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九 足利直義

 

 貞和五年(西暦一三四九)二月──

 足利直義は、よく晴れた春らしい日だと思った。春疾風の吹き付ける衣笠山から南を見下ろせば、黒々とした京の街並みが見える。ところどころ見える赤瓦は三河国(現在の愛知県)で作られる希少なものだ。

 見通しの良い峰に辿り着いた直義は、少し遅れてついてくる従者たちを待つ間、束の間、京の景色を楽しもうと決めた。

 兄弟で戦となることは、避けられないのだろう。

 始まれば、自分か兄が死ぬまで、止まることは決してない。

 見渡せば、様々なものが目に飛び込んでくる。そこから、勝手に思惟へと繋げようとする頭を一度左右に振り、直義は従者たちに見られないように欠伸をした。

 眠気を押し切ってここまで来てよかった。昨日まで二十日間ほど、寝る間を惜しんで執務に取り組んでいたのも、今日、ここに足を運ぶためだった。遅れてくる従者たちの間に、足利直冬の姿がある。このところ、黒の直垂姿しか見ていなかったが、珍しく淡い青色の直垂に身を包んでいた。気持ちが楽になっていればいいのだが。そう思い、直義は直冬と、そのすぐ前を、全身を使って一生懸命に歩く童を眺めた。

 足利基氏。ちょうど十歳になったばかりの兄尊氏の末の子だ。転びそうになるたびに、直冬が淡い青の水干の襟を握り、引き留めている。直冬にとっては、血を分けた弟であり、そして直冬と同じく、父尊氏から見放され、直義の猶子となっている。その下の子も、すでに出家させられており、尊氏の子であり続けるのは、鎌倉殿として関東を束ねる義詮ただ一人となっていた。

 誰の目にも、世継ぎは義詮だと分かる。武士の王として、それは正しいことだ。麾下の者たちが迷うこともない。征夷大将軍として、兄は正しい判断をした。だが、父親としては正しくない。捨てられた子に、寄り添うこともしなかった。

 直冬を見る尊氏の目を思い出した。

 まるで敵を見る目だった。自分に立ちはだかる強大な敵の姿を直冬に望み、それが叶わぬと知ると、兄は直冬に対して憎悪すら抱いたように見えた。肉親を慈しむかつての兄とは、あまりにもかけ離れた姿に、直義は胸が締め付けられた。

「そうしてしまったのは、我らのせいでもあるのかな」

 将軍である尊氏を望んだのは、青年だったころの直義と、高師直だった。

 天下を鎮めるため、尊氏に武士の王であることを望み、二人で支えてきた。尊氏もまた、直義たちの期待に応えるかのように、少しずつ少しずつ王となっていった。後醍醐帝や北畠顕家、新田義貞らを斃すため、人らしい優しさを、ひとつひとつ捨てていったと言っていい。

 戦を望む武士の王を作り上げたのは、他の誰でもない。自分と師直であることを、直義は苦々しくも分かっていた。

 京の街へと、視線を戻した。

 新芽の若々しい緑が、碁盤の目のような街を包むように広がっている。

 北には鞍馬山が聳え、その奥には修験者ですら命を落とす峻険が延々と続いている。東に目を向ければ、古くから京を見下ろし、時の帝や将軍家と激しく争ってきた比叡山が両手を広げるように連なっている。視線を近くに戻せば、北野社の朱色の大鳥居が見えた。雷神と恐れられた菅原道真が祀られている北野社は、初めて上洛した折、兄とともに参詣した場所でもある。

 下野国で生まれ育ち、都のきらびやかさとは無縁だった直義も兄も、道往く民の艶やかさに目を丸くした。都の豊かさを、遠い坂東にも届けたいものだ。兄がそう口にしたのを、今でもよく覚えている。その後ろでは、若き日の高師直もまた、己の野暮ったい衣装を、恥ずかしがるように俯いていた。都の華やかさに対する憧れは、三人の中でも最も強かったのだろう。ばさら大名と呼ばれるほど華美を好むようになった。

「師直、お主はずいぶんと派手になったものよ。まあ、それがお主の可愛げでもあるが」

 一人呟き、直義はじっと目を凝らした。

 埃のように小さな人々が、京の街を縦横に巡り、耳を澄ませば無限にも思える息遣いが聞こえてくるような気がした。

 幾たびも、街そのものが消え去るような戦火を潜り抜けてなお、たくましく続いてきた街だ。近くは南朝との戦で広がった大火によって、人々は焼け出され、人肉の腐った嫌な臭いの中で高師直とともに拳を握りしめた。戦場での人の死をなんとも思っていないような高師直も、民の死にはめっぽう弱かった。京を再興し、豊かさを全土に広げるため、師直とともに兄を支え続けてきた。

「見ている地は、今でも同じなのだがな」

 おそらく、という言葉を使う必要もないほど、直義は師直の心を分かっていた。

 そして、悲しいほどに、兄の心もまた分かっていた。尊氏もまた、見ているものは昔から変わっていない。民の平穏を、笑みを、心から望んでいる。同時に、戦を望み続ける武士の王の手では、それを成し遂げられないであろうことも、兄は気づいているのだ。

 尊氏は、武士の王の死を望んでいる。

 はっきりとそう気づいたのは、直冬が紀伊から京に凱旋してきた時だった。王の死に場所を用意せよ。尊氏の言下にある思いなど、読み取ろうとせずとも分かった。だが、尊氏の望みは静謐に包まれた死ではない。

 戦の中で、己を殺してくれる敵の手にかかって、死にたがっている。武士の王の行き着く先を天下に知らしめることが、全てを掴んだ兄の我欲であり、最後の望みだ。

「師直よ、お主のやり方では、兄の願いは叶わぬのだ」

 友だった者への言葉を口にして、直義は息を吐きだした。

 師直は、尊氏を戦場に立たせぬよう心を砕いている。楠木正行を討った四條畷の戦も、師直は自ら出向き、吉野を陥れるという圧倒的な勝利を手にした。

 尊氏の目の中に、師直の姿がはっきりと浮かび上がっていることを、師直は気づいていないのだろう。師直の尊氏への忠誠は、山よりも高く、海よりも深い。師直は、尊氏を手にかけるぐらいであれば、自死を選ぶ。師直が哀れだった。尊氏の目には、師直は忠誠を尽くす麾下ではなく、自らを斃しうる敵として映り始めている。

 師直に、尊氏を殺させたくはない。

 だが、名実ともに、今や師直は全土の武士の誰もが認める最強の武将なのだ。己の望みを叶える唯一の武士だと、尊氏が思ったとしても不思議ではなかった。

 いつの間にか握りしめていた拳は、汗で濡れていた。手を開き、身体の前に突き出すと、涼しい風が心地よかった。

「私が……」

 呟き、歯を食いしばった。

「父上」

 不意に、背後から直冬の声が聞こえた。

 肩越しに振り返ると、基氏の手をひく直冬が、じっと直義を見つめていた。

 尊氏との謁見以来、直義を父上と呼ぶ直冬の言葉には、どこか無気力がある。直義を見つめる目にも、光はない。そうしてしまったのは、自分だと直義は思っていた。

 実の父である尊氏に認められようと、鴉軍を鍛え、紀伊国に出陣していった直冬は、輝いていた。この四年、尊氏と謁見させなかったのは、不意に現れた新熊野という青年を、尊氏が敵として期待していることに気づいていたからだ。ゆえに、紀伊を平定し、尊氏の忠実な武将であることを示せば、尊氏の目も変わると思っていた。

 だが、直冬と会った尊氏の反応は、直義の予想を超えたものだった。謁見の場で、静かに涙を流していた直冬の姿を見て、直義は心の中で謝ることしかできなかった。

「酒肴の用意ができました」

 直冬と基氏の背後には、四人の従者が、地面に赤の敷物を敷き、膳を並べ終わったところだった。頷くと、直義は二人に座るよう促した。

 直冬と基氏が横に並んで座り、直義は二人の正面に座った。従者が離れていく。搗栗と味噌のみの膳を、直冬がじっと見つめていた。滅多に酒を飲まないが、時折嗜む時の肴は決まってこの二つだった。美食を好む師直などに出せば、あまりの質素さに嫌な顔をするのだろうなと思った。

「搗栗と味噌は、私の好物だ」

 頷いた直冬に、直義はぎこちなく笑った。

「この景色を、一度だけ見せておきたかった。都の喧騒から離れているが、都の全てを見渡すことができる」

「こちらには、よくいらっしゃるのでございますか?」

「一年に一度くらいかな。いや、この数年は来ることはできておらぬか。京に来たばかりの頃は、師直と二人で、よく来たものだ」

 尊氏もそこにいたとは言わず、直義は盃を手に取った。直冬が身体を前に倒し、酒の入った瓶子を直義の方に向けた。注がれる乳白色の酒が、漆塗りの黒い盃になみなみと溜まった。

「基氏も舐めてみるか?」

 直義の言葉に、基氏が直冬の方をちらりと見た。人前ではほとんど喋ることはなく、すぐに物陰に隠れるようなところがある基氏だが、直冬には懐いているように見える。直冬と違い、基氏は父だけではなく母からも見放されている。

 涼しげな表情を少しばかり困惑させるようにして、直冬が少しだけだぞと呟いた。

「お主らは、いつから仲良くなったのだ」

 ふと口をついた問いかけに基氏が俯いたのを見て、直冬がこちらを見た。

「昨年より、時折、鴉軍の軍営に遊びに来るようになったのです。一度、調練を見て棒を構えた基氏を叩きのめしたのですが、翌朝にはけろっとした顔で再び現れておりました」

「ほう。基氏よ、兄の軍はどうであった?」

 直冬に注いでもらった盃を捧げるように両手に持ちながら、基氏がおずおずと口を開いた。

「とても見事で、風のようでした」

「左様か」

「はい」

 気恥ずかしそうにする基氏に、直冬がかすかに笑ったような気がした。

 基氏は、実の父からも母からも手を上げられることはなかった。武士の子として荒々しく育てられることもなく、五歳で直義の猶子となったことを思えば、そもそも尊氏に声をかけられた記憶もほとんどないだろう。直義もまた屋敷で目にすることは多かったが、政務に忙殺されて、父らしいことをした記憶はほとんどない。

 もしかすると、年の離れた直冬に、父としての姿を見ているのかもしれないと思った。叩きのめされたことも、武士の子としては嬉しかったはずだ。頷き、直義は盃を一息で呑み干した。似たような境遇であり、血を分けているからこそ通じ合うものもある。それが兄弟というものだと思い、直義は息を吐きだした。

 口の中には、甘みのある米の粒が残った。

「直冬、お主も飲まぬか。酒が強いことは、仁科殿からも聞いておるのだ」

「それは、あの爺様に無理やり飲まされただけでございます」

「ほう。私の酒は飲めぬと言うのか?」

 己で発しながら、かつて、どこかで聞いたような言葉だと思った。直義自身、父からかけられた言葉だ。思わず苦笑した直義を、直冬が不思議そうに見つめている。

 直冬が、実の父である尊氏に褒めてもらおうと、直義を人知れず警戒していたことも知っていた。直冬の許に送り込んだ今川直貞からの報せは仔細を極め、直冬が直義を追い落とすための証を掴もうと、自分の為した政を逐一調べていることも知っていた。

 心に決めたことを成し遂げるため、視野を狭め一心不乱になる。その様は、まるで若い頃の、尊氏を盛り立てようとしてきた自分を見ているようで、頼もしくもあり、生き方を狭めるのではないかと心配になるものでもあった。ただ、自分の背を見れば、いずれ気づくだろうとも信じていた。足利直義として成し遂げてきたことに、恥じらうものは何一つないのだ。

 全ては、兄を王と成し、この国に平穏をもたらすためだった。

 自分の振る舞いは、ただの一歩もそこから外れはしない。今までも、そしてこれからも。

 分かってくれ。そう思いを込めながら酒を注ぎ、直義は直冬を見つめた。

「直冬、飲むがいい」

 男は、傷を誰かに癒してもらうことなどできはしない。酒に、女に、耽溺したとしても、それは癒しなどではなく、痛みを遠ざけるだけだ。傷は、自分で癒すしかないのだ。

 怪訝な表情をしたまま、盃を呑み干した直冬に、直義は微笑んだ。

「二人には、辛い道を行かせることになる」

 直冬の耳がぴくりと動き、基氏が姿勢を正した。

「基氏、お主はいずれ鎌倉に行くことになるであろう。半年先か、一年先か」

「鎌倉でございますか」

 驚きを隠せない基氏の代わりに、直冬がそう口にした。十歳の基氏を気遣うような響きだ。

「鎌倉殿として、関東支配を担っている義詮殿が、じき京に戻られる。私の代わりに、幕府の政を担うようになるであろうな」

「父上は──」

「基氏」

 直冬の言葉を遮り、直義は幼い基氏の目をじっと見つめた。

「兄弟、助けあわねばならぬ。分かるな」

 問いかけられた基氏が、真剣な表情で小さく頷いた。

「直冬は、お主の兄だ。そして、義詮殿もまた、血を分けた兄。まだ元服もしておらぬお主には酷な言葉かもしれぬ。だが、これきりであろうから、決して忘れるでない」

 これきりという言葉に、直冬の顔から血の気が引いた。一瞥して、基氏に目を戻した。

「関東は、足利一族の郷里だ。兄弟で喧嘩をすることもあるであろう。友と喧嘩をすることもあるだろう。だがな、どれだけ着飾っておったとしても、戻る地は同じだ。下野国の田舎で、河原を駆けまわり、獲った兎を焚火にくべて食えば、仲は元に戻る。それが、兄弟であり、友というものだ。ゆえにな、基氏。お主には、我らの郷里を守ってほしい。それが、父としての、私の頼みだ」

 まっすぐにこちらを見つめる基氏が、一度頷き、もう一度、深く頷いた。

「基氏が東ということは、私は西でございますか」

 ぽつりと響いた言葉は、天を見上げる直冬のものだ。晴れ渡る空には、雲一つない。抜けるような青さだけが広がっていた。

「しばらく、京を離れよ。お主には、長門探題として西国に行ってもらう」

 長門探題は、山陰道と山陽道の武士の召集を許されている。もしも京で政変が起きた時、局外の勢力として、勝敗を決めることのできる立場にもなりうる。それは、尊氏を討つことも、そして直義を討つこともできる立場だった。

「また、お会いできるのでしょうね」

 天を見続けたままの直冬の言葉に、直義は頷いた。

「下野国の兎の味を、お主にも振る舞いたい。いずれではあるが」

 そう呟くと、直冬が顔をこちらに向けてきた。

「戦を望む者を、私は許さぬと決め、鎌倉より京まで旅してきました」

「そうであったな」

「もしも父上がそれを望まれるのであれば」

 言葉を止め、直冬が絹の敷物の上に拳を突いた。

「私は、父を信じております」

 誰のことを言っているのかと聞くのは、野暮なことだろう。この子の中には、父はあくまで一人しかいない。だがそれでも、この四年間、直冬が自らの道を進むことができるよう、支えてきたのは自分だという自負があった。

 大徳寺の僧に折檻され、襤褸を着ていた直冬が、精強な鴉軍を育て上げ、紀伊一国を平定するほどの武将に育ったのだ。傍には、今川直貞や、仁科盛宗ら抜きんでた武士がついている。心配する必要はない。

 微笑み、直義は頷いた。

「直冬、お主はお主の思うままに進むがよい。それが、父の願いだ」

 そう言って立ち上がると、直義は直冬に近づき、その肩に手を置いた。

 

 それから一月後、直義は東寺の門を馬蹄高らかに出陣していく直冬の後ろ姿を見送った。

 尊氏には、直冬を長門探題として西国に下向させると報せたが、返答はなかった。届けられた書簡を見て、尊氏はほくそ笑んだかもしれない。長門探題は、鎌倉幕府の頃の蒙古襲来に対応するため、西国の軍を統率する地位として創設されたものだった。

 直冬に、大軍を召集できるだけの力は与えた。これが、養父として最後の支えとなるであろうことを、直義は知っていた。

 ふと右手が締め付けられた。見下ろすと、左腕を伸ばす基氏が、直義の右手を握りしめていた。

「兄上は、苦しげなお顔をされていました」

「そう、であったな」

 誰と戦うかも分からぬまま、戦の総大将として送り出されるのだ。西国の武士たちは、西海道に勢力を広げる南朝方の征西将軍宮を、ついに幕府が討伐するのだと思っているかもしれない。だが、直冬の目には、征西将軍宮など映ってはいないだろう。

 自らの手で、誰を討たねばならないのか、身悶えしているはずだ。

 一人、直冬と同じような境遇の女を知っていた。かつて直義が自ら弑すことを命じた大塔宮(護良親王)の子で、霞と名乗る綴連王。四年前、京に現れた霞を、直義は四条通りの町人の家に隠れて眺めたことがある。

 父を直義に殺され、南朝方もまたそれを止めることはなかった。霞の母も、父を愛しながら雛鶴峠で死んでいる。霞にとっては、この世の全てが敵のようにも見えているだろう。

 大塔宮の弑逆を後悔したことはない。尊氏を武士の王と成すためには、避けられぬ道だったと今も思っている。だが、霞を殺すかと聞いてきた直貞に、やめておけという言葉を返したのは、自分でも意外なことだった。

 霞にとっては、北朝方は父を殺した仇であり、南朝方もまた味方ではないはずだ。西国では、霞が独自の勢力を養っているという報せも入っていた。この四年、霞を野放しにしてきたのは、償いの心があったからではない。

 去り行く黒衣の騎馬隊を見つめ、直義は基氏の手を握り返した。

 直冬の境遇を作り出してしまったのが尊氏とするならば、霞の境遇を作り出したのは自分だった。

「どこかで、こうなることが分かっていたのやもしれぬな」

 千手先を読むと言われてきた。本当は、十手先程度のものだが、それでも尊氏は、笑いながら備えすぎもいい加減にしろと言っていたものだ。時に、自分でも理解せぬまま備えていたことも山ほどある。それが、不思議と直義を救ってきた。

「予感というものを信じる日が来るとはな」

 ふと漏らした言葉に、直義は自分で驚いた。先が見えすぎても良いことばかりではないと思っていたが、自分の予感も捨てたものではない。

 直冬が、霞に惚れているかもしれない。直貞からそう報せを受けた時は眉をひそめたが、西国へ行く直冬の孤独な後ろ姿を見れば、霞という女の存在は、わずかに残された光のようにも感じた。

 さらば。心の中でそう呟いた時、鴉軍の最後尾が門から姿を消した。思わず駆けだしていた。基氏が転びそうになりながらついてくる。

 黒い門を飛び出した時、通りを左に曲がろうとする直冬の横顔が、ちらりと見えた。

 顔立ちは兄譲りだが、心は自分に似ている。ここからは、一人行く道だが、お主ならば臆することはない。お主の妨げになる者は、私が取り除いておく。

 いや、もしも自分が強大な敵として立ち上がれば、兄は直冬を受け入れるのではないか。そう考えた時、思ったよりも寂しさが胸の内を占めた。

 風の中に、花の甘い匂いが混じった。

 目を細めた瞬間、直冬がこちらを向き、そして小さく頭を下げた。

 

(つづく)