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母に捧げるカプレーゼ

 

 皆さんには、正しい名前で呼べない料理ってありますか。僕の中では“カプレーゼ”がそれでした。

 トマトとモッツアレラチーズ切って、オリーブオイルかけて塩胡椒を振って完成。すごい簡単です。パスタの副菜に付けるだけで、「やるじゃん!」って思われる料理です。さらに最近はプチトマトが流行りだして、プチトマト用の小さいモッツァレラなんてのもあります。

 そう! プチトマトなら、わざわざ切らずにカプレーゼが作れます。トマト洗って、ヘタ取って、チーズの封を開けて、皿に盛ってオイルと塩胡椒かけるだけ。すげー簡単です。これもちゃんと料理と言っていい。

 

 さて、僕は長いこと“カプレーゼ”のことを、“トマトモッツアレラ”って呼んでました。カプレーゼやのに。なんでか考えてみると、理由が分かりました。周りの人がそう呼んでたからや! イタリアンシェフのいるレストランバーでバイトしてた高三の頃、働いてる店のメニューには“カプレーゼ”って書いてありました。でも、なぜかそれをお客さんが“トマトモッツアレラ”って呼ぶから、僕もそう呼ぶようになってました。シェフは「カプレーゼな」って言い直してたけど、バイト仲間たちは「それは言うのん恥ずかしいやん」「せやな」と、誰も直そうとせず。

 なので、大人になっても、たまに誰かが

「有野、何食べよう? トマトモッツアレラと……」

 と言ったとき、

「カプレーゼでしょ」

 その一言が言えなかった。KYって思われたくなかったのか、格好つけてるって思われたくなかったのか。

 東京生活の方が長いくせに、未だにマクドナルドはマックとは言わずに、マクドと言っちゃう感じ。「東京に染まったわ〜」って、言われたくない。

「何? マックって! マクドやろ! 格好つけんな」

 いや、格好つけるも何も、マクドナルドやん。別にええやん。なんですが、指摘されるとなんか恥ずかしい。恥ずかしいって、なんやねん。自分でもひねくれてるなと思う。別に染まってもええやん。

 あの時も、もし「カプレーゼでしょ」って言えてたら、

「うわ! 格好つけて言うてる」

「何それ! 東京かぶれやん」

 とか言われたんかな。いや、イタリア料理やし! 東京関係ないやん!

 こういう言わんでもええ指摘って、関西の文化がそうさせるのかな。なんか自分たちとは違うノリを敏感に察知して、茶化すような。

 

 なるほど、僕はこの茶化し文化が嫌だったのかもしれません。だから昔はサングラスもかけられへんかった。「なに格好つけてんの」って、言われるでしょ。そのズカズカ感が嫌なんやろうな。今は外出る時にサングラスかけるようになってます。紫外線が目によくないので、かけてる方がいいって教わったのと、眩しくてしかめっ面で歩いてるより、サングラスで目開けてた方が歩きやすいし。

 

 

 まあ、実際は僕自身も余計な一言で“茶化す”キャラやけどね。そしてこの“茶化し”の元祖が、実家にいました。

 そういえば結婚して間もない頃、子供連れて実家に帰った時に、兄家族、姉家族が集まってくれて、みんなで晩ご飯を食べました。中学生だった姪も多感な時期やのに来てくれて、大きなったなって話しかけようとした寸前、母(彼女からしたら祖母)が、

「なんやそのまつ毛! びゃーってあげてぇ!」

 と、少しお化粧をしてきてた姪の、容姿いじりをしてきた。母からしたらただの交流なんやろうけど、多感な時期です。姪はしっかり無視してました。強く育ってます。言わんでええことを大きな声で言う母なのです。

 別の姪が彼氏を連れてやってきた時もそうです。みんなで食事の用意をしていると、母が遅れてやってきました。彼氏がいるってことも事前に聞いていたはずやのに、母はその彼氏を見るなり、

「どういう関係?」

 普通、一言目は「こんにちは。いらっしゃい」とかやろ――とは誰も言わず、無視する感じかと思ったら、姉が「ボーイフレンドやな」と、早めに返してました。

 さすが姉ちゃん! ナイス返し! 喋りが仕事の僕は、黙っていましたよ。口を開くといらんこと言ってしまうからね。「言わんでええやん」を言う僕の芸風って、母から来てるのかもしれません。

 

 そんな母の「言わんでええやん」の矛先は、もちろん末っ子の僕にも向けられます。僕が東京で一人暮らしを始めて間もない20代前半の頃、母から頻繁に手紙が来てました。

「テレビ見たけど、手を後ろで組むのやめなさい、偉そうに見えるから」

 もちろん、返信はしません。そして月に1回くらいは実家でご飯を食べると、やっぱり面と向かって言うてきます。「手を後ろで組みなさんな」と。23歳くらいの僕は言います。

「みんなが前に組んでるから、後ろに組んでるだけで、みんなが後ろに組んだら前に組むよ」

 偉そうに見えるのはオカンの感想で、手を後ろに組んでるからって、降板ってことにはならへん。そもそも、スタッフやマネージャーからは、それやめた方がいいよって言われてない。プロが言うてないから、大丈夫。

 他にも、番組内で“地味いじり”をされてた頃もありました。容姿いじりというのか、雰囲気いじりというのか、華がないってネタにされていじられる。それを見た母が優しい助言をくれました。

「晋哉は根が暗いから、パーマをあてなさい」

 自分の愛息にかける言葉かね? 根が暗いと言い切るかね? 笑顔を多めにしなさいでもなく、パーマをあてろ、と。しかも、パーマの種類にもよるやろ。もしソバージュあてたら、みんなにどうした? って言われて番組進まへんやろう。

 

 他にもあります。先輩に対してわざと失礼なこと言うてた時期もありました。今で言う“噛み付く”って芸風になるのかな、スタッフからも「あれ面白いな」って言われてやってたら、手紙が届きました。

「失礼なことを言いなさんな、仕事がなくなる」

 スタッフから面白いって言われてるのに、とは返信せず。しかし、気がついたら、そのレギュラー仕事はなくなってました。スタッフに言われてやってたのに……ホンマになくなるんやって驚いたねぇ。マネージャーになんで降板したのか聞いたら、「ちょっと踏み込みすぎたのかもな」とのことでした。若い頃は、踏み込むか、踏まないか、オンオフしかなかったからねぇ。若気の至りってやつなのかな。

 それで反省したってのもあって、40歳を過ぎた頃からパーマをあててます。街ぶら番組では手を組まないようになりました。一番多いであろう、主婦の視聴者が気になるんならやめておこうと。20代では反発してたことを、気がついたら全部やるようになってました。人がたくさん寄ってきてくれるようになりました。結局、全部母の言うとおりでした。母には……感謝してるけど、未だに手紙の返事は出してません。

 でも、「言わんでええやん」の一言は今も言うてしまいます。カプレーゼにも、トマトとモッツアレラチーズだけでいいのに、フルーツを添えたくなります。「添えんでええやん」と言わずに一回食べてみてください、くせになるから。