十六 足利直冬
観応三年(西暦一三五二)五月──
夜明け前の暗がりの中、断崖の上まで、波の音が轟いた。肥後国河尻の海は、内海ゆえに荒波の日は少ないが、今日は直冬の心を映しているように、天地を引き裂く轟音を響かせている。
黒々とした波は激しくうねり、岩にぶつかって弾けた白い泡も、次の瞬間には深い海底に呑み込まれていく。海を隔てて、七里(約二十八キロメートル)ほど、岩壁が剥き出しとなっている雲仙岳を睨みつけ、足利直冬は鐙に乗せる脚に力を込めた。
騎乗する黒馬は、九州に落ち延びて以来、乗り続けているものだ。情が移るのが怖くて、名は付けていない。直冬の気持ちを察したように、いきなり棹立ちとなった。
悲しげな嘶きが、海峡にこだました。
しばらくの間、波を見つめた後、直冬は馬首を背後に向けた。
今川直貞が一騎、騎乗したままで直冬を見つめている。黒馬に白い狩衣は、良く目立つ。直貞の背後には、黒松が二本。梟のか細い鳴き声が聞こえてきた。松の太い枝の上に、一羽。いや、よく見ると小さな雛がもう二羽いる。
梟は、子を育てる間、昼も夜も動くという。
父の目元に張り付いた隈を思い出し、直冬は目を細めた。
松の向こう、一段下がったところには、黒衣の騎兵が整列している。
直冬に付き従う鴉軍二百騎の半数は、もともと京で直義によって集められた者たちだ。今でこそ小ぎれいな直垂を着て、磨き上げられた漆黒の胴丸を身に着けているが、六年前は、その日の食うものにも困っている者がいた。
帰る領地を持たない者が大半であり、働きに応じて与えられる銀の粒に惹かれて集まった者たちだった。腕っぷしだけが取り柄で、凶賊のような目つきの者も多かった。直義から与えられた最初の試練は、反骨心旺盛な鴉軍の兵を、直冬の麾下と認めさせることだった。
「三日三晩、殴り合ったのも、懐かしいな」
直冬を見上げる鴉軍の兵のうち、三人が苦笑した。
自分よりも弱い者に従うつもりは無いと言い放ち、直冬に正面から挑んできた者が四人いた。刀の腕も拮抗し、最後は取っ組み合いになりながら、なんとか直冬が勝利した。その日以来、四人には、黒の星兜に金色の三日月をつけるように命じ、直冬麾下の将校として戦い抜いてきた。四人のうちの一人は、南宗継に急襲された鞆で、多くの黒草衆を足止めして死んだ。九州に辿り着き、再編した鴉軍を鍛え上げたのは、残った三人だった。
黒馬の馬腹を軽く締めると、二百騎の鴉軍の中に進んだ。二百騎の騎馬が左右に分かれ、そして直冬を囲むように円形に広がった。
「俺の戦には、常にお前たちがいた」
円の中心で輪乗りしながら、直冬は口を開いた。
「高師直と楠木正行がぶつかった四條畷の戦いでは、二人が死んだ。紀伊を平定した戦では、十三人が、鞆では百七人が死に、そして肥後国で新たになった鴉軍もまた、九州を統一する中で二十三人が死んだ」
鴉軍の犠牲が増えるたび、直冬の目の前の道は大きく広がっていった。
鎌倉の東勝寺で虐めぬかれていた自分が、随分と変わったものだと思う。
戦を望む者を斃すと誓い、生きてきた。
四条畷の戦では稀代の名将高師直の戦を知り、紀伊平定戦では国の攻め方を知った。鞆の戦ではわずかな油断が命取りになることを突き付けられた。それら全てがあったからこそ、一色道猷率いる大軍を打ち破り、九州全土を平定するための道がはっきりと見えた。筑後国の水城で、一色軍との大戦になった時、隣にいた霞に言った軽口も、大言壮語のつもりではなかった。自分であれば成せるという確信があったのだ。
霞の笑った顔を思い出し、直冬は言葉に詰まった。
直義と南朝の和議に助力するため、畿内へ向かった霞は、それ以来消息を絶っていた。会いたいという気持ちが、心の底を常にかき乱している。すぐにでも単騎で九州を飛び出し、捜しに行きたい。
だが、それをすれば霞が惚れてくれた足利直冬でなくなることも知っていた。今はただ、その無事を祈ることしかできない。
六年前、大徳寺に訪ねてきた綴連と名乗る女は、この世のものとは思えぬ美しさの中に、こちらを圧倒してくるような強さがあった。一人、天下を敵に回すことを覚悟していた霞の心に、直冬は惹かれたのだ。
朝霧の漂っているような竹林の中、去っていった霞を追いかけたのは、今思えば気まぐれだったように思う。似た境遇の者と、もう少し話してみたい。そう思ったからだ。
鷹峯で追いついた霞は、今にも殺されようとしていた。
信濃の鬼と呼ばれる仁科盛宗が弓を引き、その鏃はまっすぐ霞を狙っていた。咄嗟に発した殺気に反応した盛宗が、直冬へと矢を放った。飛来する矢を叩き斬った時、背中に流れた汗を、今でも覚えている。
格好つけて現れたのはいいが、盛宗の矢を切り落とせたのは、ほとんど偶然だった。
直後、白い長髪と紺色の直垂姿の盛宗と刀を交えた。技量は互角。そのまま続けば、どちらかの首が飛ぶと覚悟した時、直貞が間の抜けた格好で現れ、場を収めてくれた。その日以来、盛宗は酒を持って大徳寺に現れるようになり、今では直貞と揃って直冬麾下の双璧と呼ばれている。
九州平定の戦では、二人ともが一軍の将として各地を平定してきた。少弐頼尚や龍造寺家平、河尻幸俊、詫磨宗直、阿蘇惟時ら九州の武士もまた、常時どこかで戦っていた。広がった戦線を支えたのは、霞が指揮する戦船の輸送網だった。
出会いが、今の自分を作ったと言っていい。
そして、そのきっかけを作ったのは、間違いなく父である足利直義だった。
冷徹な為政者であり、己すら駒の一つとしか見ない。親王を弑逆する前代未聞の荒業すらも平然とやってのけ、足利尊氏、高師直とともに、天下に平穏をもたらそうとした。
事実、成し遂げかけた。成し遂げかけたのだ。
誰よりも先を見通す男が、たった一つ、見落としたのは、戦場にしか棲むことのできない武士の王の性だったのだろうと思う。
戦場での死を望んだ尊氏を、直義は、自らが敵となって討つと決めた。
観応元年(一三五〇)の日本全土を巻き込んだ大戦は、当初、直義の圧倒的な勝利に終わった。尊氏は、何もできなかったと言っていい。播磨で思うように兵を集められない尊氏に対し、直義は全土の武士を一斉に蜂起させ、尊氏方の武士を殺し尽くしたのだ。遠く、九州から見ていた直冬でさえ、直義の容赦ない調略に怖気を感じた。対峙していた尊氏や高師直は、身動きできぬまま、真綿で首を絞められるような恐怖を感じたはずだ。
敗れた高師直は、摂津国(現在の兵庫県)武庫川で斬殺され、尊氏は京の屋敷に蟄居することになった。
だが、武士の王たる尊氏には、戦わぬまま敗れたことへの怒りがあったのだ。直義は、その怒りを見落としていた。師直という友を死なせ、実の子を陣中の寒さで死なせた直義が、平穏のために政に没頭したがゆえ、尊氏に動く余地を与えてしまった。
それは間違いないことだ。
ただ天下のために動き続けた父を責める言葉を、直冬は持っていなかった。
京で再び立ち上がった尊氏は、佐々木道誉、足利義詮を麾下として直義討伐に動いた。間一髪で難を逃れた直義は、北陸道から鎌倉へ向かい、そこで尊氏と対峙する道を選んだ。鎌倉に拠った直義を討つため、尊氏はわずか三千の兵のみを率いて東海道を下っている。
兵の少なさは、直義たちを誘い出すための罠だったのだろう。尊氏の率いる兵の少なさに釣られ、鎌倉を出陣した直義軍の前に現れたのは、四万の兵を率いる足利尊氏の姿だった。直義軍を率いる上杉や石塔といった武将たちは、まともに抗うことすらできず、半日で壊滅していた。
捕らわれた直義は、鎌倉へ連行され、そこですぐに死んだ。
昨年の暮れのことだ。その死が公表されたのは、今年の二月のことであり、その間に尊氏は直義の名を騙って、九州の直義派の武士たちを炙り出している。直義の死が公表された直後、直義派の武士は密命を受けた尊氏麾下の武士によって殺されていた。
息を吐きだし、直冬は拳を握った。
「父が、尊氏によって討たれたことは、皆知っているな」
病死とも、毒殺とも伝わってきているが、どちらにしても大きな差はなかった。尊氏がいたがゆえに、父は死んだということに変わりはない。父を知る鴉軍の兵が、悲しげな表情をした。
「成りかけていた天下平穏も、遠ざかった」
九州探題として平穏な、無邪気に笑っていた半年前が、夢のように思えた。凍えるような九州の冬の寒さの中、囲炉裏を囲んで味の濃い雑煮を食べた記憶が、端から燃えていくようだった。耳に残る兵たちの笑い声も、はるか遠くに消えていく。
直冬に突きつけられた現は、全てを捨てて逃げ出したくなるほどに厳しい。
直義が死んだことで、全土の武士を二分した兄弟の対立は消えた。これまで直義に従っていた武士が、一斉に尊氏の軍門に降り、それは九州でも同様だった。
「薩摩の島津、豊後の大友が俺を討伐するために、軍勢を起こした」
口にした言葉に、鴉軍の兵が静まり返った。
直義の死をひた隠しにした尊氏によって、大友と島津の動きを察知することが遅れた。平穏を期待していた己に舌打ちしたくなるのを堪え、鴉軍を見つめた。
「南からは二万を超える島津の大軍が迫っている。北からは、大友の二万。それらを操っているのは、豊前に逃れた一色道猷。すでに九州北部の武士の許には、尊氏からの軍勢催促状が届いている」
昨日まで味方だった者のほとんどが、直冬に刀を向けていた。
不安げな兵の顔を見て、直冬は一度息を吐きだし、静かに微笑んだ。
「垓下で楚歌を聞いた項羽の心境が分かった気がする」
中華の過半を制しながらも、最後、のちに漢を建国することとなる劉邦に包囲され、死んだ、千五百年以上も前の覇者の名を口にした。直貞と盛宗が苦笑し、幾分か空気が和らいだ。
頬を引き締め、直冬は刀を抜いた。
「俺の行く道は、一つしかない」
腹の底に渦巻く怒りが、言葉に乗るように、一言一言紡いでゆく。
尊氏が生きている限り、この国に平穏は訪れない。
全土の武士が、尊氏の許に集まり続けているとしても、戦を望む尊氏は、その中から新たな敵を見出そうとする。なればこそ、誰かが、尊氏を討たねばならないのだ。尊氏が死に、この国が再び乱世に引き戻されることになろうと、その乱世すら平らげる覚悟が、ようやく決まった。
刀の切っ先を、はるか東へと向けた。
阿蘇の連峰。その右側から昇る陽の光が、切っ先と重なった。
天下人に抗った罪人として死ぬか、天下人を討ち生き延びるか。天下を賭けた戦の先にしか、自分の道はない。
「敵は、足利尊氏」
口にした言葉が乾いている。足利又太郎と口にして死んだ母の姿が蘇った。千夜、恋い焦がれたまま、飢え、最後は南宗継の手にかかって死んだ哀れな母だ。母が投げつけてきた火鉢によってできた手の甲の火傷痕は、今も残っている。恨んだこともあったが、幼い直冬の手を握りしめて泣きながら謝る母の温もりが、直冬に進むべき道を示した。そして、霞への想いに気づいた時、母をようやく許すことができた。
しばし、お待ちください。
あなたの想い人を、送ります。
それこそが、平穏への唯一の道であり、父が望んだことだ。ゆっくりと息を吸った。盛宗の号令で、鴉軍の兵が抜刀した。強い東日を受けた二百の刀が、眩しいほどに煌めいた。
「京まで、駆け抜けるぞ」
言葉にした直後、鴉軍の兵の喊声が、こだました。
観応三年(西暦一三五二)八月──
肥後国鹿子木(現在の熊本県北部)に進むまでに、五度の小競り合いがあった。いずれもその地の豪族率いる数百の軍であり、鴉軍の敵ではなかった。だが、敵として現れる者以上に、味方として集ってくる者の方が多かった。
戦のたびに、数十から数百の武士たちが直冬の許に集まり、すでに直冬軍は八百を超えている。十日、滞陣して兵の招集を待った。日を追うごとに顔馴染みの武士たちが一人、また一人と集まり、十日目の明け方には、三千を超えた。
「殿、目尻が赤くなっておりますぞ」
なだらかな丘に棚引く色とりどりの旗を見ていると、のんびりとした直貞の声が飛んできた。
「お前も、白粉が滲んでおろうが」
「残夏ゆえ。これは、汗にございます」
「塗り直しておけよ。今のままでは、この先に待ち構えている征西府の武士たち中で、俺の軍に化生の類がいると噂になってしまう」
「誰が化生でございますか」
あからさまに舌打ちをした直貞が、嘆息した。
「征西府も静観してくれればよかったのでございますがねえ」
「征西将軍宮にとって、九州の武士を京へ向かわせようとする俺の動きは、許せないものなのだろう。菊池武光だけではなく、宮自身が兵を率いて、俺たちを遮ろうとしているという報せもある」
「さすがに、果敢でございますな。民の王と、武士の王の子同士。酒でも酌み交わすことができれば、案外、殿とも仲良くなれたと思いますが」
直貞の言葉に苦笑して、直冬は征西将軍宮の涼しげな顔立ちを思い浮かべた。思わず妬心を感じるほど、爽やかな顔立ちだった。その顔で理想を語る雰囲気に、狡いと思ったものだ。
九州を離れる前に、直冬が為すべきことがあった。
河尻に辿り着いてから二年、直冬を信じてきた武士たちが大勢いる。少弐頼尚のような大名であればまだしも、龍造寺や蒲池など所領の小さな武士は、直冬が京へと向かえば、一色道猷の大軍によって即座に蹂躙されるだろう。
彼らの身を護る手を打たずに、九州を離れることはできない。
「父であれば、どうするかな」
同じことを考えていたのだろう。直貞が笑った。白い狩衣が、小刻みに震える。
「足利直義公であれば、弱い武士たちなど切り捨て、京へ向かわれたでしょうな。時が経てば経つほど、尊氏の力は大きく抗いがたいものになりましょう」
「お前もそう思うか」
「拙速は巧遅に勝ると申します。今の畿内は混乱の渦中にございます。直義公を討った尊氏不在の京を、南朝方の楠木正儀が攻め落としたようですが、それも二月持たず奪回されております。南朝方と北朝方の戦雲は厚く、ここにもう一鑓加えることができれば」
そこで言葉を区切り、直貞が肩を竦めた。
「されど、殿がそれをしないこともまた分かっております。直義公と違い、殿は心が弱いですからなあ」
「弱い、か」
阿ることなくそう言った直貞に、直冬は苦笑した。
「その弱さがあったからこそ、味方のいない俺の許に、三千もの兵が集まったのだろう」
神妙そうな顔をして、直貞が頷く。
「まさに。直義公と同じでなくともいいのでございます。殿は殿にございますゆえ。童のように思い悩み、腰が重い。一度、味方になった者を見捨てられない。直義公にも、尊氏にもない弱さであり、それが殿の強さにございます。そして、戦の才は西国に並ぶ者はない。そこに、皆惹かれているのでしょう」
「西国に限ってか?」
「今のところ、尊氏がおりますからな」
直貞がちらりと地面を見下ろし、短く息を吐いた。
「それに、あとしばし時をいただければ、霞殿の所在も知れるかと」
直冬の表情を見ないようにして、下を向いたということは分かっていた。いらぬ気づかいをと思いながら、直冬は目頭を押さえ、低く頷きを返した。
直貞が隣に立ち、西を指さしたのは、暫く時が経ってからだった。
「西に一里ほど。あれに見える丘の麓の村に、島津資久の兵が布陣しているようでございますな」
「数は?」
「百二、三十ほどとのこと。資久も困ったでしょうな。大隅から、はるか離れた山鹿の所領を貰ったところで、支配は容易ではない」
直義が死んだことで一気に活気を取り戻した一色道猷は、九州各地の武士に所領を与えることで味方を増やそうとしていた。だが、中には資久のように、本領から離れた地を与えられた者もいる。
「生かして帰すな」
「御老公が張り切っておりますが」
百歩ほどの場所で、すでに甲冑を身に着けている盛宗が、こちらを見ていた。頷きを返した直後、盛宗率いる三百の兵が飛び出すように駆けて行った。
二刻も経たず帰還した盛宗を含めた全軍を引き連れ、直冬は東北(現在の北東)の方角へと軍を進めた。ひらけた平野が続いている。黄金色の芒が風に揺らめき、柔らかな気配すら漂っている。直冬は、それがいつ弾けるかもわからないものに感じた。
斥候が駆け戻ってきたのは、陽が西に落ちる直前のことだった。
「三千余の兵が、千年川(現在の菊池川)を背に布陣しているとのこと」
直貞の言葉に、盛宗が鬚を撫でた。
「三千か。征西将軍宮(懐良親王)にしては控えめじゃのう」
「征西将軍宮を支え続けた菊池家の精鋭だ。並の軍であれば一万ほどの力を出すぞ」
直冬が言うと、盛宗がくつくつと笑った。
「菊池武光。九州を出る前に、一度は戦ってみたかった相手じゃ。我が殿にしては、気が利きますのう」
九州の武士たちが尊氏に鞍替えする中、中立を保っていた懐良親王だったが、直冬が河尻からの北上を開始したのと同時に、兵を招集していた。
菊池一族は、周囲を北朝方に囲まれながら、代々南朝方についてきた一族であり、兵も将も百戦錬磨の武士たちだ。蒲池庄で初めて会った菊池武光に抱いたのは、戦えばどちらかが死ぬという予感だった。歳は直冬よりも十ほど年上。最強の武士と謳われていた高師直と同じ匂いがした。
「御老公。逸る気持ちも分かるが、望み通りの戦には、恐らくならぬ」
訝しげな表情をした盛宗の肩を叩き、直冬は全軍に夜営の支度を命じた。
明けの明星の強い輝きが、徐々に薄れゆく。
明け方、吐いた息が白く立ち昇るのを見て、直冬は小さく笑った。季節外れの寒さだ。人の世の動きの節操なさに、天もまた、驚いているのかもしれない。
透明な朝陽が平野を包み込んだ時、直冬は三千の全軍に出陣を命じた。
平野を斜めに立ち割る千年川は、菊池一族を敵から守ってきた守護神のようなものだ。菊池の所領は山に囲まれ、唯一大軍が行くことのできる南側の平野には、千年川が流れており、攻め入ることは容易ではない。
そこを越えて布陣しているのは、菊池武光が純粋に軍同士のぶつかり合いを望んでいるということだ。
ただ、こちらの息の根を止めようとしているわけでもない。三千という、こちらとほぼ同数の兵数がそれを物語っている。懐良親王は、武光を使って何かを測ろうとしているのだ。
蒲池庄で出会った、柔らかな風を纏ったような美貌の貴公子を思い出し、直冬は風の冷たさの中に息を吐いた。何をやっても意図があるように見える風貌は、それだけで人を惹きつける。天下を願った父親を持つ者同士、直貞は酒でも酌み交わせば仲良くなっただろうになどと言っていたが、妬心で酒が不味くなるだろうなとしか思えなかった。
ぽつぽつと点在する藁ぶきの集落が見えた。民が、家の外に出て、直冬の軍を見守っている。軍が移動すれば、そこで略奪が起きることは、当たり前のことだと民は恐れている。そこに、南朝方北朝方の区別はない。十五年前、南朝方の英雄北畠顕家が、陸奥から京に進軍した時など、沿道の民はことごとく飢えで死に絶えたとも言われているのだ。にもかかわらず、直冬の軍を見て逃げ出さないのは、九州制圧の戦の中で、一度たりとも麾下の軍に略奪を許さなかったからだ。
霞の差配する船によって、軍の行く先々に糧秣が用意されていた。
一年経たずして、九州の平定を成し遂げることができたのは、誇張なしに霞の力が大きい。略奪をしない直冬軍を、民は諸手を挙げて迎え入れた。霞がいたからこそ。手綱を握る力が強くなった時、鏑矢の音が晴天から降ってきた。
千年川。朝日を受けて、銀色に光る一条の流れの手前に、黒々とした軍勢が布陣していた。
並び鷹の羽紋の旗が、林立している。その中央、白馬に跨る菊池武光が、朱槍を携えていた。白の弦走韋に描かれた龍は、かつて見たままだ。
二町(約二百十八メートル)ほどまで近づいた時、武光が一騎前に出た。
「御所様は、かつて申したはずだ。九州の武士を死地に連れて行こうとするならば、征西府は、お主の敵になると」
晴天を揺るがす大音声だ。
精悍な表情の武光が、居丈高にそう言葉にするだけで絵になる。自分の目元を撫で、直冬もまた一騎前に出た。
「この地だけではない。全土の武士を護るために、俺は京へ征く。遮ると言うならば、容赦しない」
「言うではないか」
にやりとした武光が、首を傾げた。武光の周りを、千ほどの兵が囲む。
長柄の槍を地面と水平に構える威容に、直冬は懐かしさを感じた。四條畷の戦で、楠木正行が高師直を追い詰めた戦い方だった。
「……菊池千本槍か」
槍という新たな武器を取り入れた楠木正行と同様、武光もその強さに目を付けていたのだろう。九州の戦場において、菊池一族の槍兵の強さは菊池千本槍と称されていた。戦場で見た槍の強さはよく覚えている。楠木軍は、数百の兵で十倍もの幕府軍と渡り合っていたのだ。それをもともと精強と名高い菊池の兵が使っている。弱いはずがない。だが、強さはまた、弱さの裏返しでもあると、直冬は知っていた。
「直貞、印地衆を出せ」
そう口にした直後、後衛にいた五百人の印地衆が、懐から手拭いを取り出して、拳ほどの大きさの石を包むように手に持った。投石に特化して調練を施した兵たちだ。振り回される手拭いが、異様な音を立て始める。武光が笑い、敵兵が固唾を呑む音が聞こえたような気がした。
「放て!」
五百の石が、凄まじい勢いで放たれた時、直冬は鴉軍と共に右へ駆けだした。