実家から連絡があり、押入れから大きな柳行李が出てきて、「中身がもう、笑えるよ」という。

 さっそく駆けつけて、虫干しを兼ねて中身を広げたところ、(いやあ、親ってありがたいなあ。こんなものまでとっておいてくれたのか……)と、子を思う心に感謝するばかりだった。

 たとえば、中身のいちばん上にあったのが、小学校3年のときの「通信表」。いわゆる通信簿である。

 いちばん上にあるということは、親はたまに、この通信表をニコニコしながら見ていたのかも。

 それくらい、成績がいい。われながらね。

 国語、社会、算数、理科、音楽、図画・工作が、1、2、3学期ともオール5の満点。

 たったひとつ体育だけが、3期ともすべてオール3どまり。

 それどころか、「運動が上手にできるかどうか」について、バツ印(×)が付いている。

 じっくり見たところ、国語の「正しくきれいに書ける」についても、バツ印がついていた。

 字がきたないのは昔からだったんだなあと、いまさらながらだが思う。じつはこの原稿も、今どきめずらしい手書きで、迷惑をかけているのである。昔から、模型以外は機械ものに弱く、ワープロにも触ったことすらなく、ずっと手書き。申し訳なかったなあと、この連載の最終回にあたり、あらためて思う。感謝するばかりである。

 通信表の「教科以外の活動の記録」という欄には、「学級委員長、生活部委員」と書いてある。一体、どんなことをやっていたのだろう。ほとんど、記憶らしい記憶がない。

「備考」という欄には、「思考力優る。常識が発達している」とある。エヘンだよなあ。親も鼻高々だったかもしれない。ただし、「運動能力が劣る」という添え書きがある。

 通信表の末尾の、各学期の「所見」という欄には、こうある。

 1学期=運動ぎらい

     級友によく親しまれている

     根気が足りない

 2学期=自主的で公正な態度をとる

 3学期=素直で親切

     級友に信頼されている

 ああ、この「根気が足りない」という部分。今も、変わってないかもなあ。競馬のレースが終わって、(もう少し、根気よく考えていれば当たったのに……)というのが毎週だもんなあ。先生はよく見ているものだと、尊敬する。

 柳行李の中身をゆっくり広げていたら、なんと、中学2年までの通信表もすべて保存されていた。親って、何でもとっておくんだね。そして、中学に入っても、あまり変わっていなかったことが、「行動の記録」という欄を見ていて分かった。

 中学1年のときの、その欄。

「天真らんまんで、誰とでも円満に交際する方。叉、人が良く、他人に親切である。しかし、早のみこみな判断が時折みうけられる。もう少し根気も欲しい」

 つづいて、中学2年のときのその欄。

「まず成績の評価の面で大分低下しましたが、実力がこの評価のように低下したということではありません。三学期は期末テスト1回だけだったので、大きな失点をすると、実力が相当あってもその実力が教科担任に通じず、不利をまねきました。評価面の4は、実質は5の段階ですから、転校されても今の実力を充分に発揮するよう期待しています」

 ありがとうございます、海老沢康子先生と、心から頭を下げる。

 そして東京の荒川区から、中学3年のときに葛飾区に転校するのだが、その新居というのが、あの「男はつらいよ」で有名な柴又帝釈天へ歩いてわずか10分という場所。のんびりした雰囲気にすっかりひたって、勉強もおろそかになり、生来の根気不足で、勉強よりもギターや麻雀に走って、その後の通信表がないところを見ると、親には渡さなかったのかもしれない。まあ、いい年だしね。

 ただし、高校3年のときの、模擬テストの結果プリントが柳行李の中に入っていた。これは学校側から送られてきたものなのか。

 あなたのお子さんはこういう成績ですので、これも参考になさって、進路をお決めになったらいかがでしょうか──というような。

 国語……55点。

 数学……62点

 英語……38点

 合計、155点。

 満点が300点で、そのなかの155点だから、いい成績ではないのだが、それでも、期末テストを受けた148人中の19位なのである。親は、案外、上のほうにいるのねと、この結果プリントを保存していたのかもしれない。

 それ以上に驚いたことがひとつ。

「148人中の19位」──。

 じつは、これ、ネットで公表されている、2022年度の全重賞レースにおける回収率、当方の「148人中の19位」とまったく同じ。偶然にびっくりした。


【八百言】ひそやかに 手鏡で診る 初夜の跡 志満女(俳人)