【第九夜】ブランコと道祖神
これは、僕(青柳碧人)の近所に住む春木さんという四十代の男性から聞いた話。僕もよく知っている公園で起こったことなので、場所がバレないように書く。

春木さんは夜間に仕事をしている人なので、平日は昼に起き、夕方までは自由な時間をすごしている。コロナ禍で仕事もままならなかった期間に陶芸をはじめ、外出がそこまで規制されなくなってからは平日の昼間からやっている陶芸教室に通うようになった。
二〇二三年一月のこと、いつものように陶芸に向かおうとその公園を横切った。時刻は午後一時。小学校の授業すらまだ終わっていないので、公園には誰もいない。
ところが、ブランコが揺れている。何かの拍子で揺れているという感じではなく、大きく前後に揺れているのだ。
奇妙なのはそれだけではない。ブランコは四つある。左から順に一号機、二号機……とすると、一・三号機が同じ揺れ、二・四号機が同じ揺れで、互い違いに動いている。まるで四つすべてに人が乗り、意図的にそう漕いでいるかのようだった。
珍しい現象なので春木さんは動画を撮ることにした。ポケットからスマートフォンを出そうとしたとき、ブランコに近い左手がしびれはじめた。
(こりゃまずいな……)
子どもが「遊ンデ」と縋ってきたのだと思った。
春木さんは慌てて左手で空を払い、動画をあきらめて公園をあとにした。
陶芸教室の先生にそのことを話すと、
「ああ……」
と先生は自らのスマートフォンを出し、ある画像を見せてきた。地蔵のような石像が、肩のあたりからスパッと鋭利な刃物で切り取られていた。
「この近くにある道祖神なんですよ。つい最近、誰かにいたずらされたみたいですね」
先生によれば、道祖神とは地域に結界を張る役目も担っており、それが壊されてしまったのでよくない現象が起こっているのだろうということだった。ブランコの現象とこれが関係あるのかどうか、春木さんにはいまいち理解できなかったが、とにかく気味が悪かった。
翌日も、春木さんはほぼ同じ時刻にこの公園を通った。この日はとても風が強かったが、ブランコはまったく動いていなかった。前日の現象が風のせいではないことだけは確信できる──と、僕に語った。
このブランコは、僕の娘が二歳のとき、初めて一人でお座りできたブランコである。
「踏切と少女 怪談青柳屋敷・別館」は全10回で連日公開予定
【お知らせ】
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