【第五夜】ワンピースと犬
中上さん(二十代・男性)はある日、夜勤のバイトを終え、家に向かって自転車を漕いでいた。
道が二キロほどまっすぐ続く住宅街。早朝なので人通りはほとんどなかったが、ふと、三十メートル先に白いワンピースを着た女性が見えた。中上さんに背中を向けて歩いており、左肩越しに犬の顔がのぞいていた。両腕を曲げていることから、犬を抱えて歩いているらしいとわかった。

(犬の散歩か? でも、なんで抱えて?)
不思議に思いながら自転車を漕ぎ進めていく。
すぐに違和感が中上さんを襲った。
女性との距離が縮まらない。
彼女は走っているわけでもなく、しずしずと歩いている。こちらは自転車で、早く帰りたくて全速力で漕いでいるので、すぐに追いつくはずだ。なのに、初めて認識したのと同じ、三十メートル先をずっと女性は歩いている。
(なんだ? なんだ、あの女は?)
中上さんは背筋が寒くなった。だが自転車を漕ぐのをやめる気にはなれなかった。
すると不意に、女性の抱えている犬がもがきだした。女性の腕を抜け、地面に降りて、すぐ右わきの路地に入っていく。女性も犬を追いかけて路地へ消えた。
自転車なので当然、その路地にはすぐにたどり着いた。路地を覗いたが、犬の姿も女性の姿もなかった。
止まることなくその場を素通りしたが、家に帰るまで寒気は収まらなかった。
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