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第三章

 

 

 

 子供たちが閉じ込められた場所に食料が投げ入れられ、三十分ほど経った。

 健太郎たちは、小さな子たちに食事をさせ、みんなで寝かしつけた。小さな子たちは四人のお兄さんお姉さんに見守られ、疲れ切って眠りに就いていた。

 静かになり、子供たちが寝入ったのを見て、四人は顔を見合わせてうなずいた。

 そろそろと壁の方へ歩く。そして、窓の下で立ち止まった。

「ほんとにやるのかい?」

 ミチルの声が震えていた。

「やるしかねえだろ。決めたことだ。ビビんな!」

 カズが小声で叱咤した。

「カズ、強く言うな。僕だって怖い」

 健太郎は言い、ミチルの二の腕に手を添えた。

「けど、このままでは誰一人助からない。やってみるしかないんだ。この子たちを守ってあげなきゃ、僕らが」

 健太郎はすやすやと寝ている子供たちに目を向けた。ミチルは肩越しに振り返った。

 大きく息をついて、うつむく。そして、拳を握り、顔を上げた。

「わかった。もう何も言わない。頼むよ、健ちゃん」

 健太郎はミチルを見つめ、強くうなずいた。

「ヒロもちょっと痛い思いするかもしれないけど、頼むな」

 健太郎が言う。

「大丈夫。絶対に健ちゃんを窓まで届かせるから」

 ヒロは力強く言った。

「よし、やろう」

 カズが声をかける。三人がうなずいた。

 一番下になるミチルが脚を開き、両手を壁についた。肘を伸ばし、壁を押しながら背筋を伸ばす。

 次はカズがミチルの肩に手をかけ、ひょいっと上がった。ミチルの方に両足を置いて、踏ん張る。左手を壁に当て、右手を下に伸ばした。

「ヒロ、手を握れ!」

 カズが腕を思い切り伸ばす。

「僕が肩車をするよ」

 健太郎はヒロの両脚の間に首を通した。スッと抱え上げる。

 ヒロがカズの手を握った。カズはヒロを引っ張り上げた。ミチルの肩の端にヒロが爪先をかけた。

 二人分の重みでミチルの膝が少し落ちる。

「大丈夫か、ミチル?」

「大丈夫。急いでくれ」

 ミチルは歯を食いしばった。

「ヒロ、オレをよじ登れ!」

 カズが言う。

 ヒロは必死にカズの肩や服をつかんで、体を登った。そして、なんとかカズの肩に両足を置いた。

「ミチル、がんばってくれな」

 健太郎の言葉に、一番下のミチルがうなずいた。

 健太郎はミチルの肩を握った。地を蹴って、腕で体を引き上げ、ミチルの肩に乗った。すぐカズにしがみつく。

 ミチルの体がまた少し沈んだが踏ん張った。

「行け、健太郎!」

 カズが言う。

 健太郎は同じ要領で、カズの肩を握って、ミチルの肩を蹴った。ミチルの呻きが聞こえた。

 カズの肩に乗ると、カズの体も少し沈んだ。

 ヒロの体にしがみつき、下を見る。

「大丈夫か?」

「いいから、早く行け!」

 カズが小声で怒鳴る。

「ヒロちゃん、行くよ。しっかり壁に手をついていて」

 健太郎が言うと、ヒロは強ばった顔でうなずいた。

 ヒロの肩を握って、カズの肩を蹴る。ヒロの細い肩が下がる。力が抜けそうになった。が、ヒロは両手を壁に押し付け、肩を上げた。

 健太郎の体がヒロの肩まで上がった。

 窓はすぐ目の上だった。手を伸ばす。が、あと少しのところで届かない。背伸びをして指を伸ばすが、あと数センチが厳しい。

「健ちゃん、飛んで!」

 ヒロが言った。

「大丈夫だから、飛んで!」

 ヒロが力強く声を張った。

 健太郎は膝を少し曲げ、ヒロの肩を思いっきり踏みつけて、真上に飛んだ。

 右手を伸ばす。窓枠に指が引っ掛かった。すぐさま、左手の指もかけた。

 その時、ヒロの頭が視界から消えた。ぶら下がったまま、下を見る。

 ヒロがカズの肩から落ちていた。

「ヒロちゃん!」

 健太郎が叫ぶ。

 カズが壁を押してミチルの肩から飛んだ。ヒロの体を抱く。そして、宙で半回転した。カズはヒロを抱いたまま、背中から落ちた。

 ドンという重い音に、小さい子の何人かが目を覚ました。

 ヒロがカズの上から転がり下りた。カズは腹を押さえ、横になった。

「カズ! ヒロちゃん! 大丈夫か!」

「たいしたことねえ! 行ってこい!」

 カズの声が響く。

 ヒロも体を起こして、健太郎を見上げ、笑みを覗かせた。

 ミチルが見上げる。

「あとは任せて!」

 そう言い、親指を立てると、目を覚ました小さい子のところに駆けていった。

 健太郎は三人の様子を見て強くうなずき、顔を上げた。

 腕の力だけで体を引き上げる。両二の腕の筋肉と胸板が盛り上がる。

 窓枠から上に顔を出す。予想通り、窓は開いたままだった。幅八十センチ、高さ三十センチほどのアクセント窓だ。地下室の空気入れ替え用のものか。窓は斜め四十五度くらいに開いていた。

 右脚を持ち上げ、窓枠にかけた。体全体をうつぶせに返しながら頭を通してみる。

 入った。行ける!

 健太郎は窓枠に前半身を押し付けてずらしながら、頭から右腕、右肩、右脚、尻、左肩、左腕と順番にそろそろと抜いていった。

 そして、体が窓枠から外に出た。ごろんと床に転がった。すぐに身を起こし、片膝をついて周りを見る。

 小部屋だった。部屋には清掃用具が置かれている。物置のようだ。湿っていて、少しカビ臭い。

 ただ清掃用具を置くには広く、空間には余裕があった。よく目を凝らすと、子供用の自転車や一輪車、サッカーボールなども無造作に転がっていた。

 四方は壁だった。窓はない。壁に沿って歩いてみる。ドアがあった。

 ドアノブは握り玉タイプの円筒錠だった。内側から鍵が開けられる。

 健太郎はそろそろとドアノブを回した。真ん中の円筒が飛び出て、ガチッと音がする。

 びくっとして手を止める。気配を探る。誰かが来る気配はない。

 そのままそろそろとノブを回し、ドアを少し押し開いた。

 外気が隙間から吹き込んできた。久しぶりの風に当たり、解放された気分になる。が、すぐに気を引き締めて、もう少しドアを開けて、外を見てみた。

 暗かった。夜のようだ。しかし、左手の方からほんのりと明かりが射していた。

 健太郎はドアを押し開き、思い切って外に出た。音のしないようにすぐドアを閉め、壁に身を寄せ屈んだ。

「どこだ、ここは……」

 明かりが灯っているのは、古い二階建ての一軒家だった。明かりが点いているのは二階だ。

 家の前には庭があり、そこには子供用の滑り台や遊具が置かれている。砂場もある。

 庭や建物の周りは木々に囲まれていて、外からは見えないようになっていた。

 健太郎が出てきたのは、その庭の端の方にある掘っ立て小屋のような物置だった。小屋の背後には、金網で区切られた駐車場があった。

 再び、建物に目を向けた。普通の家に見えたが、ちょっと雰囲気が違う。

 すぐにでも逃げ出さなければと思うが、気になって、庭を横切り、建物に駆け寄った。

 壁に身を隠しつつ、窓に近づき、少し立ち上がる。カーテンの隙間から中を覗いてみた。

 中には本や遊び道具が壁際の棚に収まっていた。

「幼稚園……?」

 健太郎はさらに家の周りを壁伝いに歩く。少しでもこの場所の正体をつかんでおけば、助けを呼ぶ際に助かる。

 周りに注意をしながら家の反対側に回り込んだ時だった。

「誰だ?」

 ふいに人影が現われた。

 心臓が止まるかと思った。しかしすぐ、逃げなければと思い、振り返った。金網に飛びつき、越えようとする。

 追ってきた何者かは、健太郎の襟首をつかんで、引き下ろそうとした。

 健太郎は自ら飛び降りた。そして、飛び上がって体を宙でひねり、右脚を振った。オーバーヘッドキックの要領で、何者かの頭を狙った。

 だが、何者かは襟首をつかんだまま、上体を倒した。

 健太郎の体の回転が宙で停まった。そのまま背中から地面に叩きつけられる。

 健太郎は息を詰めた。

 何者かが健太郎の顔を覗き込む。

「おまえは──」

 何者かは自分を知っているようだ。

 健太郎はとっさに右脚を振り上げた。何者かは左肩を右脚に合わせた。蹴りの勢いを止められた。

「静かにしていろ」

 そう言うと、何者かは健太郎の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 一瞬、呼吸が途切れた。

 そして、健太郎の視界から光が消えた。

 

(つづく)