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コオロギの独白

 

 通天閣を背に新世界を飲み歩いていた。通りには裸電球がぽつぽつとぶら下がっている。やしきたかじんの発禁になったデビュー曲が流れていた。賞味期限切れのおにぎりやスナックをブルーシートの上に広げて路上販売しているホームレスがいる。

 菊美の部屋を飛び出して何日が経ったか、そろそろ帰ろうと思ってもなかなか足が天満に向かない。

 明後日にも和歌山へ引っ越す。矢島総業で働き、やかましい菊美にせっせと給与を渡して、夜泣きのひどい誓の横で耳を塞ぎながら寝る毎日を想像する。気が滅入った。

 実は決死十四人衆をクビになっていた。菊美の前では虚勢を張って何人か殺してきたフリをしたが、本当は一人も殺せなかった。背中の直助権兵衛のように生きたまま誰かの顔を剥ぐなんてもっての他、ヤッパを構えて飛び込んでいったら身をかわされてケツを叩かれる始末だった。アニキが始末をつけてくれたが、とにかく練習せい、と散々しごかれた。

 アニキが殺害したヤクザを浴室に寝かせ、出刃包丁であの手この手で顔面を剥ぐ練習をした。皮膚と頭蓋骨の間に指をつっこんだ瞬間、ぬるっとした生温かい脂肪の感触が喉元にまで迫るような気がして、嘔吐してしまった。

 アニキたちからどやされ、えいやとヤッパに力をこめたら血で手が滑り、頭部を押さえていたアニキの腕をヤッパで切り裂いてしまった。

 血が滴る腕でボコボコに殴られたが、「俺にしたことを忘れるな」とそのアニキは血に染まった名刺を持ち歩かせた。彼には月岡芳年が描いた稲田九蔵新助の刺青が入っていた。

 自分以外の十三人はみな三十代で粛々と仕事をこなしていた。何人かは殺人を楽しむ気色悪い異常者だった。

 豊原の親分からやかましく言われたり、どつかれたりせずに済んだのは、未成年だったからだろう。

 もともと決死十四人衆は存在そのものがヤクザの掟破りだ。ヤクザは堂々と殺害し、堂々と警察に逮捕され、社会に迷惑をかけたことを詫びてお務めを果たすことを筋とする。誰がやったかわからないように殺して警察の手を煩わせるなど任侠にもとる。

 だからやりがたるヤクザは殆どおらず、かろうじて十三人が集まった。最後のひとりがどうしても見つからず、吉竹組内での地位をあげたい黒田が身寄りのない自分を差し出した。

 矢島のところで修行せい、と豊原から命令されている。矢島総業は決死十四人衆が出した死体の処理を請け負っていた。

 ただでさえ自信喪失しているいま、家庭のことで菊美からやいのやいのと言われるのは辛かった。ひと一人殺せず、女一人満足にさせられない。所詮、親も戸籍もない腐れやと自嘲する。

 飲み屋のカウンター席に座り、瓶ビールとつまみを頼んで手酌で飲む。トイレに行って帰ってきたら瓶ビールが消えていた。通りかかった店員の腕を掴む。

「わしの瓶ビール片付けたか」

「通りすがりが盗んでいったわ」

「止めや、クソボケが」

「ここをどこやと思とんねん。食べモン残して席立つ方が悪いわ。もう来るな、観光客が」

「わしは観光客ちゃうぞ。天王寺の吉竹組のもんや」

「天下の吉竹組がガキと盃を交わすはずがないやろ。アホも休み休み言え」

 遠山の金さんみたいにシャツを脱いで背中の刺青を見せたら違ったかもしれないが、それはハリボテでしかないと自分がよくわかっている。

 腹いせに飛田新地へ向かった。二階建ての売春宿がひしめく。一万円ぽっきりで遊ばせてくれる店は、年増が揃う店ばかりだった。メイン通りでうろうろしていると、妖怪ぬらりひょんみたいな顔をしたおばさんが「あがってくか」と声をかけてきた。案内された引き戸の先に布団が一組と、ちゃぶ台がある。

「喉、かわいとる」

「うん、ビール」

 ぬらりひょんが瓶ビールを持ってきてコップに注いでくれた。いっきにあおる。

「はよ、女の子呼んできてくれんか」

 スラックスのベルトを外して、ぬらりひょんがその場で服を脱ぎ始めた。

「あんたが相手かいな」

「目を閉じといたらええねん」

 布団の上に大の字に寝転がった。ぬらりひょんが下半身の上で奇妙に体をくねらせたり、頭を上下に揺らしたりしている。目を開けると萎えるが、閉じていればそれなりですぐに射精した。ぬらりひょんがティッシュで腹を拭い、蒸しタオルでふいてくれた。ここは風呂もシャワーもない。

「僕ちゃん、シャツを脱がんのか」

「怖いモンモン入っとんねん。見たないやろ」

「ガキが墨入りかい。いくつや」

「十八」

「あたしの息子と同い年やわ」

「おばさんの息子なにしとるん」

「東京で不動産売っとる」

「地面師かなんかやろ」

「あんたはシノギなにしとるん」

「殺し専門や」

 ぬらりひょんは腹を抱えて笑った。

「若いのは体力とアホさ加減だけは上等やな。もういっちょ抜いていくか」

「いらん。横にならしてくれ」

 夜明けまであいた部屋で寝させてもらった。

 四月二十四日になった。店を出る。ぬらりひょんが見送った。

「また遊びに来てや。僕ちゃん名前なんて言うんや」

「春に刀と書いて、春刀や」

「ええ名前やな。渡世名か」

「本名や」

 天満駅で降りたがアパートのある北口ではなく、南口から出て堂島川を渡った。大阪市役所に入る。

「わしは戸籍がないんですけど、どうしたらいいですか」

「ほなら戸籍課に行ってください」

 戸籍課の窓口で番号札を取った。眼鏡をかけた男に呼ばれる。

「お名前は」

「せやから、ありません。無戸籍なんです」

「通名はありますか」

「ないです」

「学校には行かれていましたか」

「いや、全然」

「どこの施設に入っておりました」

「いや、どこも」

「まさかひとりでこんな年まで生きてきたわけではないでしょう」

 職員は呆れたように言った。

「曾根崎の黒憂会というところで世話になっとりました」

 チャート図を見せられた。

「戸籍取得の手続きは以下のようになります。まずはあなたに当てはまるものを選んでいきましょう。あなたを産んだ母親の名前はわかりますか」

「知りません、父親も」

「完全に戸籍がないということを証明しなくてはなりません。最近は、戸籍を捏造して悪事を働く輩もいますから」

 男は上目遣いにこちらを見た。

「それはどんな輩ですか」

「ヤクザとか」

 詐欺を働きにきていると思われている。

「人を舐め腐っとんのか、どあほうが」

 デスクを蹴り、市役所を出た。

 学がなくヤクザの自分が戸籍を作るのは菊美の助けがないと難しい。急に菊美が恋しくなった。

 アパートの階段を上がる。自宅のカギは開いていた。

「ただいま」

 玄関先まで段ボールの山が積み上がっている。段ボールの壁を抜けた先に、男が背を丸めて座っていた。その脇で誓の小さな足がバタバタとせわしなく動いている。

「誰やお前」

 男が振り返る。黒田健優だった。高校に通っていたころとはずいぶん印象が変わっている。顔がむくんで表情がないのに、目がやたらとぎらついていた。

 健優の右手が誓の首にかかっている。赤ん坊の誓はいつも顔が赤かったが、いまは真っ青だった。

 健優を殴り、蹴り飛ばした。健優は窓辺まで飛んだ。四つん這いになって逃げ惑う健優の襟を掴み上げ、顔面に拳を連続で三発入れる。健優はなおも逃れようとベランダに逃げ込む。そのズボンのポケットに菊美の下着が詰め込まれていた。健優のキンタマを後ろから蹴り上げた。

 すぐさま誓を抱き上げて、背中をさすった。しばらくくぐもった声でせき込み、やがてギャーっと絶叫した。

「よしよし。怖かったのう」

「おぎゃ、おぎゃ、おぎゃーッ」

「大丈夫や。パパがやっつけたさかいな」

 ベランダを見た。健優は二階から飛び降りたようだ。足を引きずり、公園を突っ切って逃げていく。

 そこでようやく、菊美を思い出した。

「菊美」

 慌てて段ボールだらけの室内を探した。誓はまだぐじゅぐじゅと泣いている。小さな手で必死に父親の手や服を掴んでいた。

「菊美」

 トイレにも浴室にもいない。

「おらんで。ママどこへ行ったん」

 誓の顔をのぞきこみ、ぷくぷくのほっぺに乗った涙を拭ってやる。

 押し入れが十センチくらい開いていた。その前に積みあがった段ボール箱を足でどけた。

 押し入れの隙間から、菊美の素足が突き出ていた。襖を開け放つ。

 重なった敷き布団の隙間から菊美の下半身が生えている。うつ伏せでなにも身に着けておらず、尻はあざだらけだった。

 誓をベビー布団に寝かせた。途端に泣き喚いたが、殆ど耳に入らなかった。菊美の足首を持って上半身を布団から引き抜いた。足首が冷たい。菊美は白目を剥き苦しそうに口を開けて、死んでいた。

 キッチンのシンクの扉を探った。包丁が見当たらない。まな板の上に玉ねぎや、角取りされたにんじんやじゃがいもが転がっていた。包丁はシンクの中に落ちていた。じゃがいものでんぷんの成分が包丁に白い膜を張っていた。タオルで拭い、包んで家を出る。

 

 曾根崎の黒田邸に乗り込んだ。築地塀の門戸の引き戸はカギがかかっていた。天然石のつくばいには小さな花が散らされていた。つくばいを持ち上げて引き戸に投げ込み破壊した。中に入る。

 庭園の先の母屋の引き戸が開け放たれ、住み込みの若い衆が二人、駆け下りてきた。

「コオロギか」

「健優はおるか」

 若い衆のうち、後ろにいた一人が慌てた様子で引き返していく。最初に飛び出してきた若い衆は日本刀を握っていた。

「コオロギ、なんで来たかはわかっとる。親分はいま天王寺におる。話し合いをせなあかんやろ。まずは落ち着け」

「その日本刀くれんか」

「あかんやろ。その包丁もこっちに渡せ。中には姐さんもおる。親分が来るまで待て」

 出刃包丁で若い衆の右腕を切りつけ、日本刀を奪って母屋に押し入った。健優の部屋は渡り廊下の先にある。つかつかと歩いて進むうちに、姐さんがまとわりついてきた。

「堪忍してコオロギ。一億でも二億でも払うで。お願いやから許してやって」

 部屋を開けた。健優の部屋はごみが積み上がり、床が見えない状態だった。ベッドの上には女性教師を強姦するアダルトビデオと菊美の授乳用のブラジャーがあった。

 背中にまとわりつく姐さんを押しのけ、廊下を引き返した。

 義理事が行われる広い和室にもおらず、豪華な調度品が並ぶリビングにもいない。健優はダイニングテーブルの下にいた。その脚を両手で握り、一心に床の模様を見つめて、震えている。今年の初めの大地震のとき、こんなふうに身を守っていたのだろうか。

 健優の首根っこを掴み、ダイニングから引きずり出した。健優は声一つあげなかった。姐さんが止めようとしたが平手打ちした。なおも彼女は這ってくるので、頭を蹴った。彼女は転がって渡り廊下の窓ガラスに激突した。

「姐さん大丈夫すか」

 若い衆が駆け寄り助けた。自分を止めることはしなかった。決死十四人衆の一人だから恐れているふうだ。

 かつて十四人衆をやめたいと泣き言を言ったとき、稲田九蔵新助を背負ったアニキは、十四人衆にいればこの先の渡世で有利になるぞと言っていた。それは笹の代紋以上に相手を屈服させる力がある。

 八畳の和室に健優を押し込み、転ばせた。その髪を掴み上げ、顔面を睨んだ。健優の恐怖で震える瞳孔に自分の姿がうつっていた。

 ――鬼になれ、コオロギ。

 人を殺せなかった自分に、由留木素玄の刺青を背負ったアニキがかけた言葉が蘇る。

 健優を畳の上に転がした。健優はふう、ふうと呼吸だけはしていたが、無抵抗だった。うつ伏せにさせ、顔面を左に向けさせた。健優の背中に右膝をついて体重をかけて圧迫する。息がしづらくなったのか健優はもがいた。左足の先でぎゅうと健優の左の顔面を踏みつけた。ヴー、ヴー、とポケベルのバイブみたいに、かかとが健優の呻きで振動する。

 日本刀を持ち替えて柄の付け根を握り直し、刃先でこめかみから顎にかけての耳の脇の皮膚をざくり、ざくりと切り割いていった。日本刀を捨て、切り込みに指を入れて顔面の皮と肉を剥ごうとした。いつかのように出血で指が滑る。Tシャツを脱いで両手の血を拭った。

 若い衆に止められていた姐さんが自分の背中を見てギャーッと絶叫した。

 Tシャツを歯で切り割き、掌に布切れを巻いて再び健優の顔面の肉を探る。指先に頭蓋骨が触れる。奥へ奥へと指をねじ込み、骨と肉の間を広げていく。健優の手足がじたばたと畳の上をのたうちまわる。指を肉の下にめり込ませ、力任せに、ぐい、ぐいと彼の顔面の皮を剥いでいく。

 暑い。汗がポタポタと垂れ落ちて、健優の顔の血を薄める。姐さんは意識を失い、若い衆たちは縁側から庭に嘔吐していた。日本庭園から鹿威しがすこんと間の抜けた音を出す。誰かに後頭部を鈍器で殴られ、気を失った。

 

 肩や頬をせわしなく叩かれた。

「おい、コオロギ。起きや」

 矢島進の顔が目の前に迫っていた。ぎょっとして起き上がる。体が血なまぐさく、両手が血に染まっていた。

 隣で、血まみれの真っ赤な顔をした男が目をぎょろりと見開き、歯茎を剥いて笑っていた。そいつには顔がなく、その顔面の皮と肉が自分の足元に落ちていた。死臭を嗅ぎつけたハエが三匹、血でぬめぬめと光る頭部にたかっていた。

「お前、やりすぎやぞ。来い」

 廊下の先には矢島勇の姿もあった。双子はいつの間に和歌山から駆けつけたのだろう。縁側の庭園は灯籠の明かりが灯っていた。

 矢島進に引き摺られ、体勢を整えられないまま、長廊下を渡る。窓辺で失神していた姐さんの姿はない。そこら中に嘔吐物や血痕が落ちていた。

 襖で仕切られた広い和室にはビニールシートが敷かれていた。黒田一令が上座に座り、赤ん坊をあやしていた。

「誓ッ」

 慌てて娘を取り返そうとして、双子に羽交い絞めにされる。ビニールシートに足を滑らせながら、コオロギは肩や頭を押さえつけられ、しゃがまされた。

 黒田を上座に、両脇には黒憂会の幹部や若い衆が詰めかけ、義理事でも始まりそうな空気だった。幹部の後ろに立つ若い衆はみな、ヤッパかチャカを構えていた。どの銃口も刃もコオロギに向いている。

「娘を返せ!」

 喉が嗄れるほどに叫んだ。

「指一本触れたらぶち殺すで。お前の息子と同じ目に遭わせたる!」

「コオロギ。すまんかったの」

 静かな声で黒田は言った。

「うちのバカ息子がお前の女房に、ホンマにかわいそうなことをした」

 他人事のような言葉だ。

「健優は受験に失敗してから人が変わった。優しくて従順な健優はどこかへ行ってしもた。毎日暴れるさかい、あの部屋に閉じ込めておったんやが、こんなことになるとは」

 黒田に抱かれた誓は小さな手を伸ばし、黒田の顎髭に触ろうとしている。

「コオロギ、せやけどな。殺してええんか」

 黒田が誓の手をぴしゃりと叩いた。腰を浮かせてその腕を掴もうとしたが、誓は泣かなかった。

「わしの大切なひとり息子やった。いまここでわしがこの赤ん坊の顔面を引きはがしたら、お前、どないするんや」

「殺す」

 黒田は鼻で笑った。

「お前はもう殺してもうたんや、わしの息子を。この落とし前、どうつけるつもりや」

「殺せや」

 頭に血が昇ったまま、叫んだ。

「殺したいんやろ、殺せばいいやろが。誓を離さんかい」

「死ぬだけでは足りんのや。わしはお前がのたうち回って苦しむ姿を見たいんや」

 黒田が着流しの懐からドスを出した。飛びかかって誓を守ろうとしたが、矢島の双子に畳の上に押し付けられた。若頭が意見する。

「親分。赤ん坊に手ぇだすのはやめましょう。ボンがコオロギの女房を殺したんがあかんかった」

 黒田は自分から目を離さない。自分も畳に頬を擦り付けたまま、黒田をにらみ続けた。

「コオロギ、お前、腕を落とせ」

 矢島勇が言った。

「親の実子を殺しておいて腕一本。軽いもんや。お前も女房を殺されとるから、これでトントンや」

 幹部たちはなにも言わなかった。盃を交わした親分の実子を殺すなど問答無用で死が待つ重罪だが、健優がやらかしたことが考慮され、腕一本で済む。その道理は理解はできた。黒田もなにも言わなかった。

 若頭が立ち上がり、隣の襖を開けた。健優の死体と顔面の皮が転がっている。放り出されていた日本刀を拾い上げ、手ぬぐいで血を拭う。眼前に置かれた。

「はよやれ」

 矢島の双子が自分から手を離した。身を起こす。若い衆たちが一斉に撃鉄を上げ、ドスを構える。

 日本刀を掴み、黒田の前へ進んだ。

「誓を離さんか」

「お前が腕を落としてからや」

 胡坐をかいた。矢島勇が斜め後ろに立ち、手ぬぐいをよこした。それを日本刀の白木の柄に巻く。勇がどこからかタスキを持ってきて、自分の腕の付け根に巻き付け、ぎゅうと搾り上げていく。左腕がしびれて指先の感覚が消えていく。チャカを構えた若い衆がじりじりと近寄ってきて、左手首を掴んだ。左腕を引っ張る。肘の内側に日本刀を押し当て力任せに引いた。激痛に叫んだが、ざっくりと深い傷ができて血がどっと垂れてきただけで、切断には程遠かった。

「自力では無理や。ひと思いにやったろか」

 進が日本刀を取ろうとしたが、黒田が「あかん」と叫んだ。

「自分で落とし前つけさすんや」

「だらだらと切りつけさせたら出血多量で死にまっせ」

 黒田は応えない。それを望んでいるのだ。

「黒田はん。こいつは十四人衆のひとりや」

 矢島勇が言った。

「クビになったやろがい」

「まだ十八や。成長を待つと豊原の親分が期待をかけとる。そんな若手を死なせたとなると、あんた、幹部ではいられんようになるぞ。そもそもコオロギを十四人衆に差し出した手柄として関西ブロック長になれたんやろがい。若いのを利用するだけ利用して、その赤ん坊にまで刃を突き立てるなど、任侠にもとる」

 黒田はドスを畳の上に捨てた。勇が自分をうつ伏せにさせた。口に血まみれの手ぬぐいを詰め込まれた。

「歯を食いしばっとけ」

 進が気合の声を上げ、日本刀が振りろされた。腕が爆発したような激痛が走り、コオロギは唾液と血が混ざった手ぬぐいを吐き出してしまった。

「あかん、刃こぼれした」

「ぶっとい骨や。ノミと金槌が必要やな」

 矢島の双子が次々と口にする。ノミが皮膚の隙間にぐいぐいと押し込まれ、骨にカツンと当たる。金槌がノミに振り下ろされるたび、全身の骨を伝って音と痛みが頭蓋骨にまで響いた。骨が砕け割れる音を聞いても失神できないまま、自分の左腕が大根のように畳の上に転がるのを見た。

 

 

 

(つづく)