「こんな髭面のむさい男が、お花畑、お花畑って、気持ち悪いわね」
スナックで、客の若い女性が、ママさんに向かってそう言った。
カウンターの隅に置かれているテレビが、山登りの番組をうつし出しており、登場した男性山岳ガイドが、「ここを抜けるとお花畑です」「ここのお花畑は、種類が豊富なんですよ」と、やたらと、お花畑を連発していたのだ。
言われてみれば、たしかに、髭面にお花畑なんていう言葉は似合わねえよな。ふつうに、花畑と言えばいいじゃねぇか。
そもそも、花畑というのは人間の手が加わっているわけだから、山奥に自然に花が咲いている一帯を、花畑と呼ぶのが、おかしい。
しかも、上品を気取ったのか、「お」の字まで付けて。
この客の女性が、いちゃもんをつけたのは、ごもっとも。
俺もそう思うと言おうと思ったのだが、言わなくてよかった。ママさんが、優しくこう言ったのだ。
「花畑と、お花畑って、まったく別物なのよ。花畑に“お”を付けたのが、お花畑じゃないの」
「あら。そうなの」
「辞書を引くと分かるわ。花畑と、お花畑の両方がちゃんと載ってるから」
へえー、そうなのかと、顔を伏せて少し赤面した。
家へ帰って、さっそく調べたところ、ママさんの言った通りだった。広辞苑に、二つとも載っていた。
はなばたけ(花畑)=草花を栽培する畑。
おはなばたけ(御花畑・御花畠)=夏に高山や高原地帯で、種々の高山植物の花が広く密生・群落して、壮麗な景観を呈する所。日本アルプス・八ヶ岳山塊中のものは代表的。
そうか、こんなふうに二通りあるのか。
じゃあ、山岳ガイドが山の上で、「この花畑は……」などと言ったら、むしろ間違いだったのか。聞いてみなきゃ、分からないもんだなあ。
これは、英語でも、二通りあるのだろうか。
そう思って、『新和英中辞典』(研究社)にあたってみたところ、おお、ちゃんと二通りあるではないか。
花畑=a flower garden
高山のお花畑=an Alpine flower zone
この、高山のお花畑を表現するときに使われているAlpineは「高山の」という意味。zoneは「地帯」を意味するから、さしずめ、高山の花地帯といったところか。
外国にも、花畑とお花畑の二通りがあったとは。
あのスナックで、お客の女性(美人)に同調して、「ホント、髭面男が口にするお花畑って、気持ち悪いですよねぇ」なんて言わないでよかった。
この話を立川末広にしたら、こんな映画を見たことがあるという。
好きな女の子の部屋に初めて呼ばれた男の子が、このあたりが下着をしまっておくところかなと見当をつけて、タンスの引き出しをひく。
「あっ、やめて!」
「うわー、綺麗。お花畑みたいじゃん」
「やめてー。恥ずかしい」
「いい匂いがするなあ。ああ、石鹸入れてるんだ。女の子らしいなあ」
「ねえ、やめてってば……」
「かぶっちゃお」
ピンクのパンツを、男の子が頭にかぶる。
これを発端に、ピンクのパンツを頭にかぶると発情する男の子が、次々に女の子に悪魔の手をのばしていく──というストーリー。
「そんな映画があったの?」
「ありましたよ。もう3年くらい前かなあ」
「タイトルは?」
「ピンク・パンツァー」
言うまでもなく、大ヒット映画『ピンク・パンサー』のもじり。
ピンク・パンサーのアルファベット表記は、Pink Panther。
すなわち、ピンクのヒョウ。
一方、ピンク・パンツァーのほうは、映画の冒頭に、
ピンク・パンツァー
Pink Pantser
この二つが、並んで表記されていたそうだ。凝ってるよね。
こういった、駄ジャレや、もじりが多いのが、日本の官能ドラマの特長。この『ピンク・パンツァー』においても、うたた寝しているキッチンカーの女の子に手をのばした犯人が、逃げるときにピンクのパンツを脱ぎ捨て、その証拠品に付着した犯人の頭髪を、専門の警官が鑑定する。
その警官の差し出した名刺には、肩書きに「毛視」と印刷されていたという。警視じゃなくて、毛視。もちろん、「けいし」と読むのだろう。
インボイス制度をソープランドに説明にきた税理士が、ソープ嬢の妙技にひっかかるドラマは、タイトルが、「インボイスと陰棒椅子」だったそうだ。
【八百言】貝の間(あいだ)を見ることを、貝間見るというのでしょうか。 高見沢片雲(俳人)