【第一夜】踏切と少女
霊感のある楠木さん(男性)は若い頃、古い木造アパートに一人暮らしをしていた。洗濯機を持っておらず、日頃コインランドリーを利用していた。頻繁に利用していたのは、アパートから少し歩き、踏切を渡ってすぐのコインランドリーだった。
ある夏の日の午後五時頃、いつものようにそこで洗濯ものと洗剤をランドリーに放り込み、お金を入れた。洗いあがるまで四、五十分。アパートに戻って本でも読もうと思い、建物を出ると、ちょうど遮断機が閉まっていた。
電車が通り過ぎるのを待ちながら、ふと左を見てぎょっとした。

六十歳くらいのおばさんと、五、六歳の少女が立っている。女性は遮断機のほうを無言でじっと見ているが、少女はおばさんの手首を、ぐっと爪を立てるようにして握り、楠木さんの顔を睨みつけているのだった。それが、子どもの表情とは思えないほどの邪悪さに満ちた、楠木さんを呪っているかのような顔だった。
年齢からして、祖母と孫だろう。他人をこんな顔で睨みつけさせるなんて、孫にどんな教育をしているんだ……と腹が立ったが、見ないふりをして遮断機の向こうに視線を戻した。
遮断機が開き、線路を渡り切ったところで、ふと気になって二人のほうに視線をやった。すると、おばさんはちょうど踏切の真ん中で立ち止まり、少女につかまれている左手を必死に振っている。少女を振り払おうとしているのだった。
(なんだ、なんだ……?)
異様な光景に戦慄を覚えていると、ついにおばさんは少女を振り切り、走って逃げていった。少女はくるりと楠木さんのほうを振り返ると、さっきよりもいっそう恐ろしい形相で左手を伸ばしてきた。楠木さんの手首にしがみつこうとしているのは明らかだった。
(この子、この世のモノじゃない!)
楠木さんは必死になって彼女の手を振り払い、自宅とは反対の方向に走った。振り返ると、少女は踏切の前に立ち尽くし、やはり恐ろしい顔で楠木さんを見送っていた。
楠木さんは踏切の見えないコンビニまで走り、気を紛らわせるために雑誌を開いた。しばらく震えが止まらず、雑誌の内容など何も頭に入らなかったが、ある瞬間、ふと確信したという。
(ああ、俺、今の体験はきっと、二度としないんだろうな)
なぜ確信したのかわからないが、驚くぐらいに冷静になった楠木さんは雑誌を戻し、踏切に戻った。少女の姿はなく、洗濯ものを引き上げてアパートに帰った。
あとになって知ったことだが、そのコインランドリーのあたりにはかつて幼稚園があったそうだ。
「ひょっとしたら何か悲しい事故があったのかもしれないですね、でも私はあの体験はもう二度としないと思いますよ」
楠木さんはそう、話を締めくくった。
「踏切と少女 怪談青柳屋敷・別館」は全10回で連日公開予定