髭を撫でつけます。「しかし、こんな高いところで綱跳びをするなんて聞いたことがないぞ」
「ヤルセンならやりかねないと思わない?」
「ヤルセンだと?」
内務大臣は小さな顔の小さな眉根を寄せました。
「そうよ。ライバルのタップに『お前、自分がいちばん綱跳びがうまいと思っているかもしれないが、いくらうまくったって、塔のあいだに渡された綱の上ではできないだろう』と彼は言ったの」
挑発に乗りやすいタップは「やってやるよ」と応じたのでしょう。
「二人ははしごを使って塔に上り、それぞれの展望台の中央の柱に結びつける形で、糸を張った。『俺は下で見ているからな』と、ヤルセンは一人、降りていったのよ」
「ふうん、ありそうなことだな」
内務大臣は腕を組み、言いました。農政大臣や法務大臣もうなずきながら聞いています。
「タップが怖がったかどうかは知らないわ。だけど結果は目に見えてる。タップは足を踏み外し、落ちたのよ」
「糸が切れたのか?」
内務大臣の問いに、赤ずきんは首を横に振りました。
「この糸。ちょうど真ん中あたりで、すぱっと刃物で切られているわ。自然に切れたものじゃない」
「じゃあ、ヤルセンが下から切った?」
「そうではないことは、ヤルセンの死体の状況からわかるわ。ヤルセンもまた、頭頂部に激しい衝撃を受けて首が折れていたわね。これは転落したのではなく、上から落ちてきたタップの頭が当たったからよ」
「まあ!」農政大臣が口元に手を当てました。「ひどい。そんなことが……」
「ひどいわね。でもまず、糸のことをはっきりさせましょう。もしヤルセンが下から刃物を投げて切ったのだとしたら、上から落ちてくるタップを避けることができたはずでしょう? ところがヤルセンの致命傷は頭頂部にあった。きっとヤルセンがよそ見をしていたときに糸に着地できず、タップは落ちてきたのよ。二人が死んだのは、挑発に端を発する不幸な事故だったの」
赤ずきんの足元で、リリパットの小さな大臣たちは静まり返っていました。
「じゃあ、糸はどうして切れたんだ?」
口を開いたのは内務大臣です。
「二人の事故を目撃していた人が切ったんだわ。そしてその人物こそ、二人を殺めたのがガリバーだと仕立てあげた犯人よ」
「馬鹿げている!」
ガラガラ声が響きました。海軍大臣です。
「死んだ二人をわざわざガリバーの近くまで運んだというのか?」
赤ずきんは冷静です。
「ええ。ここから都までは舗装されたレンガの道がある。昨日私たちを運んだほど大きなものじゃなくても、台車を使えば簡単に死体は運べるわ」
「馬鹿げている、まったく馬鹿げている!」
「ねえ海軍大臣さん」赤ずきんはしゃがみ、海軍大臣の顔を覗き込みます。「あなたはどうしてその、素敵な青いスカーフを首に巻いているの?」
「昨日、軍艦の中で見つけたんだ。海軍大臣たる私は、隣国の軍艦の中を見て回る義務がある。敵が身に着けていたものを着けて、何が悪い?」
「ねえ財務大臣さん」
問いには答えず、赤ずきんは財務大臣に顔を向けます。
「あなたはどうして、夜通し私に歴史の講義をしたの?」
「あんたがボートを欲しがったからですぞ、赤ずきん。海軍大臣に気に入られるにはリリパット国の歴史を学ぶのがいちばんですぞ」
「それじゃあ」
二人の顔を交互に見比べ、赤ずきんはその小さな顔に人差し指を突き付けます。
「あなた方の犯罪計画は、どうしてそんなに杜撰なの?」
「なっ」「何を?」
「タップとヤルセンの死体を運んで、ガリバーの仕業にしたのは、あなた方二人よ」
閣僚たちが二人の大臣を見ます。赤ずきんは続けました。
「首謀者は当然、海軍大臣のほうだったでしょうね。さっき見てきたら、昨日ガリバーがいちばん大きな軍艦にかけたタラップがかかっていたわ。あなたは昨晩、その軍艦に乗り込んだ。そのスカーフをそこで拾ったのも本当でしょう」
「だからそう言っておる」
「さあみんな、考えてみてね。敵艦の甲板で、海軍大臣は何を考えていたかしら」
しばらくして、農政大臣が沈黙を破りました。
「敵の軍事技術がどんなものか。これを奪うことができたら交渉を有利に進めることができるだろう、というようなことじゃないかしら?」
「それも考えられる」赤ずきんは言いました。「でも私はこう思うの。『いきなりリリパット国に来た新参者が、こんなすごい働きをしてしまったら、俺の存在価値がなくなってしまう』――」
ぐっ、と海軍大臣が歯を食いしばったのを、赤ずきんは見逃しません。そして、他の閣僚もそれを察したようでした。
「海軍大臣、あなた……」
「黙れ、農政大臣! 私は誇り高きリリパット国の海軍大臣だぞ」
「その地位が危ぶまれると思ったあなたなら……」
農政大臣だけではなく、他の大臣も疑惑の目を海軍大臣に向けています。ただ一人、財務大臣だけが目をそらせていました。赤ずきんは続けます。
「そんなとき、あなたは甲板から二つの塔のあいだに渡された糸と、そこで綱跳びをしているタップの姿に気づいた。そして、タップが落ちる瞬間を見た。慌てて港に戻って塔の下に行くと、あわれ、死んでいたのはタップだけじゃなかった。その瞬間、あなたの頭に、悪魔的な発想が浮かんだのだわ」
「ガリバーに罪を擦り付け、死刑にすることだな?」
内務大臣は言いました。
「そうよ。海軍大臣にとって脅威はガリバーだけじゃなく私もだけど、さしずめ、ガリバーを先に始末しようと考えたのでしょう。転落現場をここではなく、ガリバーのテントのすぐ近くであると偽装する計画の始まりよ」
台車を持ってきてタップとヤルセンの死体を乗せた海軍大臣は、得意のナイフ投げの技術を使って糸を切ったのです。それから海水を運んで二人の血を洗い流し、塔のあいだで二人が死んだとわからないように細工したのでしょう。
「ところがそこで海軍大臣は、とんでもないことに気づいたの」
「血ね!」
農政大臣が、何かにひらめいたときのようにすっきりした顔をしていました。
「人がどこかから転落死したときには、たくさんの血が流れる。運んでいった先で血が流れていないとおかしいわ」
「そのとおり。それで、死体をどこかへ隠しておいて、血を調達することにした。だけど、そんなにたくさんの血をくださいなんて他人に言えるわけがないし、自分の血を使うわけにもいかない。いちばん初めに考えたのが、リリパットにたくさんいる、牛よ」
「おおーい!」
タイミングよく、馬の足音が聞こえてきました。リリアム14世が馬に乗り、騎兵隊たちを引き連れてやってきたのです。
「お、王様、何をしているのです?」
内務大臣が驚いています。
「探偵の助手だって言っただろ? 騎兵隊を率いて国中の牛飼いたちに聞き込みをして回ってきたのさ。昨晩、誰かに勝手に採血をされた牛はいないかって。ねえ、騎兵隊長」
「はっ」馬の上で、騎兵隊長は姿勢を正しました。「リリパットの肉牛、乳牛、合わせて一〇七七頭、昨晩、血を採られた牛は一頭もいないとのことであります」
「ありがとう。ちなみに騎兵隊長、採血された馬もいないわね?」
「おりません! 牛飼いの牛は厳重に牛小屋で、われらが軍馬も厳重に馬小屋で管理しております。夜に入れる者はおりません」
「わかったでしょう?」
赤ずきんは大臣たちに言いました。
「牛からも馬からも血は採れなかった。もちろんリリパット人から少しずつ集めるなんてこともできない。そして考え付いたのが、リリパット人にとっては命にかかわるほどの大量の血でも、とても大きい人間にとってはわずかな量だということよ」
「とても大きい人間? ガリバーのこと?」
農政大臣が訊ねます。
「当然、それも考えたでしょう。だけどほら、ガリバーは長そで長ズボンで、長いブーツを履いている。手や顔から採ったら痕が目立ってしまうかもしれない」
「ということは……」
「そう」赤ずきんは自分の顔を指さします。「私から血を採ったのよ」
「なっ……」
「そのために海軍大臣はハイヒール党の財務大臣を頼ったの。財務大臣は歴史の本を持って私のテントを訪れ、私に夜通し歴史の講義をした。あれによって私のアリバイは確保され、容疑者がガリバーに絞られることになったけれど、もっと大きな理由は、私の注意が歴史の勉強に向いているあいだに忍び込んで、私の足の裏から血を抜くことだったのね。おかしいと思ったのよ。なんで財務大臣がテントの奥に行きたがったのか。私が出入り口に背を向けていないと、海軍大臣が忍び込むのが見られてしまうもの。血を採ったあとは歴史の勉強を切り上げてくれても良かったのに、どうして朝まで解放してくれなかったのかしら」
赤ずきんは言いながら靴と靴下を脱ぎ、左足の裏を一堂に見せました。
「見てよこれ。牛飼いのマーベリンさんに塗り薬をもらうまで、かゆくて仕方なかった。まさか自分の足の裏が証拠になる日がくるとは思わなかったわ」
大臣たちは声もなく、赤ずきんの左足の裏を眺めています。
「どうだい海軍大臣? 何か申し開きは?」
リリアム14世が馬の上から訊ねました。
「申し開きですって? 何もかも馬鹿げている。赤ずきんが証明したのは、今の方法を使えば誰だって、この二人をガリバーの寝床の脇に運べた、ということにすぎないじゃないですか。この私がそれをやったなどとわかるわけはない」
「財務大臣、君の意見は?」
「ええと……そうですな……」
「朝まで勉強から解放してくれなかったって、昔を思い出すなぁ。財務大臣は歴史の講義を始めると、ずーっと止まらないんだから」
「ええと……」
財務大臣は突然、白目を剥き、その場にばたりと倒れました。
「財務大臣?」
「放っておきなさい」内務大臣が白けた顔をします。「ハイヒール党の連中はいつもこうして、都合が悪くなると気絶したふりをするのだ」
「気絶した者からは証言が得られません。ですが、申し開きの権利も失ったものと、リリパットの法律は判断します」
法務大臣がしゃしゃり出てきました。
「しかし赤ずきんさん。今のままでは、海軍大臣が二人の遺体を運んでガリバーを陥れ、我々を騙そうとした、と、リリパットの法律は判断できません。何か物証、あるいは論理的な補強はありますか?」
「あるわ。これよ」
赤ずきんは再び、白い糸を手に取りました。
「犯人は、わざわざ血を洗い流してまでここが実際の転落現場だったことを隠そうとしている。ここが現場だと知れてしまったらガリバーに疑いはかからないものね」
「ええ、先ほどそうおっしゃいましたね」
「なのに、いちばんの証拠である糸は刃物で切っただけで、回収していない。どうしてだと思う?」
「どうしてでしょう?」
法務大臣は金縁眼鏡をずり上げます。
「回収したくてもできなかったのよ。展望台へ上るには古いはしごを使わなければならない。普通のリリパット人なら高いところへの恐怖心に打ち勝てばできる。だけどできない人が二人いるわ。太った人と、足をけがしている人」
お腹の突き出た財務大臣と、右足に包帯を巻いている海軍大臣――皆はその二人を見比べます。
「唯一の仲間である財務大臣にも頼めないとなったら、あそこに残しておくほかはなかった。どう?」
海軍大臣は顔中に滝のように汗を掻いています。しばらく法務大臣の顔を見つめていましたが、やがて、白目を剥いてばたりと気絶しました。その姿を見て、法務大臣は告げました。
「リリパットの法律は、赤ずきんの推理が正しいと判断します」
13.
「本当にこんなので海を渡れるの?」
軍艦の甲板に腰を降ろし、赤ずきんはガリバーに訊ねます。
「大丈夫ですよ。これだけの広さがあれば、転覆はまぬがれるでしょう」
ブレフスキュから奪ってきた十二隻の軍艦を鎖で結びつけ、大きないかだのようにしているのです。
どうせ奪ったものだし、リリパットにはいらないとリリアム14世が言うので、船旅に使わせてもらうことにしたのでした。赤ずきんとしてはもっとちゃんとしたボートが欲しかったのですが、リリパットでは建造にも時間がかかるでしょうし、費用をかけるのも申し訳なく感じたのでした。
「大きないかだが手に入ってよかったですねえ」
出航できることになってガリバーはご満悦。大きいと言っても、ガリバーが寝そべってしまえばその半分以上は占領してしまう広さです。赤ずきんはと言えば、いちばん大きな旗艦がお気に入りですが、横になれるほどのスペースはありません。
「ほら、リリパットのみなさんに手を振って」
赤ずきんは港を振り返りました。大臣たちがリリパットの旗を振り、中央でリリアム14世がピロピロピロピロと鳥の形の笛を吹いています。
「短かったけれど、面白い国でしたね」
「本気で言ってるの、ガリバー?」
一度ならず二度までも拘束されたのに、どういう神経をしているのかしら、と赤ずきんは思いました。船に乗ることを生業とする人は、危険に対してもどこか楽観的な感覚を持っていなければいけないのかもしれません。
赤ずきんはそうではないので、早くお家に帰りたいところです。
「ほら、見てください。海は広いし、キラキラしている。はっはー。気持ちいいなあ!」
リリパットを離れれば離れるほど、ガリバーは陽気になっていきました。
日は照っていて暑いし、周りは海水しかない。食べ物や水は農政大臣がたくさん積んでくれましたが、それだってリリパットサイズですから、すぐに尽きてしまうに違いありません。
大丈夫かしら、と不安になる赤ずきんの目が、何か動くものを捉えました。
「はっはー。波よ、私たちを連れていって、果てしない冒険の世界へ~」
「ちょっとガリバー、静かにして」
「はい?」
「あれ、何?」
軍艦のいかだの前、波から突き出た青い三角形がゆらーりと横切っていくのです。まるでヨットの帆のようなその三角形のものは、赤ずきんたちの周りを回り始めました。
「あれは……ちょっとばかりまずいですね」
ガリバーの声は、明らかに小さくなっていました。
「海でいちばん気をつけなきゃいけない、暴れんぼうですよ」
ざばあ、と波間からそれが現れました。尖った牙の並ぶ、大きな口。
「サメっ!」
赤ずきんが叫ぶと同時に、ばりばりばり! サメはいちばん小さな軍艦にかみつき、粉々にしてしまいました。
――どうやら、赤ずきんの危険な旅は、まだまだ続きそうです。