さて、前回は「フレイルの説明をしましょう」で終わった。
 改めて、説明しよう!(CV:富山敬)
 フレイルは虚弱を意味する英語Frailtyを語源とする医学的概念で、1990年代にアメリカで提唱された。年齢を重ねるに従い心身が衰えて生活機能障害を起し、要介護になる一歩手前の状態のことをいう。つまり、健康状態と介護状態の中間点だ。
 日本では2014年に日本老年医学会が統一訳語として「フレイル」を提唱、少しずつ一般にも使われるようになってきた。でも、まだまだ耳慣れないと思う。
 噛み砕くと、常時介護が必要なほど弱ってはいないが、心身に顕著な不調があり、場合によっては日常生活に差し障る、という感じだろうか。腰が痛いからあんまり出歩きたくないとか、歯が弱っているから固いものは食べづらいとか。いわゆるグレーゾーンってやつだ。
 ならば老年期衰弱とか、わかりやすい日本語に訳すこともできるだろうにまたややこしいカタカナ語を増やすのかよ、と思わないでもない。だが、フレイルは不可逆の衰弱ではなく、食い止めや回復が可能なので、誤解を招かないようにあえてカタカナ語にしたそうだ。また、身体的問題だけでなく精神的/心理的問題や社会的問題も含まれる新概念であるため、あえて直訳せずカタカナ語のまま流通させることにしたという事情もあるそうな。
 でもわかりにくいよなあ、とは思う。こういう新語についていけるかいけないかもまた老いを測る目安なのかもしれないのだが。
 とにかく、普通に健康だった人が年をとるに従い心身の活力および経済力が落ち、ダークグレー・ライフになった状態がフレイルである。
 そして、日本ではフレイルの判断基準として次の指標が使われている。

1.体重減少       6か月で、2kg以上の(意図しない)体重減少
2.筋力低下       握力が男性で28kg以下、女性で18kg以下
3.主観的疲労感     明確な理由なく常に疲労感がある
4.身体能力の減弱    通常歩行速度が1.0m/秒以下
5.身体活動       軽い体操/定期的な運動の回数が週に一度以下

 このうち、3項目以上が該当するとフレイル、1乃至2項目に該当するとプレフレイル(フレイル予備軍)、いずれも該当しなければ健常となるそうだ。
 さっそく自分に当てはめて考えてみよう。
 私の場合、1はむしろ望むところだが遺憾ながらまったく該当しない、2は20kgのハンドグリッパーを握れたのでたぶん大丈夫、3はあるある大いにある、4は全然大丈夫、5はするわけないだろう、という感じだ。
 あれま、なんと2項目も当てはまってるじゃないの。
 私はプレフレイルなの? 老人ベビィどころか小学校入学前ぐらいまで進んでいると? いやいやいや、さすがに慢性的な疲労と運動不足ぐらいだったら現代人なら誰でもあるんじゃない? これで衰弱っていわれてもちょっとねえ、と思ったのでさらに調べてみた。
 すると、健康長寿ネットというサイトで、フレイルチェックが簡単にできるシステムを見つけた。提供者は公益財団法人長寿科学振興財団なるイカつい名前の公的機関なのでひとまず信頼しよう。
 システムは医学的知識がなくてもチェックできるように工夫されていて、簡易チェックと総合チェックの二種類が用意されている。簡易チェックの項目はQAのみの11項目、総合チェックの方は実際に様々な測定をしながら自己確認していく方式になっている。

【フレイルの診断】
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/shindan.html

 また、サイト内には介護状態に陥る危険度を自動判定できるチェックアプリもある。

【介護予防のための生活機能チェック】
https://www.tyojyu.or.jp/net/check/index.html

 これらのうち、簡易チェックと生活機能チェックをさっそくやってみたところ、幸いなことにというか、当たり前というか、「今のところ心配なし」との結果が出た。一安心である
 ただ、チェックが無駄だったかというとまったくそんなことはない。むしろ、“自分の現在地”確認のために何を調べるべきかを知るよい参考資料になった。
 どうやら、あと確認すべきは筋肉量と口腔環境のようだ。
 この2点は老化を測るためのポイントになっていた。筋肉量は想像の範囲内だが、口腔環境が重視されているのは少々意外だった。
 だが、よくよく考えれば食は体の基本。必要な栄養素を摂取するために口内が健康でなければならないのは当然なのだろう。
 成人の歯は、親知らずも含めると32本ある。けれども、40代ぐらいから抜ける人が出始め、60代になると10本以上抜けた、なんてことになるのも珍しくないそうだ。
 歯が抜けると食生活に不便が出るだけでなく、発音が不明瞭になったり容姿が変わったりして、社会生活に支障をきたすこともある。それがだんだんフレイルにつながっていく、ということらしい。また、咀嚼や嚥下、滑らかな滑舌のためには口周りの筋力も必要だ。こちらもまた、衰えると悪影響が出る。
 よって、身体的フレイルの中でも口腔環境については「オーラルフレイル」という概念が別枠で設けられている。ちなみにオーラル(oral)とは「口で行うこと」を意味する英語である。
 次、筋肉量。
 これには「サルコペニア(sarcopenia)」という概念があった。
 またカタカナ語かよ。
 調べたところ、加齢によって筋肉の量や機能が低下した状態を指す新語で、20年ほど前に提唱された概念なのだそうだ。
 ちなみにサルコ(sarco-)はギリシャ語由来の造語要素で「肉」の意味を持ち、ペニア(penia)は不足・欠乏・減少を意味する接尾語なのだそうな。直訳すると「肉不足」。ん? 原稿料入金前の我が食卓のことかな? 
 さらに「ロコモ」なる言葉も出てきた。ハワイ料理のロコモコなら知ってるし好物だけど、きっとコが一つ足りないだけで全然違うものなんでしょうねと思いつつ資料を読み続けると案の定「ロコモティブ・シンドローム(locomotive syndrome)」なるものの略であることがわかった。この語には一応「運動器症候群」という和訳がある。うむ、日本語であっても内容がわからん代表例みたいな単語だ。
 英語のロコモティブは名詞だと「足」、形容詞だと「移動のための/自力で動くことができる」などの意味を持つ。シンドロームは症候群、つまり複数症候の群発を意味する言葉なので、ワタシなりに理解すると「移動に必要な運動器官に複数の異常が現れた状態」ということになろうか。
 ちなみにlocomotiveの名詞形であるlocomotionは“運動”や“移動”を意味するが、1970年代生まれの私にはカイリー・ミノーグの歌のタイトルとしてよく知られている。ただ、タイトルは「The Loco-Motion」、LocoとMotionの間に-が入っている。これはLocoが“気が狂ったような”という意味なのにひっかけているのだそうだ。ロコモ調査で派生的に知った豆知識なので、みなさんにもシェアしますね。
 ついでにもう一つ。サルコはスケートのサルコージャンプと関係あるの? と思ったら、こっちは無関係だった。サルコーの綴りはSalchowで、最初にこの技を編み出したスウェーデン人選手の姓でした。残念。
 閑話休題。
 まとめると、ロコモとは移動に必要な骨筋力や神経系が衰え、歩行に支障をきたす症状が複数同時に発症している状態を指す。車椅子を使うほどではないが、腰やら膝やらが痛くて歩きづらいし歩く気も失せる状態、と思えばよろしかろう。
 そんなわけで、“体”の現在地を調べようとしただけでフレイル、オーラルフレイル、サルコペニア、ロコモとカタカナ語が四つも出てきた。先が思いやられる。
 みんな、もっと日本語使お?
 と、それはともかく。
 運動能力や口腔環境は、一般的な健診では数値化されない。もちろん、日常生活の中で感じることはある。けれども数値化しなければ現在地の特定には役立たない。なぜなら衰えはある日気づいても、しばらく経てばその状態に慣れてしまうからだ。
 私の場合だと、45歳を過ぎた頃から、それまでいなかった皺がある朝いきなりお顔に現れる恐怖体験を繰り返すようになった。
「こんにちは! 私は今日からあなたのお顔に永住する皺美! よろしくね」みたいな感じで私に断りもなくやって来ては居座る。拒否権はない。
 老化による衰えとは、このように突然ドカンと現れては腰を据えてしまう。お年寄りの手記などを読むと、これはもう間違いないようだ。けれども、あれだけショックだった皺美の登場がいつだったか、正確な日付はすでに忘れてしまっている。悲しいことに、人は皺美にさえ慣れてしまうのだ。やはり数値化と記録は不可欠である。
 身体フレイルカタカナ四天王のうち、オーラルフレイルは歯医者に行って歯科健診を受け、チェックすればいい。
 問題はサルコペニアとロコモだ。
 筋肉量や身体機能を測るなら、小学校でやった懐かしの体力測定のようなことをすればいいのだろうが、大人はどこでやればいいのだろう? よし、次に調べるのはそこだな。
 果たして我が筋肉量や歩行機能の現在地を測ってくれるような機関なり施設はあるのだろうか? ドキドキである。

 

(第7回へつづく)