日本を代表する現代美術家・横尾忠則が手掛けたポスター作品を展示・販売する『THE POSTERS OF TADANORI YOKOO』がB GALLERY(ビームス ジャパン〈新宿〉)で開催中だ(12月17日まで)。

 今回のポスター展の開催を僕はSNSで知ったが、本展に限らず今やあらゆるイベントをSNS経由で知ることが多い。年々SNSの利用者が増加する中、低コストかつ幅広い層にアプローチできるSNSプロモーションは、今後ますます活発化するのではないだろうか。しかし、横尾忠則がグラフィックデザイナーとして活動していた60年代から70年代は、ポスターがその役割を担っていた。当時すでにカラーテレビも一般家庭に普及し、テレビCMも流れていたが、ポスターという1枚の紙の静止画は、人々の関心を惹く広告媒体として機能していた。同時にポスターはグラフィックデザインの花でもあり、デザイナー達は異常な意気込みを持って制作に打ち込んでいたのだ。中でも横尾忠則は時代の寵児とも目される存在で、その鮮烈な視覚表現はデザインという概念をも超越するインパクトを内包していた。

 横尾忠則の驚くべきエピソードはポスターに限っても事欠かない。紙幅の都合上、ここでは一部しか取り上げることが出来ないが、ひとつに昭和の歌謡界を代表する演歌歌手・春日八郎のポスターがある。

 春日八郎の顔写真の切り抜きに星柄の派手なジャケットを描き足し、背景には爆発的な図形と北斎を彷彿させるような波のモチーフ。それらが大胆な色使いで構成されたポスターは、クライアントの京都労音からクレームが入った。「こんなポスターは京都の伝統美をぶち壊す」「春日八郎がポスターを見て嫌がっている」。このポスターデザインがきっかけとなり、横尾は2年近く続いた京都労音の仕事を降ろされることになった。

 また横尾は同時代、前衛的な表現で隆盛を極めたアングラ演劇の代表的な劇団のポスターも手掛けた。唐十郎率いる『状況劇場』と寺山修司率いる『天井桟敷』である。実際に乱闘事件を起こすほどのライバル関係にあった両劇団の公演ポスターをデザインしていたことに驚かされる。しかもある時は、天井桟敷のポスターを渋谷から青山までの街頭に貼ると、「貼る尻からきれいに一枚も残らず盗まれ」、状況劇場のポスターは「公演当日の午前中に出来上がり」、更には画面右下に“唐十郎さんデザインが遅くれたことをお許し下さい”(原文ママ)というお詫びの一文が盛り込まれた。どちらも事前に催しを告知するというポスター本来の目的すら果たしていないが、一方で状況劇場の野外公演『腰巻お仙』(写真左)のポスターは、68年にニューヨーク近代美術館で開催された世界ポスター展で、60年代の最も重要な作品として選出され、同館にコレクションされている。

 

『THE POSTERS OF TADANORI YOKOO』
2023年10月27日-12月17日
B GALLERY

 

 クライアントに与えられた商品を視覚的効果で喧伝し、顧客を生み出す。それがグラフィックデザイナーが広告媒体としてのポスターのデザインという仕事に求められる肝には違いないだろう。しかし、横尾忠則が制作するポスターは、時に情報を伝達するという基本的な役目からも逸脱し、広告物でありながら世界が認めるアート作品にもなる。それはもともと新聞や雑誌や広告といったメディアであり、娯楽や生活の道具に過ぎなかった浮世絵が、今や画として日本を代表する芸術になったことと重なる。

 冒頭でも触れたように時代と共に宣伝の手法は変化するものだ。かつてポスターが貼られた街頭や駅構内にはデジタルサイネージが増え、在りし日のようにポスターがメッセージを伝達する機会は減っていく一方かもしれない。しかし、世界各国の美術館がポスターをパーマネントコレクションするように、芸術性が高いポスターは浮世絵のような形で後世に残っていくだろう。

 ポスターというものは本来同時代に生きる人々に向けて制作されるものである。それ故に、1枚の紙にはその時代の風俗が色濃く反映される。本展に展示された情報を伝えるという役目を終えたポスターを鑑賞することは、横尾忠則が見たその時代ごとの精神の記録を見るということに等しいだろう。