第二回会議の開催が決定し、モンガーズは再び招集された。
念の為、再度メンバーを紹介しておこう。
司会 美央子(渉外係/八方美人で頼りない) 略称・美
出席者
理央子(理性代表/現実的で論理好き)略称・理
夢央子(感性代表/少女趣味で夢見がち)略称・夢
動央子(生活担当その一/好奇心旺盛だが注意散漫)略称・動
怠央子(生活担当その二/怠惰で人見知り)略称・怠
冷央子(批評係/性悪の冷笑主義者)略称・冷
金央子(勘定場主査/せこい)略称・金
美 え~、みなさん。大丈夫ですか? 全員揃っていますね? はい、じゃあ始めます。本日はお日柄もよく、皆々様におかれましては変わらずご健勝で……。
冷 能書きはいらないからさっさと始めて。
美 す、すみません……。え~、ではさっそく本日のお題を発表いたします。今回のテーマは「繋がりを具体的に作っていく百日プランの作成」でございます。 みなさんご存知の通り、ここまで夢央子さんや動央子さんが基本計画作成に向けた下調べを実施、それらをもとに理央子さんが理論面を固めてくれました。あ、そういえば前回では功労者が理央子さんであることには触れていませんでしたね。大変失礼しました。
理 いえいえ、どういたしまして。
美 というわけで、今日はプランについて具体的に話を進めたいのですが……
と、なごやかに進行しようとしたその時だった。
「ちょっと待ちな……」
突然、地獄の底から響いてくるようなかそけき、だが妙にドスの利いた声がした。
「私抜きで話を進めようなんて、いい度胸してるじゃないの……」
声にシンクロして、脳内会議所の床が打ち震え、ムクムクと盛り上がったかと思うとまたたくまに人の形を取った。そして、それを中心点に溢れ出てくるどんより濁った空気。
ま、まさか、これは……。
「そうだよ、私だよ」
陰々滅々たる表情で登場したのは、悲観の悲央子だった。
モンガーズのうち、ネガティブにしてすべての不運を象徴する存在。いるだけで空気が淀む人格。絶対夜道で遭いたくない女。
それが悲央子だ。
こいつが出てくると、途端に私は森羅万象のすべてを拒否する引きこもり人間になる。物理精神ともに動けなくなるのだ。だから、今回の会議からは外していたというのに。
「悲央子に連絡したの、誰!」
私はブチギレて叫んだ。すると、冷央子が手を上げた。
「は~い! 私で~す」
「私もで~す」
もう一人挙手したのは怠央子だ。
他のメンバーたちが一斉に二人に注目する。その顔々すべてに「なんでそんな余計なことしたんだ!」と書いてあった。
悲央子が出てきてしまったらまともに進む話も進まなくなる。ゆえにこいつは蚊帳の外に置いておこうと暗黙の了解ができていたはずなのに、それなのに!
冷 え~、だってさあ、悲央子も一応とはいえモンガーズの一員なんだから参加する資格はあるし? ハブるのもどうかな、って。
理 嘘おっしゃい! あなたにそんな親切心があるとは思えません! どうせまた何かよからぬ思惑があるんでしょう!
冷 人聞き悪いなあ。
怠 でもまあその通りだけどね~。
冷 あ、怠央子、裏切るつもり?
怠 裏切るもなにもないよ。他のみんなに任せっぱなしにしてたら、話が急展開してめんどくさいことに巻き込まれるから、ここはいっちょ悲央子を召喚して話を凍らせようぜってゆったの、あんたじゃん。私もその通りだなあと思ったから協力したけど、別に悲央子のためじゃないってとこだけはちゃんと言っておかないと。
夢 怠央子は怠け者だけど、その分自分には正直ですからねえ……。
動 そこ、別に感心するとこじゃないから。
悲 冷央子の魂胆なんて別にどうでもいいわ。ただ、私を置いてけぼりってのは、ちょっといただけないねえ。
美 置いてけぼりってわけでは……。
悲 実際そうなってるじゃないか。今日も声がかからなかったのが何よりの証拠だろ? まあ、そうしたかった理由は想像がつくけどね。理・夢・動が考えたことを私がひっくり返して元の木阿弥になるのが嫌だったんだろ、美央子は。
美 ……。
悲 気持ちはわかるよお、美央子さん。なにか新しいことをしようとしたら私がいっつも邪魔するもんねえ。冷央子は茶化すか斜めな態度を取りたいだけだし、怠央子はたま~に「怠央子優先日」を作ってやれば大人しくなるけど、私は違うもんねえ。
動 そうね。その厭味ったらしい態度といい、陰気な顔といい、なんであんたみたいなのが私たちの中にいるのか不思議で仕方ないけどね。
悲 バタバタ動き回るしか脳がない単細胞はすっこんでな。
動 なんですってぇえええ?
美 お、落ち着いて。二人とも落ち着いてください。悲央子さんにはこれこの通り、謝ります。あなたの言う通り、悲央子さんが参加したら物事が停滞すると思い、声をかけませんでした。ごめんなさい。
悲 素直でよろしい。で、さっそくだけど、意見を言わせてもらう。あんたたちの予想通りだよ。私は「人と繋がる」なんて、やる気ないから。
美 まあ、そうおっしゃらず、まずはこれまでの経緯を説明しますので……。
悲 そんなもん知ってるよ。私も一応モンガーズなんだからちゃんと聞いてたよ。その上で言ってるんだ。うまくいくわけないだろ、今更繋がり云々求めて行動したって。
理 そう言い切る根拠は? 当然あるんでしょうね?
悲 ああ、あるね。なんだったらその理由をプレゼンしてやろうか? あん?
動 おうおう、やってみなよ。あんたにプレゼンなんてできる頭があるとは思えないけどさ。
夢 動央子さん、落ち着いて、ね? 確かに悲央子さんの言うことにも一理あります。話は聞かないと。美央子さん、よいでしょう?
美 はあ……。では、お願いします、悲央子さん。
そんなわけで、悲央子による「悲観主義者の主張」が始まった。演説全文の文字起こしをするとそれだけで一冊になってしまいそうなので、要約してお伝えしよう。
まず、私たちは本当に、心の底から人と繋がりたいと思っているのか。
否、だろう。
少し前に勇ましく「コンフォートゾーンから出るべきだ」などと曰っていたが、実際のところまったく、これっぽっちも、爪の先ほども出たくないはずだ。
考えてみるがいい。
確かに先々月と先月はよく動いた。金央子の眉間の皺がますます深くなるほど取材費も投じた。その結果、得たのはなんだ?
「動けばなんとかなるんじゃないか」
たったそれだけじゃないか。曖昧で、不確かな、方針ともいえないような方針だ。
これを元に具体的に計画を立てるってのが会議の目的なんだろうが、どうせ迷走するのは目に見えている。
だいたい、人間関係なんて、所詮はクソの役にも立たない。
他人と関わる時間があったら、その分自分のために使った方がよっぽど有意義だ。
思い出せよ。
人間なんぞ、ちょっと親しくなったところで信用できるのはごく一握りしかいない。
大抵の人間はカジュアルに人を裏切るし、嘘をつく。これは私の偏見でも、単なる被害妄想でもない。生まれてこの方五十年、一体何度嫌な思いをしてきた?
始まったのは小学生時代だよな。当時「親友」と呼んでいた奴は陰では私の悪口を言いふらし、中学ではいじめからかばってやった奴は私が入院している間に嘘八百撒き散らして居場所を横取りした。
大人になってからは、信頼していた上司に手柄を横取りされたよな。親切だと思っていた先輩には飲み会の帰りに車で送ってもらったら襲われかけただろ? 恋人にも何回も浮気されたよな。そんな下らない関係を維持するために、どれだけの時間とエネルギーを浪費してきたことか。
「でも、良い人間関係もあるじゃないか」って?
ああ、そうだ。確かに今残っている人間関係は上等だ。川で延々と砂金採りしてきたようなもんだからな。
でもな、ここに至るまでどれだけ苦労した?
どれだけ嫌な思いをしてきた?
いや、これまでは運が悪かっただけで人間は基本善良だと言う奴もいるだろう。
は! バカバカしい。そんなのは単なる幻想だ。
人間は本質的に自己中心的な生き物なんだよ。アプリオリに人は他者に対して悪意を持っている。自分の利益のために他人を利用することを厭わない。それが人間の本性だ。例を見たければ保育園でも行ってみな。生まれてたった二、三年しか経っていないようなガキですら、平気で他人をイジメたり、殴ったりするぜ?
そういえばちょっと前に「人間は社会的動物だ」なんてえらそうなことを言っていたよな。だから自分も社会的であれ、って?
勘弁してくれよ。
今は個人主義の時代だ。他人なんぞいなくても必要な情報は検索すればいいし、買い物はネットでできる。飯だって宅配で届く。クリックひとつで何でも手に入る時代に、面倒くさい人間関係を維持する必要なんてあるのか?
ない。
断言できる。
なあ、思い出せよ。私らは数年前から、極力他人と関わらない生活をしてきただろう?
コロナ禍でステイホームなんて話になった時、世の中の人間はやれ寂しいだの、やれ孤独が辛いだの泣き言を言っていたが、私らの生活はほとんど変わらなかったよな? そして、コロナ禍が終わった後も大して変化はない。もともとフルリモートワークではあるけれども、さらにそれに磨きがかかっただけだ。そしてその結果どうなった? 生産性があがっただろ?
仕事では取材こそ対面が復活したけど、打ち合わせなんかはメールやオンラインミーティングで済むことが増えた。これ、実に快適じゃないか。取材は対面じゃないとやりづらいところがあるから、出来るだけオンラインは避けてくれと頼んでいるけど、他は全部オンラインで済ませたいのが本音だろうが。
なあ、きょうだい。
こうして、極力ひとりの環境で生きていると、不思議なほど心が落ち着くよなあ。
社交辞令を言う必要もなければ、誰かの機嫌を取る必要もない。他人の評価を気にする必要もない。「元気?」と聞かれて、元気じゃないのに「元気です」と答える、あの虚しさからも解放されている。
世間では「孤独」を恐れるように教育されるが、孤独と孤立は違うってのは今まで散々主張してきたことだろう。でも、孤立を捨てると孤独も捨てなきゃならなくなるぞ?
私らは孤独な時間の中でこそ、自分自身を保つことができる人間だろうが。
だいたい、人間関係に依存しているタイプは他人の目を通してしか自分を見ることができない。
「あの人は私をどう思っているだろう」
「この行動は周囲にどう映るだろう」
そういう基準で生きている人間を見て、どう思ってたんだ?
バカバカしいって思ってきただろう?
クソくらえと思ってきただろう?
なのに、なぜ今更また「人との繋がり」なんて作らなきゃいけないんだよ。
結局のところ、人生は一人で始まり、一人で終わる。その間に他人と関わったところで、本質的には何も変わらない。
繰り返すぞ。
無駄な人間関係に時間を浪費するより、自分自身を大切にした方がよっぽど価値がある。
私にしてみればこれは悲観論じゃない。現実を直視した結論だ。
いいか、よく聞け。
現代社会において、人間関係に依存しないライフスタイルこそが、最も効率的で精神的に健全な生き方なのだ。
だから、私は拒否する。
老後のための繋がり構築なんてものは。
悲央子の大演説は終わった。
会議場は水を打ったように静まり返った。
そして、オーディエンス――つまりモンガーズのうち、理・夢・動、そして美央子は呆然としていた。
え、そこからなの??? まだそんなこと言ってるの??? と。
「あ、あの悲央子さん? あなた、これまでの経緯は知っていると言ってましたけど、本当に知ってます? 今あなたがツラツラ述べたことって、『でもそれではだめですよね』と合意してきたことじゃありません???」
半ば呆れ半ば諭すような口調で反論する美央子。
すると、ひとりが立ち上がった。
悲央子ではなく、冷央子だった。
「そう。もう解決したはずだったよね。でもさ、これまでの内容に納得してたのはモンガーズのうち理・夢・動・美、つまり半数だけだってこと」
冷央子はせせら笑うような表情を浮かべた。
「金央子は金の問題にしか興味がないからどっちにでも揺れるとして、怠央子はめんどくさいから動きたくないってのは爪の先も変わっていないし、私と悲央子に至ってはこれまでの内容に全然説得されてなかったんだよね。ごくろうさん」