「正解」の無い世界
伊野尾書店(東京都新宿区) 伊野尾宏之さん

 

 父親が創業した小さな書店で働き始めて27年になる。

 小さな会社なので異動も担当替えもない。入社2年目から店長になって、その後もずっと店長。同じ場所で同じ仕事をしている。27年も同じ仕事をしているからといって「書店員という仕事とは」というような持論は特に持ち得てない。ただずっとやってきて思うのは、「仕事とはこういうもの」と決めつけたら、それは一つの終わりなんだろうということだ。

 世の中は変わる。どんどん変わる。ある時期に「正解」とされていた価値観が、たった5年や10年で「不正解」へと反転する。ある時代に「こうするのが正しい」とされていたやり方が、いつの間にか「時代に即していない」と断じられる。

 ずっと「これでいいんだろうか」と思いながら仕事をしている。

 本を並べるときだって「高齢者向け人生論はここに置く! 人文科学書はそっちに置く!」みたいにマイルールで仕事を処理していくと作業に頭は使わないが、次第に店の空気が停滞して濁っていくような気がしている。どこかで空気をかき回して、入れ替えて行かないといけない。

 年齢でも体力でも知識でもない。必要なのは知らないことに「それは何なの?」と関心を持つこと。同業他者が自分とはまったく違った仕事をしていたら「どうしてそうやってるの?」と興味をもつこと。それだけが自分を前に進めるエネルギーである気がしている。なにしろ自分が立っているのは黙ってると、どんどん後ろに下がっていく動く歩道みたいな場所なのだ。前に出ようと足を動かして、それでやっと現状維持だ。

「これは何だろう」と抱えながら、今日も書店に生きている。

 

新しい切り口で本が提示できないか模索している

私の推し本

『沢村忠に真空を飛ばせた男』
細田昌志・著
(講談社文庫)

 

格闘技界、芸能界で「興行師」として名を馳せた男の人物伝と、その作品を出すまでの著者の苦悶が同時に描かれるノンフィクション。「人間って何だろう」とため息が出る。