「近所のスペイン人夫婦に初めて子供が生まれて、男の子で、名前がバルト」

「どんな意味なんだろ?」

 駅裏の小劇場で聞いた、女性ふたりの人気のエロ漫才である。超満員。

「Balto という綴りで、名門バルト家の血をひいているという意味らしいわ」

「へえー。自慢が入ってるねんな」

「すぐに今度は女の子が生まれて、名前がリン。綴りはRin。ライン川のようにおだやかにという思いかららしいの」

「バルト、リン!」

 ここで早くも、含み笑いが起きる。

「わたしたちの漫才を聞きにくるようなお客さんはスケベだから、バルトリンのことはご存知でしょ」

「知ってますよね。でも、念のためにご説明いたします」

 ここで、舞台中央にあった紙垂かみだれがめくられると、そこに大きな字でバルトリンの説明が書いてある。


 バルトリンせん

 女性外性器の膣口後部左右両側にある粘液腺で、導管は小陰唇の内面にひらく。デンマークの解剖学者バルトリン(1655~1738)にちなむ。


「こんなふうに広辞苑にも載っている、有名な言葉なんですけど、スペイン人の若夫婦は知らなかったんですね」

「そういうことやなあ」

「これから子供たちが外で遊ぶような年頃になって、急に雨が降ってきたら……」

「バルト、リン!」

「濡れるよ!」

 ここで客席には、波をうつような笑いが起きた。

 さらに、バルトリンの話は続く。

「ちょっと前、大相撲に把瑠都ばるとっていたやろ」

「おったなあ。十両で全勝優勝したし、大関までいった」

「あの把瑠都が現役のころ、学生相撲から有望な若者が大相撲の世界に入ってきたんや」

「ほう」

「どんなシコ名をつけるかという話になって、凜というひと文字のシコ名が候補にあがった」

「うん」

「だけど、反対者多数でな。たったのひと文字だと、呼び出しや、行司が勝ち名乗りの声出しに苦労するんじゃないかって」

「そやなあ」

「でも、いちばんの理由は、把瑠都と凜の取り組みのたびに、東スポに、把瑠都・凜、セイキの戦いって書かれる心配があったこと」

「東スポは1面かも」

 聞けば、大相撲の実況中継をしているNHKでも、危惧する声があったという。揶揄する人間がいるに決まってると。

(実況風に)たった、たった、

 把瑠都、凜、さぐり合い、

 かいなを伸ばしてさぐり合い、

 すくった、すくった、小股すくい

 把瑠都、凜、小股すくいで決着!!

 ──これじゃマズいよね、ちょっと。

 エロ漫才はさらに続く。

「女の子はバルトリンだけど、男のほうは何といったっけ?」

「ああ、ポコチンの先から滲み出てくる、透明なあれか」

「そうそう」

「ガマンじるやろ」

「ああ、それ聞いたことある」

「先きばしり汁ともいうで」

「へえー」

「バルトリンみたいに、先行研究者の名をとって、カウパー腺液とふつう呼ばれてるで」

 これ見てみいと、紙垂れがまためくられて、そこにはこう書いてあった。


 カウパー腺

 イングランドの外科医ウィリアム・カウパー(1666~1709)によって、1697年に発見された尿道球腺。


 すぐ気がつくのは、バルトリンとカウパーが同時代の人であること。

 カウパーが、自らの名をつけるカウパー腺液を発見した1697年というのは、日本でいったら何時代なんだろう。

 年表をめくったら、元禄十年であることが分かった。

 元禄といえば、平和が続いていた時代である。井原西鶴、松尾芭蕉、竹本義太夫、水戸光圀、近松門左衛門……。みんなこのころの人。

 文化が爛熟し、遠く西洋のバルトリンやカウパーによる女性器や男性器の研究も船に載って到来していたはずだから、江戸の世に花を咲かせたはず。

 はたせるかな、春画が大量に流布されたのがこのころなのである。

 女体の膣道のなかから、そこに差し込まれてくる男の人さし指を描いた、人体解剖の知識なくしては描けないような春画まで、このころから発表されている。

「なあ、人間て、食足りて平和だと、あっちのほうにばかり考えがいってしまうのかもな」

「平和ボケこそ、人間の理想やな」

 小劇場、割れんばかりの拍手あり。


【八百言】アメリカ国歌って、「正常位よ永遠なれ」だよな。 ウッソペッカー(お笑いタレント)