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 アイロンがけと夕飯の下ごしらえを終わらせると、普段お迎えのために家を出る時刻の一時間前だった。スパリカのパートが入らない平日は週に一、二日程度だ。溜まりがちな家事はこういう日に片づけるようにしている。今日は洗面台を磨こうと考えていたが、急に気持ちが切れた。希海は外出の支度をして自宅マンションを出た。

 すずがも幼稚園とは反対方向に自転車のハンドルを切り、やっているのかいないのかわからない、さびれた町工場が集まる地区を進んだ。畳屋の隣にある古い建物が希海の目的地だ。一見して平凡な二階建て住宅で、〈喫茶たまさか〉と書かれた看板が目に留まらなければ、ここが飲食店だとは誰も気づかないだろう。かつては車庫だったと思われるスペースに自転車をとめる。木製のドアをそっと開けると、からんころん、とベルが鳴った。

 希海がこの店を知ったのは偶然だった。長田の家が近所にあり、去年、遊びに行った帰りに前をとおったのだ。中は天井も内壁も取っ払われ、一歩入るとその広さに驚く。剥き出しのはりと、床に敷き詰められた、梁と同じ色合いの木材。テーブルや椅子も古道具らしく、傷が目立つ。ごま塩頭に顎髭を蓄えたマスターが「いらっしゃいませ」と会釈した。希海は窓際の席に座った。

 注文したブレンドコーヒーがやって来ると、まず肺いっぱいに息を吸い、香りを堪能した。それから一口啜る。酸味と苦みとコクのバランスが絶妙で、全身の筋肉が緩むほどにおいしい。なにより豆がフレッシュだと感じる。希海は中学時代にブラックコーヒーに目覚め、大学卒業後はコーヒー豆の焙煎や卸を手がける会社に就職した。同僚と全国の名店を巡っていた時期もあるが、喫茶たまさかのブレンドコーヒーは五本の指に入る好みの味で、初めて飲んだとき、希海はこの町に越してきてよかったとまで思った。

 背中合わせの客がコーヒーカップをソーサーに戻す音が聞こえる。風が吹き、窓ガラスをかすかに揺らした。喫茶たまさかはBGMにジャズを流しているが、音量が控えめで心地いい。ここで一服するのは、希海のほとんど唯一の贅沢だった。朝から自分が郁登を怒鳴りつける声と、郁登がこましゃっくれた口ぶりで反論する声が、耳から抜けていくのを感じる。希海はメニューを開き、自分の誕生日を祝うつもりでベイクドチーズケーキを頼んだ。

 一週間前にもケーキは食べた。夫の勇助ゆうすけが仕事帰りに四号サイズのホールケーキを買ってきてくれたのだ。四本のロウソクに火を点け、勇助と郁登が「ハッピーバースデートゥーユー」を歌い、希海が吹き消した。嬉しかった、本当に。だが、今年も勇助からのプレゼントはなく、自分が約束したこととはいえ、さみしさはしつこい染みのように心に残った。三年前、希海はこの先五年ぶんの誕生日プレゼントとして、子どもを乗せられる電動自転車を買ってもらった。必要性を訴えたのは希海だったが、今や勇助も当たり前のような顔で乗っている。そこをかんがみ、彼が誕生日に花の一輪でも買ってきてくれたなら、自分は今、チーズケーキを注文しなかっただろう。そう思った。

 午後一時四十分に店を出て、郁登のお迎えに向かった。今日は一段と冷え込み、希海は園の駐輪場で郁登に黄緑色の中綿ジャケットを着せた。彼の上着の中でももっとも厚手の一枚だ。そのあいだも郁登は、「今日も俺、一位だった。二十五枚、取ったんだよ」と百人一首のことを話している。高橋母娘がふいに近くをとおり、希海はばつの悪い思いで会釈した。先方がそれに応えるから、なお決まりが悪い。いっそ向こうがきつく当たってくれたらこちらも遠慮なく避けられるのに、と思うこともあった。

「ああ、早く大会の日にならないかなあ。一月なんて遠すぎるよ」

「いっくん、すごいねえ。歌もすぐに覚えちゃうって聞いたよ」

 ぞう組の保護者から話しかけられ、希海は「そんなそんな」と気持ちを切り替えて明るい声を出した。すずがも幼稚園では、毎年一月末に年長を対象とした百人一首大会が開催される。床に無造作に並んだ取り札を取り合うちらし取りという形式で、一グループ十二人で競うそうだ。札の勉強と練習を兼ね、十二月に入ってからは、ほぼ毎日クラスで小倉百人一首に触れているらしい。すでにすらすら平仮名を読める郁登はかなりの強さを誇っていた。

「だって俺、家でもやってるから」

 郁登は得意げに応えた。すずがも幼稚園は、地域でも異色の勉学に力を入れている園だ。田舎育ちの希海はのびのびしたところを選びたかったが、神奈川県出身の夫、勇助に「勉強だと思わないうちに勉強するのがいいんだよ」と力説され、郁登の入園を決めた。最近、小学一年生で覚える漢字や一桁の足し算の学習も始まり、自分が六歳のときには田んぼでおたまじゃくしを捕まえていた記憶しかない希海は戸惑いを覚えたが、郁登にはすずがも幼稚園が合っていたようだ。入園前に比べて格段に自信がついていた。

「家でもやってるの? すごいね」

「うちは一人っ子で親が付き合わないといけないから、大変なんだけどね」

 ママ友の中には小中高校のどこかで小倉百人一首を暗記したことのある人もいたが、希海はがっつり取り組んだ覚えがなかった。有名とされている歌の中でも三首くらいしかわからない。幼稚園で使用する歌は半分の五十首に限っているが、郁登が「全部でやってみたい」と言うので、家では百枚すべてを並べていた。動画共有サイトにアップされていた百人一首の読み上げ音声を使って対戦しても、希海はなかなか勝てずにいた。

「うちなんて、まだ全然覚えてないよ」

「〈あきのたの〉はわかるよ。一番の歌だもん」

 後部席でヘルメットをかぶっていた子どもが口を尖らせた。

「あなたは〈あきのたの〉しかわからないじゃない。今年のくじら組は強そうだなあ」

「くじら組の優勝に決まってるよ。らいおんにもぞうにも、俺より強い奴、いないから」

「はいはい、もうわかったから」

 希海は郁登をたしなめた。子どものできるできないは取り扱いの難しい話題だ。郁登は今でこそ得意なことが多いが、寝返りや歩き始めは平均より遅かった。希海も児童館で会った、すたすた歩く同月齢の子どもの母親に、「今からスポーツを習わせたら、オリンピックに出場できるかもね」と明るい声で言いながら、帰宅後には〈一歳 歩かない どうしたら〉と検索していた。

「ぞう組もがんばらなきゃね。じゃあ、またね」

 親子は先に自転車に乗って去っていった。

「郁登、あんまりああいうことは言わないほうがいいよ」

「ああいうことって?」

「自慢みたいなこと」

「自慢?」

「自分はこれができて、すごいんだぞーってこと」

「なんで? 先生もいっくんはすごいって言ってるよ」

 希海は鼻からふうっと息を吐き、おどけたようなしかめ面で郁登にヘルメットをかぶせた。自分に自信を持つのはいいことだ。それと人に自慢をするのはよくないことを矛盾せずに六歳児に説明するのは難しい。「クリーニング店に寄るね。パパのスーツを引き取らないと」と話を変えたとき、「あの」と声がして、背後から遠慮がちに肩を叩かれた。

「はい?」

「皆川郁登くんのママですか?」

「そうですけど……」

 知らない親子だった。母親のほうは希海よりずっと若く、もしかしたらまだ二十代かもしれない。目が大きく、虹彩の色が明るい。小柄で華奢で、希海は中学校で一番人気だった同窓生の女子を思い出した。自転車の後部席に乗った息子も母親似で、キッズモデルのようにかわいかった。

「すみません、立ち聞きのようなことをしてしまって。私、とうといいます。この子はありです。伊藤有馬。きりん組です」

「きりんってことは、年中さん?」

「はい」

 そう言われて有馬の制服を見ると、左胸についている名札の縁は今年の年中を表す緑色だった。

「突然すみません。私も今年の年長さんに、皆川郁登くんっていうすごい子がいるのは噂で聞いていたんです。かるたで圧勝してるって」

「圧勝なんてことは――」

「ねえ、ママ、圧勝ってなに?」

 自分が褒められている匂いを嗅ぎつけたのか、郁登は前のめりで訊いてきた。

「あとで教えてあげるから、ちょっと待ってて」

 用件はなんだろう。希海が目で尋ねると、伊藤は背筋を伸ばした。

「皆川さんは、かるた教室に興味はないですか?」

「かるた教室?」

「あまのはらかるた教室というところがわりと近くにあるんです。小学校低学年くらいまでの子どもを対象に、あま先生という方が百人一首とかるたを教えています。うちの有馬が二ヶ月前からそこに通ってるんですけど、今、未就学児の男の子が、この子しかいないんです。郁登くん、かるたが好きみたいですし、よかったら――」

「えっ、俺、行きたい。もっと百人一首がやりたい」

 郁登が騒いだ。

「そういうのはすぐには決められないから。パパにも相談しないと」

 希海は郁登と伊藤の両方に言い聞かせるように応えた。

「もちろんです。ネットであまのはらかるた教室と検索してもらえれば、教室のだいたいの場所とかレッスン時間とか、料金とかがわかると思います。無料体験もあるので、よかったら一回だけでも。天野先生は優しいので、体験してからやっぱり行きませんって断ってもらっても大丈夫です」

 言葉を重ねるほどに伊藤の顔は赤くなった。もともと大胆な性格ではなく、勇気を振り絞って話しかけてきたのかもしれない、と希海は推察した。

「わかりました。調べてみます。あまのはらかるた教室ですね」

「はい。かるた、すごくすごく楽しいですから、ぜひ」

 伊藤に頭を下げ、希海は自転車を押して駐輪場から出た。伊藤の熱い視線がいつまでも背中に刺さっているような気がした。

 

 おやつを食べているときもテレビを観ているときも夕飯をしやくしているときも入浴中も、郁登はことあるごとに「かるた教室に行きたい」と訴えた。希海は郁登を寝かせてリビングに戻ると豆をミルで挽き、コーヒーを淹れた。信頼している自家焙煎の店で豆を買い、ペーパードリップで淹れるのは、希海の長年の趣味だ。これを飲みながらテレビドラマの録画を観る日も多い。カフェインにはすっかり耐性ができて、夜に飲んでも眠れなくなることはなかった。

 マグカップを携えてソファに座り、今夜はテレビのリモコンではなく、スマートフォンを手に取った。検索欄に〈あまのはらかるた教室〉と入力する。「百人一首を教えています」という伊藤の話から、和歌の勉強がメインの、子ども向けの古典の塾かと思っていたが、違った。毎回、生徒同士で試合をするようだ。教室の場所が自宅のために詳しい住所は伏せられていたが、隣の駅から徒歩五分とある。このマンションからなら片道三十分程度で着けるだろう。

 希海が息を吐いたとき、勇助が仕事から帰ってきた。

「それ、いくらするの?」

 希海の話を聞いた勇助は夕飯のチンジャオロースを食べながら、若干警戒しているような目つきで尋ねた。

「レッスンはチケット制で、一回千円。毎週火曜と木曜の十七時から十九時までやってるんだって。その中の好きなときに行けばいいみたい」

「週に一回行ったとして、月謝で考えたら四、五千円か。そんなに高くないな。郁登が行きたいなら行けばいいんじゃない?」

 郁登は年少の一年間、スイミングクラブに通っていたが、月謝は一万円を超えていた。

「だよね。思ってたよりも安かった。じゃあ、とりあえず体験に申し込んでみるね。よかった。今日はかるた教室の話ばかりされてうるさかったの」

「俺としては、なんでかるた? って感じだけど。サッカーならよかったのに」

 勇助は中学校から高校までサッカー部に所属しており、今でもときどき当時の仲間とフットサルを楽しんでいた。

「郁登は今は運動が苦手ではないけど、頭を動かすほうが好きみたいだね」

「ことわざもよく知ってるしなあ。このあいだ、俺のところの内科医がインフルエンザで休んだ話をしたら、医者の不養生だねって言ったんだよ。職場で郁登の話をすると、みんな驚くよ。将来は医者じゃないかって言われる」

「まさか。注射がなにより嫌いなんだから、あの子に医者は無理だよ」

 勇助は総合病院の人事課で働いている。みっつ年上の勇助とは、希海が二十九歳のときに友だちの紹介で知り合った。手痛い失恋を経験し、抜け殻のようになっていた時期のことで、希海に友人以上の関係になるつもりはなかったが、勇助といるのは楽だった。勇助は希海が周囲の目を気にせず落ち込んでいても、苦言めいたことを口にしなかった。雑談の中で「俺は結婚しても奥さんには仕事を続けてほしいな」と言ったことも気に入り、結局は自分から交際を申し込んだ。勇助からプロポーズされたのは、その一年後だった。

「将来は弁護士か検事か、裁判官かな」

 勇助は平日の大半は郁登が寝たあとに帰ってくるが、子煩悩で、希海よりもストレートに息子を褒める。愛桜と二回揉めた話も共有してあるが、勇助に言わせれば、「先にけしかけてきた女の子が悪い」らしい。どんなに頭にきても、相手が悪くても、手を出さない子は出さない。そこに不安を覚えているのは自分だけのようだ。希海は郁登がもっと幼いころから、この子は人よりかんが強いのではないかと思っていた。希海が育児休暇明けの仕事復帰を諦めたのも、第一希望の保育園に入れなかったからだけでなく、予想をはるかに超えて、乳児期の郁登に手がかかったからだった。

 それでも、勇助の楽観的な性格に助けられているのもまた事実だった。そうかもしれない、と思うことで不安がガス抜きされる。希海はマグカップに残っていたぬるいコーヒーを飲み干した。

「パパは本当に親馬鹿ですねえ」

「親が親馬鹿なのは当たり前だよ」

 勇助は大口を開けて白いご飯を頬張った。

 

(つづく)