歌手にも野暮なことを言っちゃう僕は、柿ピーーーも入れてしまう
とあるアーティストがいるとします。デビュー当時は小さなライブハウス、知り合いしかいないまばらな客席だった。そこからたった5年で全国ツアー。その最終公演が、地元でできた。動員数約1000人のNHKホールにて、オープニングから5曲連続で唄うアーティスト。曲が終わり、音が止まる。静寂のホールで、次に何が起こるのか期待する客席。
MCの時間、感極まったボーカルが叫ぶ。
「大阪ーーーー!」
応える観客。
「ウォ〜~!」
客席の僕は思う。
(なんで地名言うた?)
――でもこれ、コンサートで1番好きなパフォーマンスなんです。地名言うてるところ見ると僕、たまらないんです。何度か聞いたことあるんですよ、アーティストの方に。
「あれ、なんで地名言うの?」
答えは色々ありました。そんなアンケートの結果はこちら。
(1)なんでですかね?
(2)テンション上がってもうて。
(3)ここまで来たよっていう。
(4)お客さんの場所に来たよ、と。
(1)はね、もう質問に質問で返してるから、みんなが言うてるから自分もってやつでしょうね。
(2)は謝罪のトーンで、面白い答えです。
(3)は一番多かった回答でした。でも、それ言い出したら、お客さん含めみんなそうやんってなります。もし新幹線降りてすぐに駅のホームで「大阪ーー!」って言うんやったら……あ、新幹線の駅は新大阪か。「新大阪ーー!」って言うてもらわんとアカンな。そしたら僕は「駅員か!」って言える(僕と歌手どっちも間違えてるツッコミ)。
(4)はね、良いこと言うてるようで、全然違うと思うんです。だって、今やお客さんって遠征組の人も多いから、もしかしたらアーティストと同じで大阪公演にも外から来てるやろうし。
やっぱり(2)が1番良いのかな。テンションが上がってしまって。過度の興奮状態のため、制御不可能になって、今いる場所を叫んでしまう。
これって、例えばこういうことです。嫌いな歯医者に連れてこられた子供がいます。
「椅子に座って待っててください」
と、受付の人。怖い、できることなら帰りたい、でも、歯が痛くてしょうがない。前の人が呼ばれる。診察室から、キュィーーンと乾いた機械音が聞こえる。先に入った子供の叫ぶような泣き声が聞こえる。怖い。
「次の方どうぞ」
僕だ。診察室の扉が開く。中に入る。そして、頬を押さえながら叫ぶ。
「はいしゃーーーー!」
そんなヤツはおらんやろ。テンション上がって、地名言うって……。
妊婦さんが「分娩台〜~!」。
金メダルを取った選手が「コルティナ・ダンペッツォーー!」
2026年の冬季オリンピックの地名です。表彰台で地名叫んでる人は見たことないですね。
勝手な事を書いてきたけど。有野さん、さいたまスーパーアリーナで、15000人を集めてイベントをしたことがありました。トロッコに乗って、客席から登場。クレーンカメラが寄ってきたので、大声で言いました。
「さいたま スーパーアリイイナーーーー!」
はい、僕も興奮すると、言うてしまいます。というか、お客さんが「イエーー!」って喜ぶやろうなと、盛り上がる言葉やと知ってるから言ったというのが本音です。
実際、終わってSNSを見ると、急いで地元に帰ったと、終電との戦いでもあったよう書き込みが多かった。僕が「さいたまーー!」と言うと、客席は「イエーー!」って盛り上がってたけど、埼玉の人は半分もいなかったと思う。だからこそ、客席を盛り上げるために言うてるのが分かったのは収穫でした。
でも、アーティストの方と話す仕事があったら、これからも聞きます。
“野暮なこと聞くなや”って顔が見たいから。
そして、言われたら野暮なことを聞いちゃう、もう一つ好きな言葉があってね。
「泣きそうになりました」
たまらんでしょ? この言葉も大好物なんです。“大好物”っていう表現が、僕の中ではしっくりくる。
たとえば大阪でやってるラジオで、若い女性タレントが、
「あの映画観て、泣きそうになりました!」と言ったら、内心、
「キターーー(♡∀♡)ーーー!!!」
と、なります。顔に出るのを我慢して、僕はすぐさま聞き返します。
「泣いたの?」
「いや、泣いてはないです」
この時の彼女の顔が一番美味しいところです。肉まんやと思ってかぶりついたら、あんまんでしたみたいな顔。気まずいような、そんな顔になる。ここまでが僕の中でセットです。
「……泣きそうになりました」
「泣いたの?」
「ぃゃ……泣いてはないです」
さっきまでの嬉しそうな「泣きそうにになりました!」という大声からの、小さな「ぃゃ」への落差がたまらんのです。ちょっと意地悪でしょうか。

「泣きそうになりました!」
この言葉に感じる引っかかりって、何なんやろう? と、考えてみます。
泣いてないのに、何でそんなに自信満々なんやろう?
作品の感想としても、どうなんやろう?
「この映画めっちゃ良いですよ」
「泣ける?」
「めちゃくちゃ泣きそうになりました!」
意味がわからへん。
別のものに置き換えて考えてみる。
「あの店の生姜焼き定食食べました?」
「美味しいの?」
「美味しそうになりました!」
何それ?
喩えが違うのか。形容詞につけたら変か。動詞につけないとアカンのかな?
「あのネタめっちゃ面白いです」
「笑った?」
「笑いそうになりました!」
アカンやん、って揉めるわな。感情ではないのかな。
「あの窓からの景色めっちゃ良いですよ」
「写真撮った?」
「撮りそうになりました!」
撮れや!
うん、この感じです。
「泣きそうになりました」
「泣いてへんのかい!」
僕が言いたいのは、この感じなんです。泣きそうになった。実行できてない、到達してない状態なのに発表してる。でも、ほとんどの人は「泣いてへんのかい!」とは言わずに、「そんなに良い映画だったんだね」で終わります。寛容すぎるやろ。
僕はどうしても、「泣きそうになりました」が、その褒めてるはずの対象を同時に否定してる感じがする。涙がこぼれるのとこぼれてないのとでは、月とスッポンほどの差がある。でも、直接は言いませんよ。ツッコミはするけど、深く言及するのは野暮だって分かってるんです。
そういえば、「なんで地名言うの」って聞いた歌手との後日談がありました。
「今も地名は絶対言うんですけど、言うた後に絶対有野さんが浮かぶようになりました(笑)」
「言う前には浮かべへんの?」
「はい、テンション上がってるんで! でも、言うた後、また地名言うてしまったって、ライブ中なのに有野さんが浮かんじゃいます」
「その話ごと、MCで言ってくれるの?」
「言うわけないでしょ」
泣きそうになりました。
「泣きそうになりました」に「泣いた?」って聞くのは野暮、ということで、今回はただでさえ美味いものに食感をプラスする“野暮な副菜”を。
