オオカミ少年ゲーム
8.
翌日の正午はすぐにやってきました。
よほど昨日の「イソップさんが来たぞ!」が怖かったのか、地下スタジアムに観衆は昨日の三分の一もいません。一部の好事家か、他に行く当てもなさそうなぼろぼろの身なりの男たちがメインテーブルを囲んでいます。
赤ずきんは昨日と同じ椅子に座り、向かい側のシャビースを見ていました。
「よく来たな赤ずきん、逃げるかと思っていたぜ」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
強気を見せるとシャビースは、へっ、と笑って目をそらします。彼の視線の先には、びくびくしているきこりのデンドロがいます。ポースは相変わらず、観衆の一番外で見守っているのでした。
「そうそう。ロリヒさん、先にこれを返すわね」
赤ずきんはバスケットの中から羊の石を取り出し、ロリヒに差し出します。ロリヒは受取り、訊ねました。
「カサンドラを殺した、犯人は?」
「ごめんなさい」赤ずきんは肩をすくめます。「やっぱりわからない」
ぐぐっ、とロリヒは喉を鳴らし、
「やはり、はったりだったか」
とつぶやきました。怒りが胸の底から湧いてきたのでしょう、顔が真っ赤になっていきます。しかし彼は激高することなく、低い声で言ったのです。
「デンドロの命をもらうのは、賭けの対象としてだ。だがそれとは別に、お前の命も危ないと思っておけ」
「あら、そう? でもとりあえず、私が勝ったら二千ドラクールは忘れないでね」
まったく恐れをなさない赤ずきんの様子に、観衆の中に戦慄が走るのがわかりました。
ひゃひゃ、とシャビースが邪悪に笑います。
「お前は羊を最低でも八匹、帰宅させなければいけない。食われていいのは二匹だけだ」
「わかってるわ。それよりあなたは、カードを書き替えなくていいの?」
「ごちゃごちゃとうるせえな。昨日書いたままでいい」
シャビースは、テーブルの下から出したカードを扇状にします。
「ギッピスさん、羊の石を貸してくれる?」
昨日と同じ位置に座ったギッピスは扇子をぱちんと閉じ、自分の小袋を覗いて数を確認したあと、赤ずきんの前に投げました。
「ゲームスタートだ」
ロリヒが言うや否や、シャビースは赤いカードをテーブルに叩きつけました。
「オオカミが、来たぞ!」
赤ずきんもまた、手早く小袋に手を突っ込み、羊の石を出します。その数、二匹。
「は?」シャビースが目を丸くしました。「お前、わかってんのか? 九匹帰宅させようとするなら、三回の【嘘つき】のチャンスに三匹ずつ帰宅させないと」
赤ずきんは何も答えず、どうぞ、という仕草をしました。
「は、はは。こいつ、狂っちまったみたいだ。もう勝負を投げてるんじゃないのか?」
「第一チャレンジ、フィックス! めくれ!」
ロリヒの声にシャビースがカードをめくると、そこには×の印がありました。ああ……と観衆から嘆きの声があがりました。
「ひゃーっひゃっひゃ! これでもう、お前の勝ちはなくなったぜ! 犯人もわからず、ゲームも弱い」
「ゲームが弱いのはしょうがないわ。あなたたちのようにイカサマができないもの」
シーンとその場が静まり返ります。
赤ずきんの放った言葉の意味を、誰もが理解しようとしている沈黙でした。やがて口を開いたのは、ロリヒでした。
「イカサマだと?」
「そうよ。シャビースたちは『オオカミ少年ゲーム』のことを知ってあなたに取り入り、イカサマをして大儲けしているの。カラクリは教えずにね」
「人聞きが悪いな!」
蜂の羽音のような声で、ギッピスが叫びます。その額には大量の汗──。正直ね、と微笑みながら、赤ずきんはシャビースの手の中のカードを指さします。
「第二チャレンジよ。早くカードを出して」
「……この野郎」
「あなたの手元に本物の【オオカミ】はあと一枚しかない。あなたが使いどころをミスしてくれれば、私は引き分けに持ち込めるわ」
シャビースはぎりぎりと歯ぎしりをしたあとで、緑色のカードを出します。
「オオカミが、来たぞ!」
赤ずきんはすかさず、羊を三匹出しました。ロリヒが促し、シャビースはカードをめくります。何も書かれていない【嘘つき】でした。
「素直ね、シャビース」
赤ずきんは微笑み、三匹の羊を安全ゾーンへ移動させます。
「どんなに上手くことを進めても、しょせん引き分けなんだぞ」
歯をむき出すシャビース。赤ずきんは動じず、「イカサマのことに話を戻しましょう」と言いました。
「気になったのは、昨日の第四チャレンジよ。イカサマが行われているんだったら、あなたは小袋から三匹の羊を出せばよかった。なぜ二匹だったのか……直前にカサンドラのところに大きな蛾が飛んできて彼女が取り乱し、逃げていった。あれが理由だったのね?」
「……何を……ほざいてるんだか」
シャビースの表情が陰りました。赤ずきんはロリヒを見ます。
「ごめんなさいロリヒさん、さっきは嘘をついたわ。私は、カサンドラを殺した犯人を知っている」
「なんだと?」
「それを明かす前に、さあ、第三チャレンジに行きましょう」
赤ずきんは小袋に手を入れ、羊を三匹出しました。
「おいおい、『羊飼い』が羊を出すのは、『オオカミ』がカードを出してからだぞ」
「この三匹を下げるつもりはないわ。これから私が話す話はイカサマの内容に触れる。都合が悪ければ本物の【オオカミ】カードを出して勝負を終わらせて。その場合、カサンドラを殺した犯人は永久にわからなくなるけれど」
「【嘘つき】を出せ」
ロリヒがシャビースに命じます。シャビースは焦ったようにロリヒを振り返りました。
「しかし、お頭……」
「命令を聞け!」
びくりと肩を震わせ、シャビースは黄色いカードを伏せました。ロリヒがそれをめくると、そこには何も書かれていませんでした。
「ありがとう、ロリヒさん」
赤ずきんはにこりと笑い、三匹を安全ゾーンへ移動させます。これで六匹が帰宅できました。今やすっかりゲームを主導している赤ずきんを、観衆は固唾をのんで見守っているようです。
赤ずきんはバスケットに手を伸ばし、カードを取り出すと、男たちに見えるように高く掲げました。
「昨日デンドロに代わり、私が使った【オオカミ】カードよ。朝のうちにドクロ梨農家のおじいさんのところへ行って、匂いを嗅いでもらったの。そうしたら、蛾を引き寄せる香りがするんですって。ドクロ梨って、花粉をつける蛾をおびき寄せるため、花びらにオリーブオイルを塗るの。その香りがするっていうことよ」
カードを、自分の鼻に近づけました。
「このカードにはあらかじめ、ドクロ梨の花びらのエキスが塗られていた。そして、ペンをつけるインクの中には、オリーブオイルが入っている」
シャビースの顔には脂汗が浮いています。
「この独特の香りは、普通の人間の鼻には感じられない。でも、鼻の利くカサンドラさんは感じ取ることができたんだわ」
「まさか……」ロリヒもようやく気づいたようでした。赤ずきんは自分の位置から左側の端に座っているギッピスを見ました。
「『×』をつけたカードは花びらのエキスとオリーブオイルの作用によって、このわずかな香りを漂わせている。ギッピスさんは、昨日もそこに座って扇子をぱたぱたさせていたわね。そして、その正面にはカサンドラさんがいた。プレイヤーがテーブルにカードを置いたときにギッピスさんは風を起こし、カサンドラさんにカードの香りを送っていたのよ。そして彼女は独特の香りを感じ取ったときだけ、シャビースさんに合図を送っていたんだわ。おそらくこうやって」
なまめかしく額を掻く仕草を、赤ずきんはしてみせました。
「このイカサマは、これまで誰にもバレず上手くいっていた。ところが昨日のゲームの途中、第四チャレンジで思いもよらないハプニングが起こったの。それが、蛾の乱入よ」
くすくすと赤ずきんは笑いました。
「蛾を引き寄せる甘い香りをイカサマに使っていた張本人が、蛾が苦手だったなんてね。カサンドラさんが逃げてしまったため、シャビースさんは合図を受け取ることができなかった。だから私のカードが【オオカミ】でも【嘘つき】でも被害が最小限になるように、のこり四匹のうちの二匹を出したというわけね」
「シャビース、お前……」
ロリヒが睨みつけますが、
「デタラメだ!」
シャビースは騒ぎはじめました。ギッピスは扇子をテーブルの下に隠すようにし、うつむいています。
赤ずきんは言いました。
「シャビースさん。あなたはどうして、このゲームに一度も負けたことがないの?」
「駆け引きが上手いからだ。そんなイカサマなど……」
「シャビースさん。あなたはどうして、ゲーム中、カサンドラとギッピスをそばに座らせているの?」
「仲間なんだ、当然だろ」
「それじゃあ」
と、赤ずきんはシャビースの小袋に手を入れ、羊を一つ、テーブルに置きました。
「あなたの犯罪計画は、どうしてそんなに杜撰なの?」
「……あっ?」
「イカサマ仲間のカサンドラを殺したのは、あなたね」
ざわめく周囲。ロリヒは目を剥き、絶句しています。
「あなた方はもともと詐欺師仲間で、ロリヒさんの『オオカミ少年ゲーム』を知ってイカサマで儲けようという計画を立てた。その計画は途中まではうまくいっていたけれど、大誤算が起きた。カサンドラがロリヒさんと恋仲になったのよ」
寝室にあった手紙から、カサンドラのほうの気持ちも本物だったことは明らかです。
「現場にはレモン水の入ったカップが二人分、砕け散っていた。カサンドラと犯人は、レモン水を振るまうほどの間柄だわ。シャビース、あなたは昨日、カサンドラの失敗を受け、ロリヒさんのもとを離れて別の場所で新しい仕事を探そうとでも言ったんじゃないの? でもロリヒさんと離れたくないカサンドラは反対した。で、激高したあなたは……」
だん! シャビースは赤ずきんを遮るように、白いカードをテーブルに叩きつけました。
「オオカミが、来たぞ!」
一同の目が、そのカードに注目します。
「もう変更は認めねえ! はっはは!」
「カサンドラは殺されるとき、犯人と格闘してテーブルを倒したわ」
赤ずきんはひるまず続けます。
「キャンドルは倒れて明かりは消え、レモン水を入れていたカップは砕け散り、テーブルに置かれていた犯人の小袋も落ちて羊がいくつかこぼれ出た。カサンドラは苦しみながらその羊の石を一つ取り、胸の間に隠してうつ伏せでこと切れた」
「黙れ、デタラメ女。これで終わりだ!」
フィックスが宣言されていないにもかかわらず、シャビースは白いカードを裏返します。そこには『×』がありました。
「犯人は当然、羊の石を回収したでしょう」
「見ろよ、【オオカミ】だ」
「じゃあどうして、カサンドラの体をしっかり調べて最後の一つを回収しなかったのかしら? 一つでもなくなっていたら現場に自分の持ち物が残ってしまう。時間は十分あったはずなのに」
「お前の羊は三匹食われた!」
「犯人は勘違いしたのよ。小袋の中にもとから入っていた羊の石じゃないものを、羊の石とね」
赤ずきんはテーブルの上に、こん、とそれを置きました。手のひらに収まる歪な灰色の塊──ドクロ梨の種です。
「これって触るとごつごつして石みたいなのよね。見ただけじゃぜったいに間違えないけど、触っただけなら羊の石と勘違いしてもおかしくないわ」
「…………あっ」
観衆からあがった声。誰もがそちらに注目します。
「赤ずきん、昨日お前が吐き出した種、シャビースの袋の中に入ったな」
ポースがそれを証明したことにより、シャビースへの疑いはぐっと濃くなりました。誰よりも、忠実な手下に疑いの目を向けているのはロリヒでした。
「シャビース、お前……」
「嘘ですよ。昨日カサンドラの部屋で、俺たちの小袋の中身を全部見たじゃないですか」
「そんなのどうにでもなるわ」赤ずきんはすかさず口をはさみます。「カサンドラを殺した後、家に帰り、もう一度小袋の中を確認したあなたは羊の石が一つ、見たこともない種になっているのに気づいたのでしょう。それで慌ててすり替えたのよ。現場に戻って回収する時間は、なかったんじゃない?」
「そんなのはお前の……」
「ギッピス!」
シャビースの弁明は、ロリヒの雷のような声に遮られます。小男は冷水でもかけられたかのように、ピンと背筋を伸ばしました。
「赤ずきんの言っていることは本当か、お前たちはイカサマで俺を勝たせていたのか……!」
「え……あ……嘘ですよ、お頭、こんなやつの言うことは」シャビースの声は甲高くなっていました。「どのみち、こいつはゲームに負けました。俺がこの羊を三匹食ったことにより、やつの袋の中にはもう、一匹しか羊は残っちゃいねえ。帰宅できるのは合計七匹です」
「そうかしら」
赤ずきんはさっ、と自分の小袋を取って逆さにします。テーブルの上に落ちてきた羊は──三匹。
「なーっ! な、なんでだ!」騒いだのはギッピスでした。「合計十二匹いるじゃないか。お、俺の袋の中には十匹しか羊はいなかった。赤ずきんに渡す前にも確認したのに!」
「昨日カサンドラのところから持ち帰ったやつを加えたんだな?」
シャビースが忌々しげに言います。赤ずきんはおかしくてしょうがありません。
「あなたの目は節穴なの? 勝負が始まる前に、羊はロリヒさんに返したじゃない。それに、私は一つしか持ち帰っていない。二匹増やすのはその方法じゃ無理」
ぐっ、と黙るシャビースに、赤ずきんは「いいわ」と言いました。
「教えてあげる。第一チャレンジであなたが食べた二匹の羊、表面を爪で削ってみて」
「削る?」
シャビースは自分の前にある羊を手に取り、爪で削っていきます──。
*
さかのぼること十数時間。昨晩の夜のことでした。
事件現場であるカサンドラの部屋を出た後、赤ずきんはデンドロとポースのふたりを従えるようにして、まっすぐある場所に向かいました。
それは、デンドロと初めて会った池のほとりでした。
昼間はとても爽やかな印象でしたが、夜は水面が黒く、なんだか不気味でした。
「赤ずきん、なんだってこんなところに?」
不安そうに言うデンドロをちらりと見ると、赤ずきんは借りてきたばかりの羊の石を池に放り投げたのです。ぽちゃん、と音がしてすぐに、ぴかーっと光の柱が立ちました。
「私はこの池の女神です。あなたは今、この池に落とし物をしましたね?」
現れた女神は、昼間デンドロに言ったのとまったく同じことを言いました。ほえーっ、とポースが目を丸くしています。
「ええ。殺人事件の証拠品を落としてしまったわ」
不穏な言葉にもまったく笑みを崩さず、女神はさっ、と背後から光り輝く金色の羊の石を取り出しました。
「あなたの落とした殺人事件の証拠品は、この、金の殺人事件の証拠品ですか?」
「いいえ。違うわ」
「では、あなたの落とした殺人事件の証拠品は、この、銀の殺人事件の証拠品ですか?」
左手に載せられた銀の羊の石を見て、赤ずきんは「違うわ」と首を振ります。
「では、あなたの落とした殺人事件の証拠品は、この、普通の殺人事件の証拠品ですか?」
「そう。それだわ! それじゃなきゃ証拠にならない」
「まあ、何と正直なのでしょう!」
女神は叫びました。
「正直であるご褒美として、あなたには金の殺人事件の証拠品と銀の殺人事件の証拠品も差し上げましょう。ただし、私が現れるのは一人の一生に一度だけです」
まばゆいばかりの光を放ったあと、女神は消えました。その足元に転がっていた三つの羊の石を拾い上げると、赤ずきんは唖然としている二人を振り返り、
「ついてきて」
と歩き出します。
やってきたのはもちろん、ヘレナの店でした。
「なんだこりゃ。こんなに小さくちゃ、二つでせいぜい三十ドラクールだよ」
「換金してほしいわけじゃないの。金と銀の羊の石の表面を、この石みたいに見えるように塗ってほしいのよ」
ヘレナは金の羊の石を摘まみ上げ、観察した後で「おもしれえじゃん」と口角を上げたのでした。
*
「この悪魔めっ!」
削ったあとから金と銀が覗くその羊の石を眺め、シャビースは怒りに肩を震わせています。
「何と言われてもいいわ。第四チャレンジ、あなたの手元にあるのは【嘘つき】のカード。私の可愛い三匹の羊は無事に帰宅できて、合計九匹。私の勝ちよ!」
「認めるかよ、大嘘つきめ!」
「ロリヒさんを騙しておいてよく言うわ。それに『羊飼い』が嘘をついちゃいけないって、誰が決めたの?」
何かを言い返そうとするシャビース。直後、その頭が、毛むくじゃらの太い腕でぐぐっとテーブルの上に押さえつけられました。
「ぎゃあっ!」
「俺を騙していたな」
「う……嘘です、お頭。し、信じて……」
「すみませんでした」涙声が、シャビースの弁明を遮りました。「すべては赤ずきんさんの言うとおりです……」
9.
三日後、赤ずきんは景色のいい丘を歩いていました。お供はきこりのデンドロと元オオカミ少年のロリヒです。
空は澄み、そよ風が吹き、小鳥が飛び、歌でも歌いたい気分でした。
「さあ、あの丘を越えたら、ついにピリーウスだぞ」
デンドロが先を指さします。
「そういえば、潮の香りがしてきたな」
とロリヒ。
「ロリヒさん。あなたのおかげでこの三日間、とても楽しい旅だったわ、ありがとう」
「とんでもない。詐欺師どもと縁を切れたのはお前のおかげだからな」
シャビースとギッピスは二度とリリュコスに近づかないと約束させ、ロリヒは二人を追放しました。その後、赤ずきんの旅の目的を知ると、送り届けることを申し出てくれたのです。
ロリヒは『オオカミ少年ゲーム』で儲かったお金を使い、立ち寄る村々で赤ずきんとデンドロに美味しいものを食べさせてくれ、豪華な宿に宿泊させてくれました。
実際この三日間は、これまでの旅でいちばん楽しい時間を過ごせたと言っていいでしょう。
「そろそろお別れなのね」
「寂しいか」
へっへ、とロリヒは笑います。
「寂しいことはないわ。ただ……」
後ろ髪を引かれるのは、旅の途中で出会い、氷にさせられたままの者たちです。もとに戻してあげられればいいのですが、自分にそんな力はないように思えます。
イソップ──あの恐ろしい人に目をつけられたら、自分の命だって危ないのです。早くこの国を出るに越したことはありません。
「さあ、頂上だ」
ロリヒは走り出しました。
「待ってくれ」
デンドロも追いかけます。
「眼下に、ピリーウスの町と、広大な海が──」
と言ったところで、ロリヒは立ち止まりました。追いついたデンドロも絶句しています。
「どうしたの?」
と、二人の横に立ち、
「……これは……」
赤ずきんも言葉を失いました。
ふもとに広がっているのは、たしかに港町です。しかし、全面、凍っているのです。建物も、畑も、木々も、船も……まるで氷を削って作った彫刻の町のようです。
どうして?という疑問すら空中で凍ってしまいそうな、寒々とした光景。赤ずきんは恐怖で、まさに足の先から凍っていきそうでした。
ごごご……ごごご……
何かが背後から迫ってくる音がしました。
怖いです。
しかし、見ないわけにはいかないでしょう。
赤ずきんたち三人は、ゆっくりと振り返りました。
そこには──