懸命に生きてる 丁寧じゃないけど払っているよ国民年金
上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)収録
RPG(ロールプレイングゲーム)全般が苦手だ。
理由は極度の方向音痴だから。地道にレベルを上げるのも謎解きも苦ではないが、シンプルに道だけがわからない。現実世界でも広めのレストランでトイレに行くとあっという間に迷って、元の席に帰れなくなることがままある。そんな奴がRPGにおいて、様々なダンジョンを潜り抜けラスボスのところまで辿り着けるわけがない。近年は「オープンワールドRPG」が主流になってきており、進むべきルートが概ね決められている従来のRPGに比べ、プレイヤーがより自由にフィールドを探索できるらしい。やったことはない。自分がオープンワールドなんかに放たれたら、と考えるだけで怖い。オープンワールドにグーグルマップはないだろうから、きっと自分の家にすら帰れなくなる。
会社を辞めて独立してから、孤独を持て余すことが多くなってきた。「暇」ではなく「孤独」だ。正直やるべきことは無限にあるのだが、どうにも気が乗らず、何かを人と楽しんだり熱中したりして精神的なMP(マジックポイント)を回復したいのにままならない夜のことを、ここでは孤独と呼んでいる。前々から約束して人と会うことはできるが、どうしても私の仕事の性質的に、原稿の進捗次第で急に孤独な夜がぽっかり現れたりする。こういう夜をどうしていいかわからない。早くMPを回復しないといつか何かが壊れる気がする。こんなとき急に遊んでくれる友人がほしいが、平日でも深夜でも遊んでくれるような大人は、当然なかなかいない。
そんな日々で、同居人が中学時代の同級生と、夜な夜なモンスターハンターをオンラインでプレイし始めた。スマホで通話を繋いで「ぎゃー」とか「そっち回って!」とか言いながら、雑談も交えつつ楽しそうにゲームをしている。正直、めちゃくちゃ羨ましい。仕方なく一人でも熱中できそうなゲームを探していたところ、出会ったのが『MOTHER2』だった。
『MOTHER2 ギーグの逆襲(以下『MOTHER2』)』とは、1994年に任天堂から発売されたRPGゲーム。ポップでファッショナブルなキャラクターデザインやグラフィックはもちろん、作り込まれたストーリーの奥深さや、果たして子どもにクリアできるのかというほど難しいギミックも多く、発売から三十年経った今でも熱心なファンが多い。発売当時私は三歳だったが、同世代の友人にもMOTHERシリーズファンが多く、よく噂には聞いていた。同居人を羨んで友人とオンライン対戦をするために『Nintendo Switch Online』というサブスクサービスに加入したところ、無料でプレイできるタイトルに『MOTHER2』が追加されているのを発見し、軽い気持ちでプレイし始めた。RPGだからどうかなと思ったが、古いゲームだから昨今のオープンワールドRPGよりはマシだろう。
プレイ初日は夜八時くらいから始めて、気づいたらなんと朝七時だった。びっくりした。孤独を感じる暇もなかった。もちろん道には迷った。人が住む市街地は街の地図があるからいいけど、ダンジョンにはない。序盤のダンジョンのグレートフルデッドの谷ではもうここから一生出られないかもしれないと思うくらい迷い、出現モンスターを一撃で倒せるくらい、必要以上にレベルだけが上がり続けた。あまりの抜け出せなさにもうここで辞めてしまおうかと思ったけど、このときはポーラという仲間が監禁されているのを助けにいく途中だった。ここで辞めたらポーラは監禁されたままになってしまう……。私は禁じ手(スマホで攻略サイトにあるダンジョン地図を見る)を用いて、なんとかグレートフルデッドの谷を抜けた。長年RPGを避けてきたので気づかなかったのだが、今はちょっと検索すればどんなゲームでも基本的には攻略できる。昔はわざわざお小遣いを貯めて攻略本を買わなければわからなかったのに。テクノロジーが進歩すると同時に、私も大人になったのだ。
無事監禁されたポーラを救い出し、次の街に進んでいると、あることに気づいた。私は道に迷ってモンスターに遭いまくり、結果かなりレベルを積んでいたが、たった今加わった仲間はレベル1からスタートなのだ。主人公のネス(a.k.a.私)一人なら一瞬で倒せる敵が、弱い仲間がいることによって数ターンかかったり、仲間を死なせないように自分は回復に回らなくてはいけないことが増えた。「正直邪魔だな」と思ってしまって、その瞬間、ふと気づいた。
私は大学時代も会社員時代も誰かと組んでプロジェクトを遂行するのが苦手だった。一人でなんでもやろうとしていたし、漠然と自分ならなんでもできると思っていた。誰かがタスクを止めていると、(あ〜〜タスクを催促するという仕事を増やしやがって)と思ったし、(あの人のプレゼンいまいちだな、私ならもっと上手くできる)とか偉そうに思っていた。そして会社員歴が六年を超えた頃、様々なプロジェクトを経験し、後輩指導を経験し、ようやっと自分があまりに幼稚だったことに気づいた。そもそも人間一人で出来ることなんてたかが知れており、大きいことを成すには複数人の協力が不可欠である。一企業のプロジェクトレベルでもそうなのだから、地球を救おうとしているなら尚更だろう。実際ポーラはこの後めきめきレベルアップし、魔法攻撃が得意なポーラがいないと絶対に倒せない敵がたくさん出てきて、私は何度も救われた。さらにこの後ジェフとプーという仲間も増え、彼ら独自の能力を使わないと通れないダンジョンや仕掛けがたくさんあった。
後輩社員の育成をさせられることになったとき、想像以上に飲み込みが早い後輩に何度も助けられたことを思い出した。むしろ私が知らなかったことを教えてもらう場面だってあった。「自分にどれだけ攻撃力があろうと人生は上手くいかない」「一人で闘うのに慣れすぎて仲間がいると逆に疎ましい」という、自分の生き方の欠点をこのゲームに突きつけられた気がした。人にはそれぞれ得意なことと苦手なことがあって、あなたにしか突破できないダンジョンがある。だからこそチームって多様性が大切なんだよな。
何が言いたいかというと『MOTHER2』は面白いということである。急に締めに入ったのは、現在、私は物語のラスボスであるギーグ戦を控えているところなので、早くこの原稿を終わらせたいからだ。どうにもならない孤独な夜を乗り越えたい人はぜひプレイしてみてほしい。気づいたら朝七時になっていてもいいのであれば。