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瀧川を乗せた車は、首都高速湾岸線を南下していた。
「横浜ですか?」
瀧川が訊く。
「よくわかるな。さすが公安だ」
「公安でなくてもわかりますよ」
瀧川はそっけなく言った。
車の中では、北島に、何を捜査していたのかを聞かせた。
IFAUCのことは伏せ、不明者リストにあった林田健太郎の行方を捜していたと話した。
健太郎の母親がアパートからいなくなったことは北島の耳にも入っていたらしく、そこは納得したように思えた。
しかし、それだけでは公安部が出張る事案としては弱い。
瀧川は、健太郎の件を調べていくうちに、少年少女の誘拐、人身売買の疑いが浮上し、より詳しく調べることになったと付け加えた。
その捜査過程でキノコの里が浮上し、さらわれた少年少女たちが園の地下室に閉じ込められているという情報を得て、その裏取りと背景を調べていたと話した。
嘘ではない。が、ミライニ、国際間の人身売買のことについては語らなかった。
「続きだが、それで公安部はどうしようとしていたんだ?」
北島が訊いてきた。
「園の地下室に子供たちが閉じ込められているという情報は間違いなかったので、数日のうちにキノコの里に踏み込む予定でした。地下室の子供たちを保護し、園長の宮代福士以下、職員たちを一斉検挙する予定で動いていました」
「他は?」
「それだけです。以後は、関係者から事情聴取をして裏取りを重ね、全容を解明するつもりでしたが」
「そうか……」
北島は安堵したような、まだ疑っているような、複雑な表情を覗かせた。
瀧川は北島の表情や声色のちょっとした変化を捉え、会話をつないだ。
「北島さん。さっき、命がかかっていると言っていましたね。誰かに脅されているんですか?」
訊いてみる。
「そういうわけじゃねえ」
「公安部員の素性や部内のことを探っているということは、セクトや暴力団に脅されているんじゃないですか?」
「そうじゃねえって」
「ですが、個人に脅されて、公安内部のことを調べようとはしないでしょう。北島さんも警察官だ。公安部がどういうところか、知っているはず。組織と対峙するには、より大きい力が必要です。力になりますよ」
瀧川は懐柔を試みるが、なびいてこない。
「キノコの里の手入れはいつだ?」
「もうまもなくだと思います。部長は一両日中と言っていました。人数をかけずに摘発するつもりだと話していたので、敵が寝静まった深夜に遂行するでしょう」
瀧川が言うと、北島はハンドルを握りしめ、大きく息を吐いた。
「あいつら、ガキどもを殺したかな?」
ぼそりとつぶやく。
「あいつらとは?」
すかさず、訊いた。
瀧川は北島が何を気にしているのか、察した。
「実は、キノコの里の地下に少年少女が監禁されている事実の裏取りができたのは、内部映像が手に入ったからなんです」
瀧川がちらりと横を見やる。北島の目尻が引きつった。
「その動画に、数日前、地下室に入ってきた女の子の映像がありました。僕も北島さんもよく知っている女の子です」
瀧川の話を聞くほどに、北島は落ち着かない様子でハンドルを握った。
「僕は公安部に報告を上げました。その女の子が星名しのぶだと」
言った時、北島が奥歯をギリッと噛んだ。
「僕の報告を受け、公安部は少年課の警察官全員の身辺調査に当たっています。北島さん、何か知りませんか?」
「知らねえな」
「星名しのぶが自宅近辺でさらわれたという報告もあります」
「そりゃねえな。あいつは新宿にいた」
北島はうっかり答え、あわてて唇を締めた。
「いつですか?」
間髪を容れず、瀧川が訊いた。
「いつだったかなあ。覚えてねえ」
「大事なことです。思い出してください」
「うーん、わからねえ。毎日、何人ものガキを相手にしてるからな」
「北島さんが連れ去ったんじゃないでしょうね」
「バカ言うな!」
北島は怒鳴って、瀧川の方を向いた。瞬間、ハンドルが切れ、車線を逸脱する。
瀧川は手を伸ばし、ハンドルを握って、車線内に車を戻した。
「実は、健太郎君からも話を聞いています」
「どういうことだ? 林田健太郎は地下室にいたんじゃないのか?」
北島がまた瀧川の方を向こうとする。瀧川は右人差し指でフロントガラスの先を指した。北島が顔を戻す。
「健太郎君が自力で抜け出してきたところを、キノコの里に潜入していた公安部員が発見、保護しました。その後、我々に協力してくれるということで、危険も顧みず、地下室へ戻りましたが。保護した際に話を聞きました。健太郎君の話によると、彼を連れ去ったのは私服の警察官だったそうです。ただ、私服警察官というだけではあまりに幅が広く、地下室へ戻るのに時間もなくて、モンタージュは作成できませんでしたが、彼はまもなく救出されます。その後、顔写真を見てもらうことになるでしょう。星名しのぶもいたことから、少年課を中心に見てもらうことになります。すぐに判明するでしょうね」
瀧川は少し深いところまで話した。
小出しでいい。少しずつ事実を開示すれば、北島は公安部がどこまでつかんでいるかわからなくなり、疑心暗鬼になる。
「もし、北島さんが少年少女の誘拐、拉致監禁に関わっていて、そのことで宮代大幸から脅されているなら、すべてを話してください。公安部に通せば、状況によってはすべてをなかったことにすることもできます」
瀧川が言う。一瞬、北島が眉尻を下げた。が、すぐにフロントガラスの先に目を向け、険しい表情を作った。
「公安部は事案の揉み消しまでしてるのか」
「必要なら、事案に関わるすべての関係者を消し去ることもできます」
「殺すのか……?」
「まさか。顔や名前を変えて、静かに暮らしてもらうだけです。もちろん、情報の質と提供量によりますが。公安部は捜査に役立つと思えば、少々のことなら捻じ曲げてしまいます。外部協力者の多くはそういう人たちです」
瀧川がつらつらとしゃべる。
もちろん、そんなことはない。重要証人、外部協力者、作業班員などを保護するために、新しい身分を与えることはあるが、それは厳格な規定に基づき遂行される特例だ。
犯罪者に新しい顔を与え、野放しにするような真似はしない。
だが、北島は逡巡しているようだった。
警察内部でも何をしているかわからない公安部の実態を、現役公安部員から聞かされている。
ひょっとして、そういうこともあり得るのか……というような顔をしていた。
その表情を見て、瀧川は確信した。
健太郎については確認が必要だが、星名しのぶを連れ去ったのは北島だろうと。
「まあ、僕は北島さんではないと信じたいんですが。他の警察官だとしても、なぜ、人身売買組織の言いなりになって、誘拐に手を貸したんでしょうね。そんなことをすれば、すべてを失うことなどわかっているでしょうに」
少し話を一般論に戻し、重くなった空気を和らげる。
北島が息をついたのがわかった。
「金が欲しかったんでしょうかね?」
「そうだろうな」
北島が答える。
「金といっても、何千万、何億ともらえるわけじゃないでしょう。百万もらったとしても、たかだか百万で犯罪者側には弱みを握られ、バレれば警察官としての地位も定年後の安泰も吹き飛ばすことになる。それでも目先の金が必要なんですかね。ギャンブルや投資に突っ込んだり、飲み屋の女性に入れ上げたりしていれば、それもわかるんですが」
「なあ、有村。瀧川か。おまえ、俺と夜な夜な街を歩いていて、どう思った?」
「どうって。保護すべき少年少女は多いなと思いましたが」
「なんで、好き勝手な真似をして騒ぐガキどもに振り回されなきゃならねえんだと思ったことはないか?」
「正直、何度補導しても懲りない子供たちには嫌気が差すこともありますが、それでも僕らが関わってあげなければ、そのまま身を持ち崩すことになります。それが僕たちの仕事だと思っていますから」
「立派だねえ、公安部員になるようなヤツは」
北島が皮肉を込めて吐き捨てる。
「俺は途中からやってられねえと思ったんだよ。捕まえるたびに暴言を浴びせられるわ、ちょっとひっぱたきゃ、警察官が暴力を振るったと内外で叩かれるわ。ガキが犯罪を起こせば、おまえらは何をしてるんだと責任を負わされるわ。クソガキどもの世話ばっか焼いてるうちに、婚期も逃して、しがないやもめ暮らし。このまま定年を迎えて退職しても、退職金と年金で細々と暮らすか、また別のところで働かなきゃならねえ。その間に、俺を振り回したガキどもは、何事もなかったように自分の人生を謳歌する。いくら仕事とはいえ、この違いには耐えられねえ」
「だから、さらって売ったということですか?」
突っ込んでみる。
北島は眉間に皺を寄せた。が、すぐに笑みを浮かべた。
「そういうことだ。俺の人生を潰してきたガキどもに代償を払わせようと思ってな」
北島の返答に気負いはない。むしろ、観念して吐き出したことで、穏やかな表情になっていた。
「何人の子供たちを売ったんですか?」
「わからねえな。覚えてねえ」
「北島さん!」
「本当だよ。しのぶはついこないだのことなんで覚えているがな。他はもう忘れちまった。俺にとっちゃ、いなくなってくれてせいせいするクソガキばかりだったからな。いちいち覚える必要もねえ」
「北島さん、本庁に戻りましょう。脅されているのは、宮代大幸でしょう? すべてを話せば、まだやり直せる道が──」
「やり直す気はねえ」
北島が言う。
「このまま犯罪組織の手に落ちるつもりですか?」
「やつらの仲間になるつもりもねえ。クソガキどもも犯罪者もあまり変わらねえ。大人の犯罪者は利害で持ちつ持たれつでいけると思ったがなあ。結局、連中もクソだった。ちなみに、俺を脅しているのは大幸じゃねえ。Z氏と名乗っている男だ」
「誰ですか?」
「正体はわからねえが、おそらく、大幸の弟、宮代福士じゃねえかと俺は踏んでいる。そのZ氏というのが、ガキどものオークションをやってる」
「オークション?」
「本格的な人身売買だ」
北島が言い切った。
「林田健太郎を連れ去ったのは俺だ。あいつはZ氏からの依頼でさらった。優秀な子供らしいな。そういう出来のいい日本人の子供は、オークションで高く売れるんだと。成功報酬でオークションの落札額の五パーセントを受け取ることになっていたが、おまえらが健太郎の母親にたどり着いてしまったがために取引が停止となり、成功報酬もパー。しかも、そこからおまえらに嗅ぎつけられちまった。あのガキは鬼門だったな。俺はクソガキだけを相手にしてりゃよかった」
自嘲気味に笑む。
「有村。ちょっと確認してくれ。キノコの里に踏み込んだかどうか。それで態度を決める」
北島が言う。
瀧川は北島を見た。真顔だった。
スマホを取り出し、日埜原に電話を入れる。日埜原が電話に出た。
「瀧川です。今、北島警部補と接触しています。詳細は後ほど。キノコの里の摘発はどうなりましたか? はい……はい。そうですか、わかりました。また追って連絡します」
瀧川は手短に話して、通話を切った。
「どうだった?」
北島が訊く。
「公安部員が突入して、職員と地下室に閉じ込められていた子供たちを保護したそうです。子供たちにケガはなく、全員が検査のため、警察病院へ搬送されたとのことでした。しかし、宮代大幸はいなかったようです」
「だろうな。大幸はとっくに逃げてる。おまえらが嗅ぎ回っていることをZ氏は勘づいていたからな。もう国外逃亡する算段も整えているだろう」
「北島さん、彼らがどこにいるのか、知っているんですか?」
「今、そこへ向かってる」
「公安部に知らせて、全員を検挙しましょう!」
「さっきも言っただろ。俺はやり直す気はねえ。ただ、ナメられたままってのも癪に障るんでな」
北島はフロントガラスの先を睨んだ。
「俺の手でカタをつける」
そう言うと、アクセルを踏み込んだ。
(つづく)