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「それじゃ、行くぞ」
それまでと違う力強さを感じる声で言う浦島に武本は頷き、後に続いて取調室に入っる。
自首後の石原進の取調べを浦島と武本の二人が担当した。当初、自ら罪を認めて告白していたこともあり、取調べにはさほどの日数は要さないだろうと思われていた。石原進の供述から西田佳須美が逮捕され、浦島と武本の二人は西田佳須美の取調べに回された。
取調べを進めて行く中で、未成年の西田佳須美が殺人に至った要因は、石原進にあるというのが、浦島と武本の共通の意見となった。
通常、同じ刑事が一人の被疑者の取調べを継続して行うことになっている。だが、西田佳須美が石原進に騙されて、あるいはある種の洗脳をされて殺人に至った疑惑がある以上、両者の取調べを自分たちがするべきではないかと、浦島は武本に相談した。
石原進の供述内容はもちろん、供述中の表情や様子を伝えることで、頑なに悪いのは自分だと言い張り、石原進を守ろうとする西田佳須美を揺さぶることが出来るかもしれないということだろう。武本が同意し、富沢係長に提案した結果、小津管理官から許可が出た。
その結果、変則的ではあるが、浦島と武本は午前中は戸塚署で石原進、午後は東京湾岸警察署で西田佳須美の取調べを行うことになった。
グレーのスウェットの上下姿の石原進は、すでに椅子に座っていた。メンズコンセプトカフェの客の一人からの差し入れのスウェットは、胸にCDと刺繍の入ったブランド物で、量販店の物よりも明らかに高級そうだ。
自首したその日に行った初回の取調べと較べると、石原進は明らかに憔悴していた。留置場生活も六日目だ。分刻みのスケジュールで、複数の被疑者と寝食を共にし、自由はない日々が続いているのだから当然だとは思う。だが、ただ日が嵩んだせいだけではない。
昨日の取調べには宇佐見が参加した。西田佳須美のときと同じく、石原進の確定申告書を広げ、脱税を発見したので税務署に通達したこと、税務署が所得税法違反で刑事告発したので再逮捕となったことを告げた。さらに勾留がここから最長で二十日延長となったこと、裁判ののち刑罰は十年以下の懲役、もしくは一千万円以下の罰金、又はこれらの併科になると淡々と伝えると、西田佳須美のときと同じく、すぐさま退出した。残された石原は、声を上げることもなく、ただ呆然としていた。
罪状は遺体遺棄のみで自首したのだから、運が良ければ保釈される可能性は高いと思っていたのだろう。だが脱税で再逮捕となった。保釈はとうぜん認められない。勾留が延びたことは石原に明らかにダメージを与えたに違いない。
着席した浦島が、「二月二十五日午前九時三分、取調べを開始します」と宣言すると、石原進が「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
石原進は一貫して礼儀正しく、取調べには協力的だ。浦島は、西田佳須美に売春するように仕向けたのではないかと、言い方を変えて何度も訊ねた。石原進はそれに、「会いたいからお店に来て欲しいとか、今月はチェキをもっと伸ばしたいとかは言っていました。どちらもお金は掛かります。乱暴に言えば、お金を持ってきてくれと言ったのも同然です。でも、これは法で許されている範囲のセールストークです。結果としてこんなことになってしまったことには、申し訳ないと思っています。ですが、直接、売春しろと言ったことも、客を斡旋したこともありません」と答えた。
「これまで、桃子こと西田佳須美に売春を斡旋したことはない。間違いないか?」
「はい。一度もありません。瑛大さんが斡旋していたのは気づいてはいましたが、僕はしていません」
真摯な態度で石原進は答える。これまでと内容は一貫して変わらない。
「山上瑛大に、西田佳須美を海外で人身売買しようと持ちかけたか?」
石原進は何も答えなかった。
「ルックスは下の中だから、大して稼ぎにならないし、何よりあいつ、面倒臭いんだよ。機嫌取るのも、もううんざりだ」
浦島は感情をこめずに淡々と言う。
石原進の表情から、それまでのどこか反省を感じられる切実さが溶けるように消え失せていく。
「売ればまとまった金になるし、厄介払いも出来るから一石二鳥だ。今、ツテにあたっている。――と、言ったか?」
無表情になった石原が、わずかに目を逸らした。だがすぐに視線を浦島に戻したその時には、表情は悲しげなものに変わっていた。
「瑛大さんがそう言ったんですか?」
裏切られてショックを受けたように、その声は小さい。
「一月二十日、午後三時三十六分に、新宿区歌舞伎町二丁目の路上を歩きながら山上瑛大にそう言ったよな?」
質問を無視した浦島が、今度は会話の日時と状況を付け加えて訊ねる。石原進の表情が初めて強張った。
「二月十日、午後一時二十三分、新宿区歌舞伎町一丁目の路上を歩きながら、『話が決まった。パスポートがいる。明日、実家に取りに行かせよう。ついていって見張ってよ』。そう言ったよな? 山上瑛大は録音していたんだよ」
石原が目を閉じて俯いた。ふぅと大きく息を吐いてから顔を上げる。
「思ってたより馬鹿じゃなかったんだ」
チッと舌打ちして、「――シクった」と、それまで見せたことのない憎々しげな目で浦島を睨みつけて、悔しそうに言った。
(つづく)