ヨドバシのおもちゃ売り場で泣いている原色だったころのわたしたち


上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)収録

 

 純粋な好きってなんだろうな、と考える。SNSが普及してから、「好き」という気持ちがどんどんわからなくなってきている。最初はただ好きだったはずなのに、SNS映えするアピールのために言ってるんじゃないか、仕事に繫がる可能性があるから好きってことにしてるんじゃないか……という疑念が止まず、自分の「好き」に自信が持てないことがある。たとえば私は短歌が好きだけど、電波の届かない無人島にひとりぼっちで流されたとして、それでも短歌をつくるだろうか。いや、つくらないかもしれない。もしかして私、純粋に好きなものなんてないんだろうかと考えて、一つ思い当たったものがある。料理だ。

 

 小学生の頃、私はクックパッド(料理レシピ投稿サイト)のヘビーユーザーだった。最初に知ったのは小三くらいだったと思う。昼休みによくパソコン室で遊んでいたのだが、学校のパソコンには子ども向けのフィルタリング機能がきつくかかっており、閲覧できるサイトがかなり限られている。そこで暇を潰すためにYahoo!きっずのトップページから飛べるサイトを片っ端からクリックし始めた。その中で一番興味を唆られたのがクックパッドだ。そこから自分でも料理を作ってみるのに時間はかからなかった。

 

 親が共働きだったので、夜になるまでの間、キッチンは毎日空いている。小学生の私は一人でキッチンに立ち、作れそうなものから作っていった。クックパッドは一般のユーザーがそれぞれ好き勝手にレシピを投稿するサイトなので、人によって説明の詳しさが全然違う。レシピ工程で「野菜はこのくらいの大きさです☆彡 でもしっかり煮るのでテキト〜で大丈夫!^^」みたいなノリの人もいれば、「玉ねぎはくし切り、人参はいちょう切り」とだけ書いている人もいる。パソコンでくし切りやいちょう切りが何なのか調べ、基礎動作を一つひとつ覚え、同時に「テキト〜で大丈夫!^^」な料理のパターンも覚えた。野菜の切り方も、肉に下味をつけるやり方も、魚を霜降りにして臭みを取るやり方も、全部インターネットで学び、見よう見まねで実践した。

 幼少期から工作をしたり粘土をこねたり何かを作る作業が好きだった。でも料理は作る過程を楽しめる上に食べられるという報酬まで約束されているし、親が買い置きしている材料でやっているのでお金はかからないし、家族にも褒められるし、どうせ作るならこっちの方が断然お得だな〜と感じた。小五くらいになると、野菜の切り方や基本的な味付けはほぼマスターした。毎日毎日つくれぽ(ユーザーがレシピを参考に作ってみたレビュー)の数を見て人気レシピをチェックして作り、それを家族に褒めてもらうことが生きがいのようになっていた。クックパッド内では、レシピを上げるともれなくつくれぽが殺到するような人気投稿主もいて、このまま結婚して専業主婦にでもなろうものなら、私はつくれぽ数を得ること以外に生きがいがない人生になってしまうだろう……と本気で危惧し、小五にして専業主婦には絶対にならないぞという気持ちを強くした。現在専業主婦にはなっていないが、短歌や文章を書くことで、SNSのいいね・コメント数やAmazonレビュー数を得ることが生きがいの人生になっているので、正直同じようなものである。

 小学生の私にとって料理は最高の娯楽だった。特に自分のお小遣いを減らさずに楽しめるという点が何よりも重要なポイントだったので、何が何でも買い出しに行かず、家にあるものだけで料理をすることにこだわった。今考えれば、親に頼めば材料費くらいもらえただろうとは思うが、限られた材料を組み合わせて検索窓に打ち込み、インターネットの海からこれだというレシピを探し出して、なんとか献立を成立させることが、パズルのようなゲーム性があって楽しかったのだ。特に、賞味期限間近の材料を効率よく全部使える献立を組めたときは、脳から変な汁が出るほど気持ちいい。

 母から料理を教わった記憶は一度もないので、私の料理に「おふくろの味」は存在しない。だから私にとってのおふくろは長年クックパッドだったが、時代とともにインターネットが発達して、SNSで料理家の方々をフォローするようになって、私の「おふくろ」がどんどん増えた。高校生ごろからは、意外な組み合わせで味の予想がつかないレシピや、食べたことない食材のレシピに心惹かれるようになって、好奇心のままにどんどん作り、心から料理を楽しんだ。

 

 しかし社会人になると、料理が好きだと言うと家庭的な女というラベルを貼られることに気づいた。心底うんざりした。私は掃除も洗濯も裁縫も苦手で、ただただ料理だけが好きなのだ。それに、料理が好きだと言うと大抵得意料理を聞かれる。なんなんだあの質問。ある程度料理ができる人なら何を作っても大体美味しいのだから、特別得意なものなど存在しない。私が今日食べたいものを作って食べる、それが好きだということを、絶対に誰かに消費されたくない。

 

 私は純粋に料理が好きなんだと思う。無人島にひとりぼっちで流された場合、それでも私は料理をするだろう。自分のためだけに。あのときYahoo!きっずのトップページにクックパッドのリンクが貼られていて、本当に良かった。

 

(第19回へつづく)