駅前の小劇場に、

「ビンセント・エドワーズ」

 という看板が。

 年配の女性ふたりが、この看板を見ながら、話している。

「ビンセント・エドワーズが、こんな劇場に来るわけないよね」

「うん。そもそも生きてるのかしら。生きてるとしても、もう百歳くらいよ」

「そうよねえ」

「でも、ちょっと覗いてこうか?」

「そうね。ヒマだし、安いし」

 こちらもつられて、入場料450円を払って劇場に入ってしまった。

 年配のかたはよくご存知のとおり、ビンセント・エドワーズというのは、アメリカで製作されたテレビドラマ『ベン・ケーシー』の主役をつとめた、清廉な顔立ちの男性俳優である。1960年代、『ベン・ケーシー』はアメリカでも日本でも、超のつく大ヒット作となった。文字どおりの一世風靡。

 その様子が、『60年代のカタログ』(小野耕世こうせい・編/21世紀ブックス)のなかに、こうしるされている。

〈アメリカの、ある市立病院の女の患者は「早くケーシー先生を!」と叫んだという。慶応大学の医学部脳外科を志望する学生は、例年より三割も多かったとか……。〉

 日本では、1962年にTBSが『ベン・ケーシー』の放映を開始。

〈人気は急上昇し、1963年には52%という異例の視聴率を記録した。『ベン・ケーシー』は小説やまんがになり、手術着ふうのケーシーシャツ、ケーシーバッグ(オトコ・オンナ・誕生・死・永遠の記号の入ったもの)をはじめ、百種を越すケーシー商品が出現した〉

〈従来のテレビ番組になかった、ヒューマニズムからでた行動力と、社会やエゴイズムと正面から戦っていくケーシーの共感がアッピールしたのだろうか。脇役のゾーバ博士や女医マギーもよかった〉

 ケーシー高峰さんの“ケーシー”も、もちろん、この『ベン・ケーシー』からきている。

 はたして、『ビンセント・エドワーズ』というのは、どういう内容なんだろうと思いつつ、劇場の椅子に座った。ほとんど満席。「本当に面白いんだよ。俺、3回目」なんていう声が後ろから聞こえてくる。おお、そうなのか。期待させるじゃないか。へへ。

 やがて、場内の照明がおちて、幕があがった。

 舞台には、小さなテーブルと椅子。

 そこへ白衣の男性が出てきて、椅子に腰掛ける。

 やがて、ナース姿の女性がひとり。

「やあ、マギー」

「やあじゃありませんよ。謝罪状はお書きになりましたか、エドワーズ先生」

「いや、これからなんだ」

 ああ、そういう設定なのかと、このあたりで分かってくる。

「早く書いてください。患者さん、本当に怒ってるんですから」

 ここから、ナースのマギーが話す内容で、エドワーズ医師の失礼ぶりが明らかになっていく。

〈女性の患者は婦人科へ出向くとき、悲痛なまでの覚悟を決めているんですよ、エドワーズ先生。わたしは同性だから分かるんです。ふだん、他人に見せないところを見せるんですから。それなのに先生ときたら、触診で、女性器のいわゆるクラム(CLAM=二枚貝)の部分を指でつまみながら、

「病気ではありません。肥大ですね、経年性の。かいつまんでいうと、そういうことです」

 そうおっしゃったそうじゃありませんか。患者さんは、あのひとことが「貝つまんで」に聞こえて、耳から抜けないというんです。それはそうでしょう。先生、無神経にも程があります。〉

 しかし、エドワーズ先生はピンとこない様子で、「そんなにマズいこと、いったのかなあ……。かいつまんでというのは、どうやら俺の口癖らしいんだよ。許してくれないかなあ」と頭を掻くばかり。

 一向に謝罪の文を書こうとせず、便箋は白紙のまま。

 業を煮やしたマギーが、エドワーズ先生の無神経ぶりを、次から次へと並び立てる。

 樽のようなお腹をした妊婦さんの下半身を検診しながら、「人生は不滅だ」とつぶやいたこと。

 別に悪いつぶやきではないのだが、うっかり、英語で言ってしまった。

「Life is immorral」

 陰毛樽いんもうたるとは何だと、患者さん激怒。

 あるとき、患者さんの股間を検診したあと、カルテの欄外に、鉛筆で

「hurst」

 と書き、ふと気になった患者さんが盗み見て、帰宅後、その言葉を辞書で調べたところ、「森のある丘」という意味であったこと。それが分かってカンカン。

 その後もマギーの告発は延々と続き、エドワーズは「すまん、すまん」と言うばかりで、便箋は白紙のまま。ふたりのやりとりを笑っているうちに、約1時間で幕。その幕に、「便箋とエドワーズ」と貼り紙がしてあった。駄ジャレかよ!


【八百言】「副総理って、何する人?」。うーん、抜く草履って呼ばれてるよな。 ひころ・かんべ(詩人)