マザーグース捜査線

 

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「そもそもロンドンは、はるかむかし、人間と魔法使いが協力してつくった町なんだよ」

 ガチョウおばさんは、木のテーブルの上を行ったり来たりしながら、学校の先生のような口調で話しはじめます。赤ずきんはご馳走してもらったパンとシチューを食べながら、その話を聞いていました。

 隣のテーブルでは、ホレイショー警部補を含む警官たちが座って、同じお昼ご飯を食べています。

「あちこちから人や魔法使いが集まって、そりゃ栄えたもんさ。人間というのは、やる気を出したら魔法使いなんかよりもずっと創造力に優れていてね、大きくて頑丈な建物をいっぱい造った。このスコットランドヤードもそうさね」

 両手を広げ、ガチョウおばさんは天井を見上げます。

「ところが今から何百年かむかし、テムズ川に怪物が現れた。ジャバウォックというその怪物は、テムズ川に架かる橋という橋を壊し、舟という舟を飲み込んだ。人間と魔法使いは協力し、百日間の死闘の末、ジャバウォックの首に鎖を巻き付けることに成功し、絞め殺したんだ」

「大変だったのね」

「本当に大変なのはそこからさ。ジャバウォックは死に際、恐ろしい呪詛を吐き出した。『これから先、テムズ川の両岸を結ぶ橋を架けても、すぐに使えなくなるだろう』とね」

「橋を架けられなくなる? そんなことってある?」

「ところがジャバウォックの呪いは現実になったのさ」

「橋を木と土で作れば、流される」

 一人の警官が言いました。

「レンガとモルタルで造れば、崩れ落ちる」

 別の警官が続きます。

「じゃあ、鉄と鋼で造ればいいじゃない」

 赤ずきんは言いましたが、

「鉄と鋼は、曲がる、曲がる、曲がる」

 警官は言い返しました。

「鉄と鋼は、曲がる。マイ・フェア・レディ」

 カチン、カチンとスプーンでシチューのお皿を叩きながら歌うようなリズムです。なんだか、赤ずきんもむきになってきました。

「金と銀とで造ればいいじゃない」

「金と銀は、盗まれる、盗まれる、盗まれる」

 カチン、カチン。まるで以前から歌われていた歌のようでした。

「金と銀は、盗まれる、マイ・フェア・レディ」

「見張りを立てなさいよ。そのために警察官がいるんでしょ」

「見張りは、眠る、眠る、眠る。見張りは、眠る。マイ・フェア・レディ」

「わかっただろう? らちが明かないんさね」

 いつの間にか、シチュー皿のすぐ横まで来ていたガチョウおばさんが赤ずきんの顔を見上げています。

「テムズ川の北岸と南岸は、すっかり分断されちまった。ところがこれを打開したのが、ライオンとユニコーンさね」

「何なの、また怪物?」

「怪物っちゃあ怪物だね。この二頭は、我こそがロンドンの支配者だと譲らず、街のあちこちで争った。ただの喧嘩だったらよかったんだが、二頭とも体が大きくて力が強いだろう? あちこちの建物を壊しちまった。スコットランドヤードもその激しい争いには口を出せず、街はボロボロさ。――結局、二頭が持ち回りで支配者を名乗ることで話が落ち着いたんだが、そのときになって自分たちが街をはちゃめちゃに壊しちまったことに気づいたんだね」

「頭があんまりよくないわね」

「そうだ。だが二頭は、素朴で純粋な心の持ち主でもあった。自分たちの行いを反省し、支配者として、ロンドンの住民たちの役に立つことをしようと考えた」

 ライオンとユニコーンはまず、それぞれが頭に載せていた王冠をぱかりと二つに割ったそうです。

「王冠には魔法の力があって、割った王冠のあいだには強力な魔法線が張られるんだ」

「魔法線って何よ?」

「ミル!」

 ガチョウおばさんの呼びかけに応じ、大きなガチョウがばさっと飛び立ちました。ガチョウおばさんの横に着地すると、しっぽをピンと立て、頭を後ろにそらし、グウェウェと変な声で鳴きます。

「ミルは魔法の力を備えたガチョウだ。今、頭としっぽの間に目には見えない魔法線が張られている。そしてだね、私もこうするんだよ」

 ガチョウおばさんは両手を胸の前に出し、「ふん」と力を込めたような声を出します。

「今、あたしの手のあいだにも、同じ魔法線が出ているんだよ」

「見えないわ」

「そういうもんさ。いいかい、この手を、こうする」

 ガチョウおばさんは自分の魔法線を、ミルの魔法線に交差させるように、両手を移動させます。

「そのスプーンを、この手の間に放り投げてごらん」

「こうかしら」

 赤ずきんが言われたとおりにすると、スプーンはミルの背中数センチのところで浮いたまま止まりました。

「わかっただろう、魔法線の交差したところには特別な力が生まれ、ものを空中にとどめておくことができるんだ」

「すごいわね」

「残念ながらあたしとミルの力じゃ、スプーン一本が限界だが、強い魔法線ならかなりの重量でも空中にとどめておけるのさ。ライオンとユニコーンはこれを利用して、橋を造ることにした。ホレイショー警部補、地図を持ってきておくれ」

 ホレイショー警部補は立ち上がり、地図を持ってきて赤ずきんの前に広げます。

「ごらんよ赤ずきん。街の中心をぐにゃりと曲がりながら東西に流れているのが、テムズ川。そしてこれがロンドン橋さ」

 ガチョウおばさんはしわの寄った指で、川の一部を差します。

「今いるスコットランドヤードはここ、これがロンドン塔刑務所だ。そしてここがホワイトポール聖堂で、ここがガイーン病院」

 ガチョウおばさんが指をさすポイントすべてに、不思議な星の光が輝きます。

「ライオンはスコットランドヤードとロンドン塔刑務所に、ユニコーンはホワイトポール聖堂とガイーン病院に、それぞれ自分の冠を安置することにしたのさ」

 地図上の星と星が、魔法線を表す光で結ばれました。

「あっ」

 赤ずきんは思わず声をあげました。魔法線の交差する位置が、ちょうどロンドン橋に重なるのです。

「ライオンとユニコーンは、魔法線の力を使って、ロンドン橋を永遠に川の上に浮かせることにしたのね」

「そのとおり」

 ぱちん、とガチョウおばさんは指を鳴らします。

「ライオンとユニコーンの命を受け、ロンドン市民は四つの建物に半分の王冠を収めておくための部屋を作った。そこに王冠を収める儀式が行われたのは今から百年前のこと。あたしも儀式に参加して、四つの王冠をこの目で見たんだ。ジャバウォックの呪いは『テムズ川の両岸を結ぶ橋を架けても、すぐに使えなくなるだろう』というものだった。鉄骨と石材で造った構造物を、両岸の道路からほんのわずかな隙間をあけて宙に浮かせておく、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、のは『結ぶ』という文言には合致しなかったんさね。ここ百年以上、ロンドン橋はその位置を変えることなく、ロンドン市民が唯一、テムズ川の北と南を行き来できる道としてあり続けてきたんだよ」

 なるほど、と赤ずきんは思いながらパンの最後のひとかけらを口に放り込み、

「あれ」

 疑問が浮かびます。

「そのロンドン橋が、落ちちゃったって? どうして?」

「四つの王冠のどれかの位置がずらされちまったっていうことさ。おそらくは、盗まれたんだ」

「それでまず、スコットランドヤードに保存されている王冠を確認しようと、ロットを塔に上らせたというわけだ」

 ホレイショー警部補が言いました。塔の五階にある部屋の出入り口は、何人たりとも入ることができないようにモルタルで固められており、どうしても入りたいときには外側の壁と屋根をよじ登って小窓を使用しないといけません。それでロットは外から入ろうとして、足を滑らせ、窓にぶら下がっていたのでした。

「焦らず、あたしが来るのを待てばよかったものを」

 ガチョウおばさんは皮肉っぽく笑います。

「ガチョウの世話で、いつお着きになるかわからないということでしたので」

「急いできたんだよ。安心しな、さっきミルに乗って小窓から入って見たら、百年前に見たのと同じ王冠がちゃんと収められていたよ。つまり、ロンドン橋が落ちた理由は、スコットランドヤードに保管された王冠じゃないってことさ。他の三か所のどこかの王冠ってことさね」

「ふぅーん」

 赤ずきんは腕を組みました。

「こうなったら、他の三か所も見て回るしかないだろうね。さあさ、赤ずきん、食べたら行くよ」

 予言の「濡れに濡れし赤き服の者」というのが自分のことなのかどうかわかりませんが、どのみち、この事件を解決しなければ、お家に帰れる見込みはないのです。

 

4.

 

 スコットランドヤードの馬車に揺られてまずやってきたのは、ホワイトポール聖堂。ドーム状の屋根を持つ、白い聖堂です。建物の左右には広い庭が広がっていて、背後には木が茂って森のようになっていました。

「ずいぶん広い聖堂ね」

「ロンドンの守護聖人の一人を記念しているのさ」

 ガチョウおばさんが説明するわきで、

「おや」

 ホレイショー警部補はその庭の一角に目をやりました。そこには質素な服を着た若い娘と、ぼろぼろの服を着た青年がいて、二人で泣いているのでした。

「メアリーとジョンじゃないか。この聖堂の隣には農場があって、メアリーは八つのときにそこに引き取られた娘だ。ここのボイル司祭には、そのころから世話になっているはずだよ」

 ホレイショー警部補が二人に近づいていきます。

「俺ともけっこう関係があるんだぜ。俺は去年、家を建てたんだが、そこにウィスキー用のモルトを保存している。そのモルトをねずみのやつがかじってな……」

 ホレイショー警部補は長々と、自分と二人の関係を説明しました。

「つまり、俺の建てた家に貯蔵してあったモルトをかじったねずみを殺した猫をいじめた犬を突き上げた曲がった角の牛の乳を搾った身寄りのない娘、それがこのメアリーさ」

「ほとんど関係ないじゃない」

「そんなことはないさね」なぜか、ガチョウおばさんは楽しそうです。「警部補、じゃあ、ジョンという青年との関係は?」

「俺の建てた家に貯蔵してあったモルトをかじったねずみを殺した猫をいじめた犬を突き上げた曲がった角の牛の乳を搾った身寄りのない娘にキスをしたぼろぼろの服の青年、それがこのジョンだ」

「なんでいちいち、家のところから言うの?」

「僕たち、結婚することになったんです」

 赤ずきんの苛立ちなど知らないというように、ジョンという青年は言いました。

「今日はボイル司祭のもと、結婚式をこの聖堂で開く予定だったんです。友だちもたくさん呼びました。だけど、できなくなってしまった。守護聖人に捧げる料理が作れないそうです」

「どうしてだい?」

「材料が届かないんだそうです」

「材料が届かなければ、料理はできないわ」メアリーが嘆きます。「それじゃあ結婚式ができない。私たちは結婚できない!」

 わああ、わああ、と二人は泣きました。

「守護聖人に捧げる料理がないんじゃ、ロンドンの結婚式は無理だね。かわいそうだが、私らは先に行くしかない」

 嘆く二人をおいて、ガチョウおばさんは聖堂のほうへ向かいます。赤ずきんも後ろ髪をひかれるような思いであとについていきました。

 ホワイトポール聖堂の扉を開けて入っていくと、そこは広い礼拝堂になっていました。左右の壁には聖人像がずらりと立ち並び、赤ずきんたちを見下ろしています。長椅子に挟まれた通路を通っていくと、正面の祭壇に一人の司祭がいました。司祭はこちらに背を向け、祈っているようでした。

「お忙しいところ申し訳ありません、ボイル司祭」

 ホレイショー警部補が声をかけると、司祭はこちらを振り返りました。両手は胸の前で組まれています。

「これはホレイショー警部補。ガチョウおばさんもごきげんよう。そして、あなたは……」

「赤ずきんよ。旅をしているの」

「それはそれは」

「ボイル司祭、ロンドン橋のことはもちろん知っているだろうね」

 ガチョウおばさんが訊ねます。

「もちろんです。悲しいことです」

「どうやら四つの王冠の位置がずらされたか、盗まれてしまったようなのです。聖堂に収められているものは、大丈夫でしょうか」

「厳重に保管しておりますよ」

「確認させていただいても?」

「いいのですが」と、司祭は困ったように目を伏せ、祭壇の下に一度しゃがみました。そして、再び立ち上がったとき、

「わっ!」

 赤ずきんはびっくりしてしまいました。祈るためにがっちり組まれた両手の下から、別の手が二本出ているのです。その右手のほうに、じゃらじゃらと鍵のついた鍵束がありました。

「司祭、手が四本あるの?」

「ああ、いえいえ。この〝祈りの手〟は作り物です」司祭はにこにこと笑いました。「この礼拝堂の中にいるときにはいつも主に祈りを捧げていたいのです。しかし、生活のために両手を使わねばなりません。これをつけていれば、本物の両手で別のことをしながら祈れるのです」

「はぁー、なるほどね」

 赤ずきんは一応そう言いましたが、理解できません。ロンドンには変わった人ばかりがいます。

「王冠が保管されている部屋はこの奥の塔の五階にあり、施錠された三つの扉を開けていかなければなりません。こちらです」

 司祭について長い廊下を歩き、途中、三つの扉の施錠を解いて塔に着きました。この先、さらに三つの扉が設置された長いらせん階段を上っていくというのです。

 らせん階段を上っていくあいだ、ホレイショー警部補は司祭について説明してくれました。

「……つまりボイル司祭は、俺の家に貯蔵してあったモルトを、かじったねずみを、殺した猫を、いじめた犬を、突き上げた曲がった角の牛の乳を、搾った身寄りのない娘に、キスをしたぼろぼろの服の青年を、結婚させる司祭なんだ」

「ぼろぼろの服の青年までは、さっき聞いたわよ。なんでいちいち全部言うの?」

 赤ずきんの息はすっかり上がっていました。途中の扉の鍵を開けながら、もう何百段か階段を上ってきています。

「いちいち言うのがいいのさ」

 ガチョウおばさんはひょいひょいと階段を上りながら、まったく疲れた様子を見せません。七百五十歳とは思えない健脚です。

 そんなふうに五階分も上ったでしょうか。

「さあ、着きましたよ」

 金ぴかの大きな扉の前まできて、ようやくボイル司祭は言いました。じゃらんと鍵束の中から、ひときわ目立つ金色の鍵を抜き出し、鍵穴に差し込んで回します。

 扉が開くと、そこは真っ白な部屋でした。周囲の壁に格子状の窓があり、明るさは十分です。中央に円柱の台があり、その上にすっぱりと半分に割られた王冠が置いてあります。

「あれね?」

「本物かどうかわからないさ」

 ホレイショー警部補は疑わしげな眼をしていました。

「どれ、見させてもらうよ」

 ガチョウおばさんは近づいていき、じっと観察した後でつぶやいたのです。

「……間違いないね。百年前に見たのと同じ、ユニコーンの王冠さね」

 

5.

 

 赤ずきんたちを乗せた馬車が次に向かったのは、ロンドン塔刑務所です。

 高い塀に囲まれた敷地内にある、四つの塔を要する堅固な建物でした。

「不気味なところね」

 門を入ってから、赤ずきんは寒気がとまりません。庭に植わっているのは枯れてしまった木ばかり。その枝という枝に真っ黒なカラスが止まって、建物のほうへ進んでいく赤ずきんたちをじっと見ているのでした。

 空を覆う雲は一層暗く思えます。周囲に漂う臭いは、スコットランドヤードの死体置き場によく似ていました。

「そこにいるのは、ホレイショー警部補か!?」

 ガラガラ声が響き、カラスたちが一斉にばたばたと飛び立ちました。

 刑務所の出入り口に、骸骨に布を張り付けたような、ガリガリにやせ細った男性がいたのです。目は落ちくぼみ、頬はこけ、頭にはちょろりとした毛が残っているばかりです。

「ゲイル所長、ごきげんよう」

「ごきげんがいいわけないだろう」

 そろっていない歯をガチガチと鳴らし、目をぎょろつかせてその骸骨男は言いました。

「今日はこのあと処刑がある。朝から囚人どもは大騒ぎだ。何をしにきた、ガチョウおばさんまでつれてきて」

「ロンドン橋が落ちた件は知っていますか?」

「知っているが、どうした?」

 ホレイショー警部補は赤ずきんを紹介しながら、これまでのいきさつを説明しました。

「そういうわけで、ゲイル所長。ライオンの王冠の片割れを見せてはもらえないでしょうか」

「ふーむ。本当は忙しいのだが……よかろう。私の家はテムズ川の南岸、ロンドン橋を架け直してもらえねば帰宅できん」

 と、そのときです。

 ――ゴギン、ゴガンゴーン

 曇天のどこか遠くから鐘の音が響いてきました。ゲイル所長が背筋を伸ばします。

「おい、聞いたか今の鐘の音!」

「ええ、聞きましたが」

 ホレイショー警部補が答えました。

「ボウ教会の鐘ではあるまいな? 今日はロンドンじゅうの教会の鐘が六つ鳴るはずだが、セント・クレメントの鐘とセント・マーチンの鐘まで聞いたところで、うっかり眠っちまったんだ。ボウ教会の鐘が鳴ったら首切り役人が来ちまう! なあ赤ずきんとやら、今のはボウ教会の鐘じゃなかったか?」

「知らないわよ」

 赤ずきんが答えると、

「『I'm sure I don't know.』だと? やっぱりボウ教会の鐘じゃないか。ああ、もう首切り役人が来る。今日のところは帰ってくれ」

「今のはオールド・ベイリーの鐘だよ」ガチョウおばさんが言いました。「『金をいつ返すんだ』と聞こえたろう?」

「そうか」

 ゲイル所長は胸をなでおろしました。赤ずきんには何がなんだかわかりませんが、所長は納得したようです。

 ぎぎいと重いドアを押し開け、ゲイル所長が入っていきます。

 昼間だというのに薄暗い廊下をしばらく行くと、大きな木の扉がありました。そこを抜けると、両脇に牢屋が並んだ部屋に入ります。すべての牢屋には囚人が収容されていて、檻をつかんでこちらを見てきます。

「なんだなんだ?」「新入りか?」「いや、食い物だろ。よこせ」「俺は無実だ!」

 口々に囚人たちはしゃべりだしますので、赤ずきんはすっかり縮こまってしまいました。

「うるさくてすまんな。王冠は北西の塔の五階にある。その塔の出入り口は中庭にあって、ここを通るしかない」

 ゲイル所長はずんずん進んでいきます。

 がん、とすぐそばの牢屋から大きな音がしました。赤ずきんはぎょっとしました。

「おい、赤い女! あたしを今すぐ、ここから出しな!」

 暗い牢屋の中に見えるのは、大きなスズメの顔でした。充血しきった目で、こちらを睨みつけてきます。

「コマドリ殺しの犯人のスズメだ」

 ガチガチと歯を鳴らしながら、ゲイル所長が言いました。

「あたしを出せって言ってんだよ、あのコマドリめ、あたしが殺してなかったとしても、誰かが殺してたさ」

「せいぜい今のうちにほざいておけ、この凶悪犯罪鳥が。これから首切り役人がやってくる。今日の夕方には、その首は胴体からおさらばしているぞ、ひゃひゃっ」

 ゲイル所長は思いがけず下品な笑い方をしました。

「出せ、このやろう!」「俺はお前を恨んでやるぞ!」「呪い殺してやる!」

 あちこちの廊下から罵声が飛んできました。凄い力でがたがたと檻を揺らしている囚人もいます。

「うるさいよっ!」

 ガシャーンと、激しい金属音が響きました。廊下の突き当りに、作業服を着て斧を握った四十ばかりの女性が立っています。

「騒ぐのは、お前か? お前か、おい、お前かっ!」

 斧を振り上げ、檻を一つ一つ、激しく叩き回っています! 囚人たちが怯え切ってすっかり静まったところで、彼女はゲイル所長の前にやってきました。

「静まらせました、所長」

 生気を感じさせない目です。

「あ、ありがとう、リジー・ボーデン」

「なんてことはないです。私にかかれば。それでは」

 赤ずきんたちには目もくれず、斧を引きずって、彼女は去っていきます。

「模範囚の一人だよ」その後ろ姿を見送りながら、ゲイル所長が言いました。「母親を四十回ぶっ叩き、父親を四十一回ぶっ叩いたんだ」

 こんな恐ろしいところは早く立ち去りたいと、赤ずきんは震えました。

 

(つづく)