世間体を気にして、本来自分が最も力を発揮できる環境や仕事に恵まれなかったとしても、当然誰も責任を取ってくれない。歳を取るごとに痛感するのは、人生において周囲に惑わされることなく、自分自身が心底打ち込めるものを見つけることがいかに重大かということだ。

 アートの世界でいえば、ほんの数年前まで路上を汚す迷惑な存在と蔑まれていたグラフィティライターが、近頃ではオークション市場で作品が高値で取引される芸術家として人気を博している。グラフィティライター同様、街中で煙たがられていたスケーターも、今や五輪を舞台に「ゴン攻め」する時代だ。男女ともに日本人選手が“ストリート”で金メダルを取ったことは記憶に新しいだろう。

 杓子定規な考え方など信用に足るだろうか。僕にはアウトサイダーたちの信念を貫く姿勢の方が、心身ともに健康的に生きていくために、余程重要な教えに思えてならない。

 ビデオゲームも先のふたつと同じように、かつてはのめり込むほど責められる遊びにすぎなかったが、今ではゲームをスポーツ競技として捉える『eスポーツ』(エレクトロニック・スポーツの略)が世界的な広がりを見せ、大会の賞金やスポンサー契約で収入を得るプロゲーマーも存在するほどだ。

 eスポーツは“パズル”“スポーツ”“対戦型格闘ゲーム”など主に7種類のジャンルが競技として扱われる。その対戦型格闘ゲーム(格ゲー)に採用されているタイトルのひとつに、日本のゲーム会社・カプコンが制作した『ストリートファイター』がある。

 1987年に誕生した『ストリートファイター』は、現在もシリーズが続く人気ゲームだが、とりわけ91年に発表された『ストリートファイター2』(スト2)は、格ゲーというジャンルを確立した革命的な作品で、社会現象になるほどのブームを巻き起こした。当初はアーケードゲーム(業務用ゲーム機)として登場したが、のちにスーパーファミコン版(家庭用ゲーム機)が発売され、その販売本数は世界累計630万本(シリーズ累計4700万本以上)にも及ぶ。

 スト2が革新的だったのはコンピューター相手に戦うことだけに留まらず、プレイヤー同士が対戦できるところにあった。ゲームセンターには筐体(ゲーム機本体)を背中合わせに置いた「対戦台」が並び、子供から大人までが行列を成していた。僕がゲームセンターに通いだしたのもこの頃だった。

 

体験型コンテンツではスト2のグラフィックで自分の負け顔が表示される。
制作現場に保管されていた貴重な原画などを一堂に公開!!

ストリートファイターシリーズ35周年記念 俺より強いやつらの世界展
渋谷会場 2022年 2月10日(木)~3月27日(日) 東京アニメセンター in DNP PLAZA SHIBUYA

 

 僕はスト2をはじめ、あらゆる格ゲーをするために小5から大学卒業までの学生時代、みっちりゲーセンに通った。格ゲーをしない人からすれば「何言ってんの?」って話だろうが、僕にとってゲーセンは、自分を律することや勝ち方の美学を学ぶ道場のような場所だった。時には対戦台で100連勝以上することもあったが、そのレベルで闘っている者同士の間では、ただ勝てばいいだけじゃなくプレイスタイルが重要だった。具体的には防御に重きを置き過ぎたり、『波動拳』(飛び道具の必殺技)を打ち続けて、相手がジャンプしてきたところを『昇龍拳』(アッパーカット+飛び膝蹴りの対空技)で撃ち落とすだけのような戦法は「待ち」と呼ばれ、例え勝負に勝ったとしても白い目を向けられた。また暗黙の了解で使用禁止とされていた「ハメ技」(回避不能の攻撃)を繰り出そうものなら、現実の殴り合いに発展することもあった。逆にオーディエンスを沸かせるには、圧倒的に攻撃を畳み掛ける積極性と、相手に隙が生じたときにミスなく連続技をキメる正確性、そして防御方法が異なる二つの攻撃を使い分ける「二択」の局面に打ち勝つ心理戦の強さなどが求められた。これらを極めるにはそれこそアスリート的な努力を要するため、近年のeスポーツをオリンピックの正式種目として認定するための動きは、もっともな話だと思う。

 現在、東京アニメセンターで『ストリートファイターシリーズ35周年記念 俺より強いやつらの世界展』が開催中だ(3月27日まで)。会場ではファン垂涎のキャラクターの原画や開発時の秘蔵資料の他に、ストリートファイターを知らない人でも楽しめる体験型コンテンツも充実している。「たかがゲーム」という枠を超え、世界中のプレイヤーを熱狂させ続ける作品にぜひ触れてみてほしい。