1億円も稼ぐ馬になろうとは――。
あのとき、誰が予想しただろう。
いまから5年前、2016年7月30日(土)に、小倉の2歳新馬戦でデビューしたスズカフューラーである。
栗毛の牡馬。
馬名の意味は、スズカ(冠号)+フューラー(FUHRER=ドイツ語で“リーダー”)。
ところがこの馬、リーダーという名とはまるで裏腹に、デビュー前の追い切りでは遅れっぱなし。体つきも逞しさがなかった。
だからデビュー戦では、11頭立てのシンガリ人気で、単勝オッズは137・3倍という仲間はずれ。体重はたったの410キロで最小だった。
で、レース結果はどうだったかというと、11頭立ての7着。
唯一の見どころといえば、3コーナーで離れ最後方にいたこの馬が、馬群を恐がらずに最内のコースをとって追い込んで来たこと。小柄な馬だが、最内コースのぶつかり合いを恐がらなかった。
それで、勝ち馬との差を6馬身ちょっとまで縮めた。
「あの、インコースへの突っ込みを見て、この馬は見込みがあると記事にしていれば、オレは眼力のある記者として、競馬記者の殿堂に入っていたんだけどなあ」と、長老記者が言う。
「そんな殿堂があるんですか?」
「うん。オレがこれからつくる予定なんだ。今、建設費をクラウドファンディングで調達している最中だから、諸君もひと口乗らないか」
「はい。分かりました。いくらからですか?」
「いくらでもいいんだよ。競馬マスコミのためと思って、どうかひとつ」
「分かりました。じゃあ、これ」
「(渡されたお金をまじまじと見て)何だよ、これ。10円玉ひとつって!」
「ええ。でも先輩が今、銅貨ひとつとおっしゃったんで」
爆笑だった。
これ、つい先日、スタンドの記者席で展開したコントのようなやりとり。10円玉を渡した若手記者は、長老記者から、
「これからはお前の時代だ。嫁さんはオレが探してやる」と激励されていた。
じつは、スズカフューラーの稼ぎは、1億円を超えている。
単勝オッズ137・3倍でデビューした見ばえのしない馬が、なぜ、これほど稼げたのかというと、それはヤル気と丈夫さ。
競馬の世界では、2カ月以上レースから遠ざかることを休養と呼ぶが、スズカフューラーは、その休養をほとんどとらないのだ。
ここに、スズカフューラーが、どういうローテーションでレースに出てきたかを書き出してみよう。新馬でデビューしてから、今年8月14日(土)の小倉競馬で、オープンクラスの障害レースを勝つまでの、その連戦ぶりである。
デビューから2連戦………0勝
(3カ月半休養)
25連戦………2勝
(3カ月休養)
13連戦………1勝
(3カ月半休養)
19連戦………2勝
(2カ月休養)
2連戦中……1勝
2016年にデビューして、もう丸5年走っているのに、休養をとったのはたった4回だけ。
ものすごく丈夫。
しかも、今年になってから障害レースに転向しており、小柄な馬だけに、斤量60キロ以上を背負う障害レースはどうかと言われていたのだが、そんなことはまったくの杞憂だった。障害レースで②①②①着というハツラツぶりなのである。とくに、8月14日の障害オープンなど、早目に先頭に立ってどんどん差をひろげ、6馬身差の圧勝。最後の障害を飛んだときなど、スズカフューラーだけが、まるで跳ねるように若々しくて、これから障害レースの大スターになっていくのではないかと、ストレートに伝わってきた。もう7歳馬だというのに。
「この馬、よっぽど大事にされてるんだよ」
「そうじゃないと、こんなに元気に走り続けられませんよね」
「大事にされるから、馬のほうだって、次のレースも頑張りますということになるんだよ」
「体重だって、最近は、440キロを超えてることがありますもんね」
記者席でそんなことを話していたら、競馬風俗研究家の立川末広がやってきて、こういうことを教えてくれた。
スズカフューラーは、8月14日の競馬を走り終わった時点で、これまで61戦。〔6・7・4・44〕(数字は上から1、2、3着、着外の数)という成績を残しているのだが、1番人気になったときに強いというのだ。デビュー以来、1番人気になったことが5回あり、①②①①①着と、必ず連対しているというのである。調べたら、本当にそうだった。
シンガリ人気でさびしくデビューした馬だけに、人気になるとうれしくて、張り切っちゃうのかもなあ。
【八百言】独裁者の妻は、決まって毒妻です。 大島良夫(日・歴史家)