5月16 日(火)、『俺たちの血が許さない』という映画が、テレビで放映された。

 ビデオに録って見ていたところ、冒頭、架空の新聞紙面が大写しになった。

 そこにはこういう大見出し。

「ダービーに大穴」

「13万6千円」

「本命カネノヒカルは骨折して重体」

「幸運を掴んだただ一人の男」

「東京宣伝K・Kの浅利槙次さん」

 いやあ、当てましたよと、破顔一笑している若い男性の写真。

 今では、個人情報保護で、絶対に許されない紙面作り。

 そして、この大穴的中には続報があり、その紙面も大写しされた。

「特券136万円はツカの間」

「ボーッとしてスリにすられる」

 先報で破顔一笑していた若い男性が、今度はしょんぼりとした顔でうつむいている。

 この映画、一体いつごろの映画なのだろうと思い、ビデオをとめて、『日本映画作品大事典』(山根貞男=編/三省堂)にあたってみたところ、こう解説されていた。

 1964年10月3日公開

 カラー シネマスコープ 98分

 製作=日活 監督=鈴木清順

 出演=小林旭、高橋英樹、松原智恵子

    長谷百合、細川ちか子、

    小沢栄太郎

《やくざの親分だった父の死後、キャバレーの支配人の兄は麻薬の取り引きに関係し、会社員の弟はやくざに憧れている。兄は、弟を仲間に引き入れようとしたボスとの闘いに立ち上がる。

『明日は明日の風が吹く』(井上梅次、1958)のリメイク。兄弟の乗る車が海中を突き進むかに見えるショットに驚かされる。》

 この映画が公開された1964年当時の馬券といえば、中央競馬では単勝、複勝、枠連の3種類のみ。

 その3種類のなかで、いちばん大穴が出る枠連にしても、13万6千円などという超大穴は、当時も、今も、出たことがない。まさに映画の中だけの話。

 つまり、13万6千円という超大穴を、何を考えてか特券(=千円券)で買うようなこの若い男は、トンチンカンというか、常識外れというか、まともじゃねえなあと分かる。

 この若い男、浅利槙次(高橋英樹)のような存在は、近くにいたら迷惑に決まっている。

 昼から大酒を飲んでいるし、耳もとでピストルの音がしても、酔っていて起きない。ふすまの開け閉めが、早くて雑で、母親や恋人をはさんだりする。領収書でうっかりはなをかむ。すぐカッとする。カッとすると収まりがきかず、ヤクザ相手に大立回り。

 まさに、傍若無人にして、直情径行けいこう

 そしてラスト。射ち合い、斬り合いの末に、兄(小林旭)も、兄が貧しさゆえに頼ってしまったヤクザの親分(小沢栄太郎)も、その取り巻きもみんな死んでしまい、ひとり生き残った浅利槙次は、夜があける前の暗闇のなかを、へたりながらも歩いていくのである。

 胸のポケットには、兄から預けられた1冊の手帳が入っている。そこには、ヤクザの親分がやっていた麻薬の取り引きをはじめとする悪業が列記されている。預けるとき槙次の兄は、「これを持って警察へ行け」と言った。

 その声が、暗闇を歩きながら、槙次の耳には繰り返し聞こえてくる。

 はたして槙次の足は、警察に向かっているのか。

 それとも、親分の悪事がバレれば、その下で働いていた兄のとがも白日にさらされるから、どうするべきなのか。判断がつかずに槙次は歩いているのだろう。

 朝日があがってくれば、槙次がどこに向かって歩いているか明らかになるのだが、それが分からないまま、信州の山のなかで突然のエンドマーク。

 この唐突な終わり方に「なんだ、これは」と腹を立てる人もいるだろうし、キッチリとした終わり方でないほうが、そのあとを自分で想像する楽しみがあっていいという人もいるというから、映画ファンは複雑だ。

 いずれにしても、終わり方に文芸臭がただよっている。

 じつは日活には、この映画の前年、1963年にスタートした、同じ高橋英樹主演の『男の紋章』というヤクザ映画シリーズがある(松尾昭典監督)。

 それなのに、なぜ、同じ高橋英樹で違うヤクザ映画を作ったのか。

 謎だよなあ。

 映画に詳しい長老記者に聞いたら、こういう答えだった。

「セットスタジオの取り合いとか、共演者、スタッフの取り合いで、丸くおさめるために、2つのヤクザ映画を作るしか方法がなかったんじゃないかな。映画の世界には、案外あることと耳にしたことがあるぞ」

 へえー、そんなことがあるのかと思うばかり。

 長老記者いわく。

「昔から、シマ(縄張り)とシネマ(映画)は、妙に似たところがあるんだよ」


【八百言】GOLFは、GO・LIFEの略という説があります。 ベン・ハート(英・作家)