本を溺愛することなかれ なり隆倫たかみちさん

 

 俺は生粋の本読みというわけではない。三冊の本を買うなら一杯の酒を選ぶし、趣味としてのアツさならフットサルの方が遥かに勝っている。

 ここだけの話……でもないけれど、本が好きだから書店員をやっているわけではない。“本を売ることが好き”だからやっているのだ。自分が仕掛けた作品が売れていくのがたまらない。そういう瞬間を、瘦せた野生の獣のように追いかけているのである。

 ゆえに、どれだけ好きな作品でも直感的に「これは厳しい」と感じたら入荷を見送ることもある。実際、俺が大々的に仕掛けているものは、好きな本の中から現実的な選択をしたものばかりだ。

 もちろん、「売れない可能性が高いけど、どうしても売りたい!」という気持ちがあった場合は、入荷を四冊程度に抑えてひっそりと平積みしてみたりする。バーコードを読み込まない日々が続くかもしれないが、お客さんの購買意欲に火が付くのを信じて待つしかない。

 愛情はあれど溺愛しすぎないこと、がこだわりなのかもしれない。作品愛を押し出すよりも、販売に情熱を注ぐのがプロなのである。

 なーんて偉そうに言ってみたものの、先日歌舞伎町のバーに行った際、隣に座ったギャルに推し作家の魅力をべらべらと語ってしまった。ただの迷惑な酔っ払いにもかかわらず、笑顔で聞き続けてくれた彼女は天使。まあ、興味があるのは俺の寂しい懐から捻り出される一杯であろう。知ってた。

 まったく、まだまだ修行が足りないなあ。とほほ。

 

私の推し本

『異常【アノマリー】』
著:エルヴェ・ル・テリエ
訳:加藤 かおり
ハヤカワepi文庫


この本に関する情報は一切入れてはならない。あらすじ検索も禁止である。序盤は少し退屈かもしれないが、181ページで全てが激変。この展開、予想できたらあなたはエスパー。