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顧客からの電話注文を受け、入力内容を確認しながら、遼子はまたあのメモのことを思いだしていた。この一か月半、頭から離れたことがなかった。
――すみません。ありがとうございました。
強い筆圧の大きな文字。十二時の位置から始まる、縦長の句点。大家と加賀見に断って写真だけ撮らせてもらい、帰ってすぐ太一の書斎で書類という書類を漁った。手書きの文字を照合するためだ。が、太一の整理整頓好きがアダとなり、メモ類がほとんど残されていなかった。書類の端にたまに走り書きが見つかっても、殴り書きされたそれらの文字と、人が読むことを前提に丁寧に書かれた文字とでは、比べるのが難しかった。
確信の持てないこのことは、康介には話していない。正と徳子に対してももちろんだ。
昼食をはさみ午後の仕事についていると、電話が途切れたタイミングでSV(スーパーバイザー)に肩をたたかれた。振り向いてヘッドセットを外すと、徳子からフリーダイヤルに連絡があったと知らされた。他のコールさんが電話を受けてSVへ報告してくれたらしい。緊急のようだからすぐに折り返したほうがいいと言われ、更衣室へ急いだ。歩きながら真っ先に頭をよぎったのは正のことだった。病状が急変でもしたのだろうか。
ロッカーを開けて携帯をバッグから取り出すと、着信履歴に「お母さん」の表示がずらりと並んでいた。不安を募らせながら電話をかけると、ワンコールで徳子が出て、早口でまくし立ててきた。聞いて、とうとう来たかと思った。
入院して少しした頃から兆しはあった。怒りっぽかったり受け答えが少しずれていたり、無表情でぼんやりする時間があったり。徳子だって本当は気づいていたはずだ。
入院による一時的なせん妄か、認知症か。後者であれば、やらなければならないことがたくさん出てくる。介護認定の申請、家のリフォーム、病院や散歩の付き添い、入浴や排せつの介助、症状が進行するにつれて外部の手も必要になってくるだろう。義両親のときと違って、今は遼子が付きっきりになるわけにいかない。
憂鬱な気持ちで更衣室を後にし、給湯室の前を通りすぎようとして、ふと足が止まった。天音がマグカップを手に立っていたのだ。向こうもこちらに気がついて、大きな目をまん丸に見開いて固まっている。
ちょうどよかった。天音とは一度話さなくてはと思っていた。
「お疲れさま」
穏やかに声をかけたつもりだったが、天音はたちまち顔をこわばらせて「お疲れさまですぅ……」とささやくと、逃げるように遼子の脇をすり抜けていった。走り去る天音の後ろ姿を見送りながら、やはりそうだったのかと遼子は思った。
週刊誌の記事――親子喧嘩が原因の家出だったとするあの記事は、天音が情報を漏らしたものらしいともっぱらの噂だった。会社の前をうろついていた記者と天音が話をしているのを見た人がいるという。
たしかに里美と天音にしか話していない内容で、里美が漏らすとは思えず、消去法でそうかもしれないとは思っていた。ただ、むやみに人を疑うのはよくないと、直接問いただすことは控えていたのだ。
康介の耳目に入れることだけは避けたかったのに、ウェブニュースで知ってしまっていたし、「気にしない」と飄々としてはいたが、ダメージが皆無なわけもなかった。あの頃のやるせない、許せない気持ちがよみがえって遼子の体は震えた。
コールセンターの入り口に戻って、頬をぱしぱしと二度叩く。冷たく強ばった指先で暗証番号を入力していると足音がした。振り向くと里美が小走りでこっちに向かってくる。
「ちょうどよかった。今少しいい?」
徳子の電話のことだろうかと思ったが、そうではなかった。
「遼子ちゃん、転職活動はどう」
「うーん。なかなか厳しいです」
年齢的にヒットする求人が少ないうえ、エントリーできても次の書類選考までなかなかたどり着けずにいた。これまで八社にエントリーし、書類選考に至ったのが二社、面接はゼロだ。
「経理で探してるって言ってたよね」
「はい。でもブランクがありすぎてやっぱり厳しいので、事務系全般に広げました。あとは信金時代に生命保険・損害保険募集人資格を取ってるので、そっちの方も考えようかなって。絶対向いてないとは思うんですけど」
「うちで正社員転換試験を受けるのはどう?」
思いがけない提案に、すぐには声が出なかった。おずおずと遼子は言った。
「……でも、少し前センター長に相談したら、勤務歴が短いし前例もないから無理だって」
「たしかにそうだし、試験や面接を受けてもらう必要があるけど、これから募集をかける求人なの。ご存じのとおりうちはお給料はあんまり良くないけど、わりと融通が利くし福利厚生も手厚いから、チャレンジしてみるだけでもどうかなって」
この上ない話だが、よりによって正がこうなってのタイミングだった。本当に間が悪い。遼子は、家庭の事情があるので後日改めて相談させてほしいと返事をした。
買い物を済ませて家路を急ぐと、自宅の明かりがついていた。
「ああ遼子。待ってたわよ」徳子は両手を広げて待ち受けていた。「ごはん作ってあるのよ、一緒に食べよう。康ちゃんは今日もまた遅いんでしょう?」
徳子と二人、向かい合って食べながら話を聞いた。
正とはまったく会話がかみ合わなかったらしい。徳子のことは覚えてはいたが、大宮の家に早く帰りたいなどと言って癇癪を起こしたそうだ。大宮の家などとうに出て、二年前から遼子たちと暮らしているのに。同部屋の男性からも「夜中でも怒鳴り散らしたりして、うるさくて困ってる」と苦情を言われたそうだ。
「あんな状態なのに主治医が明後日には退院だっていうのよ。無責任な!」
「明後日か」
遼子は白米を咀嚼しながら卓上カレンダーに目をやった。明日の退勤後、病院に寄って様子を見、必要なら明後日は午前休を取らなくては。いや、午前休だけで済むかどうか。里美の提案してくれた話が遠ざかっていくようで悲しい気持ちになる。
徳子は箸を持ったまま、手首を返した。
「傑もひどいのよ。私に〝隠してたのか〟なんて言ってきて。そんなわけないじゃない。だって昨日まで普通だったんだから」
「そうかな」遼子は鶏のみぞれ煮を口に入れた。「やっぱりちょっと変だったよ」
「そりゃ、まあ、少しぼんやりはしてたけど」
傑は早々に帰っていったそうで、それについても徳子は憤慨していた。おかずをたくさん作ってタッパーに詰めておいたのに、陽菜の機嫌が悪くなるからやめとくといって置いていった、こんなに大量に私ひとりで食べきるのに何日かかると思っているのか、と。
遼子はテーブル一面に載った料理を見渡した。
「なるほど、それがこれか。まあこうして頂けてこっちは助かるけど」
「困ったねえ」徳子は華麗にスルーして、「お父さんがあんなになっちゃうなんて。これからどうすればいいのか」
そうだ、と徳子がどこか芝居がかった調子でぽんと手を叩いた。
「あの人にお願いしたら」
「あの人?」
「太一くんの同期の、丸山さんて人」
むせそうになった。
「なんで丸山さんが出てくるの」
「助けてもらったじゃない。今度のことも相談するといいよ。こういうときは男手が必要よ」
「ぜんぜん関係ない。やめてよ」
「じゃあ傑の手を借りるしかないか」
「傑が今まで力になってくれたことあった?」の言葉を飲みこんで「傑はあんまり当てにしないほうがいいんじゃない。家もちょっと離れてるし」
最後のワンフレーズは姉としての最大限の思いやりからだったが、徳子は気色ばんだ。
「そんなことない。この前だって車を取りに行ってくれたじゃない」
「栃木まで往復の交通費の実費、プラス、手数料五万円でね」最初の請求額はプラス十万だった。
「それはあれよ、あの子もいろいろ入り用だから、勉強中だし」
私大を一浪一留で卒業してかれこれ二十年、司法書士になるための勉強中だと言いながら短期アルバイトで食いつないできた。徳子から定期的に小遣いをもらっていることを、二人は隠しているけど遼子は知っている。
いかにも消化不良という顔で徳子は家に戻っていった。遼子は、ごちそうさま、おいしかったありがとうと、最近とみに小さくなった気のする後ろ姿に声をかけた。
一日の家事を終えて寝る前に、太一の書斎に寄るのが最近は日課になっている。椅子に座り、パソコンを起動して、四桁のPINコードを順列で打ち込んでいくのだ。
入力済のものはきちんとノートに記している。こうしてコツコツやっていけば、いつか必ず開くことができる。
今日も地道にポチポチ入力していたら、突然数字が入らなくなった。ワイヤレスキーボードなので電池切れかもしれない。
遼子はキーボードを裏返して電池蓋を外した。たしか収納ラックの上段に新品の電池が入っていたはずだと思いながら、古い電池を取りだす。
ふと手が止まった。電池が入っていた場所に黄色い付箋が貼られていて、そこに黒い文字で「3001」と書いてある。
もしかして。
遼子は新しい電池を探して入れ替えて、PINコードに3001を入力した。
すると――開いた。
胸がいっぱいだった。開いたことはもちろんだが、3001はニャンの〝体重〟なのだ。
3000gちょうどのニャンは、たまに3001gになることがある。アナログの量りを使っているので載せ方によるのだろうが、まるで生きてるみたいだと二人でよく笑い合った。
――こいつ今日も食いすぎたんだ。でぶニャンだ。
うれしそうに笑う太一の顔が思い出されて、遼子はぎゅっと胸を押さえた。
そしてもう一つ気がついた。手書きの、ゼロの形に。
十二時の位置から始まる縦長のゼロと、あのメモの句点。やっぱり似ている。
どきどきしながらデスクトップに向かうと、青い壁紙にアイコンが縦一列で並んでいた。上から三つは「Minecraft」をはじめとするゲームのアイコン。「album」「schedule」「task」と続き、一番下に「diary」があった。
「ごめん。見せてね」
小さく口にしておそるおそるアイコンを開いた。
――新規事業部なんていって体のいい左遷。別に極端に業績を落としたわけじゃないし。こないだのプロジェクトだって成果は決して悪くなかったのに、丸山が昇格で俺は降格。原因はわかってる。絶対あいつ。あいつのせいで俺の人事評価は三年間不当に低かった。この大事な三年間。許せない。
心臓がバクバクしていた。
これが一番上にきていた最新のもので、日付は家を出る三日前だった。
左遷だなんて……知らなかった。それどころか太一が三年前から苦しんでいたことも。まったくだ。
遼子はおそるおそる次の記述に目をやった。家を出る一週間前のものだ。
――クロスステッチの意味がわからない。キモい。二人並んでやってると二倍キモい。何で世界の名画を素人の刺繍で見せられなきゃならないんだ。名画は名画で見せろやボケ。
クロスステッチは徳子が数年前にやりはじめ、同居するようになってから遼子もならってやるようになった。直近では、モネの睡蓮を縫っていた。そういうキットがあるのだ。だから……。
これ以上見続ける勇気がなくて、遼子はパソコンをそっと閉じた。
***
こたつに入って日商簿記二級の勉強をしていると、康介からLINEが入った。画像付きで、香田と真美、小六になった英美莉がいて、康介が生まれたばかりの子犬を抱っこしている。麦ちゃんの子どもだ。
――真司は喜び疲れでもう寝ちゃった。
かわいいね、皆さんによろしくとメッセージを返し、最後におやすみのスタンプを送った。康介からもスタンプが返ってくる。
卓上カレンダーに目をやる。今年も、残すところ今日を入れてあと二日だ。先週金曜日が仕事納めで、終業後、簡単な飲み物とおつまみを用意してフロアで打ち上げをした。経理部付けの正社員になって四年とちょっとが経つ。里美には感謝しかない。
正と徳子もまあ元気だ。正の認知症に似た症状は、幸い入院による一時的なせん妄だった。その後、物忘れや出来ないことが徐々に増えてきてはいるが、そのスピードは恐れていたより緩やかで、物理的にも精神的にも備えたり対処したりすることが今のところできている。
遼子は両腕を頭上にあげて大きく伸びをした。籐カゴを引き寄せて、みかんを手に取り皮をむく。甘酸っぱいさわやかな香りが鼻孔をくすぐった。
康介は受験を乗りきって第一希望の公立大学に合格し、奨学金制度を利用して進学した。以来、卒業を三カ月後に控えた今日まで、履修した授業やゼミにはきちんと出席し、計画的にテストに臨み、ほとんどが優の申し分のない成績表を毎回もらってきた。
けれど部活やサークル活動には参加せず、恋人を作らないのかできないのかデートもせず、アルバイト先の塾や家庭教師先と、大学と自宅とをひたすら行き来するだけ。バイト代もそのほとんどを、遼子が要らないと言っているにもかかわらず家に入れてくれている。手を付けずに全額貯金してあるが……康介にとって大学生活とは一体どういうものなのか。中でも気がかりなのは、友達と過ごす時間がほとんどないように見えることだった。
そういう康介の状況や遼子の思いを知ってか知らずか、香田が康介に声を掛けてくれたのが一年生の終わり。農作業を手伝いに来てくれないかというもので、それから康介は長期休みのたびに香田のもとを訪れ農作業のアルバイトをするようになった。香田の知り合いの田畑や牧場の手伝いをすることもあって、遼子も時々合流した。康介は、さまざまな年齢のさまざまな人たちと一緒に体を動かしていた。
この冬休みも同様で、卒業論文は向こうで仕上げてくるといって大荷物で出かけていった。来年からはウチで年越しするから、と。
公務員試験に無事合格し、来年の春からはインターンにも行った市役所に勤める。転勤がないことと安定していることが志望理由だと聞いている。
遼子は勉強を切り上げ、コタツを出て二階へと上がった。
太一の書斎を素通りして康介の部屋へ入り、電気をつけて、ベッドに腰かける。台風二号のあの晩もここにこうして腰かけた。つらい宣告を、康介にしなければならなかった。
部屋はがらんとしていた。名前を正しく覚えられないままだったバンドのフライヤーももうない。あの頃に比べて、康介がこの部屋にいる時間も、一緒に過ごす時間も、あまりにも短かかった。それが成長の証であるとわかってはいても、どうしようもなく寂しかった。自分だけが取り残されているというような、孤独感に取りこまれそうになる。
ベッドから立ち上がって本棚の前へ進み、青い背表紙の冊子を手に取った。高校の卒業文集だ。ぱらぱらとめくり、三年二組の康介のページを開いたが、タイトルには毎度笑う。
遼子の知らなかったあの頃の康介の胸の内が、ここには綴られていた。
アスパラと俺 三年二組 副島康介
自分は平凡で、つまらない人生を送っていると思っていた。二年の秋にバレー部を辞めたころからは正直投げやりにもなっていた。あんないいヤツ、中島にもひどい態度をとった。それでバチがあたったのかもしれない。三年の六月に大きな別れがあった。取り返しのつかない別れだった。
父親が土砂崩れで死ぬなんて、どうやったら想像できただろう。想像できてたら防げたんだろうか。
あのときから俺は校庭のにおいが苦手になった。雨が降った次の日には吐いたこともあった。とにかく土がダメになった。それでもなぜかアスパラの畑だけは大丈夫だった。
なぜ急にアスパラなのかというと、栃木県でアスパラ農家をやっている香田英司さんと知り合ったからだ。香田さんは消防団員でもあって、父の被災を知った俺が真っ先にSOSを出した相手だった。ツイッターでいきなりDMを送りつけてきたフォロワーでもない赤の他人(俺)に対して、香田さんは引くくらいアツくて親身だった。俺が香田さんの年齢になったとき、あんなふうにできるかどうか考えてみることがあるが、今のところ無理そうだ。
とにかくその頃の俺は頭の中がぐちゃぐちゃで、いい子だねとか頑張ってるねとか言われると苦しくて、進学やめて就職しようと求人サイト見まくって、でも資格も準備も覚悟もなくて情けなくて、そんなときに「勉強はしておいたほうがいい。自分は後悔している」と背中をぶっ叩いてくれたのが香田さんだった。
アスパラは、海底から顔を出すチンアナゴみたいに、地表からニョキッと生える。可食部分はそのニョキッとした二十~二十五センチほどだけど、地下に一メートルもの根を張って、夜や冬や見えないところで養分と甘味をたくわえる。そして時期がくると一気に芽吹いて成長する。多年草で、一つの株が二十年もつこともあって、だから大事に大事に育てて一緒に生きるのだと香田さんは言った。大地も水も人もすべてはつながっていて、良い時も悪い時も共に在るんだと。
俺は今地下でパワーを蓄えている。発芽にはまだ遠そうだが、諦めるつもりはない。
最高のアスパラ(的人間)に俺はなる。
そして母を支えて生きていく。そのような所存である。
遼子は卒業文集をそっと閉じて棚に戻した。
この文集とともに康介は高校を卒業し、その二日後、遼子は太一の認定死亡の手続きをし、少しして正、徳子を含めた、四人だけの家族葬を行った。打越が残したメモの画像を消すことはできていないが、もしやという疑念にはなんとか蓋をした。
寝室に移動して、ひんやりしたベッドに一人もぐりこむ。
携帯の通知音が鳴った。
画面を開いてみると、香田ファームのインスタグラムが更新されていて、麦ちゃんと、まだ名の無い子犬の動画が投稿されていた。
遼子は、いいねを押してから、おすすめに出てくる投稿を次々と見た。かわいい画像やきれいな画像や面白い動画――優しくて、穏やかで、くすっとなる投稿を、どんどんスクロールして見ていく。こうしているうちに今この時みたいな寂しさは紛れて、疲れて、いつの間にか眠ることができる。
今日もそうだ。いい具合に眠くなってきた。あともう少しだ。
そんなときに、その動画は現れた。