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 瀧川の連絡から二十分後、日埜原がマンションに来た。

 瀧川は動画を見ながら、日埜原に自分が見つけた情報を直接伝えた。

「──星名しのぶのデータは少年課にあります」

「そうか。しかしなぜ、少年課で世話になるような女の子がここに連れて来られたのか、だ。偶然にしては妙だ」

 日埜原が言う。

 瀧川もそれが気になっていた。

 しのぶは街をふらふらしていた女の子だ。両親はお堅い職業で、通っていた私立中学も名門ではある。

 だが今は、その私立中学もやめ、公立の中学校にも行かず、夜な夜な遊び歩いているだけの子だった。

 健太郎のように何か秀でたものがあるわけではない。

 なぜ、彼らがしのぶをターゲットにしたのか、少々謎が残る。

 日埜原は腕組みをして、自問するように何かをぶつぶつとつぶやいていた。

 そして、ふっと腕を解いた。

「瀧川君、IFAUCはどうだった?」

「報告しようと思っていたところです。今日、採用が決まると同時にオリエンテーションで社内を案内されたんですが、特に怪しいところは見当たりませんでした。裏取引の決済は、別のところで行なっているのかもしれませんね」

「そうか……」

 日埜原がまた腕組みをして、何かを熟考する。そして再び腕を解いて太腿に手を置き、瀧川を見つめた。

「わかった。IFAUCの方は離脱しろ」

「いいんですか?」

「そっちにはまた別の作業班員を送り込む。君は少年課に戻ってくれ」

「お役御免ということですか?」

「いや、少年課に戻って、星名しのぶのここ一週間ほどの動向を調べてほしい。それと、その期間に接触した少年課の者を探れ」

 日埜原が言った。

「仲間を調べろというんですか!」

 瀧川は日埜原を睨んだ。

「疑いたくはないが、直近で接触した可能性を考えると、少年課の諸君も含まれる。何か出てくるかもしれん」

「断わると言ったら?」

「他の者を送り込むだけだ。場合によっては、監察に頼まなければいけなくなる。その場合、当然、君も調査対象となる」

 日埜原はさらりと言った。

 瀧川は拳を握り締めた。どこまでも痛いところをついてくる。

 監察が調べているという噂は、たちまち課内に広まる。そして、調査対象となった者は嫌疑不十分であっても疑念の目で見られることになり、その後の課内での立場に大きな禍根を残すこととなる。

 瀧川自身も困るが、かたや公安部に属しているという点で立ち回りは考えやすい。

 しかし、他の課員たちは、日々少年犯罪に向き合い、寝る間も惜しんで青少年の更生の手助けをしているまじめな警察官ばかりだ。

 そんな彼らの将来に支障をきたすようなことがあってはいけない。

 返事をしかねている瀧川を見て、日埜原が言った。

「実は、あたりはついている」

「えっ?」

 日埜原の言葉に思わず顔を上げる。ひっかけかもしれないが、反応した以上、聞かなければ収まらない。

「誰ですか?」

「北島警部補だ」

 日埜原ははっきりと言い切った。

「北島さんが? そんなはずはありません。北島さんは時々厳しい言葉で少年たちを叱りますが、それも彼らの将来を考えた末でのこと。北島さんが補導したおかげで助かった子供は何人もいます」

「その北島が我々のことを探っている」

「公安部のことですか?」

 そう返すと、日埜原がうなずいた。

「所属する少年課だけでなく、刑事部の刑事、総務部の職員など。誰彼かまわず、聞いて回っている」

「本当ですか、それは……」

「その中には、うちの部員もいたのでね」

 日埜原が言う。

 公安部に籍を置きながら、通常は他の部署で働いている者がいるということ。瀧川自身がそうした立場なので、同じ境遇の者が他にいたとしても不思議ではない。

「しかも、北島は星名しのぶを何度となく補導している。顔見知りだ」

「そうですが、それは職務上の話で──」

「その少女が捕らえられて、キノコの里の地下に送られた。これは偶然か?」

 日埜原はあきらかに北島を疑っているようだった。おそらく、鹿倉もそう思っているのだろう。日埜原の話では、早くも北島の周辺の調べには入っているようだ。

 しかし、なぜ北島が公安部を探っているのだろうか……。

 瀧川が押し黙っていると、日埜原のスマホが鳴った。

「はい、私です」

 敬語を使ったところをみると、相手は鹿倉部長だろう。

「はい……わかりました」

 手短に話し、電話を切った。

「瀧川君、状況が変わった」

「何があったんですか?」

「白瀬と藪野が襲われた」

 日埜原の言葉に、瀧川の表情がこわばった。

「藪野は救出した。しかし、白瀬の行方がわからなくなった。藪野の話では、ナルミとその仲間が連れ出したのだろうということだ」

「ナルミというのは、藪野さんが潜入しているつぼみクラブの主宰者ですね」

 瀧川の言葉に日埜原がうなずく。

「今日、関係するグループとここ半年で接触した者たちが集められたそうだ。そこで、潜入者狩りが始まった。白瀬は無関係の女性を救おうとして潜入者だと明かした。公安部員とは言っていないそうだが、どう答えようと連中は生かしておかないだろう。藪野や他の者たちが逃げようとしたところを掃射するような連中だ」

「掃射? 銃を使ったんですか、連中は!」

「バックアップに回っていた公安部員が応戦して、ビル内にいた関係者は全員拘束した。逃げた者もほとんどは拘束して留置場に収容したが、一部は逃げている。ナルミと白瀬もそのどさくさに紛れて消えた。行方を追っているんだが……」

 日埜原の表情が重い。

「逃げた者から、本丸に連絡が入っているんじゃ」

「そうだろうな。なので、まもなく関係先に公安部員と所轄署の応援部隊が踏み込む」

「健太郎君は! 子供たちは!」

「もちろん、全力で救い出す。それより、白瀬が危ない。君はすぐに北島に接触し、自分が公安部員だと明かせ。必ず、レスポンスがあるはずだ」

「待ってください! それでは俺が少年課に戻れなくなる!」

「大丈夫だ。北島はいずれにせよ、こちらの手で処分する。ヤツがキノコの里とどう関わっているのか。関わっている者は何者なのか。一分でも一秒でも早く聞き出せ。でないと、白瀬がやられるぞ!」

 日埜原は強い口調で言った。言葉が胸の奥に突き刺さる。

 非常にリスクの高い行動だ。もし北島が敵、あるいは仲間内に瀧川の素性をバラしてしまえば、自分だけでなく、綾子や遙香、小郷夫妻まで危険にさらすことになる。

 とはいえ、白瀬が危ないのも事実。放ってはおけない。

 瀧川はうつむいて目をつむり、拳を握り締めた。一つ息を吐き、顔を上げる。

「わかりました。北島さんには素性を明かします。ですが、事後は必ず、適正処理をしてください。もし、処理できない場合、処理にしくじった場合は、俺や家族の身の安全を最優先に行動させてもらいます」

「わかった。約束しよう」

 日埜原から言質を取る。

 瀧川はスマホを取り、その場で北島に連絡を入れた。

 

 

 薄暗い大黒ふ頭近くの倉庫に、次々と車が入ってきた。SUVもあれば、ミニバンもある。

 その中から人が出てくる。黒スーツ姿の男もいれば、ラフなパンツスーツの女もいる。開襟シャツを着た者やスカジャンを羽織った者、髪の毛の色も黒から金まで様々だ。年齢層もばらばらだった。

 スカイブルーのコンパクトカーが入ってきた。運転していた男が倉庫の右端で車を停め、降りる。

 大柄で柔和な顔をした男。宮代大幸だった。

 大幸の姿を認め、周りの輩は一様に頭を下げた。

「福士は?」

 近くの男に声をかける。

「あちらです」

 倉庫の一番奥に停まっているSUVを手で指し、促した。男についていく。

 男が後部ドアを開けた。奥に筋肉質だが細身の男が座っていた。

「二人で話がある」

 男が言う。

 運転席と助手席にいた男女が車を降りた。大幸が乗り込むと、案内してきた男が後部ドアを閉めた。

 車内がしんとなる。

「福士、急に今すぐ来いって、何があった?」

 大柄の男が訊いた。

「兄貴。このまま逃げるぞ」

「逃げる? どういうことだ、福士?」

 大幸は男の顔を見つめる。

 男は大幸の弟、宮代福士だった。

「兄貴のところに有野という新人の指導員がいただろう?」

「ああ、有野先生な。いい先生だぞ」

「ネズミだった」

「ネズミ?」

 大幸の顔がこわばる。

「ナルミが訊きだした限りでは、兄貴の趣味を探っていたようだ」

 福士が言うと、大幸の双眸がひきつった。

「しかし、たぶんそれは嘘だな。本当は養子縁組のことを探っていたんだろう。つぼみクラブに入ってきた男が隙を見て騒いで、参加者を逃がしやがった。窓を椅子で叩き割って、外に向かって叫んで混乱させたそうだ。そんな真似、素人にはできない」

「つぼみクラブにも潜入していたと? いや、あそこはシークレットなので、なかなか入れないはずでは……」

「入ってきたんだよ、ネズミが!」

 語勢が強くなる。大幸はびくっとした。

「そいつらを始末しようと、ナルミのバカが銃を持ち出しやがった。それで、参加者たちを皆殺しにしようとして、逆にサツに踏み込まれた。何かが動いている予感がしてたんで、調べてたんだがな。間に合わなかった。今夜の船で日本を出るぞ」

「ちょっと待ってくれ。園には子供たちを残している。どうするんだ?」

「もう、サツが動いているだろうよ。放っておけ」

「園には、私が集めたコレクションがある。それだけでも──」

 大幸が未練たらたらに話していると、福士は襟首をつかみ、ねじり上げた。首が締まり、大幸が息を詰めた。

「兄貴のクソみてえな趣味に付け込まれたんだ! 兄貴がまともに協力してくれていたら、こんなことにはなってねえんだよ!」

 怒鳴りつける。怒りが過ぎて、両肩が激しく上下に揺らいだ。二度、三度と深呼吸をして気を落ち着け、手を放す。

「これ以上、俺の人生の邪魔をしないでくれ。頼むよ、兄貴……」

 福士は天井を仰いで、少し手のひらで目を隠した。

 後部ドアがノックされた。

 福士は顔を戻して、息を吐いた。ポーカーフェイスに戻る。

「なんだ」

 声をかける。

「北島から連絡がありました。公安部員を見つけたと」

「そうか。ここへ連れてくるように言え」

「承知しました」

 ドアの外で部下が答える。

「何をする気だ?」

「ここでひと騒動起こして、ナルミに罪を擦り付けて、俺と兄貴、腹心の部下だけ連れて、日本を出る」

「北島って、刑事だろう? 公安部員まで来させてどうするんだ?」

「サツ殺しとなりゃあ、大騒動になるだろうがよ。あちこちで暴れさしゃあ、サツも手が回らねえ。カスどもには、囮になってもらう。俺たちが生き延びるためにな。そうして生きてきたじゃねえか、兄貴」

 福士が片頬を上げる。

「俺はこんなとこで負けねえ」

 そう言い、フロントガラスの先を睨む。

 大幸は弟の顔に怯えながらも、悲しみをにじませた。

 

 

(つづく)