ある時期から、こだわることをきっぱりやめた。より正確にいうと、こだわろうとする気持ちを持たないと決めた。それが“こだわり”といえようか。
本屋の店員として24年、すでに自分が旧いタイプであることは理解している。経営者からは、品揃えが“ミステリ”と称されるジャンルにいささか偏り過ぎで、一般的な客層を取り逃がしているのではないかと不信感を持たれ、取次からは、売れ行きランクの高い商品で売り場を固めようとしない非効率な人間と呆れられている。さぞ煙たがられているに違いない。
自分の売り場。自分の棚。そうやって“自分の”と思うくらいプライドを持って仕事に取り組んできた。けれど、その考えはいつしか、自身を縛る重い枷にもなってしまった。思い描く形があればあるほど、維持できなければストレスが生まれるばかりだ。
本屋を取り巻く状況は、大きく動きつつある。もう終わりだ、消える日も近いという声もあれば、小規模ながら従来にはなかったユニークな店がオープンするなど、新たな潮流に希望を見出し、まだまだ本とひとの出会いの場はなくならないという意見もある。どちらにせよ、旧いタイプの本屋の店員がこのまま勝負を続けていくのは厳しい。では、どうする?
というわけで、こだわろうとする気持ちをあえて持たず、変化の波に揉まれてみようと思い至ったわけである。激しい流れに翻弄されながら進む、少し枯れている草の小舟の気分だ。気負わず、軽やかに、進めるところまで進んでみようじゃないか。本屋の店員としての寿命が尽きる、その日まで。
私の推し本
『六色の蛹』櫻田智也
東京創元社
心優しき昆虫好きの青年・えり(=魚編に入)沢泉が探偵役を務める連作集。2024年上半期、本格ミステリのベスト。思わぬ端緒から明らかにされる真相に心震え、何度も目頭が熱くなった。