パスポートを取るために、あと必要なのは写真だった。

 太一は紺色のキャップをかぶり、現金や通帳の類をすべてリュックに詰めこんだ。鍵付きの個室とはいえネットカフェに貴重品を置いていくのはためらわれる。

 狭く薄暗い階段を下りて外へ出ると、アーケードのない商店街の路面は濡れてあちこちに水たまりができていた。空気ももわっとしている。今の今まで雨が降っていたようだ。

 太一はジーンズのポケットからくしゃくしゃのマスクを取りだして着けた。被災前後の記憶は幸い本当に欠落しているので、何かを見たり聞いたりして恐怖を感じるということはないが、雨のにおいは苦手になった。それと土のにおいも。

 商店街の中ほどにある百円ショップに足を踏み入れる。下見は昨日すでにしてあった。ドラッグストアのほうが品数が多く、どんぴしゃの商品もあったが、値段を見てあきらめた。一円も無駄にできない今、これから買おうとしているものに千円近く費やすことはできない。

 太一はコスメコーナーを行き来しながら、棚に下がっているファンデーションをちらちらと物色した。オークル、ナチュラルオークル、ライトオークル……どれもやっぱり日焼けした打越の肌の色とは違う気がする。

 隣に若い女性が立ったので、いったんコーナーを離れ、他の棚をぐるりと回って舞い戻った。迷いに迷って、茶と焦げ茶とグレーとクリーム色の四色が入ったシェーディングパレットを手に取る。中年男性がレジでこんなものを出したら不審がられるのではと警戒したが、店員はほとんど流れ作業で意に介する様子はなかった。

 商店街を出て三十分ほど、蒸し暑さにあえぎながら国道沿いを歩いた。目当てのショッピングモールに入ると今度は寒いぐらいに冷房が効いている。急速に汗がひくのを感じながら太一は、食品売り場、フードコート、衣料品店を突っ切って、一階北端のトイレに入った。用を足している男性が一人いたので、出ていくのを待ってから、洗面台でさっき買ったパレットをひっそりと出した。出入り口に目をやる。人が入ってくる気配はない。

 太一は焦げ茶色の粉に人差し指の腹をこすりつけ、鏡を見ながら左頬に1の字を引いた。おお。焦げ茶色の縦線が入った。

 今度は少し多めに粉を取り、手のひらで頬に伸ばした。思っていたより塗る場所が広くて大変そうだ。ケチらずにブラシか、あれを買ってくればよかった。版画のバレンみたいな。小さくて丸いあの化粧道具。

 焦げ茶が過ぎて具合の悪い人みたいになったので、こすり落としてから、茶色やクリーム色を混ぜたもの――着色顔料を配合する要領で修正した。すると今度はまあまあの出来になった。仕上げに、水で頭頂部を濡らしてぺしゃっとさせる。他意はない。打越のほうが少々毛量が少ないだけだ。

 トイレを出て、証明写真機のブースに入る。ネットカフェから遠くてもわざわざこの場所を選んだのは、涼しくてひと気がないからだ。今も周りに誰もいないことを確かめて入ったのだが――。

「どっちにしよっかな。いちごかあずきか」

「ちょ、カノン、あずきとかおばあちゃんかよ」

 隣のセブンティーンアイスの自販機前で、制服を着た女子生徒たちが、五、六人で盛り上がっている。太一がブースの椅子に腰を下ろしたタイミングでやってきた。なにがそんなにおかしいのかバニラを選んで大笑いしている。カーテンの向こうに彼女たちのローファー、ソックス、脚がちらちら見えて落ち着かない。

 いや、気を取られている場合ではない。太一は雑念を振り払って、正面の鏡をじっと見た。そこに映っている自分の顔と、手に持った運転免許証の打越の顔とを見比べる。

 この写真は重要だ。パスポート申請時におそらく、これから撮る写真と、免許証の顔と、実際の顔を確認される。打越と自分、どちらにも似ていなければならない。

 出がけに前髪を自分でカットしてきたのは正解だった。短髪の打越にちゃんと寄っている。顔色が、というより肌感がやっぱり違う気がするが、まあよしとしよう。

 太一は深呼吸してからお金を投入し、慎重に画面を選択していった。撮影のチャンスは、やり直しを含めて二回。千二百円もかかるのだ、うまくやらなければ。

 カウントダウンが始まった。太一はかすかに目を見開き、口元をぎゅっと引き締めた。打越の顔に似せつつ自分の要素も残す。ちょうど中間の顔をめざした。

 フラッシュが光り、撮ったばかりの画像がモニターに表示された。口元を引き締めすぎたか、少々わざとらしい気がする。

 すいません、とカーテンの外で男性の声がした。

「まだかかりますかね」

 待っている人がいたのか。集中していて気がつかなかった。太一はあわてて応えた。

「申し訳ない。もうすぐ終わります」

 額にどっと汗が浮いた。打越の家から失敬したタオルで顔を拭って、今度は、さっきと同じ表情を作った後わずかに口元を緩めてからボタンを押した。

 微調整の甲斐あって、より自然な仕上がりになった。浮いた汗のおかげで粉っぽさも消えている。

 ベストショットを一枚選び、荷物をまとめて外に出た。カーテンの外に立っていたのは太一と同じ年齢ぐらいの男性だった。会釈をして入れ替わる。パスポート用か資格用か転職用か分からないがエールを送りたい気持ちだった。女子生徒たちはいつの間にかいなくなっていた。

 プリントアウトされた写真は、満足のいく出来だった。打越の黄土色のTシャツも功を奏している。運転免許証で着ているものと同じなのだ。

 ショッピングモールを出て電車に乗り、パスポート窓口のある新谷市役所をめざす。新谷駅を訪れるのは打越のアパートを飛び出して以来で、一週間ぶりだった。

 太一はキャップを目深にかぶってマスクを着け、俯き加減で足早に歩いた。駅前の横断歩道を渡り、国道から一本入った裏道を行く。打越を知る者の目に触れないようにするためで、特に注意すべきは加賀見だった。行動範囲が広そうだし、自分を見かければ間違いなく声を掛けてくるだろう。親切心からなのはわかっているが、今住んでいる場所や顔が茶色い理由などを問われたらうまく答えられる自信がない。

 緑色の屋根の教会が見えてきて、その門扉に目が惹かれた。鉄のような重厚感と美しい曲線、ロートアルミの黒い門扉だ。

 門扉に指先で触れながら、太一は教会を過ぎ、警察署を迂回して、クリーム色の市役所の建物にたどりついた。

 一週間前、ここで戸籍謄本と住民票を取ったから勝手はわかっている。階段で二階へ上がり、パスポート申請窓口に向かった。

 案合係に促され、記入台で一般旅券発給申請書にボールペンを走らせる。住所や生年月日などは頭に叩き込んできたが、間違えないよう書類に目をやりながら慎重に書いた。電話番号が必須でないのは助かった。打越の携帯は水没してしまったから、太一には電話番号がない。

 緊急時の国内連絡先は「なし」、パスポート取得歴と海外渡航歴も「なし」と記入した。

 ――マリアに会うために、俺もいよいよパスポートを取らないと。

 打越が飲みながら、たしかそうつぶやいていた。

 記入を終え、整理券をとって空席を探す。ひどく込み合っていて、窓口から少し離れた長椅子に腰を下ろした。周りを見ると皆当たり前のように書類をそろえて――身分証明書を手に待っている。別人であることがバレないか、どきどきしているのは自分ぐらいに違いない。

 太一の隣には小さな子を連れた夫婦が座っていて、父親に抱かれた子どもが、おなかがすいたとぐずっている。

 数年前、おふくろを含めた家族全員でパスポートを受け取りにいったのは日曜日だった。申請は遼子が代理で手続きしたからパスポートセンターを訪れるのは初めてで、帰りに中華街でランチをした。おふくろと康介、そして自分は、人生初のパスポートだった。円卓を囲んで、真新しいパスポートを見せ合いながら、おふくろはまさかこの年で手にする日が来るなんてと、嬉しそうに笑っていた。

 整理券番号が徐々に繰り上がり、太一の順番が近づいてくる。

 大丈夫、と自分に言い聞かせた。

 鼓動が速まるのを感じながら、太一は挑むように電光掲示板を見あげた。

 

 意気込みとは裏腹に、申請は拍子抜けするほどあっけなかった。窓口の男性係員が免許証を手に「ご本人様ですね」と、ちらっと顔を見てきたときは思わず身がすくんだが、それだけだった。

 受け取りは二週間後、申請窓口とカウンター続きの受取窓口で行われた。太一はふたたび顔を茶色くして臨んだが、持参した引換証と収入印紙と引き換えに、望みのものはあっという間に手に入った。

 自分の顔と打越の名前で交付された赤いパスポートを、太一は不思議な気持ちで見下ろした。これさえあればもうどこへでも堂々と行けるのだ。

 すぐに渡航の準備にかかった。フィリピンは、帰路の航空券があって滞在三十日以内であれば観光ビザは不要だったので、時間も労力もさほどかからなかった。必要な手続きはすべてネットカフェのパソコンとプリンターで済ませた。

 計画どおり真夜中にマニラに到着したとき、こんなものか、と太一は思った。日本を出るということに高いハードルを感じていたが、思うよりずっと簡単で、はるか遠い存在だった異国の地はわずか数時間で到達する現実的な目的地だった。こんなに簡単なら、もっと早く一歩を踏み出し、おふくろを連れだしてやればよかった。

 持ち金をいくらかペソに替えて、空港からマニラ市内へタクシーで向かった。宿は、マリアの住所からほど近い、ゲストハウスのドミトリールームだ。四人部屋で一泊約千円。一ヵ月分の滞在費を前払いした。シャワー、トイレ共同で、二段ベッドの下段が太一のスペースだ。狭いが、寝泊まりできれば文句はないし、一応セキュリティボックスと目隠しのカーテンもついている。

 興奮で目が冴えていた。小腹もすいていたので何か食べに出ることにした。

 衣類などだけベッドに置き、貴重品をすべてリュックに入れて街に出る。派手なネオンが連なり、人通りも多く賑わっていた。日本で調べて行こうと決めてあったファストフード『ジョリビー』で、チキンとスパゲッティとスプライトを頼んだ。夜中に食べる高カロリーのジャンクフードは背徳の味がしてこの上なくうまかった。

 店を出て夜風にあたりながら、ふと、マリアの家の前まで行ってみようと思い立った。もちろんドアをノックしたりはしない。訪問は明日以降の日中と決めているが、場所を確認するだけでもと考え、持参してきた地図――ネットカフェで印刷したグーグルマップを広げた。土地勘が無いので現在地と地図を合致させるのに時間がかかったが、二つ先の通りのようだ。日本でストリートビューを確認したときは工事中だった目的地には、着いてみると五階建てのビルが立っていた。看板がずらりと掲げられていて、一階はナイトクラブになっている。このビルのどこかにマリアの住む部屋があるのだろうか。

 住所検索など携帯があれば一発なのに、太一は今、まるでひと昔前に戻ったみたいにアナログの地図を片手にまごついている。この上なく不便で、新鮮で、愉快だった。

 少し離れた場所に日系のコンビニがあったので、中に入って店員に聞いた。混んでいたせいか店員は分からないと肩をすくめるばかりだったが、隣で煙草を買っていた若い男性がわざわざついてきて教えてくれた。

 やはりさっきのビルだった。ダメ元でナイトクラブのドアを開け、出てきた男性店員に、拙い英語で何とか伝える。

 ――私は日本人です。マリアを訪ねてきました。会って話がしたいです。マリアはいますか?

 すると店員はかぶりを振り、早口で何か言った。英語のようだがさっぱりわからない。店員はスマホに向かってしゃべって、日本語に翻訳したものを見せてくれた。

「マリアは店を辞めて故郷に帰ったよ。このビルをリノベーションする少し前、一昨年の暮れだったかな。結婚して子どももいる」

 打越が知ったら相当に落ち込んだろうが、なんだか太一もショックだった。

 言葉を失っていると男性は言った。

「マリアに会いにわざわざ日本から来たのかい」

 こくりと太一はうなずいた。

「どんな事情か知らないが、人生は車輪のようなものだ。下向きのときがあれば上向きのときもある」

 店員は太一の肩に手を置いて言った。

「マリアもいい子だったけど、うちにはもっといい子がいっぱいいる。気の毒だから安くしておくよ。元気出せ」

 そう言って店の奥へ通された。ミニスカートのかわいい子たちがずらりと並んでいた。

 こうなったら打越の弔いだ。太一は右から二番目の、ぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた女の子を指名して、テーブルに着いた。

 こういう店にプライベートで来たことが太一はなかったし、鼻の下を伸ばして通いつめる上司や同僚をひそかに軽蔑していた。が、異国に来た解放感と疲れもあって、あっという間に酒がまわり、底抜けに明るい女の子と片言の英語で交わすひと時は信じられないくらい楽しかった。

 

 フィリピンは、何を食べても旨かった。この国の人は揚げ物が好きだ。野菜の比重が低めなのも太一の好みにあっていたし、国民食といわれるガーリックライスにはすぐにやみつきになった。

 物価が安くて食べ物がおいしくて。毎日三食腹いっぱい食べて一杯飲んで三千円ほど。

 太一は、ドミトリーを拠点に食堂や屋台を食べ歩き、二日に一回ナイトクラブに通った。打越の言っていたとおり、人々は皆陽気で優しく親切だった。この世の楽園に感じ、「帰りたくない」と女の子たちに半ば本気でこぼすようにもなった。そうはいっても持ち金は、帰国日までもつかどうかのギリギリのところだ。太一に選択の余地はなかった。予約している飛行機で帰国し、日本での生活を立て直す。打越惣一郎としての人生か副島太一としての人生かはそのときに考える。後者として戻るのであれば、失くしていた記憶がよみがえったという筋書きと、それまでどこで何をしていたのかのリアリティある説明と、演技のプランが必要になるだろう。いずれにしてもフィリピンには定期的に来るつもりだ、そう思っていたのに。

 どうしてこうなったのか。

 マニラに来て今日で四十一日目。ビザなしで滞在できる期間はとっくに過ぎて、つまり太一は不法滞在中だった。なぜか? 先々週、全財産を失ったからだ。

 忘れもしない滞在二十五日目の晩、太一はなじみの店でしたたか酔っぱらい、いい気持ちでドミトリーまでの道を歩いていた。二十四時間営業のカフェでトイレを借り、用を済ませて出たところで、男に声をかけられた。見たことのない顔だったが、「日暮里に何年か住んでいた」「日本のアニメが好きで推しの声優のライブにも行ったことがある」などと具体的な話をされて油断した。

 いい店があるといわれて付いていき、脚がきれいな女性と一緒にお酒を飲んだ。すでに飲み過ぎていたから一杯だけと決めていた。もうすぐグラスが空く、というところまでは覚えている。

 次に目が覚めたとき、太一はゴミの散乱する裏路地でくの字になって寝ていた。全財産の詰まったリュックが消えていた。現金、キャッシュカード、運転免許証、保険証の入った財布にパスポート。二日酔いとは別の眩暈におそわれた。

 うろ覚えの記憶を頼りに店を捜し出し、ドアを叩いたが鍵がかかっていた。夜改めて訪れたが、「あなたは普通に会計して出ていった。その後のことは知らない」とにべもなかった。昨日付いてくれた女の子も今日はおらず、自分を店に案内した男のことを聞いてもわからないという。グラスの酒の味がそういえば変だったと疑ったところで、時すでに遅しだ。

 とぼとぼとドミトリーに戻った。何をどうすればいいかわからず、ベッドの縁に腰かけたまま動けずにいた。朝から何も食べていないのに、胃の辺りが重く張っている。今は空腹を感じる余裕もないが、これから一体……どうなる? 手元に残っているのは、残り少ない五百ミリペットボトルの水と、買いおきしていたサンミゲルビールと、小袋のナッツだけだ。

 警察に行くか。

 いや、それとも日本大使館か。

 いずれにしても最初にまず用件を聞かれるだろう。それについてはありのままを言えばいい。たちの悪い客引きにあい、酔わされ、おそらくは計画的にリュックを盗まれた。全財産の入ったリュックだったと。

 問題はその後だ。名前を聞かれ、住所を聞かれる。聞かれるだけでなく、書類に書かされるに違いない。

 リュックごと書類も紛失した今、太一は打越の住所がわからなかった。町名までは覚えている。が、番地はおぼろげだし、本籍地にいたっては町名すらわからない。出国前は空で言えるぐらい完璧に覚えていたのに、この一ヵ月強のフィリピン生活ですっかり頭から消え去っていた。

 就学前の子どもでもあるまいし、住所を言えない人間がいるか。正真正銘の記憶喪失じゃないか。こうなったら、いっそその手を使うか。記憶があいまいなフリをして、パスポートの再発行と帰国をしれっと希望する。

 いや、危険だ。きっと今度こそ、写真と顔をじっくりと見比べられる。運転免許証の写真と、パスポートの写真、そして太一の実物の顔。審査は通常のそれより厳しくなるだろう。

 では、副島島太一として申告するか。

 失くしていた記憶が、フィリピン滞在中に戻った――今回の盗難のショックでよみがえったという筋書きで。太一としてなら住所も本籍地もすらすら言えるし、生年月日だって何だって大丈夫だ。一瞬、問題はなさそうに思えたが――もし嘘がバレたら?

 偽造がバレたら自分はどうなる。

 パスポートの偽造は、公文書偽造罪になるのか。罰金はいくらくらいなのだろう。まさか懲役? いろいろ調べたいのに携帯もない。ああクソ。

 それに、そうやってなんとか帰国できたとして待ち受けているのはさらなる地獄だ。マスコミがよってたかって叩き、騒ぎ、SNSは炎上。犯罪者のそしりは免れず、まともな職になど到底就けない。自分は……遼子は……康介は……家族は、家庭は、家はどうなる。

 パスポートさえあればどこへでも行けると思った。万能だったはずのその武器は、失ったとたん凶器になった。太一は今さらながら、素性を偽り、別人に扮して日本から逃げ出すという行動の愚かさ、それに伴う責任の重さと恐ろしさを思い知って震えた。

 どこに行くこともできず、誰に頼ることもできないまま、体力の消耗をおさえるために日がなベッドの上で体を丸めて過ごした。眠りは浅く、食べるものもない。他の宿泊客がベッドサイドに無造作に置いていく食べ物に何度も手が伸びそうになった。

 三十日目を迎え、延泊するかチェックアウトかの二択を迫られて、当然のことながら出ていくことになった。

 ドミトリーを追われ、当てもなくフラフラと歩く。太一は正真正銘の手ぶらだった。経験したことのない心もとなさだった。激しいスコールに遇い、シャッターの下りた軒先で身を縮めて暗い空を見あげる。

 遼子に助けを求めようか。

 それしかない。が、それはすなわち、康介、正、徳子にも助けを求めるということだ。こんな情けない姿をさらして、窮状を訴え、助力を乞うのか。

 雨が止むと太一は公園のベンチの水を手ではらって横たわった。おとといの夜中から頭が痛くて体が重い。ふわふわして頭は熱いのに体は震えるぐらい寒かった。風邪を引いたのかもしれない。

 飲み水はずっとショッピングモールでペットボトルに詰めて飲んでいたが、今朝それが尽き、公園の蛇口からつい飲んだ。喉が渇いて仕方なかったのだが、それが悪かったか、腹は痛いし気持ち悪いしで吐きそうだ。モールのトイレまでは歩いて五分ほど、果たしてたどり着けるだろうか。公園のトイレは汚いから嫌だ。

 吐き気と便意をこらえながら膝を丸めていると、女性に声をかけられた。鮮やかなオレンジのTシャツにショートパンツという姿だが、太一よりたぶん年上だ。日本人かと聞かれたのでそうだと答えると、女性はいった。

「あなたは昨日もおとといもここにいた。好きでいるわけではないでしょう。困っているのか」

 久しぶりに人から声をかけられ、太一はよろよろと起き上がった。事情をわかってもらうため、苦痛に顔をゆがめながらも口を開く。お金もパスポートも一切合切盗られてしまったこと、何日も食べていないこと、この国に何の伝手もないこと、体調が悪くて動けないこと――片言の英語と身振り手振り、それから表情を使い、全身全霊でこの窮状を訴えた。

 女性は腰に両手を置いて、大きくかぶりを振った。

「この辺は悪い人間も多いんだ。気を付けないとダメじゃないか」

 そんなことを今言われてもと思いつつ、太一は殊勝にうなずいた。

 ついておいでと女性は言い、なんと自宅へ招き入れてくれた。太一は力尽き、そこで二日間眠り続けた。

 女性はイザベルといった。家は古く狭いアパートで、生活も楽ではないだろうに、見ず知らずの太一のために粥を炊いてくれたり、薬草を煎じて飲ませてくれたりした。ありがたさに太一の目からはしばしば涙があふれ、そのたび手を合わせて拝んだ。

「日本式のお祈りかい」

 イザベルはニッと笑ってから、壁にかかったキリスト像に十字をきった。「困っている人がいれば助けるのは当たり前さ。フィリピン人がみんな、あんたをひどい目にあわせたような奴らばかりとは思わないでおくれ」

 太一は体力が戻ると、軋み音のするドアや、外れかかったカーテンレールや、接続の悪い照明器具を心を込めて直した。小柄なイザベルにはそもそも届かない場所も多く、細々とした修繕をとても喜んでくれた。

「この家に居るのはかまわないけど、オーバーステイの身じゃ何かと困るだろう。イミグレーションにつかまっちまったら大変だ」

 摘発されると、罰金が課され、日本へ強制送還され、フィリピンへの再入国が何年も禁止されるという。わざわざ調べてくれたみたいだ。

「あんたの場合は事情が事情なんだ。こっちに居るにしても日本に帰るにしても、大使館に相談したらどうだい」

 その助言をイザベラは毎日のように、時には日に二度三度と口にした。

 善意で言ってくれているのはわかった。太一自身も、何とかしなければと思っていた。しかし後ろ暗い事情があり、安易に打ち明けるわけにもいかず、イザベラが親切であればあるほど苦しくなって、ある日とうとう耐えきれなくなった。結果的には最後の仕事となった、収納棚のくくりつけを終えた日の翌朝、「ごめんなさい。ありがとうございました」のメモを置いて、太一はひっそり家を後にした。

 街の中を力なく歩き、日が暮れて辿り着いたのはだだっ広い公園だった。いくつかあるベンチにはどこも先客がいて、太一は芝生の上にゆっくりと体を横たえた。歩き回ったせいで、ひどく腹が減っている。

 寝転んだまま空を見あげると、ビルとビルの間で星が輝いていた。

 東京で見る空に似ていた。ふと、遼子と初めて会った日に非常階段で空を見あげ、少し離れて並んで話をしたことを思い出した。好きなものや苦手なものが似ていて、お互い積極的に人に関わっていくタイプではなかったのに、話が尽きず場を去りがたかった。太一から食事に誘った。出張土産のニャンをいたく喜び、まじめゆえに不器用で悩み事をためこむ遼子をいとおしいと思った。守ってあげたいと一緒になって、康介というかけがえのない宝物を得た。平凡だが幸せだと間違いなく思っていた。

 大使館に行けばいい。そこで遼子に取り次いでもらうのだ。案外、心配するような事態にはならず、すんなり帰国できるのではないか。そう考えると一瞬心が明るくなるが、その後に待ち受ける事態に頭をめぐらせると暗い気持ちになった。

「よかったね」という歓迎ムードは、そう長くは続かないのではないか。正が説教をし、徳子が嫌味を言い、須美江が噂話をする未来が見える。遼子は無事でよかったと労ってはくれても、心の中ではどんなふうに思うことか。康介は、蔑むような目で見てくるかもしれない。たった一人の父親に対して、まさかとは思うが……わからない。わからないそのことが、太一には一番怖かった。

 そういう数々の屈辱に耐えれば、やわらかいベッドで眠ることも、食卓で温かい料理を食べることもできる。元の生活に戻れる。勇気を出して、覚悟さえすれば。

 決断できないのは、恥をかきたくないプライドか。自力で何とかするのだという意地か。この期に及んで。

 自分の弱さと強情さに嫌気がさしながら、太一は体を横たえるための場所を求めて公園や教会を渡り歩いた。肌や服が薄汚れて全身から異臭が漂うようになった。

 所持品は曇ったペットボトル容器だけ、少しでも安全な水をとモールやカフェでその容器に詰め、空腹をまぎらわそうとひっきりなしに飲んだ。量のせいか水質のせいか、時々腹をこわした。空腹に眩暈がし動けなくなるときもあった。寝ている間に、体のそばにたまにコインが置かれていることがあって、大事に握りしめてその金で買える食べ物を探した。ビジネス街では、多くの男女がきれいな姿で靴を鳴らして闊歩していた。少し前まで自分もああしてスーツを着てネクタイを締めて忙しく礼儀正しく生きていた。

 今のこの生活は言うまでもなく最悪だ。みじめだ。底辺中の底辺だ。日本を出るまえ潜伏していた、あのネットカフェ時代などよりもはるかに。

 では、あっちに戻りたいかと自分に問う。ネットカフェのあの個室に。家賃三万円の打越のアパートに。共有ドアでつながった横浜のあの家に。

 答えはノーだった。自分の行きたい場所、いたい場所がどこにもなかった。

 初めて訪れた教会の、すぐ脇の広場で炊き出しが行われていた。同じ境遇の人間が大勢いて、そのことに安心感をおぼえながら配給の列に並び、長く待って皿を受け取った。湯気の立つチキンとスープは震えるほど旨く、空っぽの胃に沁みて痛いくらいだった。隣でチキンにかぶりついていた白髪の男性が、ここでは週に四日、炊き出しが行われているのだと教えてくれた。その男性は、炊き出しの曜日ごとに教会を回っているらしい。最近は公園や教会の取り締まりが厳しく、墓地に住む人が増えているとも話した。

 太一は男性の後をついて回った。ほっとした。誰かに従うというのはラクで、何より、これでもう飢え死にを恐れなくてよかった。幸いこの国に冬はなく、凍え死ぬこともない。ボランティアは皆優しく、神のご加護をと、声をかけ微笑みをくれる。なんて慈愛にみちていて優しく寛容なのだろう。

 太一は人になじみ地域になじみ境遇になじんで、そこここに身を横たえている大勢のうちの一人になった。それは日々忙しく街を闊歩するビジネスマンの一人だったことと、あまり変わらないように思えた。

 社会一般から一線は引かれるが、この国ならではのよくいえば寛容さ、悪く言えばいい加減さで許容され、心無い言葉や石を投げられることも今のところない。

 いろいろなことがどうでもよくなっていた。同時に、差しのべる手を持つこの国の何もかもが温かく、ありがたく、好ましく感じられた。

 シムラに声をかけられたのは、生水にも慣れたころ――教会の硬い椅子の上で炊き出しのローテーションについて考えていたときのことだった。

 

(第26回につづく)