二人目の被害者の正式な鑑定結果が上がってきた。死因は窒息死。死後少なくとも一ヵ月は経過。現場で下された検視官の見立て通りだった。遺体には激しい暴行の痕跡があり、体内からは先の被害者に使われたのと同じ筋弛緩剤も検出された。遺体が納められていた箱の材質、形状も最初に発見された被害者のものと変わりない。

 同一犯の仕業で間違いなかった。

 ただし、生き埋めにした順番は、最初が今回の被害者で、次が飯能市の被害者だ。警察の気づかぬうちにすでに別の殺人が行われていた。上野も捜査員たちもこのことに動揺を隠せなかった。

 全体での捜査会議を前に、峰岸班、そして上野が信頼する数名の部下たちだけで集まった。

「今回の被害者と先の被害者の間に接点は見つかったんですか」

 重苦しい空気の中で、上野は峰岸に尋ねた。

「いまのところはまだ……」

 被害者の一人は弁護士、もう一人は高校教師、住んでいるのも前者は越谷市、後者は所沢市と、同じ埼玉とはいえ、距離があるため一見、接点は薄いように見える。

 だが二人の被害者が同じ手段で殺害されたのなら、何か共通点があるはずだ。

「桑畑氏が生まれたのは埼玉県さいたま市、その後、大学への進学を機に東京に住まいを移しましたが、卒業後は埼玉県に戻り、現在の高校には三年前に赴任。同僚や生徒からは熱心で真面目な教師だったという評判です」

「いいですか」

 手を上げて発言の許可を求めたのは門伝もんでんめぐみだった。峰岸班に所属する三十代後半の女性巡査部長で、薄味の顔立ちにショートカット、服装も上下グレーのスーツと、目立たない装いを好むようだった。峰岸が発言を許可すると、門伝は抑揚の乏しい声で続けた。

「桑畑氏が顧問を務める陸上部内で、去年、上級生による下級生へのいじめ問題が発生したそうです」

 大会で満足な成績を残せなかった下級生に対し、上級生が必要以上に過酷なトレーニングを課したというものだった。

「その場に桑畑氏は立ち会っていなかったそうですが、当然顧問として責任を問われました。しかし結局、いじめ自体はうやむやにされ、被害者の生徒は転校。今年に入って被害者の両親が、高校を訴えるという話になったそうです」

「もし本当に訴えるなら弁護士に相談したはず、ということね」

 上野が確認する。

「はい。今日の午後、被害生徒の両親に会って話を聞いてこようと思っています」

 これで弁護士が久保田だったら、事件解決に向けて一歩前進するかもしれない。

 ほかに目ぼしい情報は出てこないまま、今後の捜査方針として、二人の被害者の交友関係を徹底して洗い出すことが決まった。

「調査官、ちょっと署長室までいいだろうか」

 声をかけてきたのは、飯能警察署長の久我山だった。

「間もなく捜査会議が始まるのですが」

 上野は腕時計にちらりと視線を落とした。

「五分で済むよ」

 仕方なく、久我山について署長室へ向かう。

「うちの事件と熊谷市の事件とは、同一犯の犯行が疑われるということだったね」

「はい、その通りです」

 自分の机についた久我山と、上野は正面で相対しながら簡潔に答えた。

「通常、事件が二つ以上の管轄を跨いだ場合、特捜本部は最初に設置された所轄に残る。これも合っているね」

「はい、その通りです」

 上野は先ほどとまったく同じ答えを口にした。

 今回の被害者は熊谷警察署管内で発見された。通常なら特捜本部は熊谷警察署に設置される。だが同一犯が疑われ、複数の管轄に跨がる事件の場合、一部の例外を除き、特捜本部は最初の警察署から動かすことはない。

 久我山が机の上に肘をつき、両手の指をつけたり離したりしている。

 上野は視界の端に、署長室の壁に掛けられた時計を捉えた。約束の五分はとっくに過ぎようとしている。

 ほかに言いたいことがあるなら、さっさと済ませてほしかった。

「それで……熊谷の連中はいつまでこちらにいるんだろうか」

「我々も早期解決を目指しておりますが、いつまでと正確にお答えすることは――」

「いやいや、そういうことじゃなくてね」

 上野の言葉を途中で遮り、久我山はそわそわし始めた。

「ほら、いろいろこちらも準備があるだろう。食事とかさ」

 そこで上野はようやく、久我山の言わんとするところを理解した。要するに費用の問題だ。

 特捜本部が立つと、それにかかわる費用は所轄持ちとなる。さすがに自分の管轄の事件では文句も言いづらいが、よその管轄の事件まで自分のところが面倒を見なくてはならないとなれば、久我山の心配もわかる。

 それなら初めからはっきり言ってくれれば良いものを、と上野は内心で呆れつつも、それが表面に出ないよう慎重に答えた。

「もし、署長のご懸念が費用負担のことだとするなら、それについて私の口からはっきり申し上げることは難しいのですが、過去の例ですと、双方の所轄で話し合って決めることになるようです」

「それ、うちでやらなきゃいけないの?」

 署長は不満そうに、上野を上目遣いで見やった。

 実際に予算などのこまごました面を取り仕切るのは副署長の仕事のはずだ。だがその過程で、署長同士が話し合う場面も出てくるだろう。

 おそらく久我山は、熊谷警察署の署長が刑事畑であることに引け目を感じているのだろう。

「それでしたら、先方には私の方からひと言申し添えておきましょうか」

「そうかい? そうしてくれると助かるけどね」

 途端に久我山の機嫌が良くなった。現金なものだ。

 だが久我山はこれまで捜査方針に口を挟むこともなく、夜食を差し入れしてくれるなど、人の好いところもある人物だった。ここで恩を売っておけば、これからも良い関係を維持していけることだろう。

 幸いにして上野は、熊谷警察署の副署長とは面識がある。

 今後の捜査方針について、向こうとも話しておかなくてはならない。そのついでに費用の件を相談してみることにした。

 署長室をあとにして、捜査会議が開かれる講堂へ急いだ。だが足を踏み入れるなり、上野はぎょっとして立ち止まった。中央のひな壇に幹部たちが座る席がある。その真ん中に刑事部長の玉城日菜子の姿を認めたせいだ。

 今回の事件の特捜本部の責任者は刑事部長だ。彼女がここにいても不思議はない。だが通常、刑事部長は個々の捜査会議に出席することはない。

 ひな壇の近くの席にいた峰岸と目が合う。苦々しい表情を隠そうともしていなかった。彼に噛みつかれる前に、上野は玉城の元へ歩み寄り、頭を下げた。

「まさか、お出でになるとは」

「そんなに驚いた?」

 玉城が悠然と微笑み返してきた。

「そういうわけではありません。ただ、会議に出席されることを事前に聞いておりませんでしたので」

「さすがに二人目の犠牲者が発見されたとなれば、責任者として顔を出さないわけにはいかないでしょう」

 上野が慌てている姿を見て、玉城は面白がっているようだった。上野はいら立ちを抑えながら尋ねた。

「会議の冒頭、刑事部長からご挨拶はされますか」

「いいえ、結構よ。すぐに始めてちょうだい」

 上野は一礼して、玉城の隣に着席した。その反対隣りに、少し遅れてきた久我山が腰を下ろす。玉城がすかさず労いの言葉をかけた。

 予算問題を上野に丸投げできたこともあってか、久我山は晴れ晴れとした表情で、玉城との雑談に応じている。

 上野は面白くない気分で、会場内を見回した。捜査員たちは八割方着席している。峰岸班、飯能警察署、熊谷警察署の刑事課、さらに本部鑑識課など、二人目の被害者が見つかったことで、規模は一回り大きくなった。

 上野は、ひな壇の末席に、パイプ椅子がひとつ、ぽつんと置かれていることに気が付いた。今日の会議に参加する幹部メンバーの人数に対して、その席は余計だ。会場を設営した係が椅子を片付け忘れたとも考えにくい。

 不思議に思っていると、一人の男が講堂に入ってきた。年齢は四十代後半くらいだろうか。体型は中肉中背、皺の寄らない濃紺のスーツを着こなしている。

 一介の捜査員には見えなかった。男は自信に満ちた足取りで、まっすぐひな壇へと近づいてくる。そして玉城に向かって一礼した。玉城も悠然と目礼を返した。顔見知りということか。

 上野はいやな予感と共に、末席のパイプ椅子に腰を下ろした男を見つめた。しかしこの男に関しては、その後、誰からも触れられることなく、捜査会議は粛々と進められた。

 

 

 会議のあと、捜査員たちが三々五々散っていく中、上野と峰岸は署長室へ来るようにと指示を受けた。上野と同じく、峰岸も不穏な気配を感じとったかのように、口を真一文字に結んでいる。

 これが気心の知れた奥平であれば、軽口の一つも叩くところだったが、峰岸とはまだそんな間柄でもない。重苦しい緊張を抱えたまま、上野は署長室のドアをノックした。

 部屋の主は不在で、代わりに玉城が署長の椅子に座り、中央の応接ソファには、先ほど末席のパイプ椅子に座っていた男がいた。

「上野調査官心得、こちらは警視庁SSBCに所属するひやくたけいち警視です」

 玉城自ら、その人物を上野たちに紹介する。

「百武です。よろしく」

 百武はソファから立ち上がり、簡潔に挨拶した。

 上野と峰岸もそれぞれ自己紹介すると、玉城が二人もソファにかけるよう促した。

「その前にお聞きしたいことがあるのですが」

 上野が機先を制す。

「どうぞ」

「我々はなんのためにここに呼ばれたのでしょうか」

「単刀直入に言えば、私が察庁を通じて、警視庁に捜査協力をお願いできないかと持ち掛けたことが始まりです」

「捜査協力……?」

 上野は思わず、百武に視線を移した。

「警視庁としては、捜査に協力するのはやぶさかではないものの、まずは事件の詳細を知りたいということだったので、本日の捜査会議にわざわざお越しいただいたというわけです」

「待ってください。捜査協力なんて我々は求めていません」

 現場にひと言の相談もなく警視庁に協力の打診をしたというのか。上野は心の底から玉城に腹が立った。

「今日の捜査会議を見る限り、ほとんど情報らしい情報は上がってきていない。新たな視点で捜査を見直す時期に来ていると思います」

「これから、二人の被害者の共通点を洗い出すところです」

「それは、例の外国人とも関係あることかしら?」

 玉城のあからさまな嫌味に、上野はうんざりしながら答えた。

「そこもこれからの捜査次第です」

「よろしいですか」

 百武が口を挟んだ。玉城が頷いた。

 百武は上野に向き直った。

「今度の事件では、うちのSSBCが役に立つはずだ」

「SSBCとは?」

「捜査支援分析センターの略称だよ」

「捜査支援課ならうちにもあります」

「もちろん、知っている。だが警視庁のものとは規模も実績も、そして予算も違う。防犯カメラリレー一つ取ってみても、我々が高い検挙率を誇っていることは周知の事実だと思うがね」

 警視庁のリレー捜査がうまくいっているのは、単に都内の防犯カメラの設置台数が多いからではないのか。思わずそう反論しそうになったが、上野は冷静になろうとした。

「今回の捜査で、防犯カメラはあまり役には立ちません」

「防犯カメラ以外にも、うちが役に立てる技術は五万とあるがね」

 百武が挑発するように答える。

 上野が再び口を開きかけた時、玉城が立ち上がった。

「警視庁に協力を仰ぐかどうか、まだ正式決定したわけではありません。今日のところは顔合わせということで、お互い仲良くやっていきましょう」

 玉城は上野、それから百武に視線を移してほほ笑んだ。

「百武警視、今日はわざわざご足労いただいてありがとうございました。正式に協力を要請するとなった時はよろしくお願いします」

「はい。こちらはいつでも準備はできております」

 百武は署長室を出ていこうとして、最後に上野を振り返った。

「うちのチームは優秀だよ、上野調査官」

「うちだって優秀ですけど」

 上野の言葉に、百武は余裕のある笑みを浮かべながらドアを閉めた。

 

(つづく)