上野たちが沈黙する中、茜の供述が続く。

 女性を殺害したあと、トリシラベシツの空気は一変したという。

「ジョウシはすごくショックを受けていたように見えました。私も信じられなくて……長い時間が経ったような気がしました。やがて、スピーカーから犯人の声が聞こえて、私たちは隣の部屋へ移るよう指示をされました」

 茜と他の二人が指示された通りにトリシラベシツを出ると、すぐにシャッターが下り、空間は閉ざされた。

「それからトリシラベシツに犯人が入っていったような気配がして、例の電動車いすのモーター音が聞こえて……しばらくすると静かになりました。その間、私たちは誰もひと言もしゃべりませんでした。おそらく一日近くそのまま放っておかれたと思います。するとジョウシ役だった男の人の様子がなんだか変になっていって、ぶつぶつと独り言を零しながら、壁に自分で頭を打ち付け始めて……。うるさいからやめろって、あとから来た男の人が怒鳴って……怖かった……」

 彼らの争いから距離を置こうと、茜は床に丸くなって毛布を頭から被った。

 しばらくすると二人とも静かになり、茜と同じように床に寝ころんだ。

 茜は疲労とストレスのせいでいつの間にか眠ってしまった。

「でも、叫び声で目を覚ましました。叫んでいたのはあとから来た男性です」

 そこで茜は押し黙った。

「その男性はなぜ叫んでいたんですか」

 門伝が辛抱強く間をとったあと、続きを促した。茜の手が掛布団を強く掴んだ。

「……亡くなっていたんです」

「誰がです?」

「ジョウシが……ベッドの手すりにシーツを巻き付けて、首を括って亡くなっていました」

「自殺したということですか」

 茜は震えながら頷いた。

「それから、犯人は何か指示をしてきましたか」

「私たち二人をトリシラベシツに戻しました。スピーカーからまた声が聞こえて、自分の犯した罪に対して、正当な罰を受けないまま生き続けることは許されないとか……そんなことを言われました。それでこれから私たちに罰を下す。それは棺に入り、地中に埋められることだ、と。もし誰かに発見されて助かれば、それは罪が許されたことの証なのだとも言われました……」

 言う通りにしなければ、いまこの場で死んでもらうことになる。

 最後にそう言われた。茜たちに選択肢はなかった。

 それから食事と飲み物が提供された。茜は最後の晩餐のように感じながら、食事に手をつけた。

「でも、男の人は急に抵抗し始めました。彼は食事には何か薬が入っている。眠らされてしまったら逃げるチャンスがなくなるって……。彼はまだ、逃げられると思ってたようです」

 だが茜は彼の言葉に耳を傾けなかった。犯人に抵抗する気力など、彼女にはもう残されていなかったからだ。

 その後、茜は猛烈な脱力感と眠気に襲われ、気が付いたときには木箱に入って、地中に閉じ込められていたという。

 パニックになり、叫びながら木箱の蓋を内側から抉じ開けようとした。爪は折れ、指先は血だらけになった。すると徐々に、蓋がきしみ始め、ヒビが入った。

 ヒビは段々と大きくなり、やがて蓋は完全に崩壊してしまった。そのままでは土に埋もれて窒息死してしまうところだったが、木箱に対して茜の体が小さかったことが幸いした。必死に体を横向きにすると木箱の中に隙間ができ、呼吸するスペースを確保することができたのだ。

「気が付くと日の光が漏れてきて……あとは夢中で土をかき分け、木箱から脱出しました」

 そして全身は泥だらけとなり、裸足のまま放心した様子で歩いているところを保護されたのだった。

 

 

 休憩を挟みつつ、茜への聴取は複数回にわたって行われた。医師の見解では、最初の一回だけでも精神的に厳しいのではないか、という見立てだったのだが、彼女が証言をすることで、犯人逮捕に繋がると門伝に説得されて、茜は再度の聴取に応じる意欲をみせたのだ。

 これには門伝の功績が大きかった。彼女は聴取を進める中で、茜の行動を責めるような言葉を決して使わなかった。そのおかげで茜は彼女に信頼を寄せるようになったからだ。

 こうして、一度目の聴取では語られなかった細部が、次第に明らかとなっていった。

 被害者たちの身元の特定についてもそうだ。

 茜に古関の写真を確認してもらったところ、最初にヒギシャとして暴行を受けていた若者が、はっきり彼だと断定することはできなかった。それくらいひどい暴行を受けていたということだ。

 しかし、状況から察するに、その人物が古関智也であることに矛盾はないと上野たちは考えた。

 さらに聴取から一夜明けて、他の被害者たちの情報も集まってきた。

「残る三人の被害者たちのうち、まず女性について、年齢と外見の特徴から失踪者リストをあたったところ、山梨県在住の主婦、ほうなぎさんの名前が浮上しました」

 久宝の写真も茜に確認してもらい、今度は間違いなく彼女だと断言した。

 久宝は登山を趣味としていた。四月半ばに大菩薩峠へ出かけると家族に言い残し、一人で家を出てから、行方がわからなくなっている。

「次に四十代の男性。こちらは樺山かばやまのりさん、香川県から出張で東京へ来た会社員と見て間違いないようです」

 四月の末に東京へ出張に来た樺山は、都内のビジネスホテルに宿泊していたが、深夜、外出して、コンビニに立ち寄ったあと、ホテルには戻ってこなかった。

「そして最後に連れてこられた三十代の男性。この方はまだ該当者が見つかっておりません」

 一人暮らしで、実家とも疎遠であったり、友人関係も希薄であったり、隣近所との付き合いもない。仕事はしていないか、あるいは自宅でできて、人と関わらなくてもいい仕事についている。

 そんな推理が上野の脳裏を通り過ぎていく。昨今、そういう人物は特に珍しくなくなっている。

 いずれにしろ、身元が判明するまでの間、上野たちは便宜上、正体不明のこの男性をA氏と呼ぶことにし、茜の証言を元に作成した似顔絵を公開して、情報提供を呼びかけることにした。

「それとこちらが、諸橋茜の供述を元にして作成した、被害者たちが監禁されていた場所の間取り図です」

 門伝が上野たち幹部に資料を配布する。横に長い長方形の部屋は、三つに区切られていた。

「わかりやすくするため、一番右手の部屋を『前室』、真ん中の部屋を『取調室』、そして左端の部屋を『ガレージ』と名付けました。前室にはベッドが一つ、他に小さなテーブル、そして寝袋と毛布が用意されていました。さらに床には着替えが置いてあったそうです」

 着替えというのは紺のジャージだったという。最初の供述では漏れていたが、目を覚ました直後、茜もあらかじめ犯人から、それに着替えるよう指示があったとのことだった。

「紺のジャージ……」

 上野は思わず呟きを漏らした。傍らにいた天堂も何か察したような顔つきになる。

「被害者たちは、拉致された直後は前室に監禁され、その後、取調室へ移動させられて、四十八時間を過ごす。そして最後に、自力では動けなくなるほど痛めつけられたヒギシャをガレージへ運ぶ。それからまた前室へ戻り、二十四時間は眠ったり、食事をしたり、希望をすればシャワーを浴びることもできたそうです」

 時間については、時計がなかったので、茜の体感と犯人の口から発せられた情報による推測だった。

「犯人の声はAI音声に加工されていて、各部屋の天井に取り付けられたスピーカーから流れてきました」

「被害者たちは三人もいて、なぜ誰も指示に抗おうとはしなかったのか。その点については?」

 上野が疑問を挟んだ。

「初めは皆、抵抗はしたようです」

 取調室では四十八時間、絶えず取り調べが行われていたわけではなかった。彼らは疲れて、時おり床に座って休息を取った。仮眠することもあったが、それぞれがここへ連れて来られた経緯や、監禁されてからの状況を語ることもあったという。

「それによれば、久宝さんや樺山さんも、当初はトリシラベに加わることを拒否したそうです。すると、彼女らは前室に閉じ込められ、煌々と灯りに照らされる中、天井のスピーカーから絶えず、『罪を告白しろ』という言葉が流れつづけ、一睡もできなかったそうです」

 人から睡眠を奪う拷問は、昔からよく知られている。例えばアメリカの9・11以降、グアンタナモ海軍基地には、多くのテロリストと呼ばれる人々が収容されていた。CIAはそこで、数々の拷問を行ったとされている。水責めにする、狭い箱に閉じ込めるといった方法のほかに、大音量で音楽を聞かせ、睡眠を奪った。こうすることで相手の思考力や判断力を奪い、やってもいない罪さえ認めさせたと聞く。

「こうして被害者たちは、トリシラベに参加せざるを得なくなります。そして信じるようになったそうです。ヒギシャ一人を犠牲にすることで、自分たちは助かるのだと。被害者たちはいずれも、普段、暴力や犯罪とは無縁の生活を送ってきた人々ですが、そんな彼らであっても、精神的に追い詰められ、思考力を奪われると、犯人の言いなりとなって、激しい暴行に及ぶようになる。諸橋茜の供述からはそんな実態が浮かび上がってきます」

 門伝から一通りの報告を聞き終わると、上野は立ち上がった。

「これまでの報告でわかることは、犯人の異常性です。自分が手を下すことなく、被害者同士に殺し合わせたと言っても過言ではないでしょう。ですが気になるのは、犯人が被害者たちに役割を演じさせていたという点です。監禁場所の一室を取調室に見立て、巡査長、巡査部長といった警察官の階級を与え、被疑者とされた人物を取り調べる。ここに果たして、どんな意味があったのか」

 その場にいる全員の顔に緊張が走った。

「階級を演じさせるだけではなく、犯人は、トリシラベの期限を四十八時間と区切っています。これは、警察が被疑者を逮捕してから検察へ送検するまで、法律上のタイムリミットが、四十八時間と決まっていることと無関係だとは思えません。さらに、着替えとして用意されていたという紺のジャージ。ここにいる全員、そう聞いた瞬間、頭に思い浮かべたんじゃないですか。警察学校時代に支給されたあの紺のジャージを」

「犯人は警察か司法関係者ということですか」

 沈黙の中、峰岸がようやく口を開いた。

「その可能性は排除できません。ですが、この程度の知識なら、一般人でも少し調べればわかることだとも言えます。問題は、なぜ犯人はこんな手の込んだ手段を取ったのか。この間取り図を見てもわかる通り、かなり入念な準備をしています。さらに、犯人は被害者たちに罪を告白するよう迫っていますが、その具体的な罪については言及していません。そして、我々が調べた限り、どの被害者も犯罪行為とは無縁の生活を送っていた人々ばかりです。いまのところ、犯人は被害者たちのSNSを見て、彼らの行動を把握していたとみられます。言い換えれば、行動が把握できたものをターゲットにしていたということではないでしょうか。そうなると、被害者が本当に罪を犯しているかどうかは、犯人にとって関係なかったとも言えるんじゃないでしょうか」

 諸橋、久宝、樺山の三人については、SNSの利用状況を天堂が調べている最中ではあるものの、おそらく間違いないだろう、と上野は踏んでいた。

「でもそれじゃ、いくら責められても、被害者たちは罪の告白をすることなんてできない。被害者たちは初めから、殺されることは決まっていたということですか」

 声を上げた門伝に上野は頷いた。

「ですが、ここでさらに疑問が浮かびます。犯人はなぜ被害者たちを生き埋めにし、助かる可能性も与えたのか」

 上野はホワイトボードを振り返った。そこには被害者たちが発見された場所の地図が掲示されている。

「被害者たちが発見された場所は、少なくとも半径一キロ以内に公道や民家、キャンプ場、あるいは登山道などがあり、運が良ければ誰かに気づいてもらえる確率が高い場所だったとも言えます。犯人が意図的にそういう場所を選んでいたのだとして、被害者が助かれば、それだけ犯人に結び付く手がかりを警察に与えてしまうことになる。そんな危険をなぜ冒したのか」

「諸橋茜の証言を聞く限り、犯人は一度も被害者たちの前に姿を現していません。監禁されていた場所を特定する手がかりも見つかっていません。自分は捕まらないと、そう自負していたからでは?」

 門伝の言葉ももっともだ。いまのところ、犯人像を特定する手がかりは見つかっていない。

 

(つづく)