ゲオコに命じられたモンガミオコ氏は高齢者の住宅事情を調べた。
 そして思った。
 賃貸居住者の行く末が決して明るくないのは予想がついていたけど、持ち家でも全然安心できないんじゃん、と。
 年を取れば取るほど住宅が借りづらくなるらしい、とは仄聞そくぶんしていた。
 この話はわりとよく知られているようで、持ち家に住む人から「あら、あなた賃貸なの? 賃貸は年をとると大変みたいねえ、おーほっほっほ」とマウントを取られたこともある。だが、今度会ったら取り返してやりたい。「あら、あなた持ち家なの? 持ち家は持ち家で年をとると大変みたいねえ、おーほっほっほ」と。
 当エッセイは「私がうまいこと年を取っていく方法」を探るのが第一目的なので、本来であれば賃貸派の私にはまったく関係ない持ち家派の行く末は取り扱い品目に入れずともよいのだが、今回は入れることにした。マウントの恨みは忘れ、同じ高齢者予備軍として、問題は共有しておくべきだとの広い心に達することができたのである。やっぱり人間、寛容でないと。
 そんなわけで、今回はまず持ち家特有の事情から入っていくことにする。
 さて、持ち家派の方。
 住宅ローンの返済を終えたらもう安心と思っておられることだろう。
 だが、所有しておられる物件が戸建てかマンションかで、事情が変わってくる。
 戸建ての場合、ローン完済後に発生する費用は修繕費や固定資産税である。火災保険や地震保険などに入っているならば、それも用意しなければならない。もし、これらを賄うだけの十分な資産があるならひとまず安心だろう。
 しかし、ローン完済を優先したがゆえに十分な貯蓄ができていなかったとしたら、どうだろう。持ち家を維持するためにはだいたい年40万円ぐらいは別途見ておかなければならないとされている。月額にすれば3.4万円ほど。家賃に比べれば低いが、年金だけで生活するならそこそこのインパクトがある金額だ。
 分譲マンションのオーナーとなると、さらに事情は厳しくなる。
 ローン完済後も、固定資産税や保険代に加え、管理費や修繕積立金は住んでいる限り必要になる。やはり年40~50万円は用意しなければならない。
 だが、それよりも大変なのは老朽化による建て替えが発生したケースである。築古のマンションを購入した場合、十分あり得ることだ。特に、1981年6月1日に導入された「新耐震基準」に則って施工されていない築40年以上のマンションは危ない。もしついのすみかのつもりで昭和に建てられたようなマンションを買ったなら、想定外のケースも考えておかなければならないのだ。
 建て替えにはマンション住人の一定数が賛成しなければならない制約がある。なのですべてのマンションで発生するイベントではないが、もし賛成が多く、建て替えが決議されたら、自分は反対だったとしても拒否権はない。組合が売渡請求権を行使して、反対者の持ち分を買い取るからだ。
 さて、こうなると建て替え後のマンションに再入居するか、それとも売却してしまうかの二つの道があるわけだが、どっちを選んでも新たに購入費用は発生する。マンションの売却額が新築の価格を上回ることはないだろう。つまり、新たにローンを組まなければならない。高齢者が住宅ローンを組み直すとなるとなかなか大変である。おまけに、完成するまでの仮住まいを確保しなければならない。家具などをそのまま保持するなら、それまで住んでいた間取りとほぼ同等の賃貸を借りなければならないだろう。
 これはなかなかの金銭的負担である。もし年金生活に入っていたとしたら、とてもじゃないが耐えられるものではない。それに、そもそも完成前に死んでしまうかもしれない。よって、もうさっさと売却してしまって引っ越す方が得策とも考えられる。
 そうなると売却益を新居取得費用に充てることになる。だが、ここにもまた落とし穴があるかもしれない。
 今後、日本は人口が減少していくことが確定している。それに伴い、住宅は供給過多になるとみられている。よって、住宅価格のトレンドは長期的に見ると基本下落なのだが、都市部への人口集中は続くと考えられている。つまり、需要と供給のバランスが需要側に傾く地域と、供給側に傾く地域の差がどんどん開いていく。思ったより高くは売れないマンションが出てくるわけである。マンションを売るにしても、売らずに新築に入るにしても、また新たな費用負担が発生しかねない。高齢になってから負債が増えるのはちょっといただけない話だ。どうもローンを完済したからといって安泰ではないらしい。
 ローンが残っていたら話はさらにややこしくなる。
 近年、月々の返済額を減らすために40年の住宅ローンを組むことも珍しくなくなっている。たしかに若いうちは楽かもしれないが、契約したのが30歳なら払い終わりは70歳だ。定年が65歳としても、まだ5年は支払い続けなくてはいけない算段になる。
 年金だけで住宅ローンを払い続けるなら生活費が圧迫される。退職金がある人はそれを充てるという手もあるだろうが、それだって将来の貯蓄を減らしていることであって、長い目で見れば家計の圧迫である。
 また、50歳を過ぎると何らかの持病を持つようになる人も多い。思っていたほど働けなくなってもまだローンが残っていると、なかなかきつい。もちろん、保険に入っていれば安心だろうが、住宅ローン保険の場合は本来の金利に保険分を上乗せされるし、免責期間もあったりするので、メリットばかりでもない。
 結局のところ、真に安心な「終の棲家」は50歳ぐらいまでにローンを完済した新築および築浅購入の戸建てかつ固定資産税やらなんやらの支払い能力が十分ある場合だけ、ということになる。
 しかし、それでも万全なわけではない。長寿化にともない老後資金が枯渇し、家を手放すケースも出てきているという。得たお金で老人施設に入ることもあるだろうが、そこもタダではない。ある意味、再度賃貸生活に逆戻りになってしまう。
 今の家にずっと住みたいが、お金がほしい場合はリースバックやリバースモーゲージを利用することになるかもしれない。
 リースバックは一度売り払った家を、売った先と賃貸契約を結ぶことで引っ越さずにそのまま住める、という方法。一方リバースモーゲージは家を担保に融資を受け、死後売却益を返済に回す、という方法である。
 持ち家だからお金を作れる、やっぱり持ち家最高! と思うかもしれないが、正直これらを利用する時は結構精神的ダメージを食らうんじゃないかなあという気がする。
 リースバックは、たしかに居住環境は変わらない。だが所有権は買い手に移るので、毎月の家賃が発生する。せっかく作ったお金も、結局は購入企業に吸い上げられてしまうのだ。そもそも一度は自分のものだった家を、他人に“お借り”しなければならないのって、なんだかとってもやりきれない気分になるんじゃないかな、と想像する。
 リバースモーゲージは要するに単なる融資なので、利息が発生する。これは月ごとに払わなければならない。所有権こそ自分にあるが、毎月家賃を払うようなものである。しかも固定資産税やらなんやらはもちろん自分持ちである。家賃(らしき金)は払う、でも固定資産税も払う、修理費もこっち持ちって、なんだかものすごくドッチラケな気分になるんじゃなかろうか。
 もちろん、背に腹は代えられないのだろうが……。
 なお、リバースモーゲージが利用できるのは原則戸建てのみだったり、推定相続人の同意が必要だったりと何かと制約が多い。私のような相続人なしって人の方が使い勝手がいいのかもしれない。ま、私は家なんて持ってませんけどね。
 事程左様に、持ち家があったとしても、よほどしっかりとした資産形成をしておかない限り、高齢化による経済リスクは避けられない。さらに持ち家だからこその精神的ダメージをくらう可能性もあるのだ。持ち家があるから百年安心、とはいかないらしい。世知辛いことである。

 

(第18回へつづく)