「このままじゃ運転係もクビになっちゃうかも……」
「そんな、大丈夫ですよ。確か前に聞いたことがあるんですけど、捜査幹部の運転手役って、将来有望な若手刑事が任される役割なんだそうですよ」
ほづみの言葉に、真砂の顔がぱっと明るくなった。素直な人だ。ちょっぴり羨ましい。
「ええ、有望なんてそんな……」
照れたように呟きながら、真砂はおにぎりを食べ終わった。
「でも、こうやって待機してるだけじゃなく、聞き込みとかしてみたいなあ。さっきも天堂さんが、ネットの地図を見せて、ある条件にあう場所を探せって急に言ってきたんです」
それは、被害者のFacebookに載せられた写真から、その場所を特定しろというものだったそうだ。
「被害者の住まいに近くて、朝日が昇るところを見られるくらい開けた場所を探せって。ウォーリーじゃないっての」
今度はおやつのポッキーを口に運びながら、真砂が話を続ける。
「でも、見つけちゃったんです」
ほづみは頷いた。なるほど、SNSの情報から被害者の住まいが特定できることを、実証したということか。
「気を付けないと、SNSは本当に身バレしちゃう危険があるんですよ。例えばあるアイドルがネットに自分の写真を上げたら、ファンに住所がバレちゃったことがあったんです」
「ええ、どうしてですか」
「アイドルの瞳に、道路の向かいに立っていた電柱が映っていたんです。そこに住所表示が載ってて」
「うわ、怖い」
「真砂さんもSNSをやりますか」
「警察学校の時に、個人のSNSはやめろって言われたんですけど……実は最近、匿名でこっそり始めちゃいました。でも全然変なことは呟いてないですよ。警察官だってことも内緒にしてますし。友達とご飯を食べに行ったとか、そんなことを呟いてるだけです」
「余計なことかもしれませんけど、どこかへ行ったって呟く時は、時間をおいてからの方がいいと思いますよ」
「どうしてですか」
「例えば良からぬことを考えてる人がいたとすると、過去の発言やアップした写真の情報から、真砂さんの居所を突き止めることなんて朝飯前だからです」
真砂はポテトチップスに伸ばしかけた手を止め、急に神妙な顔になる。
ほづみは隣のテーブルによけておいたノートパソコンに手を伸ばした。
「これは、私が警視庁内の勉強会用に作成したブログなんですけど、ちょうど、埼玉県をモデルに作ってあるので、まずこの動画を見てください」
一本の動画を再生する。それは、夜空に打ち上げられる花火の映像だった。さらにその動画の横には、こんなコメントが付いている。
【仕事で怒られた帰り道で偶然撮影。ああ、青春ていいな……】
「花火の動画の何が問題なんですか」
「まず、コメントに青春という言葉がありますよね。このことから映像の花火は、おそらく高校の……文化祭で上げられたものだと考えられます」
「青春イコール文化祭……?」
「もちろん、この動画一本でそう判断することはできません。でも、ほかの日の投稿を丹念に読んでいけば、このアカウントの持ち主の近くに高校があることはわかります。それとこの数日前の投稿では、地元のおいしいケーキ屋として、店名も載せています。そのお店があるのは飯能市。あとは日付で検索して、この日に文化祭があった飯能市内の高校を調べます」
「名探偵ですね」
真砂は心の底から感心したような声を漏らした。
「あ、でも、高校がわかったからって、この人がどこに住んでいるかなんて、ピンポイントで当てられっこないですよ」
「じゃあ、見ててください」
ほづみは少し得意になって、キーボードを操作した。
「まずはネット検索で、飯能市の高校を特定します。花火の動画がアップされたのが、九月七日、この日に文化祭が行われたのは……あった、飯能南高校。この高校の位置がここです」
ネットの地図で、飯能南高校を表示する。
「そしてこの動画にはもう一つ重大なヒントが隠されているんです……」
ほづみは動画を一時停止すると、問題の場所を拡大した。
「映像の奥、密集した送電線が平行に映ってる箇所があるの、わかります? これは多分、線路ですね……」
ほづみは独り言を呟きながら、送電線が密集した辺りをさらに拡大した。するとそこに、踏み切りがあることを示すバツ印が見つかった。黄色に黒い縞模様がついている。警標、あるいはクロスマークと呼ばれるものだ。
「飯能市内を走る鉄道は幾つか路線があるけれど、飯能南高校の側を走るのは西武池袋線。高校の花火を見ることができて、線路に対してこのアカウント主は垂直にスマホのカメラを向けている。そうなると、高校を挟んで北か、南に向かって、このアカウント主は歩いていることになる。方角を特定するヒントは……」
さらに映像に小さく映りこんでいた、カーブミラーに焦点をあてる。拡大し、補正をかけ、より映像を鮮明にすると、カーブミラーに映し出された建物が見えた。
「これはお店の看板のようですね。さらに拡大してみましょうか」
すると、有名なファミリーレストランチェーンの名前が見えた。
「地図で確認すると、ファミリーレストランはここにあります。すると、アカウント主は南から北へ向かって歩いていることがわかります。会社からの帰り道ということなら、この周囲で待ち伏せしてあとをつければ、アカウント主の自宅を突き止めることは可能です」
「すごおい」
真砂は心の底からびっくりした顔になった。
「水嶋さん、テレビドラマのハッカーの人みたいですね。格好いい」
「いいえ、そんな大したことじゃないですよ」
あまりに真っ直ぐに褒めてくれるので、ほづみの方が照れくさくなってしまった。
「そっか。私、うっかりしてるところがあるから、やっぱりSNSはやめようと思います。どうせ、たいしたこと呟いてるわけじゃないし……」
「どうしても投稿したければ、時間をずらせば大丈夫ですよ。あと写真も解像度を落として――」
ほづみの助言の途中、真砂の携帯が鳴った。
「あ、ぶちょうからだ」
真砂が焦った顔で、脂で汚れた手をティッシュで拭ってから電話に出た。
「……え? は、はい。すぐに伺います」
電話を切り、がたっと机を揺らして立ち上がった真砂の顔には、緊張が走っていた。
「どうかしたんですか」
「四人目の被害者が発見されたそうです。これから調査官が現場に向かうので、私も行かなくちゃいけません」
「現場はどこですか」
「あ、えっと、聞いてなかった……。と、とにかく行ってきますね。お菓子、全部食べちゃってください」
真砂が部屋からばたばたと走り出していく。
四人目の被害者。
古関の遺体が発見されてからまだ数日しか経っていない。
早すぎる。
自分もここでじっとしている場合ではないと思った。
ほづみは車いすのハンドリムに手を伸ばすと、それを強く握り締めた。
5
古関の遺体が発見されてからまだ数日しか経っていない。なのにもう四人目の被害者が発見された。
明らかにペースが速まっている。
「でも朗報もあります」
峰岸の落ち着いた声が、上野を救った。
「今回の被害者は生きています」
「確かなの?」
「はい。いま病院に運ばれ、衰弱した様子ではあるものの命に別状はないとのことです。病院には門伝を行かせました」
「そう。詳しい状況がわかり次第報告をしてください。私はこれから現場に行きます」
被害者が生きて発見されたことは、間違いなく朗報だった。
上野は真砂の運転する車で、四人目が発見されたという現場へ急いだ。
今度の現場は、最初に発見された被害者と同じ飯能市内だった。ただし、久保田が埋められていた山林からは、およそ十キロ南に位置し、二〇〇五年に飯能市と合併される前は名栗村と呼ばれていた場所だった。
「被害者が埋められていたのは、古い空き家の一角だったようです」
一足早く現場に到着していた天堂の説明を受ける。
「別荘として数年前から売りに出されていたようですが、管理会社の話では未だ買い手はついていません。そこから数百メートルほど離れたところには、普通に民家も立ち並んでいるものの、現場はぽつんと離れたところにあり、背後には雑木林が広がっています」
被害者はその場所から少し離れた公道を、泥だらけで、明らかに異様な風体で彷徨っていたところ、付近の住民によって保護されたという。
「これまで通り、被害者は木箱に納められ、地中に埋められていましたが、そこから自力ではい出したようです」
上野は被害者が彷徨っていたという公道を歩いてみた。この道はまっすぐ東京都の奥多摩町へ通じている。もし、住民による発見が遅れていたら、被害者は警視庁の管轄内で保護されていたかもしれない。
「ツキが回ってきたかも……」
天堂へ向けるでもなく呟き、上野は静かに周囲を見回した。不謹慎な言葉かもしれないが、ともかく生きたままの被害者を、埼玉県警側が保護できた意味は大きい。
それから、被害者が埋められていたという現場を確認する。
「今回も木箱の蓋は、被せられた土の重みで壊れたようですが、被害者が自力で脱出できたのは、先の被害者たちに比べて、体力にまだ余裕があったからかもしれません」
木箱の蓋の部分には、被害者のものと思われる血液も付着していたという。
「外に出ようと、死に物狂いで引っ掻いた跡だと思われます」
上野は地面の穴を見下ろした。空っぽになった木箱が置いてある。
こんなところに閉じ込められて、さぞ怖かったことだろう。もし自分だったら、と思うと改めてぞっとする。
上野の携帯が鳴った。峰岸からだ。
被害者の聴取を終えて、門伝が戻ってきたという。
「わかりました。私もすぐに戻ります」
電話を切って、上野はもう一度、空っぽの木箱を見やってから車に戻った。
「被害者は諸橋茜さん、二十四歳、埼玉県川越市在住で昼間は都内の企業に勤め、週末の夜は新宿のキャバクラでアルバイトをしていました」
茜は五月の連休中、キャバクラでの勤務を終えて終電に乗り、西武新宿線の南大塚駅で下車して以降の行方がわからなくなっていた。
「諸橋さんの供述によれば、電車を降りたあと駅の南口を出て、そこから少し離れた駐輪場へ向かっていたそうです。周囲は街灯がほとんどなく、人通りもなかったとのことでした」
南大塚駅周辺は、北口のすぐ側に交番はあるものの、南側には畑が広がっていて、民家の数も少なくなる。近隣住民からは、夜は真っ暗になって怖いという声が、時々寄せられる地域でもある。
いつものように駐輪場から自転車を出そうとしたところ、諸橋はある声を聞いたという。
「女性の声だったそうです」
門伝が能面のような顔を、上野へ向けた。
「その声は『すみません』と聞こえたそうですが、諸橋さんは聞き間違いと思っていったんは無視しようとしたそうです。ですが、再び『すみません』と聞こえて顔を上げました。すると駐輪場の端の方に車いすを見つけたそうです」
車いすという単語に、上野の鼓動が速くなった。
「誰かが困っているのかと思った諸橋さんは、車いすの方へ近づいて行きました。すると突然、背後から強い衝撃を受けて意識を失ってしまったそうです」
諸橋の証言や状況から、彼女はスタンガンで襲われたものと考えられた。
「そして、気が付いたときには薄暗い地下室のような部屋に閉じ込められていたということです。そこがどこだったのか、場所を推測できるような手がかりはなかったそうです」
諸橋はそこで何日か監禁されたあと、再び気を失わされて、気がついたら箱に入れられ、地中に納められていたと門伝に話した。
「でも、彼女の話、なんかおかしいんですよ」
報告を終えて、門伝が顔を顰めた。
「拉致された時のことは細かく覚えてるんですが、監禁されていた時の状況に話が移ると、途端によくわからない、覚えてないと繰り返すばかりなんです」
「それは無理もないのでは?」
救助されてから間がなく、まだショックが大きい被害者にはよくあることだ。
だが上野の言葉に、門伝は異議を申し立てるかのように腕を組んだ。
「もう一つ気になるのは、彼女への暴行の程度が、前の三人の被害者たちに比べて軽いということです。失踪順から考えて、諸橋さんが一番新しい被害者で間違いないと思います。三人目の被害者である古関さんへ激しい暴行が加えられていたことについて、我々は犯行がエスカレートしたからだと考えました。それなら普通、諸橋さんへの暴行はもっと激しいものになっているはずです」
「つまり何が言いたいの?」
「ひょっとすると共犯者なんじゃないですか……あるいは、ストックホルム症候群か」
ストックホルム症候群とは、誘拐や監禁された被害者が、極限状態で犯人に対して共感を覚えてしまうという心理的現象だ。
「いずれにしろ、彼女はまだ何か隠してますよ」
共犯とまで考えるのは飛躍しすぎだが、諸橋が犯人たちに共感を覚えたことで、他の被害者より手心を加えられた、ということは全くあり得ないことでもない。そのせいで、保護されてからも犯人たちを庇い、彼らに通じる情報を隠している――。
上野も納得した。
「わかった。彼女をもう一度聴取してみて」
「はい」
門伝が早速席を立とうとした。
「あ、門伝。聴取には細心の注意を払ってちょうだい。現時点では、彼女はあくまで被害者だということを忘れないで」
忠告の言葉をかけた上野を、門伝は一瞬、むっとしたように睨み返してきた。
それから無言で部屋を出ていった。
門伝が戻ってきたのは、その日の夕方のことだった。会議室には上野のほか、峰岸と天堂だけが集められた。
「やっぱり彼女、我々に情報を隠していました」
「犯人たちに繋がる手掛かりが?」
「そこはまだです。ただ、監禁されていた時の状況が衝撃的すぎて、私も俄かには信じられませんでした」
珍しく表情にも声にも動揺が滲んでいる。
「被害者の精神的動揺が激しいため、医師からは当面、聴取はこれ一度きりにするよう忠告がありました。それで峰岸さんに相談して、動画を撮影することにしました。今からお見せします」
会議室に置かれたモニターに、白い病室の壁を背景に、ベッドのリクライニングに背をもたれた状態の被害者の姿が映し出される。その傍らにはパイプ椅子に座る門伝が見えた。
「あの夜、私は……」
正面のビデオカメラから視線を逸らすように俯いていた諸橋茜は、細く弱々しい声で、事件について語り始めた。