マザーグース捜査線

 

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 三人はすぐにロンドン橋が落ちた現場に戻り、ニール警部にすべてを報告しました。

 ニール警部は部下を総動員し、フェイギンを捕まえる捜査網を張りました。

 赤ずきんはスコットランドヤードで待機するように命じられたのですが、一時間たっても二時間たっても、いい報告は入ってきません。日は傾き、夕方になってしまいました。

 もう今日はだめかしら――あきらめかけた赤ずきんのもとに、ホレイショー警部補によって一つの報告がもたらされました。それは、思わず叫んでしまうような、意外で悲劇的な報告だったのです。

 

9.

 

 ポストマンズ・パークは、ホワイトポール聖堂から北に少しの位置にある公園でした。赤ずきんがスコットランドヤードの馬車でそこに着いたのは、もうすっかり日が暮れた頃でした。

「これは、ひどいわ」

 けして広くないその公園には、あちこちに何かの記念碑が建てられています。その一つ、茂みのすぐそばにある記念碑にもたれて座るように、男性の遺体があるのでした。年齢は五十歳手前といったところでしょうか。タオルをターバンのように頭に巻き、おんぼろのチョッキの下には土気色の素肌が見えています。腰には剣がさしてありますが、それを抜いた様子はなく、腹部に短いナイフが垂直に突き立てられているのでした。

「フェイギンだ」

 ニール警部が言いました。つい三十分ほど前、近くを散歩していた婦人が見つけたというのです。すぐ裏手が茂みになっており、表からは死角になっています。

「彼の一味による窃盗やスリの被害届は二千件を超える。我々はもう十年以上、この男の居場所を追いかけていたが、まさかこんな風に会うことになろうとは」

 どこかやりきれなそうな表情です。

「それは何かしら?」

 赤ずきんはフェイギンが右手に握っているものを指さしました。ニール警部は手を伸ばし、それをフェイギンの手から取りました。しわくちゃに丸められた紙です。広げられたそれには、文字が羅列されていました。赤ずきんが普段使っている文字によく似ていますが、読めません。

「ライオンとユニコーンの王冠の記録さね」

 脇から割って入ったガチョウおばさんが、覗き込んで言いました。

「やっぱりこの悪党が、ホワイトポール聖堂の文書保管室に忍び込んで古文書を盗んだんだ。そして、王冠の本当のありかを知り、手下たちに盗ませたのさ」

「なんでそんなことを?」

 ホレイショー警部補が首をひねります。誰もが疑問に答えられない中、赤ずきんはまた、気になるものを見つけました。

「上着の内ポケットにも、何か紙が入っているわね」

 ニール警部は手を伸ばし、それを引っ張り出しました。広げてそれを読んだ警部の顔色が変わります。

「どうしたの?」

「『スコットランドヤードの警察諸君

ユニコーンの王冠を盗んだのは私だ

ロンドン橋を元に戻してほしくば

馬車一杯の金塊と、舟一杯のパンを用意しろ

さもなくば、ロンドン市民の生活は元に戻らんだろう

             フェイギン』」

「なんてことだ!」

 ホレイショー警部補が頭に手をやりました。

「ロンドン橋の身代金なんて!」

「ちょっと待て、それは本物の手紙なの?」

 赤ずきんが言ったそのとき……

「本物さ!」

 後ろから声が聞こえました。振り返ると、ニール警部の部下であるグレゴリー巡査に首根っこを掴まれた、少年がいました。

「オリバーじゃない」

 赤ずきんを見て、オリバーは気恥ずかしそうにへへっ、と笑っただけでした。

「この先の肉屋で売り上げをかすめ取ったところを、肉屋の主人に見つかってとっつかまっていた、フェイギンの手下のガキですよ」グレゴリー巡査が言いました。「締め上げたら、白状しました。フェイギンに命じられ、今朝、スコットランドヤードの地下に忍び込んだそうです。ロンドン塔刑務所の地下と、ガイーン病院の地下に行くように命じられた仲間もいるとか」

 ホレイショー警部補はオリバーに近づいて訊ねます。

「お前の親分は、ロンドン橋を落とし、その身代金をスコットランドヤードからせしめようとしたということか、オリバー?」

「そう言ってたよ、僕と仲間に。成功したら、たらふく食わせてくれる約束だったんだ!」

 ニール警部がオリバーに近づき、フェイギンの手紙を見せました。

「これはお前の親分の字に間違いないんだな?」

「ん? ああ、この『f』と『t』の区別のつかないところ、親分の字に間違いない」

 ニール警部は「わかった」とうなずき、質問を重ねます。

「それで、ホワイトポール聖堂から盗んだ王冠はどこにある?」

「知らねえよ」

「誰が盗んだんだ?」

「それも知らない。僕は、スコットランドヤードに向かうように言われただけだ。それも、そこの赤ずきんに見つかって失敗しちまった」

「親分を殺した犯人に心当たりは?」

「親分に恨みを持つやつなんて山ほどいるだろうよ!」

 うーん、とニール警部は腕を組みますが、赤ずきんはこの言葉にひっかかりました。

「オリバー、フェイギンさんは命を狙われていたの?」

「そうだよ。だから常に警戒していたし、剣だって持ち歩いていた」

「警戒しない相手に殺されたのかしら?」

「それでも相手がナイフなんて出してきたら、一気に飛びのいたはずさ」

 じゃあどうやって犯人はフェイギンに近づき、こんなに短いナイフを腹部に突き立てられたのでしょう。

「フェイギンは油断していたの?」

 つぶやきながら、赤ずきんは死体に近づきます。すると、死体のそばにナイフの鞘が落ちているのが目に留まりました。拾うと、わずかに紫色の糸くずがついているのがわかりました。

 その瞬間、赤ずきんの頭の中でいろいろなことがつながっていきます。

「そういうこと!」

 叫んだ赤ずきんに、ガチョウおばさんが訊きました。

「どうしたんだい、赤ずきん」

「フェイギンがロンドン橋を落としたがっていたなんて、嘘よ。フェイギンは利用されて殺されたんだわ。ロンドン橋を落としたくて落としたくてしょうがなかった真犯人にね」

 赤ずきんは、にこりと微笑みます。

「行きましょう。事件の解決に」

 

10.

 

 夜の帳が下り、ロンドンは闇の底に沈んでいます。

 木の扉を押し開け、赤ずきんは入っていきます。同行しているのは、ホレイショー警部補です。

 左右の壁に並ぶ聖人たちの白い像はそれぞれ、光を放つランプを携えていて、まるで昼間のような明るさでした。

 突き当りの祭壇の前に、こちらに背を向けて祈りを捧げている人の姿が見えます。二人はゆっくり司祭に向かっていきます。

「ボイル司祭」

 ホレイショー警部補が声をかけると、彼は顔を上げ、ゆっくりと振り返りました。胸の前でしっかり組み合わされた両手が作り物であることは、もう赤ずきんにもわかっています。

「これはこれは、おそろいで、どうしたのです?」

「窃盗団の親分だったフェイギンが殺されました。死体はこれを手に持っていました」

 王冠のありかを示した紙を、ホレイショー警部補は司祭に見せました。

「これは、この聖堂の文書保管室から盗まれたものでは……?」

「なんてことだ!」ボイル司祭が血相を変えました。「フェイギンはこれを盗み、この聖堂の地下に本物の王冠があることを知ったのですね? そして、盗み、ロンドン橋を落とした。……いったい、なぜ?」

「フェイギンのチョッキの内ポケットからスコットランドヤードあての手紙が見つかりました。ロンドン橋を元に戻してほしければ金塊とパンをよこせという内容のね」

「なんて悪党なのでしょう! ああ、主よ。このような悪が許されていいのでしょうか」

 ボイル司祭は再び祭壇のほうを向き、祈りを捧げます。

「見当違いもいいとこだわ」

 赤ずきんはその背に向かって言います。

「はい?」

 司祭が振り返りました。

「窃盗団の親分に、ロンドン橋の身代金だなんて大それた計画が立てられるわけがない。本物の王冠のありかだって、独自につきとめられるはずがないわよ」

 ボイル司祭は目をぱちくりさせています。

「しかし、今、フェイギン一味のしわざだとホレイショー警部補がおっしゃった」

「言ってませんよ」警部補はすげなく言います。「私は、殺されたフェイギンが古文書の一部とスコットランドヤードあての手紙を所持していたと、告げただけです」

「いったい、どういう……」

「ねえボイル司祭」

 赤ずきんは司祭に一歩、近づきます。

「あなたはどうして、この聖堂の地下に本物の王冠があることを知らなかったの?」

 なおも不思議そうな顔をするボイル司祭ですが、

「王冠が置かれたのは、先代の先代の司祭の時代。私の知るところではありませんでした」

 と答えました。

「ねえボイル司祭。あなたはどうして、そんなに精巧な作り物の手を使っているの?」

「昼間も申し上げた通り、常に祈りを捧げるためです」

「それじゃあボイル司祭」

 赤ずきんは司祭に指を突き付けます。

「あなたの犯罪計画は、どうしてそんなに杜撰なの?」

「えっ?」

「ロンドン橋を落とし、フェイギンを殺したのは、あなたね?」

「ま、ま、まさか! 常にロンドンの人々の安寧を祈っている私がなぜそんなことを……」

「聖堂の隣の農場で暮らしている、乳搾りのメアリー」

 ボイル司祭の顔色が変わったのを、赤ずきんは見逃しません。

「幼いころに身寄りがなくなって牧場に引き取られたメアリーに、あなたはずっと優しくしていた。その感情は慈しみから、いつしか恋心に変わったのではないかしら。ところが娘さんはぼろ服をまとったジョンに恋をした。二人は将来を誓い合い、あろうことか結婚式をこの聖堂で挙げたいと言ってきた。あなたにとって、それは屈辱以外の何物でもなかった」

 ボイル司祭の額に、じっとりと汗が浮かんでいます。

「そんな結婚式は認められない。だけど司祭であるかぎり、断るわけにはいかない。考えに考えた挙句、あなたはとても奇妙な、歪んだ考えに至ったのよ。ロンドンの結婚式には守護聖人に捧げる料理は不可欠だと聞いたわ。料理がなければ、結婚式を執り行うことができない。あなたはその料理が絶対にできないようにした」

「ロンドン橋を、落としたんです」

 合いの手を入れるように、ホレイショー警部補が言います。

「そうよ。やろうと思えばあなたにとっては簡単なことだったわ。自分で地下の部屋から王冠を取り出して、どこか遠くに持っていけばいいんだもの。でもそんなことをしたら、自分に疑いがかかるに決まっている。そこであなたは、窃盗団の親分であるフェイギンに近づいた」

 ロンドン橋を落とし、金塊とパンをスコットランドヤードにせびる。――ずる賢いフェイギンはすぐにこの作戦に乗ってきたというわけです。

「手下の子どもたちに、他の三つの王冠の置き場所に忍び込むようフェイギンに命じさせたのもあなたね。そうすることで、フェイギン一味のしわざという線は濃くなり、あなたにはまったく疑いが及ばなくなるもの」

 オリバーを含む三人の子どもたちが、別に王冠を盗むのに失敗してもよかったというわけです。

「私たちと一緒に塔の五階に上った時には、おかしくてしょうがなかったでしょうね。それとも、もどかしかったかしら。だってあそこにある王冠は、ニセモノなんだもの」

「まったくそんなことは考えていませんでしたよ」

 あくまでしらを切るボイル司祭に向かい、赤ずきんは続けます。

「二回目にここにきたときに『やっとか』とあなたは思ったでしょう。地下に安置された本物の王冠を私たちが見つけたのを見てようやく、古文書が盗まれたことを思い出したふりをしたんだわ。そうなればもう、スコットランドヤードがフェイギン一味にたどり着くのは時間の問題よ」

 フェイギンへの疑いが濃くなったのを見計らい、ボイル司祭は「スコットランドヤードに送る手紙の内容を確認したい」などと言い、フェイギンをポストマンズ・パークへ呼び出して殺害したのです。

「常に命を狙われて警戒しているフェイギンの体に、どうして犯人が正面からナイフを突き立てることができたのか。答えは単純。フェイギンは『相手は手を使えない』と思って油断していたからだわ」

 赤ずきんはボイル司祭の胸の前でがっちりと組まれている、ニセモノの両手を指さします。

「信心深くないフェイギンはこの礼拝堂に入ったことがなかった。あなたのその本物そっくりの〝祈りの手〟のことを知らなかったのよ。あなたはそれを装着し、あたかも両手が使えないように見せかけて彼に近づき、長い法衣の下に隠し持っていたナイフでぐさりと刺すことができたの。これで、ロンドン橋の身代金をせしめようとしたけれど、計画半ばに誰かに殺された哀れな被害者の完成よ」

「ふふ、ふはは」

 ボイル司祭が笑いました。

「ふはは、ふはは、おかしいですね。あなたが今話したことは、主があなたに与えた想像力の賜物です。しかし現実ではない。そうでしょう?」

 さっ、と赤ずきんはバスケットにかけられたハンカチの下から、一本のナイフを取り出しました。

「これは、フェイギンのお腹に突き立てられていたナイフ」

「ほう……」

 目を細めるボイル司祭。赤ずきんは次いで、ナイフの鞘を取り出します。

「これは、フェイギンのお腹に突き立てられていたナイフの鞘」

 さらに、鞘についていた小さな糸くずをつまみ上げます。

「これは、フェイギンのお腹に突き立てられていたナイフの鞘についていた糸くず」

 赤ずきんはボイル司祭に近づき、その法衣の下に出ている紫色のひだをつまみました。

「これは、フェイギンのお腹に突き立てられていたナイフの鞘についていた糸くずのもとである服」

 そして、赤ずきんはボイル司祭の顔を指さします。

「これは、フェイギンのお腹に突き立てられていたナイフの鞘についていた糸くずのもとである服を着ている、犯人」

 ボイル司祭はみるみる顔を赤くしていったかと思うと、

「いい加減になさい!」

 聖職者とは思えないほどの怒号を放ちました。

「こんな服など、どこにでもあります」

「聖職者しか着ることのできない色じゃなかったかしら?」

「私の他にも、司祭はたくさんいます」

「ロンドン橋を落としたことを認めないというのね?」

「認めるものですか」

「それならこっちにだって考えがあるわ」赤ずきんはにっこり笑いました。「あなたの代わりに、メアリーとジョンの結婚式を挙げるのよ!」

 じゃーんと鐘の音が鳴り響き、バッ、と扉が開きます。そこには、ミルに乗ったガチョウおばさんと、花嫁と花婿の衣装に身を包んだメアリーとジョンがいたのです。

「何も、豪勢な料理がなけりゃ結婚できないわけじゃないさ」

 ガチョウおばさんは手にした箱をぱかりと開けました。そこには美味しそうなパイが一つ、ありました。

「黒いツグミよ、飛び立てよ。Ring-a-Ring-o' Roses!」

 呪文と共に、バラの花びらが舞い散ったかと思うと、パイの中から黒い鳥がバタバタッと、何羽も飛び立ったのです。

「六ペンスの歌を歌おうよ!」

 ガチョウおばさんが歌いながら入場してきます。花嫁花婿もそれに続き、後から賑やかな参列者たちが礼拝堂に入ってきました。ゲイル所長やフローリィ院長、リジー・ボーデンの顔があります。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんなのですか? これは」

 ボイル司祭が慌てふためきます。

「言ったでしょ。二人の結婚式よ」

「認めません。この礼拝堂で、このようなふざけた結婚式など」

 ばさばさっとミルが飛び立ち、ガチョウおばさんの笑い声が礼拝堂じゅうに響き渡りました。

「ふざけているのは今にはじまったことじゃないんだよ! さあ、歌うわよ、踊るわよ!」

 いつの間にやら壁際の聖人像の頭に一羽ずつ、パイから出てきた黒ツグミが止まっています。

「六ペンスの歌を歌おうよ!」

 不思議なことに、聖人像たちの目がぱっと開き、声をそろえて歌いだしました。

 ゲイル所長とフローリィ院長がダンスを踊る後ろで、リジー・ボーデンは斧をそこかしこに振り下ろし、壊れた椅子のかけらが舞います。

「やめ、やめろ……」

 頭を抱え、頽れるボイル司祭。

「今だ!」

 駆け込んできたのはニール警部とグレゴリー巡査。ボイル司祭にとびかかり、作り物の〝祈りの手〟ごと法衣を脱がせました。

「こ、これは……!」

 法衣の下に着ていたシャツは、血で真っ赤でした。

「フェイギンの血だな?」

「認めないぞ、メアリー……私は、お前が結婚するなど……」

「来い!」

 うわごとのようにつぶやき続けるボイル司祭は、二人に引っ立てられて行きました。

「六ペンスの歌を歌おうよ!」

 入れ違うように、たくさんの人たちがなだれ込んできます。ガチョウおばさんが連れてきた、お祝い事の好きなロンドン市民です。

「ポケットにはライ麦がいっぱい!」

 人々はポケットからライ麦を撒きました。若き二人の結婚を祝うように、歌声は大きくなっていくのでした。

「24羽の黒ツグミ、パイの中で焼かれた!」

 なんて奇妙な歌、なんて奇妙な騒がしさなのでしょう。でも……

「たまにはこういう事件の解決もいいわ」

 舞い散るガチョウの羽や踊る人々を見ながら、赤ずきんはつぶやきました。

「ガチョウおばさんの、おかしな詩の溢れる、この町ではね」

 When the pie was opened,The birds began to sing,

 Was not that a dainty dish,To set before the King…

 聖人像たちは、歌い続けています。

 

11.

 

 宴は、朝まで続きました。

 リジー・ボーデンに壊された椅子の木くずがそこら中に散らばっている中、赤ずきんは座り込んでいます。

 人々はすっかり満足して去りました。花嫁と花婿は今頃、同じベッドで同じ夢でも見ているのでしょうか。

「なかなか面白い一日だったね」

 赤ずきんの前にいるのは、ガチョウおばさんただ一人です。

「私はへとへとよ。そして、お腹がぺこぺこだわ」

 結局、料理は何も出なかったのでした。でも、心地よい疲労感と空腹です。

「ま、食べ物は後回しにして、あんたを約束の場所に連れてってやろうかね」

「約束の場所?」

「おや、覚えていないのかい。虹の霧を研究している教授だよ」

 赤ずきんはハッとしました。そうです。お家に帰るには、その人に相談しなければなりません。

「ロンドンの南方に、グリニッジ天文大学という大学がある。そこで数学を研究しているドッジソン教授こそ、あんたの会うべき相手だよ」

「ドッジソン教授ね」

「そうさ、だけど彼にはじゅうぶん気を付けるんだよ」

 ガチョウおばさんは赤ずきんに顔を近づけると、恐ろしげな笑みを浮かべたのです。

「ドッジソン教授は、小さな女の子が大好きだからね。それはもう、異常なくらいに」

 ただならぬ言葉です。しかし、頼るべき相手が他にいないなら仕方ありません。

「わかったわ。早速、連れていってよ」

「ああ、じゃあ、あたしの後ろに乗るがいいよ」

 赤ずきんはミルの背中に乗りました。

「Ring-a-Ring-o' Roses!」

 ぱっ、とバラの花びらが舞いました。

 ミルはばっさばっさと翼を動かし、礼拝堂から外へ飛び立ちます。

 夜の闇は消え失せましたが、ロンドンの朝は霧の中で、視界は悪いままです。

 本当に帰れるかしら、と、赤ずきんの不安はまた、かきたてられるのでした。

 

(マザーグース捜査線」・了)