沼津市で熱量を持つもの全てダサいと定義していた青春

上坂あゆ美

 十代の頃は地元のすべてを憎んでいた。
 地元と言えば思い出すのは、バイパス沿いに立ち並ぶチェーン店の数々。全国にあるあまり美味しくないラーメン屋、全国にあるガソリンスタンド、全国にある安価で大量生産の衣類ショップ。日本ではそこら中にある、金太郎飴みたいな地方都市。それでも地元の人たちは新しいチェーン店が出来れば大喜びで、開店日には長蛇の列ができたりする。当時は全てがどうしようもなく灰色に見え、この街は文化が死んでいると思った。そんな地元で、家でも学校でも、私はあらゆる集団の中で明らかに浮いていた。ヤンキーは嫌、オタクの集団も嫌で、明るくも暗くもなりきれず、男性とも女性ともうまく馴染めなかった。
 それはこの街が個性を排して画一化されてゆくのを良しとしているからではないのかと、自分の恨みを地元への恨みにすり替えて生きていた。

 東京に来てからもう十年以上が経つ。最近は、新宿で知人がやっているバーを水曜日だけ間借りさせてもらい、「スナックはまゆう」という店をやっている。ここには色々なお客さんが来る。私と同じく短歌をつくっている人、文芸全般に興味がある人、演劇が好きな人、ラジオが好きな人、お笑いが好きな人、たまたま通りすがっただけの人。この店を気に入る人は、社会にどこか馴染めなさを感じている人が多いように思う。私もその一員だからこそ、皆にとって居心地の良い場所にしたい。そう考えたとき、ここではあらゆる「ラベル」を排したいと考えた。
 社会では、とにかくわかりやすいラベルが求められる。男とか女とかそれ以外とか、陽キャとか陰キャとか、強いとか弱いとか、ヤンキーとかオタクとか。だけど人間って本当は、そんなに白黒はっきりしていない。無理に何かのラベルを貼る必要はなく、わかりづらいままの自分でいていいということを肯定する場所でありたい。
 そう思ったのは、過去の自分がラベルでがんじがらめになっていたからだ。本当は自分が誰よりもラベリングされたくなかったのに、自分は他者にラベルを貼りまくって蔑ろにしていたから、当然のように孤独だった。わかりやすいラベルで分類する前に、人と人として対話すべきだったのだ。私の地元が悪いんじゃなくて、バイパス沿いのチェーン店が悪いんじゃなくて、自分の性格だけが悪かったのだということに、私は東京に来てしばらく経ってからやっと気づいた。

 あるスナック営業日、過去数回ご来店されているお客様が今日も訪れた。いつもより早い時間だったので、珍しいですねと尋ねると、今日は長い付き合いの友人とここで待ち合わせをしたのだと言う。そのお客様は四十代くらいの小柄で眼鏡をかけた物静かな方で、文芸や短歌を愛していて、どんな話でも興味深そうに聞いてくれる。趣味の短歌で繋がったご友人だそうなので、彼のように物静かで大人しそうな方がいらっしゃるのだろうと勝手に想像した。
 現れたご友人は、すごい強面だった。彼と同じく四十代くらいだと思うが、身体が大きくて、色黒の肌にサングラスをかけていて、ものすごい量のバーボンをロックで飲まれる。お二人が並んでいると体格の差が際立つというか、小柄な彼がなんか弱みを握られて強請られているんじゃないかというふうにも見えた。
 二人はお互いが最近つくった短歌について語りはじめた。その感想や作品を聞く中で、小柄な彼の方が実は作風がどっしりとしていて、ドライさとどこかおかしみもあると感じた。逆に、大柄な彼の方が繊細で、恋愛の孤独や別れといったロマンティックなテーマを好む。その語り口から、大柄で強面な彼の心は純粋で、優しく温かい人なのだということがすぐわかった。
 大柄さんが、「上坂さんも一杯どうぞ」と言って、私にドリンクをくださる。そのスマートな素振りを見て、小柄さんは「僕もそれやりたい」と言う。目をかっぴらいて私を指差しながら「上坂サンモ飲ンデクダサイ」と早口で言った。『犯人はお前だ』じゃないんだから、と大柄さんがツッコんで、笑いながら三人で乾杯した。小柄さんが大柄さんの短歌作品を見てすごいすごいと拍手をすると、照れた大柄さんは彼の肩をガバッと組んでガハハと笑う。肩を組まれた勢いで眼鏡がずれた小柄さんは、元の位置に戻しながらニコニコと笑う。二人の酒はどんどん進む。二人は見た目とか肩書きとかじゃなくて、人間そのものとして通じ合っているのだろう。

 しばらく経って店が少し空いてきて、残った数人でワードウルフというゲームをやる流れになった。これは多数派のプレイヤーには共通のワードが提示され、少数派には少し異なるワードが出された後、提示されたワードについて全員で話し合い、少数派が誰なのか当てるというゲーム。お二人は帰り際だったのもあり参加しないだろうなと思っていたが、食い気味に「やりたいやりたい」と手を挙げてくれた。ノリノリだった割に、二人はこのゲームがめちゃくちゃ弱かった。嘘をつくのが致命的に下手だし、自分がウルフだと最後まで気づかないことすらあるポンコツぶりであった。小柄さんは、自分が実はウルフだったことが分かったとき「皆と通じ合ってると思ってたのに……」としょんぼりしていた。
 二人はゲームの弱さを周囲からイジられ、でも本当に仲が良くていいですねと言われると、大柄さんはガハハと笑いながら肩を組み、こう言った。

「俺たち、『ホーム・アローン』の泥棒みたいなもんなんで」

 善でもないが、悪というほどでもない。強くはないが、けして弱くもない。観ている側としては愛さざるを得ない存在、それが映画『ホーム・アローン』の泥棒。それってもう、人間がたどり着けるひとつの答えみたいだ。
 あの日、今までにないくらいぴかぴかした素敵なラベルが、二人に貼られた。勝手に泥棒の片割れとされた小柄な彼は、やっぱり慌てて眼鏡を直しながら、それでもやっぱり嬉しそうだった。

 

(第11回へつづく)