さて、今回と次回は、須貝秀昭氏のお話をインタビュー記事形式でお届けしようと思う。住宅問題に留まらず、前著『死に方がわからない』での結論を追認するような内容もあり、談話として一部抜き出して掲載するだけではもったいない、と判断したわけである。

 ここで改めて須貝氏のご紹介をしておこう。
 氏は1971年生まれの52歳。私と同い年だか学年的には一つ上になるそうだ。
 今はNPO法人「身寄りなし問題研究会」代表理事で、看護師や社会福祉士、救命救急士、主任介護支援専門員などの資格を持つこの分野のプロフェッショナルである。そして着物男子でもある(新潟着物男子部部長なのだそう)。
 美しいシルバーヘアだが、容貌や話し方はまるっきり青年のようで大変若々しい。代表理事というより、近所のお兄さんと紹介する方がしっくりくる雰囲気である。私も、ライターとしてたくさんの人たちにインタビューしてきたが、氏ほど相手に緊張感を持たせないタイプはそれほど多くない。そんなわけで、私もじっくりお話を伺うことができた。改めて、氏に感謝の意を伝えたい。

 

──私は今、独り者が老いていくにあたって必要な知識をあれこれ調べているのですが、その過程で「身寄りなし問題研究会」を見つけました。このネーミングは実に秀逸だと思います。何を目指しているのか、これほどわかりやすい名前はありません。

須貝秀昭(以下=須貝):そうなんです。結構反響があるんですよ。Googleでもすぐヒットするらしくて。他の名前──スマイ◯アップとかにしなくてよかった(笑)。

──(笑)。やはりネット経由での相談もあるのですか?

須貝:そうですね。私も最初はこういう問題に悩んでいるのは高齢者が多いのかなって思ってたんだけど、ホームページを立ち上げたら40代から「将来不安だ」というような相談もあって、意外と高齢者だけの問題じゃないんだな、なんて思いました。

──おっしゃる通り、身寄りがないことが社会的に不利に働くのは決して高齢者だけではないと思います。現実として全世帯数の中では単身世帯の割合がもっとも高くなっているにもかかわらず、社会では「身寄りがない一人暮らし」は極めてマイノリティであるという意識が強いままです。

須貝:そうそう。社会がまだ漠然とサザエさん的家族を想定しているっていうのはありますよね。あのマンガって、昭和40年代ぐらいの家族でしょう? それなのに、令和の時代になってもまだあの感じが家族のスタンダードとして扱われているんですよね。実際にはかなり少なくなってきているのに。

──まったく困ったものです。ところで、須貝さんはどのようなことがきっかけで「身寄りなし」問題を意識されるようになったのでしょうか。

須貝:私は今年の3月まで地域包括支援センターっていう高齢者相談窓口で勤めていたんですよ。10年ぐらいいたかな。それで、私がいた包括が担当するエリアは新潟県内でも、なんていうのかな、ドヤ街に近いような場所だったんですね。新潟市って港町なので、その昔は造船所とか鉄工所がたくさんあって、県内外から仕事を求める労働者が多数移住してきたんです。その多くは日雇いで、社会保険もかけていないような劣悪な環境で働いていましたが、そういう方たちが住みついた地域でした。その人たちが今現在、高齢化してきているわけですが、地縁血縁がない人も少なからずいます。そのため、私がいた包括では、異様に身寄り問題の相談が多かったんです。それがきっかけかな。そこで有志を集めて、ちょっと勉強会でもしようよっていうのが6、7年前のことでした。でも、いざ始めてみると、決して高齢者だけの問題じゃないってことに気づくようになり今に至る、って感じですね。

──なるほど。日々のお仕事の中で気づいていかれたわけですね。そうした中、「お一人様を許せる社会」を構築したいと考えるようになられた、と。

須貝:やっぱり私は基本的に現場の人なので、現場で働いてみて得た思いが原動力になるわけです。身元保証がないと施設入所ができないんだけど、それ以前に施設どころか下手すると病院が入院を断るケースもあるし。そういう意味合いで、これだけ一人暮らしが多いのにまだ日本っていう国は家族なしのお一人様が許されてないのかなって思うようになって、「お一人様を許せる社会」って言葉に結実しました。

──まったくおっしゃる通りだと思います。家族がいなければ社会的に制限を受けるわけですから。

須貝:身寄りがないってだけで施設入所や入院できないっていうのは差別に当たるのかななんて思うんですよね。これは人権の問題じゃないのかな、って。生活保護も住所がないと申請できないっていうところがあるし、やっぱり住居は根幹なんでしょう。

──身寄りのない人が増えていく中、さすがに行政も放置しておけないとの意識はあるようで国はぼちぼち動き始めていますが、自治体の動きはどうなのでしょうか。

須貝:一生懸命やっている行政もあれば、動きが鈍いところもあるのが現状です。特に死後対応には積極的でない自治体が多いかな。墓地埋葬法っていう法律で、身寄りない人の火葬は自治体でやりなさいなんていうのは決まっているんだけど、現場のところでは結構断られたりたらい回しにされたりすることがあるんです。自治体の中には、そういう制度があることをあんまり大きい声では言いたくないってところもあるんですよね。なんでかっていうとやっぱり税金を使うことになるから。そういう意味で、死後対応のところは全体的に反応は鈍いかな。でも、死後対応って本人はできないわけだから、とりあえず行政がするしかない。市役所のホームページにでも、死んだ後のことは役所に任せてくださいなんて書けばどれだけ安心する人が多いのかとは思いますよね。

──私が今住んでいる横須賀市は行政が死後対応にも積極的に取り組んでいるようなんです。

須貝:横須賀方式は超有名です。他の自治体もぜひ取り入れてもらいたいなと思っています。

──身寄りのないものが一人で老いていく前提で住む場所を選ぶにあたっては、居住地の自治体が「身寄りなし問題」に取り組んでいるかどうかも一つの目安になるかもしれませんね。また、取り組みが可能な自治体かどうかも。先日お邪魔した勉強会で同じテーブルに、ある町の福祉課で仕事をしている公務員の方がいらっしゃったのですが、「うちの地域では新潟市のように賃貸住宅がふんだんにあるわけではなく、また持ち家率が高いがゆえの問題もある。全く事情が違う」とおっしゃっていたのが印象的でした。

須貝:過疎地だとそうだと思うよ。門賀さんはピンとこないと思うけど、その地域って死ぬほど雪が降るとこなんですよ。冬場になると陸の孤島になるので、支援しようにもおいそれと行けなくなったりする地域なんだよね。だから大変だと思う。

──ずっと人口が多い地域に住んでいる私の視界にはまったく入っていなかった問題だったので蒙を啓かれた思いがしました。少子化が進み、人口がどんどん減っていく一方の地域では、支援体制を整えようにも整えられないわけですよね。独り者が老いていくにあたり考慮しておくべき視点なのかもしれません。そういったことも含めつつ、現場で日々相談を受けておられる立場として、一般的な社会生活を送れている単身者が一人で老境に入っていく上で準備しておくべきだなと感じられるものはありますでしょうか?

須貝:身寄りなしの問題ってもう多岐にわたるんですけど、大きなものとしては死後対応と金銭管理、医療同意があるんです。このうち、医療同意のところはやっぱり本人の同意がないとまったくどうにもならないので、自分がどうしたいかは必ずどっかに書き留めておくとか、誰かに伝えておくとかして備えていただきたいって思います。

──その点は拙著『死に方がわからない』の時に取材した医療ソーシャルワーカーの方も強くおっしゃっていました。

須貝:そうだろうね。そういう部分って支援者にとっては業務外の仕事、シャドーワークになるんですよ。結構苦労することも多いかな。だから、やっぱり当事者にも備えていただきたいなっていうのはあるんですよね。今後は病院も介護施設もお一人様の入院入所がもう当たり前になるんだから、お一人様対応のマニュアルを各事業所が作るのは当たり前みたいな感じになれば、少し変わると思う。でも、そのためには、やっぱり社会の価値観を変えていくっていうところから始めることになるのかな、なんて。お一人様は必ず自分の将来のことは考えて、何か文書に残しておくのが当然っていう空気感みたいなのが広がるのが大事なんじゃないかな。

──自分でやれることはやっておく。それが大前提にあるとしても一人でできることには限界があるのも事実です。

須貝:私、選択肢はいっぱいある方がいいと思っているんです。お金がある人はお金で解決できるのであればそれで全然いいだろうし。たとえば民間の身元保証会社は十分身寄りの代わりにはなりうるので選択肢の一つとしてはいいんじゃないでしょうか。ただ、何か他の、世間との繋がりみたいなのはあった方がいいんじゃないかなとも思ってます。やっぱりお互いを支え合う、つまり互助の部分が最終的には大事になるんじゃないかな。究極を言えば、身寄りのない人同士が支え合えば解決する部分は結構あるんですよ。近所付き合いもその一つだろうけど、ネット上の繋がりでも全然いいですよね。若い人なんかもう地域なんていう概念はほとんどないじゃないですか。それに倣って、ネットのサークルなんかに入って、たまにオフ会に参加したりして、そん時に仲良くなって、いざっていう時に支え合えば、それはそれで全然新しい時代、新しい形の支え合いになるんじゃないかなと思ってるんです。

──やはり単身者が生きていく上で人と何らかの繋がりを作る努力はしていかなきゃいけないってことですね……。

須貝:別に嫌なところに無理に出る必要はないと思うんだけど、何か趣味の繋がりでもいいから、少しだけ将来のことを意識したような仲間たちと繋がれば、また変わってくるんじゃないかなと思うんですよね。

──先日の事例発表の中では、精神障害があるなど、コミュニケーションに問題がある方々の支援についてもお話がありました。互助の輪に入るのが難しい人もいるのではないかと思うのですが。

須貝:居住支援をしている人の中にはなかなかの人たちもいるんだけど、なかなかの人たちも、同じアパートに住んでいると同じ釜の飯を食うみたいな関係になってきて、意外と自然にお互い助け合うようになるんです。ああいう関係を互助組織にできると一番いいんじゃないかな、なんて思ってます。私がリスペクトしているNPOで、身寄りなし支援をしている「つながる鹿児島」という団体があるんですけど、その代表で司法書士の芝田淳さんという方が「鹿児島ゆくさの会」という身寄りのない人の互助組織を作ってるんですよね。今年4月にNHKのETV特集で取り上げられたんですけど、「つながる鹿児島」が所有するアパートに居住する人たちは互助組織を作っていて、日常生活はもちろん、誰か亡くなったら弔いまでやってるんです。これをうちのNPO法人で持っているアパートでもできなくはないんじゃないかなとは、ちょっと考えています。

──個人宅に住んでいる場合はどうでしょう。

須貝:65歳以上の高齢者なら早めに地域の包括支援センターに顔繋ぎをしておいて、自分の情報を伝えておくのが大事だと思います。公的な制度はなんでも使えるだけ使って、お金に余裕があるのなら民間の身元保証会社も利用しつつ、それらでカバーできないところは自分で仲間を作って、お互いを支え合っていく、というのがいいんじゃないかな。

──今の段階ではそれが最適解であるわけですね。

 

(第21回へつづく)