半年間だけ引っ越すことを友達に告げる時、相手によって自然と言葉を使い分けていて、我ながら驚いた。
「10月末まで蓼科にいるから、遊びに来てね」
「半年後には帰ってくるから、またね」
何度か口に出して、心の奥底にある感情に気がついた。この先の人生、誰と密につきあうか、私は選んでいる。ずっと一緒にいたい人にだけ「来てね」と言っていた。
もちろん子どもがいるとか、ペットがいるとか、家を離れられない人には「帰ってきたら……」と言ったけど、こんなことでもなければ、見過ごしていた感情だった。友達を選ぶなんて、やっぱり私って性格悪いなと思わないでもない。が、もうすぐ50歳なのだ。八方美人に振舞って、後で疲れて倒れるような関係は、残された時間を思えば、きっともうやめていい。
そんなわけで7月の連休、「来て」と誘った友達四人が遊びに来た。占星術が得意な作家、忍者みたいな中医師 (中国伝統医学の医師)、物が片づけられなくて家が3つに増えてしまった出版社の社員、そして私の元担当編集者だ。個性豊かなこのメンバーと知り合ったのは数年前、元担当が行方不明になったのがキッカケだ。無事に解決はしたけれど、今後また同じ事態に陥った時の連絡網を作るべく、彼の友人らとつなげてもらったのだ。以来、数か月に1度会うくらいだが、心地いい関係が続いている。「前世で同じクラスだったって感じ」と言われたのは、存外の喜びだ。このメンバーのために、埼玉の家からたくさんの布団を蓼科まで運び込んでいるのが、私の可愛いところである。
元担当は翌日からの合流で、初日は三人だけが来た。あいにくの雨だったので、長野県民の愛するスーパー「ツルヤ」と、新鮮な産直野菜が並ぶ「たてしな自由農園」で食材を買い込んで、さっそく別荘へ。口々に「涼しい!」「広い!」「緑がキレイ!」とはしゃいだ声をあげる彼女たち。私が何もしなくても、この別荘は勝手に客人をもてなしてくれる。
ツルヤで高麗人参を発見したので、今日のメインは参鶏湯。中医師は薬膳の先生でもあるので、料理は全部お任せだ。
「このあたりは高麗人参の産地だから、秋になったら、規格外の撥ね物が安く出るよ」
「へえ、全然知らなかった」
「盗まれないよう、畑の場所も秘密らしいからね」
煮込む間に話し、激うま参鶏湯に感涙しながら話し、骨までしゃぶってもまだ話す私。普段の反動もあるけれど、彼女たちには何を話しても大丈夫という安心感がある。変わり者ほど、たいていのことを許してくれるおおらかさを持つのだ。私はぶっ壊れたラジオみたいにしゃべり続けた。人には言っていなかったパートナーとのことも、問われるままに話す。
「私が怒って黙り込むから、いけないんだよね。大人なのに、自分で自分の機嫌をとれないってやつだよ」
「うーん、でも彼、働いてないんでしょ?」
「無職じゃないけど……稼げないフリーランス」
「会ったら、どっちがお金出すの?」
「……私だね」
「なのに平気で約束破ったりされたら、ずっと機嫌よくいるなんて無理じゃない?」
「……」
「お金貸したりもしてる? それ、経済的DVだよ」
が、がーん!
このシーンは漫画で描きたかった。顔に縦線入れて、冷や汗を垂らし、バックは雷トーンっていうありきたりな表現と同じ顔を、私はしたと思う。
だってDVの知識も、不適切なパートナーシップの知識も、持っていたのだ。生意気にも講演で語ったことすらある。だから自分がされていることには、本当はうっすら気がついていた。それでも受け止めるのがキツくて、ずっと目を背けていた現実。
それを今、友人が言葉にした。気づかないふりしてきたものを、耳で聞く衝撃ったら。言葉は私の鼓膜をビリビリと揺るがせて、頭の中で「真実を見ろ」という大声に変わる。ベタフラの雷トーンに打たれた私は、次のコマでorzと倒れ込んだ。
うう、もう認める。本当は嫌だった。財布からお金を出すたびに感じる、情けない気持ち。こんなふうにしてまで愛情を乞うてしまうことが気持ち悪くて、毎秒ごとに自分を嫌いになった。それでも「彼以外、私なんかを好きになる人はいないんだから……」と踏ん切りがつかず、「将来この人、私がいなかったら野垂れ死ぬんじゃないか?」と勝手に背負いこみ、にっちもさっちもいかなくなっていた。山の中にひとり暮らそうと決めたのには、彼と距離を取りたいという理由も、確かにあった。突然別れを告げられて「保留にして」と頼んでしまったのは、ただただ「お前が言うか!」と悔しかっただけなんだ。
自分のことは自分が一番知っているなんて、まったくの嘘だ。引っ越しを人に告げるまで本心に気づけなかったように、私こそが私に隠し事をする。
彼が半分ヒモだったことを話すのは、まさに「恥を忍んで」という気持ちだったが、彼女たちが大騒ぎもせずに聞いてくれたことがありがたかった。恥辱まみれの告白をオエオエと吐きながら、同時にだんだん荷物を下ろしていくような軽さも感じる。2年くらいしたらネタにもできるかも、なんて思える。
一息ついた後は、温泉に向かった。蓼科は温泉天国だが、この日は秘境・横谷温泉にみんなを案内。嘘かまことか、黄金色の温泉は金運アップに効くという。カネ、カネ言いながら湯に浸かり、これが大自然に抱かれながら願うことかと笑いあった。うん、しみじみ楽しい。
パートナーとのことを考えるたび、心の隙間に忍んできた「この人以外、私を好きになる人はいない」という思い。だけどそうじゃないかもしれない。恋愛より上等な「好き」を、私は得ているのかもしれない。女四人丸裸でぽかぽかになりながら、そうだったらいいなと願った。