お前あの妹だろと言われてもたまたま同じ穴から出ただけ
上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)収録
深夜に姉からLINEが来た。やたら改行の多い長文だったが、要約すると「そろそろ水に流して仲良くしようよ」ということのようだった。姉がちょうど明日は東京にいるらしく、直接会って話すことになった。三十を超えた姉妹の「どうやったら私たちは仲良くなれるのか会議」である。
幼少期、一歳上の姉から壮絶な暴力を受けていた。理由なくほぼ毎日蹴られ殴られ、閉じ込められたり突き落とされたりしていて、今でも残っている傷跡もいくつかある。その後姉は高校を中退し、十八で妊娠して十九で出産。そして自分に子どもが産まれると急に、“昔からずっと妹想いだった姉”みたいな振る舞いをしてくるようになった。被害者としては意味がわからず、強烈な嫌悪を感じて、姉が私に対して友好的になるのと反比例し、私は姉に対して極端に辛辣な態度を取るようになった。姉とはそういう関係になって、そのまま約十五年が経つ。
大人になってからあそこまで執拗に虐めていた理由を尋ねたとき、「ごめーん! きっとあゆのこと好きすぎて虐めたくなっちゃったんだよ」とへらへら言われた。そう、姉は現在時点で私のことが好きだと言って憚らず、それが問題なのである。私は姉とできるだけ関わりたくないが、姉は私と関わりたくて仕方ないらしいので、なにかと連絡をしてきたり避けられない家族行事を入れてきたりする。私も母や姪とは関わりたい気持ちがあるため、遠方に住んでいる割にそこそこ会っている。姉とも会えばそれなりに話す。もう十分じゃないだろうか。今以上にどうやって仲良くしろというのだろう。
当日。駅に近い喫茶店をいくつか姉に送り、そのうちの一つで待っていてもらうことに。 指定された喫茶店に着いたが、どこを見ても姉がいない。PCで作業をしながら待っていると、姉が「ごめん遅れてごめん!! 新宿駅わかんなすぎて迷ってた! なんで皆迷わないのあれ? てかあっつ!! 走ったからかな!? アイスコーヒーください!」と全ての情報を一言で述べた。注文したアイスコーヒーを一口飲んだあたりで、今度は「寒い! なんで? 寒い!」と騒ぎ出す。ホットコーヒーを注文し、冷房が当たりづらい私の席と交換させたらようやく大人しくなってくれた。
さて、何から話そう。じゃあまずこの間会ったときのことだけど……と私が話し始めると、姉が「てかあゆのMBTI何?」と言う。私の話の腰を折るのは姉の得意技だ。MBTIとは、人を十六種類に分類する性格診断のようなもの。タイプごとに、『建築家』とか『管理者』など、役職めいた名前が付けられている。「私は『起業家』かなんかだったかな。それが何? 勝手に分類してわかった気になられるの、嫌なんだけど」と答える。姉に対して最短距離で辛辣な言葉を吐けるのは、私の得意技。姉は全然気にしていない様子で「あ、オッケー! 別にそれでどうってことじゃなくて、私がちょっと考えやすくなるだけ!」と言った。“姉の世界においてちょっと考えやすくなる”ことと、“勝手に分類してわかった気になる”ことはもちろん同じことを指しているが、言葉尻を捉え始めると絶対に話が進まないのでもう流した。
姉によると、幼少期に私を虐めていたことは、本当に許されないことだと反省しているらしい。ただ、虐めた理由は正直なところ、全くわからないのだと言う。当時、日常的にあった両親の喧嘩による行き場のないストレスをどうすればいいかわからず、私にぶつけた可能性もあると言っていた。一方で私がどれだけ姉の悪口を言っても、ひどい態度を取ってもへらへらしていたのは、「虐めた側だからこそ傷ついた顔しちゃいけないと思って、平気なふりをしていた」という。そして執拗に虐めた理由を尋ねたときは「あゆが文章を書くための取材だと思ったから、私が悪役になった方が面白いかなって」と、謎の気遣いを発揮していたこともわかった。
「……謝って許されることじゃないのはわかっているけど、あのとき虐めていたこと、本当にごめんなさい。どうかもう一度仲良くしてください」
過去の暴力について、きちんと謝罪されたのはこれが初めてだった。あのときの傷も、辛かった記憶も、私の人格に与えた影響も消せないから、“許す”って言葉だとなんか違う。でも、そういう抽象的なことを言っても姉は「難しい言葉使わないで」と言うのだろう。私は、長文の日本語をシンプルな英文に訳すような気持ちで、「じゃあ、暴力のことは“許す”よ」と言った。もちろんやられた側としては最悪だが、正直仕方ないところもあったのではないかと、大人になった今の私は思っている。子どもとは倫理より衝動で動くもので、姉の発育傾向としてそれがとくに顕著なタイプだったのかもしれない。簡単に許せることではないが、それだけで二十年以上も辛辣な態度を取り続けるほど、私も幼稚ではない。
姉は一瞬パッと表情が明るくなったが、「私があなたを苦手なのは、暴力だけが理由じゃないから」という私の発言によってまた表情が沈んだ。「じゃあどこが苦手なの」と尋ねられた。
何かと容姿の話ばかりするところ、私からすればあまりに非科学的な怪しい思想を本気で取り入れるところ、自分に話しかけられて嬉しくない人などいるわけがないという態度、人が自分のために力を尽くしてくれるのは当たり前、代わりに自分は笑顔と感謝の言葉を与えるから、むしろその人は幸せになるのだという思考回路、それら全てを人間的魅力に変換する異常なほどの対人能力の高さ……これらは姉の長所なのかもしれない。でも私は姉の、全てが恐ろしい。
会議はなんと三時間以上に及んだ。結論を言えば、姉の「仲良くしたい」という要求を私が全面的に拒み、私たちの関係性が変わることはなかった。どうしてそこまでして仲良くしたいのか、気が合わないのだから適度に距離を取ればいいじゃないかと尋ねると、姉は「だって、家族だから」と答えた。 家族だから、妹だから、私のことが好き。好きっていうか、好きだということにしているのだ。それはもう好みではなく、意思だ。好きになるのって意思なのか。
この文章を書きながら、姉を苦手な一番の理由がわかった。私は、あらかじめ決められた血縁や性別や容姿やMBTIなどで、私の価値を測られたくない。それよりも、私自身が決めた生き方、人間性、頑張っていることによって私の価値を認めてほしいのだ。
ああ、これも今度姉に言わなきゃいけない。