私が通っていた高校の学祭は、1年生から3年生までの縦割りチームをくじ引きで決め、各種催しで点数を競い合い総合優勝を決めるという趣向で行われていた。中でも、10名弱のチームで出場するダンスコンテスト、略して「ダンコン」は例年異様な盛り上がりで、比較的クラスで目立つタイプの生徒が多く出場することもあり、まさに我が校の学祭における花形的イベントであった。

 1年生の時、特にやりたいことがなかった私は、流れのままにダンコンの衣装を作る係に配属された。ダンスチームのメンバーとも仲が良い、ファッションに一家言ありそうな子がリーダーを買って出てくれたので、それに従えばよかった。学祭準備期間が始まって早々、リーダーから「とりあえずこれ月曜までに全部縫ってほしい!」と、大量の布を渡された。裁縫が得意なわけではないが、やれと言われたらやり遂げる下っ端根性ありあまる私は、母親に手伝ってもらいながら夜遅くまでかけてその布を縫い上げた。週明け、眠い目を擦りながらリーダーに成果物を献上すると、「ごめん、やっぱり綺麗に仕上げたいからミシンでやることになった。これ全部解いておいて」と言われた。無情。

 私はこういう目に遭うことがやたら多い。小学校の出し物としてクラスの女子4人でSPEEDをやることになった時も、リーダーの子から「この曲、完璧に覚えてきてね」と言われ、私は当時SPEEDをあまり知らなかったが、『STEADY』という曲をこれまた母親に手伝ってもらいながら繰り返し聴き込み、歌詞を見なくても歌えるところまで完璧に仕上げて練習に臨んだ。しかし、「ほーちゃんはHITOE(ダンサー)ね!」と言われ、まったく歌わせてもらえなかった。無情。

 

 衣装係はもう懲り懲りだということになり、2年生では演劇の係になった。脚本や配役は3年生が中心となって決めるので、1年生と2年生は小道具を作ったり、脇役でちょっと出演したりするくらいで、去年よりずっと楽だった。演目は『タッチ』だった。正直、かなり薄い『タッチ』だった。つまみ食いのような脚本、不慣れな演技。しかし、これは例年どの演劇チームにも言えることで、学祭の花形という自覚を持ってがっつり練習し仕上げてくるダンコンと違い、まあこんなもんだろう的な雰囲気が蔓延しており、客席が大いに沸くような盛り上がりを見せることはほとんどなかった。

 全体がそんなレベルの中、案の定『タッチ』は優勝を逃した。3年生が仕切っていたので口出しできなかったが、本当は言いたいことがたくさんあった。私なら、もっと面白くできる。

 

 3年生になった私は、また演劇チームに入った。そして、リーダーに立候補した。自らリーダーに手を挙げるなんて、それまでの人生では有り得なかったことである。どうしても、自分の思うままに作ってみたかった。自分の思うままに作ったらどうなるのか、試してみたかった。ダンコンばかりが持て囃されるこの学祭に一石を投じたいという思いもあった。一晩かけて縫って解いた糸の記憶が、まだ導火線のようにチリチリと燃えていた。ダンコンを食うくらい面白いものを作ってみせる、と思った。

 

 去年の学祭が終わってから、一年かけて密かに作戦を練っていた。凄い脚本を用意できるわけもないし、頑張って練習したとて初心者の演技力には限界がある。それでも観客を食いつかせるには、とにかくわかりやすいもの、そして笑えるものにする必要があると考えた。リーダーになった数日後には、脚本を書いてチームに配っていた。題して、『白雪姫と5人の王子様』。白雪姫のパロディである。

 毒リンゴを食べて倒れた白雪姫の元に、個性豊かな5人の王子様が現れ、それぞれの特性を活かして白雪姫を目覚めさせようと奮闘する。インテリ王子はノートパソコンで計算し、筋肉王子はパンプアップした筋肉を見せつけ、ホスト王子はパラパラを踊り、オタク王子は少女アニメの魔法を唱える。それでも目覚めない白雪姫。最後に普通の王子様が登場し、愛のこもったキスで目を覚ます。めでたしめでたし。こうして改めて書くのがバカバカしいほどくだらない内容である。しかし、高校生の笑いのツボなど大した深さではない。勝機はあると思った。

 配役もうまくいった。インテリ王子は仲の良かった細身の眼鏡、筋肉王子は野球部を引退したばかりのマッチョ、ホスト王子はバンドをやっている人気者、オタク王子はおとなしい風貌だが麻雀が強いことで一目置かれている雀鬼にそれぞれ引き受けてもらうことができた。

 色モノはスムーズに決まったが、問題は白雪姫と普通の王子様である。王道すぎる役どころであるだけに、自分には不相応だと何人かに断られてしまった。

 私は最後の頼みの綱である「のん」に白雪姫をやってくれと頼み込んだ。

 のんとは高校2年生で同じクラスになり、出席番号が隣同士だったこともあり仲良くなった。私はミスチルが好きで、のんはラルクが好きだった。よく一緒にカラオケに行って、ミスチルとラルクどちらがよりカロリーを消費するか検証したりした。のんは同じバイト先だったhyde似(のんの主観)のクリーニング屋の息子にふられたのをずっと引きずっていた。お互いの恋愛で知らないことはなかった。のんはイラストが妙に上手くて、私が遠距離恋愛の末ふられた時には、元彼の顔をした人面鳥が空に飛び去る絵をプリントの裏に描いてくれた。吹き出しに「俺は飛び立つぜ! さらば!」と書いてあって、二人で転げながら笑った。

 

「絶対に無理! 私みたいのがお姫様の役なんてやったらどう思われるか! 恐ろしすぎる! 絶対ヤダ!」

 

 地団駄を踏みながら拒否していたのんであったが、私が普通の王子様をやるという条件で、最終的には渋々引き受けてくれた。

 

 のんは定期的に泣き言を言った。白雪姫の衣装である手作りのドレスと厚紙で作ったティアラを試着しながら、「はあ、こんなもの着て、絶対勘違い女だと思われる……」と嘆いていた。

 また、王子様が次々出てきて特技を披露する間、白雪姫は布をかけた長机の上にずっと横向きで寝ていることになるのだが、当時、のんは二重顎をやたら気にしており、「ほのちゃん、これじゃあ二重顎が丸見えだよ。この顎をずっと観客に晒し続けるなんて酷い話だよ。あんまりだよ」と、この世の終わりのような顔で訴えてきた。「そんなに見えないって」となだめたが、どうしても耐えられないと言うので、薄い紙で作った花をのんの顔の周りに大量に並べることで顎対策を講じた。「これでいけそう?」と聞いたら、のんは仰向けで花に囲まれながら、「うん、いけそう」と希望を見出していた。

 

 脚本・演出に加えて普通の王子様役をやることになったので大忙しだった。心の中では常時偉そうな私だが、実際に偉そうに仕切ることがこんなに大変だとは思わなかった。きっと衣装係のリーダーにも同じ苦労があったに違いない。

 練習ではとにかく、声を張ってもらうことに注力した。去年までの演技を見ていると、前方にしか声が届かず、物語がちゃんと伝わっていないことが多々あった。そこをクリアするだけでも、それなりに見られるものにはなると思った。あとはタイミングである。舞台に出てくるタイミング、台詞のタイミング、捌けるタイミング。テンポが悪いと笑えないので、間延びしないよう緩急をつけた。

 何度も集まる時間を設け、しつこく練習した。こいつは何をそんなに必死になっているんだ、と思う人もいたに違いない。今までの私なら、そういう不満を感じ取ってヘラヘラして終わっていただろう。しかし、なぜかわからないが、この時の私は引かなかった。面白いものを作るためなら嫌われてもいい。そういう覚悟があった。

 

 迎えた本番、王子様が一人出ていくたび、体育館が揺れた。どっかんどっかんウケた。

 本人のキャラも相まって、オタク王子は特にウケた。ちなみに、オタク王子のBGMとして適当にアイドルソングを選んだのだが、私がゲオでたまたま手に取ったそれは当時まだ一般的には全く認知されていなかったAKB48の『スカート、ひらり』であった。先見の明があると言わせてほしい。

 小人たちの長として、急遽、桜木花道みたいな体格のバスケ部の男子にとんがり帽を被せて出演してもらったのも功を奏した。とにかく、すべてがウケた。自分が作ったもので、目の前の大勢の人たちが爆笑していた。あんな快感は、後にも先にもない。

 私もどうにか台詞を飛ばすことなく普通の王子様をやり切り、舞台は幕を下ろした。のんも最後まで白雪姫をやり切ってくれた。とりあえず、顎について指摘する者はいなかった。

 

 全校生徒が集まり、学祭の結果発表が行われた。1位の発表で自分たちの名前が呼ばれると、大喜びで飛び上がる人混みの中で、私は堪えきれず涙を流した。

「ほのちゃんがこういうので泣くなんて、ほんとにほんとに嬉しかったんだね」

 のんにそう言われて、私は斜め上を見て少し笑いながら、「まあね」とだけ返した。

 

 

 数年前、マッチングアプリに登録したのんは、歯の綺麗な人がタイプなのに奥歯の神経が死んでいる人と会ってしまったり、インドアなのにアウトドア趣味の人からキャンプに誘われ手作りのカヤックに乗せられたりしたが、最終的には彼女の面白さがわかる素敵な人と巡り会い、結婚した。当然、hyde似のクリーニング屋の息子への未練はもうない。

 

 のんの結婚式で、私は人生で初めて友人代表のスピーチをした。新郎側の友人がメモも見ずに話して笑いをとっていたので、それに触発され、私もメモを放棄してのんとの思い出を思いつくままに語った。結果、ややスベりであった。やはり、爆笑を勝ち取るためには一年くらい準備して脚本を練る必要がある。

 

「綾小路きみまろの凄さを思い知ったよ」

 

 私が少し落ち込みながら反省を口にすると、のんは言った。

 

「きみまろだって、最初からきみまろだったわけじゃないさ」

 

 手作りの衣装と厚紙のティアラなんかじゃない、真っ白なウェディングドレスを着たのんは、本物のお姫様のようにそれはそれは綺麗だった。

 

(つづく)