今回紹介する中村実穂は、僕の一回り以上年下の友人でかれこれ7年の付き合いになるが、半年前から突如油絵を描き始めた。それまで彼女が絵について語ることは一切なかったし、後述するがここ数年はどこか気後れした様子に見えたが、絵を描き始めてから生まれ変わったように生き生きとしだしたことに驚かされた。この度、中目黒の『香食楽』で初個展『見えるもの、そのままに』(8月14日まで)が開催されることになったので、一体彼女の中で何があったのか話を聞いてみた。

「子供の頃から絵を描くこと自体は好きだったんですが、中学生の時にいきなりお母さんが『あなたは絵を描くために生まれてきたのよ』って言ってきたんです。それまでは心のデトックスみたいな感覚で好きに描いていたのが、急にやらなくてはいけない使命のようなものに感じられて、描きたくなくなってしまったんです」

 母親の真意は定かではないが、スピリチュアルな志向を持つ家庭で育ったという彼女は、そのメッセージを受け、意識的に絵を描くことから離れるようになった。しかし大学2年の時に観たクロード・モネの展覧会で、絵を描くということについて再考する出会いがあったという。

「会場の入口にあったモネの自画像を観た時に、ビックリするほど自分の心臓が鳴る音が聞こえたんです。それをどういう風に解釈すればいいのかと思って、モネの自伝を読んだりしたんですけど、結局は『お前何やってんだ』って言われたような気がしてならないというか。それからすぐに油絵のセットを一式揃えたんですが、腰を据えて描くこともせず、結局大学生活は授業やプロジェクトを精一杯やるみたいな感じでした」

 大学卒業後は、人と人を繋げる街づくりに関する仕事に就いた。しかし生来の生真面目さ故に、徐々に仕事への向き合い方などで自分自身を追い詰めるようになる。そして仕事のストレスが限界に達しようとしていた時、彼女は手術を要する病気にかかってしまった。

「これはもう強制的に休めってことだなと受け取りました」

 入院中はやることがなくひたすら絵を描いていたという。ちょうど入院する少し前に知ったヒルマ・アフ・クリントという画家の影響もあったようだ。

 ヒルマ・アフ・クリントは、抽象絵画の祖と呼ばれるカンディンスキーより前に、抽象表現を実践していた可能性がある人物として、近年急速に認知されるようになった女性画家である。神秘主義に傾倒していたヒルマの絵は、例えば人の一生や宗教世界など、確かに存在はするが一つの形としては表象し得ないものを抽象化する特徴を持つ。そんなヒルマの絵を観て、「感覚的だけどすごくわかったし、見えないものを形にしていいんだ」と胸が熱くなったという。

 そうしてMRI検査中に聞こえた音(図上)や、細胞診検査を通して意識するようになった細胞分裂(図下)など、「見えないものや、見えるけど肉眼では見えないサイズのものを大きくしてスケール感をバグらせるみたいなことがしたいと思い始めたんです」

 

Title:MRI
Pencil on paper
182×257mm

 

Title:細胞分裂 No.1/Cell division No.1
Oil paint on canvas
652×530mm

 

 ようやく絵を描き始めた彼女は退院し、2023年を迎える。西洋占星術においては、目に見えないものに価値が見出され、個性が尊重される「風の時代」に本格的に突入する年といわれている。

「今が多分一番追い風が吹く時だから自分がやりたいことを精一杯やる方向にシフトしないと絶対に乗り遅れるなと」

 今年に入り会社を辞めフリーランスになった彼女は、「私にとって自由がどれだけ大切かということを思い出しましたね」と笑う。そこには去年までの何かに怯えるような様子はなく、今現在精力的に絵を描き続けている。

 最後に「なんで今までまわりの人に絵が描きたいって言わなかったの?」と聞くと、「性格的に形になっていないと言いたくなかったんです。自分の中では絵を描くことは人生をかけてやるものだと思っていたからこそ、ちゃんとしたアウトプットをみんなに見せたいというプライドもありました」と返ってきた。

 彼女だけに『見えるもの、そのままに』描いた絵が、ようやく披露される。

※個展の詳細は中村実穂Instagramアカウント(@mihoooorn)にて。