13(承前)
「これで半分」
雑居ビルの狭いエレベーターのドアが閉まってから浦島が吐き出した。
浦島と武本の担当するメンズコンセプトカフェ二十店舗の半分の聞き込みを終えたが、山上と同じ中学高校出身のキャストは見つかっていない。
「他も今のところ空振りのようだな」
二係の田淵と平井だけでなく、捜査本部から所轄の刑事も動員されて、同じくメンズコンセプトカフェの聞き込みをしている。当該人物が見つかったら連絡が入ることになっているが、未だに音沙汰なしだ。
「七時六分、聞き込みを始めて二時間か」
腕時計で時刻を確認した浦島がなおも続ける。
「この手の店は横のつながりがあるから、こっちが人捜しをしているって情報は一斉に回っているはずだ。それで高飛びされる可能性はある。急がないとな」
焦る気持ちからか、早く一階になれとばかりに浦島はエレベーターの表示灯を睨みつけている。
武本の心情も浦島と同じだった。
二月五日の事件発生から今日までの二週間、捜査の進展はあったと言えるほどのものはなかった。その一番の理由は、被害者がいまだに誰なのか特定できていないからだ。唯一の着衣は量販店の黒いトランクスのみ、特徴的な医療痕、歯の治療痕ともにない。身元の特定につながる物が何もないことから、二月八日に捜査本部は被害者の似顔絵の公開に踏み切った。それによって捜査本部にかなりの情報が寄せられてはいるが、まだ個人の特定には至れていない。
殺人事件の場合、一般的に被害者の人間関係に捜査の重きが置かれる。動機が重要視されるからだ。だが今回は被害者が未特定だ。そうなると、現場周辺の防犯カメラから犯行可能な人物を見つけ出し、その中から犯人を絞り込んでいくしかない。そして本日、ようやく容疑者と思しき人物が特定され、その聞き込みに回っている。ここでしくじるわけにはいかない。
「次は一つ先の角を曲がって四つ目のビルの地下一階で、店名はクリスタルプリンスです」
次に行く店の場所を確認して武本が伝える。メンズコンセプトカフェの開店時間は午後五時以降、各店舗まちまちだった。クリスタルプリンスは午後七時開店なので、ちょうど営業を開始したところだ。
「銀色の王子様みたいな服装の店ってところだろうな。いや、思い込みは禁物だ。二軒前は店名から学生服だと想像していたけれど、違ったしな」
二年Z組というその店のコンセプトは魔法学校で、学生服姿の店員もいたが、ウサギの耳のカチューシャや、爬虫類らしきしっぽを付けた店員もいた。
「これも一つの文化なんだろうが、どうにも俺にはよくわからないよ。あのキャラクター化した状態の店員がいいから、客は金を使っている。それも人によっては決して安くはない額を」
「下は二~三千円からで、上はかなり高額のようですね」
「ニュースで存在は知っていたが、全容はまったく知らなかった。知ってたか?」
浦島に問われて、武本は「いいえ」と答えた。
メンズコンセプトカフェについて、武本はほとんど何も知らなかった。なので聞き込みに回る前に自分なりに調べようとした。インターネットで検索しても店舗の紹介しか出てこず途方に暮れていたところに、個人のスマートフォンに着信があった。
武本に電話をかけてくる人は限られている。工務店を営む高齢の父親に何かあったのかと思ったら、表示されていたのは潮崎哲夫だった。
無視しようと思った。だが今まで潮崎が電話をかけてきたことはない。しかも今、自分が捜査本部で捜査に当たっているのを知っているのに連絡してきた。ならば何か特別な理由があるのかもしれないと思い、電話に出ることにした。
「お疲れ様でーす。先輩が新宿のメンコンに聞き込みに回ると伺いまして。あっ、これは正規のルートの情報ですのでご心配なく。小津管理官から直々に、店の洗い出しをして欲しいとご依頼いただいたんです。ここは腕の見せ所だと頑張りました。検索サイトで新宿エリアの検索結果に、保健所の食品衛生許可と新宿税務署で開業届と新宿警察署で酒類提供飲食営業開始届出書をクロスマッチさせてリストを作成しました」
捜査方針と分担が決まるまで一時間を要さなかった。通常、店のリストアップは時間がかかるが、今回はずいぶんと早かったなとは思っていた。小津管理官は潮崎がこの手のカルチャーに詳しいと見込んで依頼したのだろう。その予想は的中し、異例の速さで聞き込みを開始することとなった。
潮崎は決して悪い人間ではない。だが扱いが難しいのは周知の事実だ。その潮崎を小津管理官はあえて関わらせた。小津管理官の適材を見抜いた慧眼と、事件の早期解決のためならば、使えるものは何でも使う決断力に武本は感服する。
「ただ、これだと無許可営業の店はひっかからないんですよ。なので、SNS上でメンコンのお客の女性たちを捜し出して、その投稿からリストにはない店名があるか探ってみましたが、さすがにこれは短時間では無理です。そこでまずは届けが出ている店のリストを提出しました。無許可店は見つけ次第追ってご連絡差し上げますのでよろしくお願いします。それでですね、先輩はこの手の店の情報をあまりお持ちでないんじゃないかなーと思いまして。老婆心ながら、簡略に情報をまとめたメールを送信させていただきます。必要なければ、スルーして捨てちゃってください。それでは!」
潮崎は一気に言って、一方的に通話を切った。直後、メールの着信音が鳴った。確認すると潮崎からのメールが届いていた。
開くと、メンズコンセプトカフェとはに始まり、料金システムなどが箇条書きでまとめられていた。
『メンズコンセプトカフェ。通称メンコンは男性キャストが接客する特定のテーマ――コンセプトを取り入れたカフェ。店ごとに独自の世界観(執事・学校・アイドル等)がある。客とはカウンター越しの接客なので風俗営業法の「接待」にはならないので、ホストクラブと違って十八歳未満も入店可能。
・料金システムはチャージ料が一セット六十分で千円から二千円とリーズナブルな価格設定でドリンクは一杯五百円から千円、フードも五百円~千五百円くらいなので、三千円前後から利用できる。延長料金は一時間千五百円~二千円。
・メンコンは営業行為が禁止されているので、連絡先を交換できない場合が多い。なのでホストクラブと違い、キャストと密な関係になることは困難。
・キャストとの交流方法は推し制度。キャストとチェキ(写真)を撮影、キャスト専用のグッズやドリンクの購入、キャストの生誕祭やキャストに歌を歌ってもらうオプション等。
・価格は男性キャストドリンク千円~三千円。シャンパン三千円~数十万円。チェキ五百円~千五百円、ガチャ五百円~。その他ゲーム・ダーツ・カラオケ千円~(使用代金をポイント制にし、キャストとの密な交流をポイント特典にしている店も有る)。
・現在、所属タレントの受け皿として芸能事務所も経営に参入』
潮崎のまとめのお蔭でメンズコンセプトカフェについてのおおよそのことは理解できたつもりだった。だが実際に聞き込みで店を回って、やはり百聞は一見に如かずだと思い知った。
開店直後の店内にはすでに女性客がいて、中には未成年らしき者も多くいた。執事がコンセプトの店では武本たちの来訪に気づいていない客の一人が、「ショウのバースディボトル、五本いっちゃいま~す」と、高らかにオーダーしていた。
オーダーを受けたキャストがカウンターの中で「ゆみこお嬢様、多大なるお心遣い痛み入ります」と深々と頭を下げながら言うと、奥から運ばれてきたガラスのボトルを客の前のカウンターに並べていく。ボトルにはそのキャストの顔写真のラベルが貼り付けられていた。
潮崎のまとめではシャンパンが一本三千円からとなっていたが、あのボトルがそんな価格でないのは武本にも察しがついた。
(つづく)