十六 足利直冬(承前)
山を越え、平地に出た。平原に展開する三百ほどの兵を見た時、身体が熱くなるのを感じた。刀を抜き、馬腹を締めあげる。ぶつかる直前、直冬は手綱を大きく引いた。黒馬が棹立ちとなり、そのまま、直冬は宙に投げ出された。肩から地面にぶつかった。鈍い痛みを堪え、飛びあがる。
「兼見、すぐに兵を蔦ヶ嶽城へ送れ」
そう口走った口をゆっくりと閉じ、直冬は益田兼見の無表情をじっと見つめた。腹の底から、震えが込み上げてきた。
「今の言葉は、忘れよ。すぐに、長門国へ向かう」
兼見が小さく頭を下げ、背を見せて走り出した。
矢矧川で小舟に乗り、そのまま海まで下った兼見は、岸につけることなく沖まで櫂で漕ぎ続けた。
「殿が葦屋から戦船に乗り込むと、敵に流しております。ゆえに、私が自らお迎えに」
なぜ、山を越えた場所で待っていた。不満が顔に出たのだろう。兼見が冷たく笑った。
「大友軍三千の騎兵が、二里先まで迫っておりました」
兼見の言葉に、直冬は息を三度吸って、吐いた。直貞も兼見も最善を尽くした。それだけは確かだった。備えが足りなかった。元を辿れば、尊氏による直義の死の秘匿によって、直冬の動きが遅れたことだ。自分の甘さが招いたことだ。
波で、舟が大きく揺れた。舷側に掴まり、直冬は顔を隠すように俯いた。
「兼見、山陰の経略はどうなっている」
「万事抜かりなく」
兼見の言葉に、直冬は頷いた。
「一年で、畿内までの道を斬り拓く。一年だ。そのためには、血を厭わぬ」
「御意」
舟の底に水が沁み込み始めた。つま先に海水の冷たさを感じた時、すぐ傍に巨大な戦船があることに気づいた。霞が人生をかけて備えたものだった。
正平八年(西暦一三五三)五月──
長門国の豊田城で兵を整えた直冬は、蝉の鳴き声と共に周防国へ向かった。汗が滲む季節だ。瀬戸内の海風を受け、周防国の国府に辿り着いた直冬を出迎えたのは、先だって安芸国に向かっていた仁科盛宗だった。いつもの濃紺の直垂ではなく、白い直垂を身に着けている。盛宗なりに、喪に服しているのだろう。
「化けて出るにしても、もう少し偲ばせる時をくれとも思うが」
「あの莫迦はそそかっしいところがあったからのう。夏までは待てぬのじゃろうよ」
盛宗の傍を見ると、白い狩衣姿に白粉を塗った武士がいた。安芸に入った頃から、直冬軍の中に現れた者たちで、似た格好の男が五人いる。直貞が己の名を名乗らせ、山陽道に送り込んでいた影武者だった。
一軍を率いて九州統一に大きく貢献した今川直貞の勇名は、仁科盛宗と並んで、山陽道にも広まっている。直冬麾下の双璧が揃っていることは、山陽道の北朝方を降すにも役立つだろう。
「死せる孔明生ける仲達を走らす、を気取っておるのかのう」
「気取りすぎだ」
友への罵倒を、直冬は苦く呟いた。
「盛宗。苦労をかけた」
「なんの。殿や、あの莫迦者に比べればまだまだ」
盛宗に案内された館には、石見国から戻ってきた益田兼見と、安芸国の国人毛利元春が待っていた。ぎょろりとした目は、薄く灰色がかっており、額の瘤が角のようにも見える。一瞥し、直冬は一度頷いた。
畳の上に丸を描くように座った。口火をきったのは、兼見だった。
「九州の動乱は、やがて落ち着きましょう。浦ノ城の少弐頼尚を攻囲していた一色軍は、二月、肥後国から来援した征西府の菊池武光によって、針摺原にて壊滅させられております。殿が菊池との戦で負けを装ったことで、菊池の一強が示された形でございましょうな。九州の武士たちは雪崩を打って征西府に従っております。しばらくは、大きな争乱にはなりますまい。殿の調略が生きた形でございます」
直冬もすでに知っていることだが、兼見はここにいる者の認識を整えておこうというつもりなのだろう。続けるように促した。
「畿内以東は、足利尊氏が制していると言うべきでございますが、九州は南朝方の勢いが強くなり、ここ中国でも殿がいらしたことで幕府の力は小さくなるでしょうな」
「京では石橋和義なる武士が、大将軍に任じられ、備後に下向したとも伝わってきておりますが」
毛利元春の言葉に、直冬は頷いた。
「石橋は、足利に連なる武士だ。尊氏の信も厚い。だが、大軍を率いたことは少なく、関東にいる尊氏が帰京するまでの繋ぎだろう」
南朝方の楠木正儀による京への侵攻が激しくなっていた。昨年の夏頃、正儀は尊氏不在を衝いて京を落としているが、すぐに奪還されている。今年に入ってからも、幕府の将と戦を繰り返し、五月の終わり頃には京を視界に入れるとも伝わっていた。
直義を討って以来、関東では北条時行や新田義興ら、旧鎌倉幕府の残党や南朝の武士たちの蜂起が相次いでいたが、尊氏が鎌倉に度々向かうことで次第に落ち着いてきている。関東を基氏に任せ、じきに尊氏は帰京するはずだった。石橋は、それまで直冬を押しとどめておく程度のものだろう。
「案ずるな、元春。石橋への牽制として、但馬国の山名時氏を京へ向けて進軍させている。幕府の軍勢が山陽道から下ってくることはない」
直冬の言葉に安堵したのか、元春が息を吐いた。
九州から脱出してから半年が経っている。その間、山陰道、山陽道の武士たちと結びつつ、征西府を通じて賀名生の後村上帝と誼を通じてきた。直義がいない以上、足利尊氏と対等に戦うほどの軍を興すためには、好きと嫌いにかかわらず、後ろ盾がいる。
選びうる道は、一つだけだった。
「二日前、賀名生に送った使者が、帝の綸旨を携えて戻ってきた」
口にした言葉に、盛宗と兼見が緊張するのが分かった。
「今年の九月、俺は南朝によって総追捕使に任じられるようだな」
どこか他人事のように語り、直冬は苦笑した。南朝への忠誠心など欠片もない自分が、諸国の武士を束ねる地位を与えられたのだ。追い詰められた南朝方の混乱が透けて見えるようだった。ただ、血と名を尊ぶ武士を束ねるためには役に立つ。
「総追捕使の任は、朝敵である足利義詮、尊氏の追討。山陰、山陽、畿内における南朝方の軍を、あまねく俺の麾下に置く」
率いる兵は、過去最大のものになるだろう。直冬が総大将として全軍を率い、副将を楠木正儀がつとめる手筈だった。紀伊国で相まみえた若武者の顔を思い出し、直冬は人生の数奇さを思った。敵味方とは、ただの立場の違いでしかない。深く知る味方の方が、そこに憎悪が生まれる。因果なものだと思った。
「出陣は、十一月。総追捕使へ任じられた後、西国への軍勢催促を発してからだ」
「どの道を行かれますか?」
「元春は山陽道を進め。安芸、備後、美作、播磨の国人を束ね、摂津で軍を興す楠木正儀と合流せよ」
元春が頭を下げた。
「俺は、盛宗、兼見と共に山陰道を行く。但馬国で山名時氏、石塔頼房の軍と合流し、時を合わせ南北から京に侵攻する」
もう少しだ。もう少しで、父の願いを果たし、そして霞を救い出せる。感情を動かすな。そう自分に言い聞かせ、直冬は立ち上がった。
九月、足利尊氏が京へ戻ったとの報せが西国に広がると同時に、直冬が北朝討伐の総追捕使として任じられたことが全土に広がった。
京では、直義が生き返って関東で兵を興したというものや、すでに直冬が吉野に入り、後村上帝を奉じて上洛してくるなど、頓狂な風説が流れているという。捌ききれぬほど報せを流し、敵を混乱させる手は、楠木一族がよく使うものだった。
足利尊氏は、かつて南朝方の北畠顕家や新田義貞に敗れて九州に落ち延び、そこで培った力をもってして天下統一を成し遂げた。京では、直冬の足跡をかつての尊氏と重ねる者も多い。養父直義の仇である実父尊氏を討たんとする直冬を、民は同情しつつも、それ以上に恐怖をもって語っている。若くして紀伊征伐を成し遂げ、わずかの間に九州の統一を果たした直冬の戦上手を知る民は、終わりの見えない乱世をただ嘆くことしかできなかった。
民の嘆きが大きくなるほどに、南朝の期待は膨らんでいった。ようやく朝敵尊氏を討ち、我が世を迎えることができるのだと。
民の嘆きを、南朝の歓喜を、直冬が耳にしたのかは分からない。
だが、総追捕使として名乗りを上げた直冬は、長門と周防で募った三千の兵を連れて粛々と石見へと向かった。鴉軍は五十騎のまま、増やすことはなかった。狙いは、尊氏の首一つなのだ。民の嘆きや南朝の期待とは裏腹に、直冬に戦を長引かせるつもりは毛頭なかった。
ただ一戦、尊氏の首を狙うには、五十騎で十分だと直冬は知っていた。
正平九年(西暦一三五四)五月──
兼見の本拠である七尾城を出陣した直冬は、軍を二軍に分けた。自ら先鋒を率い、冷たい鈍色の海を左手に山陰道を北へと駆け抜けた。
激しい荒波が、砂の浜にせり上がってくる様子は、日本海ならではのものだろう。東海道で見た海とも、九州の海とも違う。
先行する直冬を討とうと、石見国中から北朝方の武士が蜂起した。今まで、旗幟を明らかにしなかった者たちが、炙りだされた格好だった。
「後顧の憂いを断つ。徹底的に討て」
そう命じ、直冬は三月をかけて石見国中の北朝方の武士を討ち果たした。討った武士の名を見れば、益田兼見の思惟が強く働いている気もしたが、直冬は何も言わなかった。
木の葉が黄色く色づき始める頃、ようやく石見の平定が終わり、九月、直冬は全軍を出雲国へ向けた。同時に、山名時氏、石塔頼房、桃井直常ら、かつて父と共に尊氏と戦った大名たちに使者を発した。それぞれ数千の兵を率いて出陣したという報せと共に、摂津に布陣していた楠木正儀もまた、畿内の南朝方の武士を招集して京へ進軍を始めたと報せてきた。北朝方の城を攻め落とす各軍の報せは、烈火のようにも感じた。
西国各地から、尊氏討伐を望む武士が、一斉に立ち上がった観がある。
観応の擾乱を指揮した直義も、同じような気持ちだったのだろう。父の時と違うのは、西国の武士を率いる直冬に対して、尊氏もまた東国の武士を率いていることだ。大軍同士の大戦になる。尊氏が望み、父が叶えようとしたものだ。
北上するにつれ、身体が強張っていくようにも感じた。兵が、左右から集まってくる。出雲を越え、伯耆、因幡を過ぎた時、二万を超える大軍になっていた。但馬には、山名らが率いる一万五千の兵が布陣し、山陽道を進む味方も、すでに一万を超えているという。楠木正儀率いる兵をあわせれば、全軍で六万にも届く大軍になる。
身体の強張りは、諸将が望むことと、直冬が望むことが違うことを自覚しているからだ。
北朝という巨大なものを壊そうとする者の中で、総大将である直冬は、ただ一人、戦を望む尊氏を殺すことだけを狙っている。足利直義も、今川直貞も、そのために命を落としたのだ。使えるものは何を使ってでも、成し遂げることが生き残った自分の使命だ。
総大将の命に従う者たちからすれば、裏切りにも近い。それでも、進む己の道こそが、もっとも平穏に近づくものだと信じていた。
「……全軍、京へ進め」
正平十年(西暦一三五五)正月二十二日──
直冬は全身の震えを感じながら、騎上から京の街並みを見渡した。
整然と立ち並び、通りはどこまでも遮るものがない。黒い瓦の葺かれた屋敷と、ふわりと漂う香木の匂いが、夢や幻などではないことを伝えていた。鴉軍を従え、二条通りを東へ向かう道で、童の手を引く若い女の姿が目に飛び込んできた。逃げ遅れたのだろう。
振り返った母親の目に恐怖が滲んだ直後、その恐怖を塗りつぶすように、怒りを浮かべた母が童の前に立った。どこかで見た光景だと思い、不意に胸が苦しくなった。そういえば、母が死んだ時、自分が見ていたのは母の後ろ姿だった。懐剣を握りしめ、直冬を庇うように、母は南宗継の前に立ちはだかっていた。
心を整えるように、深く息を吐いた。
「十騎。あの母子を洛外まで送れ」
言葉が伝わったのだろう。女が膝から崩れ落ち、童が不思議そうに直冬の方を見て笑った。
足利尊氏は、すでに京から近江へと脱している。京は大軍を編成することが難しく、近江で兵を整えるつもりだ。東寺の周囲に、千ほどの兵が布陣しているとの報せがあった。攻めかかろうとしていた桃井直常を慌てて止めた。
霞が生きて東寺に捕われていることは、楠木の忍びが確かめている。尊氏にとっては、直冬を京までおびき出すための餌に過ぎない。だが、尊氏の麾下である佐々木道誉や南宗継にとっては、万が一尊氏が敗れそうになった時の質だと思っているはずだ。逸る気持ちを堪え、直冬は諸将を錦小路京極に集めた。
長門探題として、京を追放されてから、六年近く経っていた。
久方ぶりの街並みを歩きながら、込み上げてくる涙がこぼれぬよう、曇天の空を見上げた。
「ようやく、戻ってまいりました」
その言葉を聞いてくれる父は、もういない。衣笠山から京の街を見下ろし、いつか下野の平野で兎の肉を食おうと言った直義に会うことは二度とないのだ。搗栗と味噌の素朴な味を思い出した。傍には、実の弟である基氏がいた。
兄弟で助け合え。それが直義の言葉だった。
基氏だけではない。義詮という尊氏の子もまた、直冬にとっては弟にあたる。話したことは、一度もない。顔を見かけたことも、一度か二度程度だ。かつて、尊氏に期待されていることに嫉妬したこともあったが、今では、尊氏のもたらす戦乱に引きずられ続けている義詮に対して、憐れみさえあった。
「この戦で、終わらせてみせましょう」
独りそう呟いた時、空から雪が降り始めた。
夜、篝火が煌々と焚かれた錦小路京極の屋敷に、西国の武士たちが集まった。山名時氏、石塔頼房、桃井直常ら直義の側近をはじめ、斯波高経や吉良満貞ら足利一族の武士もいる。昼から降り始めた雪は、とどまる気配がない。
五十を超える武士の前に立ち、直冬はじっと彼らを見据えた。
「天下擾乱を鎮めんことを願い、民の無聊を救うため、九州にて立ち、山陰より洛陽に入った。全ては、万人の塗炭を救わんがためのこと」
妙に凝った言い回しを口にしながら、その言葉を用意した直貞の顔を思い浮かべた。ここにいれば、似合わないと言って苦笑していたはずだ。友の顔を思い出した途端、身体からすっと緊張が抜けていくのを感じた。
「道行く余の前に、神明仏陀の擁護顕れ、今まさに願いの時は来た。敵陣は眼前にあり。いま一歩進むこと冥顕測りがたく、心肝砕くがごとしであろう。されど、余が手にするは義旗なり」
いちいち舌を噛みそうな言い回しに心の中で舌打ちを数度繰り返し、直冬はなんとか言い切った。居並ぶ諸将を見据え、運び込まれた搗栗を手に取った。口の中にほおばると、諸将が次々に搗栗を口に含んだ。
噛みしめ、呑み込む。かつて、直義が率いた者たちだ。脳裏に、直義を浮かべている者もいるだろう。涙を浮かべる桃井を見つけ、直冬は静かに頷いた。
「敵は、東西に分かれた。西の義詮、東の尊氏。楠木正儀よ」
気合と共に名を呼ぶと、朱色の甲冑を身に着けた正儀が一歩前に出た。
「吉良、山名、石塔ら四万の兵を率い、山崎に向かえ。敵は足利義詮率いる佐々木道誉、赤松、細川らだ。相手に不足はあるまい」
佐々木道誉は、四條畷の戦で、正儀の兄正行が敗れるきっかけを作った武士でもある。正儀が力強く頷いた。
「俺は、桃井、斯波、仁科らを主力として、二万の兵を率いて尊氏を討つ。東寺の敵を討ち、本陣をそこに置いて尊氏を誘き寄せる」
正儀には、直冬自ら霞を救うことが伝わっただろう。楠木率いる軍を主力として、京の南に展開させることで、東寺に籠もっている敵の逃げ場を無くしておきたかった。
楠木はすぐに動き始めた。楠木の忍びも東寺の周囲に潜んでおり、今のところ動きはない。
京の街が慌ただしく動き始めている中、盛宗が酒の入った瓢を五つ担いで直冬の許にきた。屋敷の庇で、隣同士で座った。
「大徳寺で酒を酌み交わしたのが、懐かしいのう」
瓢ひとつ、一気に飲みきった盛宗が、酒の雫がついた鬚を腕で拭った。
「御老公が昔話とは珍しいな。我らが出会ったのが、もう九年も前か」
「威勢ばかりだった若僧だったが、儂の見る目は中々であったろうが。お主は、儂の期待に応え続け、九州からついには京まで攻め上ってきた。しかも、相手は天下人たる足利尊氏」
新たな瓢の栓を抜き、盛宗が再び呷る。
「先に死ぬのは、儂じゃぞ」
「そのような言葉は、鬼には似合わぬ」
「ふん。若僧はえてして順を間違えるからな。釘を刺しておこうと思ってな。あの莫迦者も早過ぎたわ。もうしばし生きてあれば、儂の刀の相手にちょうどいい武士になっておったろうに」
悪態を吐きながらも、盛宗の頬に涙が伝っていることに、直冬は気づいた。それを口にはせず、静かに瓢を呷る。
「まったく、生意気な若僧の世話を、老人一人に任せて逝きおって」
しばらく押し黙った盛宗が、長く息を吐きだした。
「楠木の軍を多くしたのは、足利義詮を戦場から遠ざけるためじゃな」
「なんだ、見抜かれていたか」
「何年、お主の指揮の下で戦ってきたと思っておる」
ふんと鼻を鳴らし、盛宗が三つ目の瓢の栓を開けた。
「お主自身を囮として、尊氏を東寺までおびき寄せるつもりであろう」
「義詮は、この先の天下に必要な男だ。ここで死なすわけにはいかん。この戦は、武士の王の死に場所。それ以外の意味はないさ」
「南朝の連中も哀れよのう。お主を推戴すれば、北朝方を討ち滅ぼせると信じ切っておる」
「そんな純な奴らばかりではないさ」
そう言って、また一口、酒を口に含んだ。
後村上天皇が恃みとする楠木正儀すら、すでに南朝を見限っている。正儀が、この戦場に立ったのは、吉野が陥落した時に受けた霞への恩を返すためでしかない。南北朝の争いは、もうすでに終わっている。民は、すでに戦に倦み、平穏をもたらすならば何人でもいいと思っているのだ。
それが分からないのは、よほど時勢が見えていない愚か者だけ。
「正儀には、義詮を徹底して妨害するように命じている」
「なるほどのう。ならば、儂の役は、尊氏を射貫くことか?」
盛宗の言葉に、直冬はゆっくりと首を左右に振った。
「それは、俺の役だ。御老公であろうと、それは譲れぬ。道を、拓いてほしい」
「ふむ。お主にその覚悟があるならば、よかろう。儂は戦の用。出会った時に言ったであろうが。お主がそれを望むならば、儂は道を拓く刀とならん」
吹っ切れたように呵々と笑い、盛宗が立ち上がった。
正儀が八幡(現在の京都府八幡市)に布陣を終えたとの伝令を受け、直冬は即座に四条京極から南下を開始した。東寺までは四半刻もかからない。見覚えのある街並みを進み、南の空に五重塔が見えてきた時、手に汗が滲んだ。かつて、紀伊国征伐の戦を終えた直冬を、父が迎えてくれた場所だ。
「東寺の敵は五百ほどに減っております。兵の肩には、潤朱の肩布」
報せてきた楠木の忍びに頷きを返し、直冬は桃井、斯波率いる一万の兵に、遠巻きの包囲を命じた。
「これは、南の独断だな」
開け広げられた東寺の門を見て、直冬は呟いた。自分が尊氏であれば、霞を連れて近江まで行くはずだ。南宗継は、尊氏とぶつかる前に、直冬を殺そうとしている。霞がいれば、直冬が自らくると確信しているのだ。
「少し前であれば、この手でとも思ったがな」
門をくぐった正面、本堂の前に布陣する黒草衆を見て、直冬はそう呟いた。中央には、鎧姿の南宗継がいる。不意に、境内の裏手から喧騒が響いた。楠木の忍びが、打ち入った音だ。
「盛宗」
合図をした刹那、風を切り裂く異様な音が空に響いた。鉄の棍棒で殴打したかのような音がして、南宗継の兜が弾け飛んだ。鏃を銅の塊に変えた矢だ。宗継の屈強な身体がふらつき、二度よろけた後、その場に倒れ込んだ。二百ほどの黒草衆が宗継を包み込み、本堂から離れるように動いた。
「追わずともいい。残った敵は、討て」
鴉軍五十騎が、無言のまま疾駆した。鴉軍にとって、黒草衆は仇敵だった。多くの友を殺され、そして直貞も死んだ。どちらも闇夜の戦に強い。だが、正面からの戦いとなれば、鴉軍の敵ではない。
三度、黒草衆を突っ切るように動いた直後、鴉軍の兵が下馬し、黒草衆を討ち果たしていく。影の軍として、死ぬ時の断末魔すら許されていないのか、声一つ上げず死んでいく。
四半刻経った時、本堂の前の黒草衆は、みな骸へと変わっていた。残った敵は、一人もその場から逃れていない。
「見事じゃな」
盛宗が静かに頷く。鴉軍の兵が、左右に並び、直冬の道を作った。
鼓動が大きく鳴っている。鎧が窮屈に感じるほどだ。兜を脱ごうとして、盛宗に止められた。
「儂が宗継であれば、弓を忍ばせますな」
「ほう。だが、忍ばせたとしても、御老公のような腕の者が二人もいるとは思えぬ」
そう口にしながら、直冬は本堂へと歩き出した。本堂の壮大な伽藍の背後には、それ以上に大きな講堂の姿が見える。創建した空海が、人を教え育てることこそ国の礎と言い、東寺で最も重視した建物だという。質実な考え方だが、父がそれを好むであろうことは分かった。
本堂の入り口、立ち塞がるように現れた一人の若い僧が、直冬を見て恐れに顔を歪めた。辛酸を舐めた鎌倉の東勝寺──己が寺に抱く苦い記憶が、殺気となって零れていたかもしれない。
「遮るならば、斬らねばならぬ」
若い僧が、その場に崩れ落ちた。鴉軍の兵が両脇を抱え、横に動かす。鎧姿のまま本堂に上がると、どこからともなく楠木の忍びが一人、傍に現れた。
「ご案内いたします」
感情を滲ませぬ声だが、その声は老いを感じさせた。
本堂の回廊を通り、講堂へと移る。開け放たれた扉の中、直冬が目にしたのは、五十人ほどの僧が、円形になり、外に向かって小さく念仏を唱え続ける姿だった。