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 地下一階の店内に足を踏み入れて、武本の目が一瞬くらんだ。店内は白と銀の二色で統一されていて、店内の白い壁には何枚も額縁が装飾された鏡が貼られていて、不自然なほどに明るかったからだ。目を細めて店内を見回す。入り口横にレジ。接客エリアはL字型のカウンターを挟んでスツールが十二脚。壁の鏡の前には白や赤の豪華な布や革張りのソファが、それぞれ置いてある。
 カウンターの中には六人のキャストがいて、スツールにはすでに八人の客がいた。店にそぐわないスーツ姿の浦島と武本に、異物を見るような者もいれば、何かを察したのか、警戒した視線を寄越す者もいる。
「ようこそ、国王陛下。二名様でいらっしゃいますか?」
 カウンター内の入り口近くに立っていた、白と銀の燕尾服に身を包んだキャストが、笑みを浮かべて声をかけてきた。
 耳慣れない呼び方に戸惑う浦島をよそに、武本はスーツから警察バッヂを取り出して開いて見せる。
「話を伺いたいので、ご協力いただけないでしょうか?」
 一瞬で真面目な顔に戻ったキャストが、他のキャストとこそこそ話してから「店長と連絡を取りたいので、待ってもらってもいいですか?」と、訊いてきた。了承して待っている間に、客の一人が赤いソファに移動した。カウンターからキャストが二人出てきて、一人が女性に「ご要望は?」と訊ねる。
「ここに座って、頭を抱きかかえて、ここにキスして」
 二十代にはなっているであろう客が、右のこめかみを指して言う。キャストはソファのアームに腰かけて、言われた通りにする。迷いのない動作から、慣れているのだと武本は察する。正面に立つもう一人のキャストがチェキを構えて「撮りまーす。三、二、一」と、カウントダウンしてから撮影した。
「どう? どう?」
 フィルムが本体から出終わる前に客がキャストに訊ねる。
「せっかちですね、まゆ姫は。九十秒はお待ちいただかないと」
「えー、だってぇ。早く見たいんだもん。――あ、出てきた! 今回は良い感じじゃない?」
 フィルムに浮かび上がってきた画像を食い入るように見ている客が、「やだっ! アタシ、すっごいブス顔してる!」と、悲鳴を上げた。
「僕はそうは思わないけれど、お気に召さない?」
「こんなの絶対ダメ。もう一枚!」
「ポーズは?」
「同じで」
 さきほどと同じことが繰り返される。チェキの枚数が嵩んでいく実状を武本は目の当たりにしていた。
「お待たせしました。店長がお話を伺うそうです。申し訳ないのですが、こちらにいらしていただけないでしょうか?」
 カウンターの奥のバックヤードに通じているであろう白いスイングドアに案内され、浦島と武本の二人は客たちの視線を浴びながら、そちらに向かった。
 先導するキャストが調理室の横に並ぶ二つのドアの左側をノックして「店長、警察の方です」と声をかける。すぐさま「どうぞ」と中から声が返ってきた。
 ドアを開けると、タブレットや事務用品が置かれたデスクの向こうで、黒いセットアップの上下に白いTシャツ姿の三十代に見える男が立って待っていた。
「店長の岩井大介です。何でしょうか?」
 緊張しているのか、岩井の表情は硬い。
「警視庁の浦島と武本です」
 警察バッヂを見せながら浦島は二人まとめて名乗ってから、「二月五日に新宿区内で起こった殺人事件の捜査にご協力いただけないでしょうか?」と、続けた。
 殺人事件と聞いて岩井は顔を引きつらせた。どうやら岩井の耳には、警察が聞き込みに回っているという情報はまだ入っていなかったらしい。口ごもりながら岩井が、「もちろんです。何でしょうか?」と応える。
「静岡県出身の従業員はいますか?」
「静岡――、ちょっと待ってください」
 言いながら椅子に腰かけてタブレットを操作し始める。少しして、「いますね、二人」と答えた。これまでの店でも静岡出身のキャストはいた。だが、山上と同じ高校の出身者はいなかった。
「静岡県立池田高校出身者はいますか?」
 今度こそという思いからだろう、食い気味に浦島が訊ねる。タブレットの画面を見ていた岩井が目を上げて「います」と答えた。
「氏名は?」
 身を乗り出した浦島に訊ねられて、岩井はタブレットを持って後ずさる。
「あの、ちょっと待って下さい。もしかして、犯人なんですか?」
 店長の立場からしたら、従業員が殺人事件の容疑者となったら、今後の店の評判にも関わるだけにたまったものではないだろう。
「容疑者と交流がある人物と目されているので、話を聞きたいだけです」
 浦島の説明を聞いても、それが真実とは思えないのか、岩井の顔はまだ引きつっていた。タブレットを抱えたまま、何も応えない。
 山下につながる男の情報が目の前にある。それを逃すわけにはない。
「その方の氏名と連絡先、今日、出勤されるかもお教えいただけませんか?」
 武本が訊ねると、岩井がごくりと唾を飲み込んでから「石原進です」と言って、タブレットを差し出した。
 浦島と武本の二人でタブレットを覗き込む。店独自の履歴書らしきフォームに、石原進の顔と全身の写真と、プロフィールが書き込まれている。
「このデータをいただけませんか?」
「送り先をいただければ」
 デジタル化に伴い、警察は令和四年十月一日から一一〇番映像通報システムの運用を開始した。このシステムにより警察官が現場に到着する前に視覚的に現場の状況把握が可能になるため、事件や事故のより的確な対応につながると考えられている。一一〇番通報を受けた際、通信指令センター員が映像を取得する必要性があると判断した場合、通信料は通報者の負担であること等の説明をし、同意を得てから通報者のスマートフォン等にSMS――ショート・メッセージ・サービスで、専用URLを送信する。通報者はそのURLから、ガイダンスに従って映像や動画を送信する。なお、提供された映像や動画は、原則として取得した日の翌日から起算して七日間経過後に自動消去されることとなっている。

 岩井の携帯電話番号を聞いた武本が、ショートメッセージでURLを送る。確認した岩井がURLをタップして、ガイダンスに従ってデータの送信作業を始める。その間に画面の写真をPフォンで撮って捜査本部に転送した浦島が「それで今日、石原さんは」と、岩井に訊ねる。
「今日は出勤の予定だったんですけれど、少し前に急用で今日は休みたいって連絡が入って」
 浦島と武本の視線が絡む。
「連絡先にかける」
「本部に連絡します」
 二人の声が重なった。

 

(つづく)