前回、さんざん持ち家でも起こりうる高齢化リスクを煽り気味に書いたわけだが、だからといって私は賃貸住宅絶対主義者というわけではない。
 むしろ、持ち家の方がやはりメリットは大きいし、リスクも少ないと思っている。
 思ってはいるが、人生の中でどうしても家を買う気にはならなかった。
 なぜか。
 買っちゃうと、引っ越しできなくなるからだ。
 そう、私は定期的に居住環境を変えたくなる性分なのだ。
 まだ自分の性分をよく理解していなかった20代の頃、マンションの購入を少し考えたこともあった。でも、なんだかしっくりこなかった。しっくりこない理由はあいまいだったのだが、心の声が「買わんほうがええ!」と叫んでいたので、それに従った。
 そうこうしているうちに30代になり、東京で仕事をすることになった。もし家を買ってしまっていたら、この転身はできなかっただろう。東京には10年強住んだ。そして、縁あって、まったく視界に入っていなかった横須賀に居を移した。予想だにしていなかった出来事ではあったが、結果的にはこれが人生の大ビンゴになったのだ。
 横須賀は、私にとっては大変住みやすい土地だった。故郷の大阪も別に嫌いではないし、東京だって住むにはおもしろいところだと思っている。
 だが、横須賀は、なんというか「私にちょうどいい街」だったのだ。環境の多様性が、飽きっぽい人間にはぴったりだったのである。
 斜陽気味の地方都市ゆえ活気があるわけではないが、地域の中核なので都市機能は一通り揃っている。買い物に困ることもない。基地の街なので異国情緒があるし、それなりに観光地なので文化施設もまあまあ整っている。同時に自然が豊かであり、夏は涼しく、冬は暖か。なお、地産の食材が抜群においしい。特に野菜と蛸。蛸は明石に並ぶ。いや、それ以上かもしれぬ。
 最寄りの大都市は横浜で、これは30分も電車に乗れば着く。東京のどのエリアにも1時間半ほどで行ける。
 要するに、初老のライターが住むにはよい条件が揃っているわけだ。もし20代で家を買って大阪に土着していたら、ここにたどり着くことはできなかった。心の声に従って正解だったのだ。
 けれども、これほど気に入っている土地でさえ、いずれは出たくなるかもしれない。
 根無し草の人間とは、そんなものだ。
 だから住まいは、賃貸がいい……で終わらせることができた。
 今までは。
 だが、今後はどんどんそうもいかなくなる、らしいのだ。
 「住宅確保要配慮者」なる言葉をご存知だろうか。
 平成19年(2007)に立法された住宅セーフティネット法に規定された法律用語である。
 では、どんな人が住宅確保要配慮者になるのかというと、「低所得者、災害被災者(発災後3年以下)、高齢者、障害者、子どもを養育する者等」が相当するんだそうだ。さらに、国土交通省令において、外国人、大規模災害被災者(発災後3年以上経過)、性的少数者、社会的弱者(児童養護施設退所者や刑務所出所者など)が追加される。
 しかし、なぜこれらの人たちが住宅確保要配慮者と定められるのだろうか。
 それはずばり、こうした人たちには物件を貸したがらない家主が多いからだ。
 特に高齢者に対する忌避感はかなり強いらしい。
 令和3年(2021)に国土交通省が出した資料「新たな住宅セーフティネット制度における居住支援について」によると、貸主の実に8割弱が「年寄りだけの世帯には貸したくありませーん」と答えている。
 理由は単純。心配事が絶えないから。
 家賃をちゃんと払えるほどお金はあるの? とか、認知症になって火事を出したりゴミ屋敷にしちゃったりしない? とか、万が一部屋で死んだ時にちゃんと発見したり、後始末をしたりしてくれる人はいるの? などなど、あまたある。そして、これらは妄想ではなく、実際に起こっている。一度でも痛い目にあった大家さんは、二度とこうした属性グループには貸そうとしないだろう。そのため、住宅セーフティネット法に基づいて作られた住宅セーフティネット制度もうまく機能していないらしい。
 まあ、大家さんたちの気持ちはわからないでもない。
 わからないでもないが、それでも貸してもらわねば困る。
 私の現住物件は、幸いなことに保証人不要だったし、契約期間も特に定めはない。だからとっても気楽なのだが、なにぶん建屋自体が築60年とかなり古いのでいつまで住めるかはわからない。つまり、いずれは新たな物件を探さなくてはならなくなるのが必定だ。
 その時、私は無事住処をゲットできるのだろうか?
 今の情勢だと、かなり危うい。
 なにせフリーランスの単身者でしかも身寄り極小ときている。貸主にしてみれば一番貸したくないタイプ、厨二病的に表現するとコード・レッドのペルソナだろう。百パーセント連帯保証人を求められること請け合いだ。
 だが、保証人を立てろとおっしゃられましても、あいにく近親者は高齢の母しかいない。その時まだ健在だとしても、保証人として認められる年齢ではなくなっているだろう。
 解決のための最善策は、私を信頼してくれる誰かに保証人になってもらうことだが、たぶん無理。どのご家庭でも「他人の連帯保証人にだけはなっちゃあならねえ」とじっちゃんばっちゃんが固く言い遺しているはずだ。
 ならば次善の策として賃貸保証会社の利用が考えられるだろう。しかし、保証会社の保証料はなかなか高い。べらぼうに高いとまでは言わないが、心情的には言いたいほど高い。しかも更新時65歳以上だと加算料金が付くことも多い。私企業なので仕方がないかもしれないけどさあ……。
 では、公営住宅はどうだろう? 実は、公営住宅でも保証人を必要とするのがほとんどだ。
 ただ、これでは低所得者層への住宅供給という目的が十分に果たせない。そこで、平成30年(2018)に国交省は「保証人の確保を入居の前提とすることから転換すべき」と通知を出した。さらに令和2年(2020)には各都道府県や政令市の住宅主務部長に宛てて「通知の趣旨を十分踏まえ、入居希望者の努力にもかかわらず保証人が見つからない場合には、保証人の免除を行う、緊急連絡先の登録をもって入居を認めるなど、住宅困窮者の居住の安定の観点から特段の配慮をお願いいたします。」とダメ押しのレターを送っているのだ。
 ところが、2022年になっても動いていない自治体が少なくなかった。
 総務省発表の資料「保証人の確保が困難な人の公営住宅への入居に関する調査結果の公表」におけると、中部管区行政評価局が独自に調査した東海4県では、保証人規定の廃止は1割強にとどまっていたのだ。
 やる気なさすぎである。
 理由は民間アパートの大家さんとさして変わらない。
 家賃を取りっぱぐれたらどうすんの、なんだそうな。
 ところが、先行して保証人不要にした自治体に「その後どんなもんっすかね?」と尋ねると「特に問題ないっすね」との答えが返ってきたという。つまり、保証人がいてもいなくても、家賃収納率に特段の低下はみられなかったのだ。この結果をもとに各自治体に再度規定廃止を働きかけているようだが、さてどうなりますやら。
 ちなみに私の居住地である神奈川県および横須賀市の公営住宅は保証人不要だった。グッジョブである。
 一方、故郷・大阪市は必要だった。やっぱりね。あの政党が市政運営しているんだもんね。
 私なんぞは人生のスタートが市営住宅からだったので、団地住まいに戻ることはなんら抵抗感がない。むしろ、あのカオスでわちゃわちゃした空間にノスタルジーがあったりする。だが、ずっと持ち家だったり、同じ賃貸でも民間のちょっとよいところだったりに住んでいた人はそれなりにストレスになるだろうな、とも思う。
 また、公営住宅には厳しい収入条件がある。低所得者層への住宅供給を目的としているから当然なのだが、「所得はそれなりにあるが、保証会社を使うと懐は相当痛む」みたいなボーダーラインの層には救済策になりえないのだ。
 そして、今後、高齢者にはこういうボーダー層がかなり増えてくるのではないだろうか。よって、やはり保証人不要の物件が民間にももっと増えてくれるしか、解決策はないのだ。
 いずれにせよ、高齢者にとって日本の賃貸住宅事情はブリザード級のお寒さであることには間違いない。うかうかしていたら、本当に「晩年はホームレス」なんて悲惨なことになりかねない。
 こうした実態を政府も把握はしている。そして、団塊世代が全員後期高齢者になる2025年を2年後に控えた今頃になってようやく重い腰を上げ始めた。
 7月に厚労省、国交省、法務各省が合同で住宅確保要配慮者を支援するための検討会を開いたのだ。なにせ2030年には単身高齢者世帯が800万世帯、2040年、つまり私が後期高齢者に王手をかける頃には900万世帯まで増えると見られているんだから、今上げてもらわないと困る。
 検討会は10月まで行われ、そこで一旦締めて報告書が出るらしい。
 さて、どんな内容になりますやら。しっかりと注視していこうと思う所存でございます。
 ただ、行政が問題を認識しているのは確かなので、私が高齢者に突入する頃には少し状況が改善しているかもしれない。大変期待している。
 とはいえ、しないかもしれない。
 やはり、ここでも別の方向からのアプローチを探しておいたほうがよかろう。
 と、考えて、色々リサーチしていたら、見つけちゃいました。
 びっくりするほど同じ問題認識を持っている団体が。
 次回、「はるばる来たぜ新潟へ」をお送りします。
 
 ……で、本編は終了なのですが最後に付け足し。
 今現在、「住宅確保要配慮者」として住宅確保に困難が生じている方がいれば、まずは「セーフティネット住宅情報提供システム」(URL https://www.safetynet-jutaku.jp/guest/index.php)にアクセスしてみてください。条件を入れて検索すると、希望にあう物件が見つかるかもしれません。
 駄目だった場合も諦めず、各都道府県に設置されている居住支援協議会に連絡を取ってみてはいかがでしょうか。リストは下記のURLから閲覧できます。

居住支援協議会一覧(令和5年9月30日時点)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001600260.pdf

 居住支援法人の9割は入居前支援を行っているそうなので、何かしら力になってくれるでしょう。
 また、居住自治体の福祉課に相談するのも手です。
 憲法で保証されている「健康で文化的な最低限度の生活」を営むためにも安定した住まいの確保は行使して当然の権利。臆することなくアプローチしてみてください。
 予定的当事者のひとりとして、将来的には「住宅確保要配慮者」なんて言葉が不要になってほしいと願うばかりです。

 

(第19回へつづく)